第37話:賢者は御伽噺を知る

 かなりの高級車なのだろう。白神とともに乗り込んだ車のシートはかなり柔らかい。すごいでしょ、と何故か得意げな白神に俺はそうだなと一言だけ返して窓の外を見た。


 本当に、大豪邸だな……


 何ならこの庭で村をいくつか作ることも可能だろう。それくらいには広いのだが、植えられた植物にも手入れが行き届いているのを見るに、維持だけでどれほどかかるのだろうか、などと意味のないことを考える。


 だが考えるのも束の間、服の袖をクイッと引っ張られたため隣を見てみれば、頬を膨らませた白神がいた。


「もー、先輩。物珍しくて見るのはわかりますけど、無視はしないでくださいよ……一人でしゃべり続ける私がおかしい子みたいになっちゃうじゃないですか」


「すまんすまん。気を取られてた」


 悪かった、と謝りながら白神の話に耳を傾ける。

 語られているのは基本的に白神の好きなオカルト関係のものばかりではあるが、嫌いではない話なので相槌を打ちながら聞いている。

 それに時折「おっ」と思わされるようなものも出て来るため、聞いてるだけでも単純に面白いのだ。


「それでですね、世界には色々なオカルト話があるんですけど、実はこの空ノ森町にも伝承として語られている話がありまして……」


「お嬢様、到着しました」


「むっ……せっかくいいところだったのに……」


「まあまあ、後で聞かせてもらうよ」


 運転手さんの合図で話を中断させられたからか、少しばかり不服な様子の白神。そんな白神を俺は宥めてから車を降りる。


 ……それにしても、今日の白神は何時もにも増して機嫌の浮き沈みが激しいように思われる。

 あれか、初めて知り合いを家に呼んだからテンションが上がっているとか、そういった理由なのだろうか。


 近くで見ればより一層大きく見える大豪邸。そんな中を白神に着いていき、案内されたのは白神の部屋。

 入ってすぐ目についたのは、年頃の女の子らしいファンシーな部屋……などではなく、所狭しと並べられた本棚と、その本棚に納められた大量の本だった。


「おお……すごいな」


「えへへ……私自慢のコレクションです!」


 本当にオカルトが好きなのだろう。手近にあった一冊を手にしてみると、「その本はですねぇ……」と白神から解説が入った。

 かなり読み込んでいるのか、俺にもわかりやすいよう説明してくれている。適当に取った本でこれなのだ。もしかしたら、この部屋にある本すべてに対してこうなのかもしれない。


「よくこれだけ集めたな……」


「まあ、見境なしに集められる環境だったので……だからこそ、同好会で先輩のコレクションを見たときは驚いたんですよ?」


 見たことのない本ばかりでしたから、と懐かしんでいる様子の白神。

 そんな白神を見て思い出すのは、魔法書を見て大興奮していた当時の彼女の姿だった。

 確かに、これだけ集める熱を持っているのならあの奇行にも納得するというものだ。


「あ、そうだ先輩! さっき話そうとしてた話なんですけど、その話が載ってる本があるんです! 一緒に読みませんか?」


「さっきの話……ああ、確か街の伝承とか言ってたやつか」


「そうです! ちょっと待っててください、すぐ持ってきます!」


 そう言って駆け出す白神の背を見送り……駆け出して見送れるほど広い部屋ってやばいな。ともかく、そんな白神を待つ間、その辺の適当な本でも物色しておくことにしよう。


 オカルトと言えば、魔の三角海域や猿夢、他にも宇宙人や未確認動物UMAといったものが有名だろう。

 ただ白神は神話や伝承などの本も集めているようで、今俺が手に取ったのもギリシャの神々に関する代物だった。


「神様、ねぇ……」


 会ったことはない。がしかし、いないとも言い切れない。実際ファンタジーな経験をしているため否定できないのが何とも言えないところだ。

 もしかしたら、この世界には神様のミスで死んで異世界へ転生……なんてことになっている人がいるかもしれない。


 小説なんかでよく見かけるパターンだ。だが、生まれなおしているため元の世界には戻れない代わりに、向こうの世界でずっと生きられる。それはなんとも、羨ましいことだ。


「……にしても、白神遅いな」


 どうしたのかと思って駆けて行った方を見てみれば、一生懸命に手を伸ばしている姿を確認した。

 どうやら身長が届かなかったらしい。無理せず脚立でも使えばいいものを、横着しているようだ。元気なお嬢様なことで。


「ほれ、これか? 白神」


「あ、先輩」


 もう少し、もう少し……! とプルプルしている白神の後ろから、目当てのものを手に取った。

 力の抜けた白神の体を支えながらその本のタイトルを見る。


「『空ノ森の伝説』? 何とも安直なタイトルだな……」


「まあ内容的には御伽噺みたいですし。でも、こういうのもいいもの……で、す……」


 下から覗き込まれていた視線に気が付いてみれば、真っ赤になった白神がいた。

 おっと、流石に近すぎたか。


「すまん、白神」


「あ……」


 すぐさま謝罪を述べて白神を離す。

 倒れないようにと、無意識に抱え込むような形になっていたらしい。流石に子ども扱いしているとはいえ、もう中学生の女の子にすることではなかったな。知り合いであるとはいえ、気分のいいものではないだろう。


「それで、その本どういう内容なんだ?」


「……あ、はい。確か、この街の外れの山にある一際大きな木に関しての話だったはずです。なんでも、昔は守り神だったんだとか」


「……何だと?」


 すぐに本を開いて中身に目を通す。

 街外れの山の大樹というのは大量の龍脈が集中しているあの木のことだろう。街の人からそういう話を聞いたことはあったが文献は見つからなかったはずなのだが……どうやらこんなところにあったらしい。

 ペラペラとページを捲って中の内容を読んでいく。そんな中で、俺はとある単語に注目した。


「『妖精』?」


「はい、妖精です。なんでも、この空ノ森には大昔たくさんの妖精がいたらしいんです」


 本で語られているのは様々な姿形をした妖精がいたこと、そしてその妖精たちは、皆守り神として奉られていた大樹の周りでよく見かけられていたということ。

 更に詳細は不明であるが、何かの厄災が起きた際に妖精たちがこれを退け、平和が訪れたこと。

 最後に、人が増えるにつれて妖精たちの姿が減り、ついにはその姿を見ることができなくなってしまったこと。


 また妖精が帰って来てくれることを願う一言で本は締めくくられていた。


「そうか……そんな話があったのか。ぜひ、会ってみたいものだな」


「そ、そうですねぇ……実は近くにいたりするかもですもんね」


 それ君のところのハムスターモドキのことだろうに。

 若干呆れながらも、「そうだな」と同意する。


 しかし、疑ってはいたがやはりあの大樹か。あれだけ龍脈が集まる特異な木だ。何もないことの方がおかしいと思っていたが、これでまた調査する意味が出てきた。

 夏休み中にやることが一つ増えたが、意味のあることならば仕方ないだろう。もしかしたら、俺の願いに関わる成果が得られるかもしれないのだ。


 そして、この本の内容から察するに、考えられることは二つ。

 一つは、あの大樹から妖精が生まれているパターン。

 そしてもう一つは、あの大樹が妖精のいる場所と繋がっているパターンだ。


 前者であれば、その原理が気になるところではあるが、後者だった場合それは妖精の世界……つまり『異世界』への出入り口ということになる。

 あらためて、こんな話を教えてくれた白神には感謝しなければならないだろう。


「ありがとうな、白神」


「? いえいえ、私も先輩とお話しできて楽しいので! で、今度はこっちの本なのですが――」


 次から次へと本を持って来ては解説をしてくれる白神。

 その内容に俺は適度に質問を挟みながら、どうやって調査をするかを頭の中で考えるのであった。

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