異世界賢者と夏休み

第35話:賢者の夏休みの計画

 学生にとって夏休みというのは、学生時代において最も心待ちにしているイベントの一つであると言えるだろう。

 何せ授業がないということはその時間を各々が自由な時間に当てられるということ。

 その時間の過ごし方は人によって様々で、友達と遊びに行く者もいれば、ゲームなどで涼しい家に引きこもる者もいるだろう。

 そういう俺は、どちらかと言えば後者に当たる。


 というのも、別にゲームをするわけではなく、ひたすらに研究の続きなのだが。


 だが、そのモチベーションはいつもよりも高いと断言できる。


 コツコツとシャーペンで机の端を小突きながら、担任教師のお小言を聞き流す。

 高校二年生にもなると、羽目を外しすぎる奴らが出てくるのだろう。ありがたいことにプリントにもまとめて注意事項を読み上げているのだが、そういう羽目を外しすぎる奴らはこんなことしても無駄だと思うのだが。


 現に、こそこそと後ろで夏休みの計画を立てて話を聞いている様子はない。


 まあ、死ななければそれでいいだろう。


「なあ、津江野。お前は夏休み、何か予定でもあるか?」


「いきなりどうしたんだ、田ノ上」


「田村だ。いや、単純に気になっただけだが……よかったら夏休みにどっかいかねぇか?」


 どうやら夏休みの遊びのお誘いらしい。

 なんやかんや、こいつとはもう一年も続く付き合いだ。こんな態度であるにもかかわらずこうして誘ってくれるのは、こいつがとんでもなくいいやつだからなのだろう。


 俺には過ぎた男だな。


「悪いな。夏休みなんだが基本予定は埋まっているんだ。誘ってもらえるのは嬉しいんだがな……」


「そうかー。今度こそとは思ったんだけどなぁ」


 残念と肩を落とす田部に、「予定が空けば、こちらから伝えよう」と返しておく。

 今のところ予定が空くとは思えないため、この場しのぎの嘘なのだが、それでも田川は嬉しそうに「おう! その時は頼むわ!」と笑みを見せた。


 本当に俺にはもったいない男だと思う。


「それでは各自、孔雀館の生徒であることを自覚して夏休みを過ごす様に! 解散!」





「先輩は夏休みに何か予定とかあるんですか?」


 とりあえず同好会に持ち込んでいる本の回収も兼ねて、夏休み前最後の黒魔法研究同好会の活動に来たのだが、意外なことに白神の姿を同好会の教室前で発見。

 もう明日から夏休みだというのに、相変わらず熱心なことだ。


そんな白神は、俺が黙々と本を鞄に詰めている間隅の方で足をプラプラさせていたのだが、ふと何かを思い立ったのかそんなことを口にした。


「色々あるぞ」


「うぇっ!? そ、そうなんですか……?」


「? ああ、それがどうかしたのか?」


 中身が通常の高校生でないとはいえ、白神からすれば俺は先輩なだけの一般男子高校生であるはずだ。夏休みに予定があってもおかしくはないだろう。


「えっと、それはどこかへお出かけしたり……とかですか?」


「それはない。基本は寮にこもって研究勉強だ」


 夏休みを前にして、一つ目の難関であった魔力の問題が解決する目途が立ったのは本当に運がよかった。これでこの夏休み中は丸々実験に費やすことができる。


 ……もっとも、異世界への移動魔法はまだまだ研究段階ともいえる。

 まず初めに向こうの世界の座標の把握。これはフィン達に渡した宝石のペンダントを目印にするつもりだ。もともと俺の魔力で作ったものであるため、探知しようと思えばできるはずだが……世界を超えた探知だ。当然、それは簡単にはいかないだろう。

 そして仮に探知に成功して座標を特定したとしても、今度は向こうの世界とこちらの世界に繋がる道を作り、俺自身をこの世界の法則から切り離す必要がある。そして向こうの世界の法則と俺自身を結びつける。


 ここまでやって成功と言えるのだ。まだまだ道のりは長い。長すぎると言ってもいいだろう。

 これだけの魔法の行使だって、今迄貯めた宝石の貯蔵魔力と、新しく手に入れた魔力タンクがあってこそだ。魔力タンクが手に入らなければ、実験段階で貴重な魔力を使用しなければならなかった。


「そう考えると、余裕ができたことはありがたいな……」


「もー! 先輩! 聞いてるんですか!!」


「ん? なんだ、どうかしたのか?」


 一人で物思いにふけっていたため、どうやら白神を無視する形になっていたようだ。

 振り向いてやれば、いかにも私怒ってますとアピールする膨らんだ頬が見えたため、とりあえず指でついておいた。

 プヒュッ、とまぬけな音が鳴る。


「き、きききゅうに乙女の肌に触れるなんてだめじゃないですか!」


「安心しろ。4か月前まで小学生だったんだ。乙女を名乗るには早いぞ」


「ぶー……先輩、もしかして私のこと子ども扱いしてませんか? 中学生は立派なレディですよ」


「この間もそんなこと言ってたっけか……ほら、わかったわかった。レディなら拗ねるんじゃないよ」


 ほれ飴ちゃんをやろう、と懐に隠し持っていた飴玉(ストロベリー味)を手渡してやると、訝し気にこちらを見ながらもそれを受け取り、すぐに口に放り込んでいた。


「おいひぃでふぅ~」


 レディらしからぬ顔してるぞ、白神よ。


「それで? 俺に何が言いたかったんだ?」


「……はっ、そうでした」


 もごもごと口の中の飴玉をしっかりと食べた白神は、やけに目をキラキラさせている。


「先輩、勉強もいいと思いますけど、息抜きだって必要だと思いませんか?」


「思わんな」


「そう! 思いますよね! ……あれ、先輩今何て?」


「思わないといったんだ。学生の本分は勉強だろう?」


 とは言いつつも、その気はこれっぽっちもないんだが。

 俺がやるのは、向こうの世界へ渡る魔法の開発。勉強なんぞ、教師陣を暗示でちょちょいのちょいでどうにでもなる。

 何故わかることを夏休みを使って改めてやらねばならんのか。


「え、えぇ~……ど、どうしよう……計画が……」


「……何を考えているかは知らんが、計画でもあるなら二年生の二人を誘えばいいだろうに。同じ女の子同士だし、年も近いだろう。俺よりも適任だと思うが?」


「そ、それはそうなんですけど……」


 何かを言いたげな白神。その赤い目で教室のあちらこちらを見ているためか、前よりも伸びた白い髪がフワフワと揺れている。

 いったい何を言いたいのか、てんで見当がつかない上、もうすでに回収するべき本の片付けも済んでしまっている。


 特に用事がないのであればもう帰りたいのだが……


「あ、あの! 先輩はオカルトにも興味はありますか!」


「オカルト……? まあ、そうだな。まほ……黒魔法の参考にもなる部分もあるしな。それがどうかしたのか?」


 異世界なんてものに触れたこともあって、そういったオカルトの事例がそれらに関係がないとは言えないのだ。

 少しでも役に立つなら、なんて思ってそういったオカルトについてもそれなり程度には齧ってはいる。

 まあ、ほとんどが無意味に終わってるんだがな。


「で、でしたら、今度私の家に来ませんか!? わ、私の家、世に出てないオカルト関係の本とか珍しい本とかそれなりにあるんですよ!! ね!!」


「お、おう、そうなのか……」


 やけに熱のこもった……というか、白神自身でさえ困惑気味に話していそうな様子なのだが大丈夫なのだろうか。

 しかし……ふむ、世に出ていない珍しい本か。それはそれで興味はある。


 可能性としては低いだろうけど、それが俺にとって意味のあるものということもあるか。


「……よし、なら今度白神の家にお邪魔させてもらおうか。悪いが白神の家を知らないから、後で教えてくれ」


「……ふぇ?」


 そうだ、とポケットから自身のスマホを取り出し、白神の前に差し出した。


「日程決めるのに、連絡先知っておいた方が楽だろう。勝手に登録しておいてくれ」


 そう言って白神のほうを見れば、何故かポカーンとしたアホ面を晒して固まっていたのだった。

 なんでや。

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