第56話:賢者は体育祭の存在を思い出す

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 夏休みが明けてから早一か月が経った。

 それはつまるところ、あのキース・デヴィリオンが転校してきてから一か月が経ったということだ。


 驚いたことにこの一か月、キースは何か怪しい動きを見せることもなく普通のクラスメイトとして過ごしている。


「ああ、そこの問題はね――」


「ああ! そういうことか! キース君、ありがとう!」


 横目で気づかれぬようにその席を見てみれば、つい先ほどまで数学を教えてもらっていた女子生徒がキースにお礼を言って立ち去っていくところだった。


 あのように一人のクラスメイトとして一か月も過ごしていることに驚きだ。ドラゴンガールやエルフ耳は敵らしい敵であったことに対して、あれは異質と言えるだろう。痺れを切らして強硬手段に出ると考えていたが、どうやらあれはそこまで急いているわけではないらしい。


 いったい何を考えているのか。

 エルフ耳を探すのが目的であるのなら、もっと探すような行動を起こしてもいいはずだ。この一か月、念のためにと姿を隠してキースの監視を続けていたがそれも無駄に終わっている。


 本当に、ただの人間のように過ごしているのだ。


 俺の勘違いでキースは本当に普通の人間で偶々この学園に転校してきた……なんてことも一瞬思い浮かんだが、時折体から出るあの感覚は間違いなくエルフ耳やドラゴンガールのそれと同じ性質のものだった。敵であることには間違いないはず。


「……いったい、何がしたいのやら」


 だが目的がわからない以上、警戒を緩めるつもりはまったくない。

 あまりよろしくない事態ではあるが、仮に奴と戦闘になったとしても一か月もあったんだ。エルフ耳からの魔力収集も再稼働しているうえ、魔法書から学んだ攻撃用の魔法陣も多数取り揃えている。ドラゴンガールが相手でも今度は仕留めきれる自信はある。


 また先ほどとは違う女子生徒を相手に楽し気に話しているキース。

 その様子を前の席の田村含めて何人かの男子生徒が羨まし気に見ているのだが、件のキースは特に気にした様子もなく会話を進めていた。


「くそぉ~……おい津江野。このままじゃ俺たちモテない男子の青春が終わっちまうぞ……!」


 その羨ましそうに見ている男子の内の一人でもある田村は、椅子の背もたれに腕を置いてこちらを向いてハンカチを噛みしめていた。


「……どうでもいいが、何故俺をそこに含めたんだ」


「ぬぁにぃ!? 津江野、まさかお前……既に彼女がいるのか……!?」


「いや、いないけども」


「ならばよし……!!」


 何がよしなんだ、と言いたかったが、どうせしょうもないことだろうし無視しておく。

 良い奴ではあるんだが、時折こうして暴走するのはどうかと思う。

 まあ、愉快な奴だとは思うけども。


「だいたい女子たちもそうだ……! ちょ-っと顔が良くて性格がよくて頭のいい金髪碧眼の王子様みたいなやつが現れただけでキャーキャー騒ぎやがって……!」


「だが田村。顔も性格もよくて可愛い女の子がいたら、お前も色目使うだろ?」


「何言ってんだ当たり前だろそんなこと……!」


「ブーメランなんだよなぁ……」


 男として当然の行動だ! と目の前でおおっぴろげにしている男は放っておいて俺は外に目を向けた。

 既に九月も終わりかけの今日この頃だ。たまに夏かと思うような気温になることもあるが、それでも幾分かは落ち着いた季節にはなった。校庭の木々にもところどころ秋らしい色が見られた。


「あ、そういえばよ」


「今度は何だ」


「今度……というかもうすぐ体育祭だろ? 津江野は何に出るつもりなんだ?」


 思い出したかのように唐突に話題を変えた田村は、「俺はリレーとかに出るつもりだぜ」などと聞いてもいないことを話している。

 学生の一大イベントの一つでもある体育祭。当然ながらここ孔雀館でも開催されるのだが、その体育祭まで1か月と少しと言ったところか。


「そうだな……特に考えてないぞ」


「えぇ……まじかよ。何か選んどいたほうがいいぜ?」


 田村の言葉に、そうだなとだけ相槌を打つ。

 ちょうどそこで次の授業の教師が入ってきたため会話は打ち切りになった。


 しかし、体育祭ね……去年は面倒だからと真面目に取り組まなかったことをよく覚えている。何せ、俺は体育祭の時間も旧館の同好会の部屋で魔法書を読み漁っていたのだから。

 なに、面倒ではあるが生徒教師保護者含めて俺が参加しているという暗示をかけてしまえばいいだけの話だ。


 というのも、孔雀館の体育祭は学内にある体育館の中で行われることになっている。体育館と言っても、いくつかの競技を一度に行えるほど巨大なうえ、保護者が観戦できる観客席も備え付き。そして孔雀館の体育祭は中等部と高等部合同で行われる。

 

 もちろん、そんな大多数を一人一人暗示をかけていてはきりがない。そこで俺は前日に体育館そのものに巨大な暗示の魔法陣を仕込むことで体育館内の全員に暗示をかけることに成功したわけだ。

 本当なら、今回もそうやって乗り切りたかったんだが……


「そうもいかないよなぁ……」


「ん? どうした津江野。質問か?」


「ああいや、すみません。大丈夫です」


 今年は宝石の騎士ジュエルナイトとなった赤園少女や青旗少女の他にも、宝石の騎士ジュエルナイトでかつ魔法の類が効かない白神やキースといった不安要素がある。何かしらの魔法的手段で参加をごまかすことはできないだろう。


 となると……大変不本意ではあるが、参加せざるを得ないわけだ。

 もっとも、白神達の存在に気付いていなければ今年も去年と同じようにバックレていただろうし、そのうえで俺の存在に気付かれてしまっていたと考えるとすでに彼女らの存在を知っていることは大きいと言える。


 去年は真面目に参加していないため、どんな競技があるのかまったくわからない。

 さっきは田村が言ってたリレーの他は……定番と言えば綱引きや玉入れに大玉転がし。あとは騎馬戦だろうか。


 はてさて、いったい何に出るのが最も目立たずにかつ楽に終えることができる競技だろうか。


「……まあ、後で田村に聞いてみるか」


 今度は教師に気付かれないよう、小さな声でそう呟くのだった。

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