第11話:赤園ねねという少女

 私赤園あかぞのねね! 孔雀館学園に通う中学一年生! ……は去年の話だから今は二年生です!


「……てぇっ! そんな場合じゃないぃ! 遅刻遅刻ぅ~!」


 お母さんから受け取ったお弁当をカバンに詰め込んで急いで靴を履く。


「ちょっとねね、また寝坊? 二年生になって早々遅刻なんて恥ずかしいわよ?」


「わ、わかってるよぉ~!」


「あ、こら! ちょっと待ちなさいねね」


 お母さんに呼び止められて玄関で足踏みしながら待っていると、キッチンから出てきたお母さんが両手で私の顔を優しく包み込んだ。


「いってらっしゃい。今日も怪我無く帰っておいで」


「……うん! いってきます!」


 玄関を飛び出して一度家のほうへと振り返る。

 閉まるドアの向こうから手を振るお母さんに向かって手を振り、私は元気よく学校に駆け出した。





「うぅぅぅ……怒られたよぉ……」


「もう、ねねったら。始業式の日から遅刻するからでしょ?」


「だってぇぇ! 眠たかったんだもん!」


 当然ながら、寝坊していた私が始業に間に合うはずもなく……結果、私は新しいクラス担任となった先生のお小言をもらう羽目になってしまった。

 とほほほ……まさか初日から怒られるなんて、絶対先生の印象悪いよぉ~


「どうせ、昨日も夜更かししてたんでしょ?」


「ギクッ」


 呆れた目を向けて来る幼馴染の舞ちゃんの言葉に、私はすぅ~っと目をそらした。

 そんな私の様子を見てはぁっ、とため息をつく舞ちゃん。


「だ、だってぇ……昨日やってたアニメが面白かったんだもん……」


「……そんなに?」


「うん! 舞ちゃんも見る? 『マジックナイトリン』! 昨日はすごかったんだよ! 『私が強いのは、心に剣を持っているからだ』って! かっこいいんだよ!」


「また今度ね。それより、私は生徒会があるから今日は一緒に帰れないの。先に帰っていいから」


「ブゥ~……それよりって言ったなぁ~」


 ツンツンと舞ちゃんの腕をつついて「私不満です」アピールをしてみるも、舞ちゃんはそれに取り合わずに生徒会に向かってしまった。

 教室の中にもほとんど生徒は残っておらず、外を見てみれば実家通いの生徒たちが校門から出ていくのが見えた。


「でもまだ時間はあるしなぁ……」


 新入生の入学式や私たちの始業式があった今日は授業がないためお昼御飯が終わればすぐに学校が終わる。

 そのためこのまま帰っても家でごろごろするだけなのだが、せっかく外に出てるし天気もいいからどこか寄り道しようかな、なんて考える。


「そうだ! あそこ行こう!」


 少し軽くなったカバンを手に取って私は勢いよく教室を飛び出し……そうになったが、出たところにいた先生に睨まれてすぐに足を止める。

 あはははは……と苦笑いを浮かべながらそそくさと学校を飛び出すのだった。



「はぁー! やっぱりここ、落ち着くなぁ~」


 やってきたのは街外れの大きな木!

 昔からこの場所に生えているこの大きな木の根元には、根っこと根っこが合わさってドームのような空間ができている場所がある。そこは私や舞ちゃんが小さいころからの秘密の遊び場で、何かあればよくここに入って縮こまっていたっけ。


 さすがに中学二年生にもなると窮屈になってしまったけど、それでも思い出の場所であるここは私にとっての安息地だ。


「なーんか……今日怒られたのもどーでもよくなってくるなー」


 舞ちゃんがいたら怒るんだろうけど今はいないから大丈夫……なはず。いつの間にか知ってる、何てこと舞ちゃんが相手だとよくあるから油断できないんだよなぁ……


 ――キュゥ……


「……ん? 何の音……?」


 目を閉じて風の音に耳を澄ましていると、ふいに何かの音が聞こえた。

 いや、音というよりはむしろ……鳴き声?


「動物でもいるのかな……?」


 木のドームから這い出て辺りを見回してみるが、辺りにはそれらしいものは見当たらない。

 まぁ大きい木だしどこかの陰に隠れて見えないのだろう。


 気になった私は木の周りを注意深く見ながら声の主を探すことにした。


「……見つけた!」


 探し始めて5分くらい経ったころだろうか。予想通り大きな木の根っこの隙間に挟まる形で倒れていたそれを見た私はすぐに助け出してそっと掌に乗せた。


 それは白いハムスター。……ハムスター、みたいな生き物?

 ネットや本で見たことのあるハムスターとは見た目が少し違って見えるんだけど……


「って、あなた怪我してるじゃない! たいへん!」


 よく見ればそのハムスターは足を怪我しているらしく、必死に手の上で立ち上がろうとするもすぐにパタリと倒れてしまう。

 ど、どうしよう……動物病院はここからだと遠いし、このままここに置いていくなんてできないし……


「と、とりあえず私の家に行こう! 応急手当だけでもしなくちゃ!」


 置きっぱなしにしていたカバンを背負い、ハムスターを両手に抱え込みながら帰路を急ぐ。

 時折プルプルと震えるように手の中の子が動くのだが、その度に私は大丈夫だからと声をかけるのだった。






「……へぇ、こんなところまで逃げていたのか」


 大樹の上。

 そこから見下ろす悪意の視線に気づかないまま。

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