第58話:賢者は騎士と対面する

 いったい全体どうしてこうなったのか……


「え……え、えぇぇぇ!?」


 突然キースから告げられた言葉に、その場にいた誰もが驚愕の声を上げた。特にその言葉を向けられた白神の反応は顕著で、どうすればいいのかと教室のあちこちを見て戸惑っていた。


「どうかな?」


「え、えっと……どうかなと言われても……そ、そもそも私初対面なんですけど……!?」


「それはこれから時間をかけてお互いを知っていければと思うんだ。今日この場で君と出会えたのは、僕にとって運命のようなものだと思っているよ」


「な、何を言ってるのか全然理解できないんですけど……!?」


 よくわからないことをつらつらと話しているキースに対して、戸惑うどころか若干の恐怖も感じ始めた白神。そんな彼女が助けを求めるように俺の方を見たので、仕方ないと再び歩みを進めた。


 あんまり表立った接触は好ましくはないのだが、状況が状況だ。


「デヴィリオン。悪いが、うちの後輩が怯えてんだ。そこまでにしてくれ」


「ん? 君は……確か津江野君だったかな」


「俺の名前はどうでもいいから、さっさとその手を離せよ。日中から堂々とナンパするのは勝手だが、年下の中学生を相手に手を掴んですることじゃないだろ」


 そこまで言うとキースは「おっと、ごめんね」と白神に謝りながらその手を離した。そして手が自由になった白神は、急いで俺の後ろへと隠れるように移動する。


「せ、先輩……ありがとうございます……」


「あいよ。それで、何か用でもあったのか? わざわざ高等部の教室まで来て」


「あ、はい。大したことではないんですけど、今日は用事があって同好会には参加できない報告をと。スマホの電池が切れてたので、直接言いに来ました」


「了解。まあそんなに気にするな。白神が来ても来なくても、活動自体は変わりがないからな」


 別に欠席の連絡も必要ではないのだが、そこらへんは白神の性格故なのだろう。だが何というか、その性格故にこんな面倒くさい相手に目を付けられるとは体質のことといい宝石の騎士ジュエルナイトになった件といいそういう面倒な星の下にでも生まれたのかねこいつは。


「連絡は受けた。ほら、白神はさっさと戻れ。じゃないと、また面倒なことになりかねないぞ」


「は、はい! ありがとうございます先輩。それでは、また明日同好会で!」


 失礼します! と元気よく頭を下げて教室から出て行った白神。未だに教室の外にはキース目当ての学生で溢れているのだが、来た時とは違ってスムーズに間を抜けて帰っていった。


「……なるほど、君が彼女の騎士ナイトってわけだね」


「何意味の分からんことを言ってんだお前は」


 一人で頷きながら頭の悪いことを宣っているキース。そのわかってるから、みたいな顔を止めろ。


 思わず心の中で溜息を吐く。

 今の出来事のせいで、いらぬところで周囲からの興味を買ってしまったのがまた面倒くさい。それこそ女子なんてこの一か月で何人もアプローチをかけていただろうに。何故初対面の、それこそキース本人目当てで来たわけでもない後輩相手にデートのお誘いなんてしたんだこいつは。


 周囲の視線に囲まれる形で向かい合う俺とキース。

 こんな形で表立って対面してしまったことに舌打ちしたくもなるが、なってしまったものは仕方ない。今はこの状況から一早く離脱し、ただのクラスメイトの関係に戻るのが先決だ。


「んじゃ、これで」


「ちょっと待ってくれ」


 特にキース自身に用があるわけでもなかった俺は、そのまま踵を返して席に戻ろうとする。

 が、そんな俺をキースが呼び止めた。


 待てもラテもねぇよ面倒臭ぇ。俺は待つ用もないんだよ。

 と、言いたい顔をして振り返る。たぶん待たなかったら、他の学生(主に女子)からの反感が酷そうだからだ。


「何だ? 俺はデヴィリオンに用があるわけじゃないんだが」


「ごめんね、呼び止めて。ただ一つ聞かせてほしいんだ」


 真面目な顔をして俺と向き合うキース。そんな彼の様子に、並々ならぬ意思を感じ取った俺は少しだけ警戒を強めて「なんだ」と問い返す。


 俺の正体がバレたとかそういうことではないだろうが、今この場でいったい何を聞くというのだろうか。

 まさか俺ではなく、白神に何かを感じ取ったからこその行動だったのか?

 宝石の騎士ジュエルナイトである彼女に、その敵対組織の一員でもあるキースが反応する可能性というのもゼロではない。俺がキースの正体に気付いたり、白神が違和感を持ったりしたように、彼自身が何かを感じ取ることもあり得ない話ではないだろう。


「その……彼女と君はお互いを大切に思いあうパートナー……恋人だったりするのだろうか?」


「顔に似合わない頭ピンク思考かよこの野郎」


 心配して損した気分だよこの野郎。


 キースのふざけた質問に文句を零してその場を立ち去る。

 思わず口からこぼれた言葉に、周りの女子たちから、いいすぎだのひどいだの果てにはひっこんでろモブ顔野郎だの罵倒が漏れ聞こえている。だがマリアンナくらいの性格に直してからじゃないとまったく心に響かない。

 そも、お前らはお目当てのキースが中学生相手にデートを申し込んだ事実をもっと深刻に受け止めろよ。


 はぁ、とため息を吐きながら席に帰還する。なんというか、精神的に疲れるな。


「お疲れさん。なんか大変そうだったな」


「そう思うならあの女子の視線を止めさせてきてくれないか」


「はっはぁー! 無理☆」


 キースを含めた女子たちの視線がこちらに向けられているのがすでに面倒だと思ってしまう。仕方ないこととはいえ、もう少し考えて行動するべきだったかもしれない。おかげで今後の学校生活が今までよりも大変になりそうな雰囲気だ。


 もっとも、それでも。


 心のどこかでほっとしている俺がいる。なら、後悔する必要なんてないだろう。


「……なんか嬉しそうだな、津江野」


「そうか?」


「おう。そんなことより! おめぇいつの間にあんな美少女と縁ができてたんだよコンチクショー!」


 やいのやいのと騒ぎだす田村に呆れながらも、同好会の後輩であることを説明するのだが、そんな説明している最中でも「中学生とはいえあんな美少女と青春しやがってこのヤロー!」と更に興奮し始める田村。

 そんな彼を鎮めるために俺は貴重な昼休みを消化してしまうのだった。

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