第36話:賢者は後輩に招かれる
俺の行動に困惑していたものの、流石現代女子中学生。こういう操作には慣れているのか、すぐさま俺のスマホに白神の連絡先が追加されることになった。
スマホなんて向こうに行く前はよく使ってたが、今ではほとんど使わないからな……家族とのやり取りもほとんどない。
電話もメールもする相手がいなかったためほとんど持っているだけの状態だったが、少しばかり使用する機会も増えるかもしれないな。
「おっと……いかんいかん」
ぐずぐずしていて遅れたりすれば、白神に何か文句を言われるかもしれない。ここのところ白神から積極的に話しかけてくるようになったのだが、その分先輩に対する遠慮とかそういうのが感じられなくなった。
まあ、中学生になって知らない環境に変わったんだ。最初は緊張していたが、ここ最近になってようやく慣れてきたのだろう。あの二人の他にも友達はできているようだし。
一度だけ中庭で友達と楽しそうに食事をしている白神を見かけたことがあるが、本当に楽しそうだった。
しかし、そんな普通の日常を謳歌する裏で彼女を含めた三人は戦っている。
ままならないものだ。
勇者の仲間として、英雄の一人として、彼女たちには普通でありきたりな、何者にも脅かされない平和を享受してほしいとは思っている。
だがしかし、俺の最優先は何がどうあっても向こうの世界の仲間達なんだ。
英雄としての矜持も、勇者フィンの親友であるという誇りを捨てることになるとしても、俺はこの選択を後悔はしない。
なに、一発くらいフィンには殴られてやろうじゃないか。
「怒ったフィンの拳は……痛いんだろうな……」
片や前に出てバッタバッタと敵をなぎ倒す超戦士。片や後衛でヒョロヒョロ(フィンと比較した場合)の賢者。察するに余りある。
「……っと、やばい」
ふと時計を見てみれば約束の時間まで数分もなかった。
慌てて荷物を手にして、寮の部屋を出る。もちろん、ペンダントも忘れてはいない。
確か待ち合わせは学校前だったはず。わざわざ連絡先を教えたのに、これではあまり意味がなかったかもしれない。
ということを昨日伝えたのだが、返ってきたのは『先輩は乙女心がわかっていないです』というメッセージ。乙女じゃないからそりゃそうだと返したかったが、そう返せばまた何か言われる気がしたので、とりあえず校門前集合に了承の意を返しておいた。
「あ、先輩! 遅いですよ!」
「悪い悪い。遅れてすまんな」
「本当ですよ! まったく、こういうのは先輩が先に来てないと意味がないんですからね!」
「? そうなのか? それはすまん」
こういうのとはどういうのなのだろうか。
あれか、「ごめん待った?」「今来たところ」みたいな奴だろうか?
少し不機嫌そうな白神を見ながら考えるが、それはないなと思い至る。
あれは恋人同士やそれに類する者たちがするやつであって、ただの先輩後輩の間柄でやるものではないだろう。
「可愛く言えるよう練習してきたのに……」といったい何を練習してきたのかよくわからない白神は置いておこう。
とりあえず案内頼めるか? と聞いてみれば、何故か両手で拳を作って気合らしきものを入れなおす白神の姿がそこにあった。
「はい! では先輩、私についてきてくださいね!」
◇
「ここの角を右ですよ、先輩」
「……なあ、並んで歩かなくても前を歩いてくれれば言わなくてもいいんだぞ?」
「そんな先輩、かわいい後輩を前に立たせて何かあったらどうするんですか!」
「それだけ元気なら大丈夫だと思うがな……」
気合を入れなおしたからなのか、先ほどの不機嫌はどこかへ吹き飛んだらしい。隣を歩きながら道案内をする白神はどこか楽しそうな様子だった。
「それにしても、白神は普段からこの道を通って登校してるのか? 歩くにしては少し遠いような気もするが」
「あ、いえ。普段は車通学なんですよ、私。歩きでも大丈夫だとは思うんですけど、パパ……お父さんが危ないからダメだって言ってそうなりました」
「……なるほどなぁ。心配性なんだな、白神のお父さんは」
「そうなんですよ! 本当にパパ……お父さんてばいつもそうで――」
隣の白神の話を聞き流しながら、さりげなく辺りに視線を巡らせる。
どういう理由で俺たちの監視をしているのか皆目見当がつかなかったが、今の話を聞いて合点がいった。
どうやら、白神のお父さんは白神が思っている以上に子煩悩なようだ。
一般人に扮したそこら中の人々。その全員がこちらを向いていたため警戒していたのだが、どうりで敵意やらが感じられないわけだ。
「……いいお父さんだな、大切にしろよ白神」
「本当に話を聞いてましたか先輩!?」
目を見開いてこちらを向く白神の言葉に、ああ、と一言だけ返しておく。
出かけるときもどこに誰と行くのかを知りたがったり、食事中に学校の話をせがまれたりなど。
まあ思春期の女の子からすれば、そういった行動はウザいのだろう。
だが聞いている限り、白神も本気で嫌がっているわけではないのだろう。恥ずかしいしウザいとは思うかもしれないが、親として嫌いというわけではなさそうだ。
「ああ。いい親子じゃないか」
「え、えぇ~……それ本気で言ってるんですか……」
げんなりと肩を落とす白神。
そんな白神の肩を軽く叩いてやるのだが、当人は不満げな様子でこちらを見上げていた。
「それより、白神。家にはまだかかりそうなのか?」
「あ、いえ。もう着いてますよ。今は門に向かってるんです」
「……ん? もう着いてる?」
さっと周りを見てみるが、見えるのは右側をずっと向こうまで続いている壁と、反対車線の住宅群。
……え、この壁のことを言ってるのかこの娘。
「……これか?」
「はい。もう少しで門に着くんですけど、流石に玄関まで歩くのは大変なので、迎えの車に来てもらう予定ですよ」
「……玄関まで車」
スマホを俺に見せながら言う白神の言葉を一瞬理解できなかったのだが、つまるところ白神の家がめちゃくちゃでかくて庭も車を使わなければならないくらいでかい、という認識でいいのだろうか。
どこの漫画の世界のお金持ちだ。
異世界に召喚された俺が言うことではないのかもしれないが。
そうして少しばかり歩くと、ずっと続いていた壁が終わり、向こうの世界の貴族家でみたような門が現れる。
そしてその門の奥、視線の先に見えるのはそんな貴族の豪邸に劣らない規模の豪邸。かなり距離があるため、車を使うというのも納得だ。
白神に続いて門を抜け、すぐ近くに止まっていた車へと向かう。
運転手が頭を下げたのを見て、思わずこちらも頭を下げた。
「あ、そうだ先輩」
「どうした。俺はいろいろとびっくりしている途中なんだが」
車のドアの前で一度立ち止まった白神は、くるりとこちらに向き直る。
「私の家へようこそ、先輩! えへへ……人を家に誘うのは初めてなのでちょっと緊張するんですけど、その第一号が先輩で嬉しいです!」
「……そうか、それは光栄だな」
そんな白神の、普通の女の子としての言葉を聞いて。
俺は少しばかり、心が痛むのだった。
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