第57話:驚愕するのは賢者のみに非ず

 体育祭が近いということもあってか、クラスではどの競技に出るか、応援をどうするかといった話題がひっきりなしに上がるようになっていた。


 そしてそれ以上に話題に上がっているのが体育祭における応援団について。

 自由な校風が売りの孔雀館ではあるが、ことこの応援団に関しては別なようでクラスから一人を必ず選出しなければならない。


 実に面倒な取り決めである。


 放課後に余計に時間が取られるうえに、体育祭当日も面倒な仕事が多い応援団。確かに目立ちたがりなパリピであれば真っ先に立候補するような役職であるが、うちのクラスにはそんなものに進んでなろうとする酔狂なものはいなかった。


 そのため、かの有名なじゃんけん大会という押し付け合いの権化ともいえるイベントが開催されると思っていた。

 思っていたんだが……


「では、うちのクラスからはデヴィリオンが応援団に立候補で決定とする」


「精一杯、頑張らせていただきます」


 何を考えての行動なのか、キースの奴が手を挙げて立候補しやがったのだ。

 いや本当に、何を考えてそんな突拍子もない行動に出たんだお前……!?


 女子たちの「応援するよー!」という声に反応して「応援するのは僕だよ」と笑顔を見せるキース。誰もやりたがらない応援団という仕事に自ら進んで立候補したため、彼のクラス内評価はまた一段と高まったわけだ。

 男子たちもこれにはなにも文句が言えないようで、面白くなさそうな様子を見せるくらいに留めていた。


 俺としては、ただでさえ面倒くさい体育祭に更に面倒くさい応援団という地獄の組み合わせを回避できたため、喜んでキースに拍手を送ってやってもいい。絶対に送らないが。


 何か裏があるのか、それとも別の目的があるのかなどと考えてみるが、体育祭の応援団になることに裏や目的があるものなのだろうか。


「キース君の応援団姿……きっと上裸に長ラン……! これしかないわ……!」


「それ本当!?」


「ぜ、ぜったい写真に納めなくちゃ……!!」


「応援団……放課後の教室……団長と二人っきり……フフッ、何も起こらないはずがなく……!」


 教室の一部で、何を想像しているのか顔を赤らめている女子が複数人見受けられる。だが彼女たちの想像通り、うちの学園の応援団はそれなりに力を入れて活動しているらしく、応援団の衣装も割りと凝った作りになっている……らしい。田村から教えてもらった。


 そして田村曰く、女子の応援団は例年チアガール衣装とのこと。

 過去には応援団に女子が一人も立候補しない男まみれの暑苦しい応援団も存在していたそうだが、そんなハズレ年にならないでほしいとのことだった。


「他の立候補者に女子はいねぇかなぁ……いてほしいなぁ……」


「まあ……いるんじゃないか? 知らんけど」


「だよな! いるよな!? 絶対!」


 いや知らんって言ったじゃん……

 俺の言葉を無視して騒ぐ田村に呆れつつ、俺はゆっくりと教室を見回した。

 応援団の選出はもっと難航すると思われていたのだが、あっさりとキースに決定したため現在は自習の時間になっている。


 担任は応援団が決まったことを報告しに行くと言ってすでに教室から出て行ったため、隣のクラスから咎められない限りはある程度の無法地帯と化している。

 そのためか、何人ものクラスメイト(主に女子)がキースの席の周りに集り、頑張れ頑張れと声をかけていた。


「しかしキースのやつ、転校早々によくやるもんだぜ。なぁーにが『このクラスにもっと馴染めるように、みんなの役に立ちたいんです』だ! これ見よがしに女子の評価点を稼ぎやがってぇ……!」


「そんなに言うなら、お前が立候補すればよかったんじゃないか?」


「え、嫌だよそんな面倒くさいこと」


「文句を言える立場じゃないぞ田村……」


 さも当然のように即答するその姿には、呆れながらも流石と言わざるを得ないだろう。

 だが田村と同じ意見というわけではないのだが、クラスメイトの役に立ちたいというキースの言葉には疑問を抱かざるを得ない。何度も言うように、奴の行動理由が謎すぎて俺の理解ができていないのだ。もしや、そうやって俺のような敵を欺いているのか……?


「……はぁ、わからん」


 俺は一人静かに溜息を吐くと、そのまま休み時間まで待つことにした。

 



「……ケッ、いいないいな俺もあんな風にモテたいなぁー!」


「妬むないじけるな。余計にその夢から遠のくぞ」


「だってよー津江野。あれだぜ?」


 クイッと田村が顎で示す先には話題沸騰中のキースの姿。


 時間は過ぎて昼休み。

 早くもキースが応援団員となったことが他のクラスにも知れ渡ったようで、他クラスの女子たちが「キース君頑張ってね!」とわざわざ声をかけにやってきていた。流石の人気者というべきか、そんな女子が複数人教室の外で列を作って待機してる。わけがわからん。


「くそぅ……天は二物を与えないんじゃないのかよ……」


「ふふん、残念だがな。時に何物も与えられている天才はいるもんだぞ」


 主にフィンとかだな! あいつは顔もよければ性格もいいし強いし紳士的でまさに完璧超人と言えるだろうよ!


「な、なんか嬉しそうだな津江野……まあでも、確かにそういうやつっているもんだよなぁ」


「だな。無い物ねだりするくらいなら、今あるものを高めるか新たに自分で学ぶしかないだろうよ」


「おお……なんか深い!」


 何故か目を輝かせて体を乗り出してくる田村。

 そんな彼の勢いに若干押され気味になっていると、教室の外で見慣れた白い髪が跳ねているのが横目で見えた。


「すまん田村。知り合いが教室の外で跳ねてるから行ってくる」


「おうりょーか……え、跳ねてるのか?」


 席を立って廊下に向かう。

 キース目当てで集まっている女子生徒の波に呑まれてあっちこっちに流されている姿は少々見ていて面白いのだが、流石にあのままにしていては白神の体格では危ないだろう。

 はやいところ助けてやろうと歩を進める。


 だがしかし、そんな白神の手を掴み、俺よりも早く女子の群れから救出する者がいた。


「君、大丈夫かい?」


「え……あ、はい」


 白神の手を掴んで女子たちの中から助け出したキースは、そう言って白神に向けて笑いかけていた。

 対する白神は急に引っ張り出されたからなのか、少しの間キョトンとした様子だったのだが、すぐに助けられたことに気付くと素直にお礼を述べる。


「あの……」


「ん?」


「手、離してもらってもいいですか?」


 助けた際に掴んだ手を未だに離さないキースであったが、白神に言われて漸くその手を離した。


「おっと、ごめんね。つい見惚れてたよ」


「はぁ……そうですか?」


「うん、本当に。妖精みたいに綺麗な子だなって」


「え、そうですか? えへへ……それはちょっと嬉しいですね。あ! 先ぱ――」


 キースにその容姿を褒められていた白神は満更でもなさそうな表情を浮かべていたが、キースの背後にいた俺に気付くとすぐこちらに向かおうと彼の横を通り抜けようとした。


 が――


 ガシッ、と一度離していたはずの手でキースは白神の手を掴んだ。


「レディ。もしよければ、放課後僕とデートしてくれないかい?」


「……え?」


「……は?」


『……えええぇぇぇぇぇぇえええええぇぇぇぇぇ!?!?!?』


 その言葉に、白神と俺と、そして教室に集まっていたすべての生徒の驚愕の声が響き渡るのだった。

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