第38話:賢者と地下の秘密の部屋

 白神邸で有益な情報を手に入れた俺は、その日一日をかけて白神のコレクションの説明を聞く羽目になった。

 あの空ノ森の話のように、他にも有益なものがあるかと思って期待していたのだが、流石にそう簡単にはいかないらしく、結局はあの一冊のみであった。まあ、他の話も面白かったため息抜きにはなったが。


 しかし、その一冊が今後の俺の行動に大きな意味をもたらすことを考えれば、今回の件は本当に幸運だった。


 いや、今回だけではない。


 何せ街の図書館でも見つけられなかった話を、たまたま稀有な経緯で同好会に入った後輩が知っていたのだ。もし仮に白神が何の特殊な力も持たない普通の少女であれば、あの日白神は同好会に来ることもなく、俺はこの話を知ることもなかっただろう。


「とにかく、明日にはもう一度あの大樹を調査に行かないとだな……」


 帰る際に車で送ることを白神に提案されたのだが、それは少しばかり都合が悪いため断らせてもらった。

 むっとした様子の白神の膨れっ面を見るのも面白かったが、こればかりはしょうがない。

 今度は一緒にどこか行きましょう! と次の約束までされそうになったが、特に肯定することもせずに帰りに着いたのだ。


pikon♪


「ん?」


 スマホにメッセージが送られてきたため確認してみれば、それは先程別れたばかりの白神から。

 内容は『絶対に! どこか! 行きましょう!』とのこと。


「……ここまで押しが強かったかねぇあの娘」


 出会った当初はここまでじゃなかったようにも思うんだが……あれか? 戦うようになって我が強くなった感じか?

 確かに、戦闘を経験して性格が攻撃的になった、なんて話は聞いたことがある。というか、『俺』がそうだと言ってもいいだろう。自覚できるくらいには、向こうに行く前と後での差があるからだ。


「それでも、俺の変化に比べれば、まだ可愛いもんだよ。さて、その性格改変の元になった元凶としての意見を聞かせてもらいたいが……喋れないからそれも無理だな」


「……ッ!! ……!!!」


 振り向いたその視線の先。

 そこに設置されているのは見覚えのある金髪に浅黒い肌をしたエルフのような耳長の男。

 血走った目で何かを叫ぼうにも『無音陣』によって何を言ってるのかさっぱりわからない。暴れようともがいたところで『弱化陣』による弱体化と『拘束陣』による拘束で動くことは叶わない。


 孔雀館学園旧館地下一階・・・・

 白神邸からの帰宅後、俺はこの場所に赴く必要があったため白神の善意を拒否したのだった。流石に学校に向かうのは怪しまれる。


 そも、この地下空間はもともとあったものではなく、このエルフ耳を捕獲した際に作ったものだ。何せ、宝石類とは違って置き場所に困る代物だからな。

 そのため、『空間置換陣』で地上の空間と地下の空間を入れ替えることで地下に部屋を作成し、こうしてこのエルフ耳の魔力収集部屋としたのだった。むろん、周りの土壁には『固定陣』で補強しているため地盤に穴ができたことによる崩落の心配もない。


「さてさて、今回の成果はっと……うん、いいな! やっぱり討伐させずに確保する選択は間違っていなかったよ」


 設置された宝石を一つ手に取ってみるが、その宝石に魔力が充填されていることがよくわかる。そんな宝石が山となっているのだ。数日の成果で少なくとも100以上。街からの収集ができていない今、この結果には喜ぶべきだろう。


「流石に負のエネルギーを魔力に変換する魔力変換陣の作成には時間がかかったが……かけただけの価値はあったというもの。数日でこの成果なら、この夏休みの期間だけでも十二分に魔力がたまりそうだ」


 魔力が充填された宝石をすべて保管庫に回収する。

 この調子で貯められるのであれば、実験分の魔力についても心配する必要はなさそうだ。めちゃくちゃうまくいって夏休み中に向こうの世界へ行く算段さえ立てば、実行可能なところまで貯められるだろう。


 まあまだその魔法については初期段階であるため、実行そのものが不可能なのだが。



「……っと、忘れるところだった」


 ほい、とエルフ耳にかけていた『無音陣』を解除してやる。

 すると自身の変化に気付いたのか、エルフ耳は声が出るようになったことを確認すると、キッと睨みつけてきた。


「てめぇ……!! いったいどこの誰だか知らねぇが、俺様にこんなことをしてただで済むと思うなよ……!!」


「お手本のような台詞をどうも。もちろん、ただで済むと思っているからこんなことをしているんだ。現に、今何もできずに拘束されているだけなのがいい証拠だろう?」


「っ……!! クソッ……!! こんなもん……!!」


 力任せに拘束を外そうとするエルフ耳。

 しかし、そんな彼の抵抗に対して、陣から伸びた鎖による拘束はびくともしない。それでも諦めずに抗い続けるのは、彼のプライド故なのだろうか。

 だがしかし、前にも言ったが今度こそあのドラゴンガールを逃がさないようにと強度を増した拘束陣だ。あれよりも弱いであろうエルフ耳が力づくで破壊できるようなものではない。


「無駄無駄。それができないことくらい、頭も力も弱いんだからわかるだろうに。……まあそれはいい、本題に入ろう。少しばかりお前に聞きたいことがある」


「ハッ……! この状態の相手に聞き出せると思ってんなら、随分と頭がお花畑なんだな……!」


「その状態で煽れる胆力はいいけど、時と状態を考えような」


「グゥッ……!? チ、力が……!?」


 魔力収集陣と魔力変換陣を強制起動させ、無理やりにでも魔力を絞り出す。

 どうやらこの負のエネルギーはこいつらにとっての力の根源であるようで、残存エネルギーが減れば減るほど力が落ちるらしい。


 あまりに収集しすぎると、カスも残らずに消滅しそうになったため、収集時はある程度収集したところで毎回止めている。ある程度回復させて長期的に収集を行う方が結果的に量は多くなるからな。


「搾りかすの状態から更に収集されるのは辛いだろう? それが嫌なら、俺の質問に答えてくれ。なに、それが済めばすぐにやめる」


「だっ……だ、ぇが……!! あん、まり……このプリッツ様を舐めてんじゃねぇぞ……!!」


「あ、そう。そういうのはいいんだ。聞きたいのはお前が言ってた妖精郷フェアリーガーデンについて。それはどんなところで、どこにある?」


「だから、俺様がいうと……っ!?!?! グゥッ……!?!?」


「追加で質問だ。お前が戦っていた少女達。その子らと一緒にいた妖精についてだ。あれはいったい、どうやってこの世界に来た?」


「だから……!! この俺様が口を割るとでも……ッ!?!? ガアァァアァァ!?!?」


 あんまり抵抗するのであれば続けるしかないのだが、思っていた以上に話してくれないようだ。


「はぁ……素直に話してくれた方が楽なんだがな。お互いに」


 これ以上やると今後の魔力収集にも影響が出そうなので、今日のところはここでやめておくことにしよう。

 しかし、どうやって話してもらおうか……忘却でもかなり難易度の高い魔法なのだが、記憶を読む魔法なんてのはないし、作るにしても相当な難易度の魔法になる。だが異世界への転移よりは簡単だろうし……もういっそ作った方が楽かもしれん。


 それに、記憶を見れるようになれば今のような面倒なやり取りもせず一方的に情報を得ることも可能になるだろう。

 ……よし、作るか。


「まあその前に、明日の大樹の調査がさきだろう。早いうちに、もう一度調べておかないとだ」


 ダメージで満足に動くこともできないエルフ耳に再度『無音陣』を施し、地下室から出る。

 念には念をと隠蔽まで使用して寮まで帰宅した俺は、忘れていた白神からのメッセージに『気が向いたらな』とだけ返してその日を終えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る