第16話:賢者は謎の体質に困惑する
なんなのあの
我が同好会の片隅で本を読む少女の様子をそっと伺いながら、俺は頭の中で思考を巡らせる。
どっかのマスコットのようにワケガワカラナイと言いたいくらいだ。
まさかとは思うが、魔法とかの力を受け付けない体質とか……?
「……こっちの世界でも、そんなのがあるのか?」
「? 先輩、何か言いましたか?」
「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」
視線を上げてこちらに問いかけてきた後輩に何でもないと言ってやれば、「そうですか」とそれだけ言って彼女は視線を本へと戻した。
彼女がこちらを見ていないことを確認し、俺は小さくため息を吐く。
魔法なんかがない世界で、まさかそんな体質があり得るのだろうか。もしも俺が異世界を体験していないままの一般人であったならば「そんなファンタジーあるわけがない」と断言できるのだが、もうすでに異世界召喚なんてファンタジーを経験済みであるため否定もできない。
魔法の力を受け付けない体質なんて、向こうの魔法使いからすれば天敵でしかないだろう。しかし、彼女は魔法使いも魔物もいないこの世界に生まれたのだ。その体質は誰にも気づかれることなく過ごすことになるのだろう。
もっとも、俺にとっては迷惑でしかないがな……!!
「はぁ……」
「あの、先輩。さっきからため息が多いですけど、何かお困りですか?」
お前だよとは言えない。
「いや、気にしないでくれ。昨日遅くまで
「大丈夫ですか? たまには息抜きしないとダメですよ?」
お前だよ。
「しかし……何でこっちに入ったんだ? オカルト研究部志望だっただろうに」
「あ、その……あちらにも一応仮入部してみたんですが……何というか、違うなって思って……」
「違う?」
少女の言葉に、俺は首を傾げた。
「はい。私はオカルトが好きでオカルト関係の部活がいいと思ってたんですけど……あそこはあまりそういった活動はされていないみたいで。それに……」
「それに?」
「ちょっと、先輩の男の人の距離感が近くて」
「……あー」
気まずそうにする少女の姿は確かに整っている顔立ちと言えるだろう。白髪に赤眼や彼女自身の雰囲気もあってか儚げな美少女ともいえる。年頃の青少年であればさぞ魅力的に映るだろう。
……俺? マリアンナとリンが常に側にいるような状態だったからなぁ。
見た目は美人と美少女(美幼女)の二人だ。耐性くらいはつく。
「でも、オカルトに関わるっていうならここも違うんじゃないか? 悪いがここはそういった活動をしているわけでもないし、俺がただ一人で本を読んでいるような場所だぞ?」
「えっと……そうかもしれないんですけど、興味をそそられるものが多くて……」
チラリと彼女が見たのは部屋に設置している本棚。そこに並べられている本の数々。
「……でも読めないんだろう?」
「はい! なので、絵柄と雰囲気を楽しんでます!」
「それでいいのか……」
書かれている言語は向こうの世界の言葉だし、読んではないだろうとは思っていたが……そこまではっきり言われると少々肩透かしというかなんというか。
「そういえば、先輩はこの本の言語読めるんですか?」
「俺か? あー……」
少女からの問いかけに、俺は一度言葉を詰まらせる。
はたしてこの問い、読めると言えばいいのかそれとも読めないと言えばいいのか。
まず前者を選択した場合は、間違いなく言語を教えてほしいと頼まれるだろう。それはそれで面倒だし、読めるようになっても困るものだ。
しかし、読めないといった場合はこれはこれで面倒くさい。というのも、じゃあなんで読めない本をこんなに用意していつも読んでいるのかという話になる。
「……すべて読めるわけじゃない。黒魔法研究とは言ってるが、やってることはほとんど解読作業みたいなものだよ」
結果的に俺が選んだのは玉虫色の回答だった。
「ということは、部分的には読めるんですか!?」
「……まぁ、一部の単語くらいはな」
「教えてください! 是非!!!」
「勢いがすごいな……」
だが、こう答えておけばたとえ教えてと言われたところでごまかせる部分は多くなる。単語に関しても問題のない単語だけを教えてやればそれで満足するだろう。
記憶操作なんかの魔法も聞かない以上、下手にごまかすよりはこのほうがいいだろう。
「っ……今日は遅いからまた今度な。今日はもう終わるぞ」
「えぇ!? そ、そんなぁ……」
学校の授業も本格的にスタートしたため、彼女がこの部屋に来るのも放課後の時間からだ。
すでに陽が沈みかけているため、これ以上遅くなれば実家通いの彼女の両親も心配するだろう。
片づけは遣っとくからと少女を先に帰すと、彼女は「明日楽しみにしていますね!」と言って駆け足で出ていった。
「……明日、休みにしようかなぁ。さて、では行きますか」
本を片付け、部屋の鍵を中から閉める。あの少女以外に認識されていない部屋だ。鍵の管理は俺が個人で行っているため別に職員室に返すこともない。
保管の陣に鍵を放り込み、窓から外へ。施錠の陣で外から鍵を掛ければ問題はない。
隠蔽の陣で姿を隠し、身体強化で街を駆ける。
確か反応は……ショッピングセンターの方か?
空ノ森にでも一際大きなショッピングセンター。学園から少しばかり距離があるのだが身体強化した俺であれば数分もかからずに到着できる。
今回は何か手がかりを……! といつもよりも急いで現場へ向かった。
……のだが
「チィッ……! 今回も遅かったか!!」
ショッピングセンターの屋上から見下ろせば、そこかしこで倒れていたであろう人々が起き上がっている最中だった。
まただ。また同じ現象が起きている……!
あの新学期が始まったあの日。大樹から今までに感じたことのない反応を感知してからずっとだ。
街の中で似たような反応が起きるたびに、周囲の人々が少しの間意識を失うという謎の現象が起きている。偶然と済ませるにはもう無理な回数だ。
「いったい、この街で何が起きてるんだ……?」
自身が寝ていたことに不思議そうな様子の人々を眼下にした俺の言葉は、陽の沈みかける空に消えていくのだった。
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