第17話:賢者はその違和感を歓迎する
放課後に似たような違和感を何度も感じ、その度に現場に急行して何もありませんでした。なんてことがここ最近ずっと続いている。いい加減腹立たしい。
何が一番腹立たしいのかと言えば、俺が見つけられないというのもそうなのだが、何よりも周辺で気絶している人々からむやみに魔力の収集ができないことが困る。
気絶しているということはつまるところ人として正常な活動をしていないことと同義だ。それも外的要因によるものであるならばなおさらと言える。そんな人間から生気を元とする魔力を無理やり集めてみろ。少量とはいえどんな弊害があるか分かったものではない。
だからこそ、現場についてすぐにやるのは周辺に設置した陣の解除だ。これの再設置もそこまで手間はかからないが面倒であることに変わりはない。
おかげでここ最近は陣を張り直してばかりだ。
「あの、津江野先輩。どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない。なかなか思うようにいかないこともあると思ってな。変に気を使わせて悪いな、白神」
「あ、いえ! お気になさらず。それよりもここの解読なんですが……」
そういって手にした本をもって隣の席に座る後輩に、問題がない単語のみを教えてやる。
時期はすでに五月の半ば。
すでに
だがこれについてはもう諦めた。魔法まで使用したうえでどうしようもない相手であるならば、自身の目の届く場所で見張る方がいいと判断したからだ。本人にその意図がなくても、俺の計画に支障が出ればたまったものではない。
まあこの一か月は今のようにこの部屋に来てはひたすら本を読み、時折さっきのように俺に単語を聞いてくるくらいしかしていないんだが。
「♪~♬~」
……まぁそれであれだけ楽しめるのなら本人も満足なんだろう。
嬉しそうに本を読む(読めているとは言えないかもしれないが)白神を尻目に、俺は再び、今度は彼女に気づかれないように息をつく。
しかし、彼女がこの部屋に来るようになってからというもの、先ほどのように質問に来る上に危険な類の魔法書が読めないため以前よりも効率がよろしくない。その分帰ってからの時間を費やしてはいるが、それでも以前のほうが良かっただろう。
となると、時間干渉系の魔法陣も調べてみるべきか? 習得難易度が高い空間系の魔法陣は習得しているが、時間系統はそのさらに上の難易度を誇る。容易にとはいかないだろうが、一時間で二時間分の効果が得られ得れば作業効率は倍だ。
それに万が一、俺が向こうの世界へ転移した時間軸が手遅れだった場合も考えて習得しておくべきかもしれない。
「……できることはやるか。本当に……やることが多すぎるな」
だがそれでも、あいつらのためであれば俺は何でもすると決めている。
俺が死ぬことになろうとも、だ。
「……まあ、死んだら怒られるだろうがな」
フィンが静かにキレる顔がありありと思い浮かぶ。
「あーーー!!!」
「っ!? どうした!? 何かあったか!?」
突然発せられた白神の悲鳴。
その悲鳴に対して、俺はとっさに主武器であった杖を保管庫から取り出しそうになったが、ここが向こうではない世界であることや白神の目の前であることを思い出して何とか踏みとどまった。
見れば、白神は何かを思い出したかのように立ち上がっておりその顔にはありありと焦りの表情が浮かんでいる。
「すいません! 教室にノートを忘れてしまいました! すぐにとってきます!」
「……大げさすぎないか? びっくりしたんだが?」
「すいません! でも私にとっては大事な、先輩に教えてもらった魔法言語の解読ノートなんです!!」
では行ってきます! と元気よく部屋を飛び出していった白神。
俺は彼女が飛び出して開け放たれたままの扉をしばらくポカーンと眺めていた。
「そんなもん作ってたのか。あと、もう少し優しく開けてくれよ……」
旧校舎の扉であるため、場所によっては老朽化しているところもある。この部屋はそれほど古いわけではなかったし、なんなら俺が来た当初に部屋のあちこちを『修繕』しているため問題はないが、それでももっと優しく扱ってほしいものだ。
まったく、と扉を閉めて俺は再び席に戻る。
久しぶりに俺以外の気配が消えた部屋の中。
そんな部屋の中で考えを巡らせる。その中で気になるなるのは、ここ最近になって感知している謎のエネルギー反応について、だ。
魔力にも似たその反応はこの空ノ森を中心とした各所で見られる。他の街では見られない反応であることを考えると、この街限定の何かなのだろう。
つまるところ、この街そのものに原因がある可能性がある。
そして現状で考えられる原因は……
「あの大樹、か」
多くの龍脈が集まるあの場所くらいしか考えられない。言っちゃ悪いが、この街はあの大樹以外に見どころ何て特にないような普通の街だ。
そんな場所であんな現象が起きているならば、やはり最初に疑うべきは大樹だろう。
まあ全部憶測。
俺が原因を発見できてない以上、どうもしようもないがな。
「今度の休み、また改めてあの大樹の調査にでも行くとするかな……あそこなら結界張っておけば多少魔法も使えるだろうし。あいつらにあった時に腕が鈍ってるなんて言われたら――」
――絶対からかわれるだろう。
そう続けたかった俺の言葉は、その身に感じた違和感に遮られた。
そして同時に、俺はにんまりと笑みを浮かべていたことだろう。
「いやはや……まさかまさか、向こうからやってきてくれるとはなぁ……!!
」
何かの結界か何かの中に取り込まれたような感覚。そして窓から見上げた空が、先ほどまでの夕焼けからショッキングピンクというとんでもない色に変貌していることを確認した俺はすぐに隠蔽の陣で姿を隠して行動を開始するのだった。
第三者が見れば、物怖じしてしまいそうなほどの笑みを浮かべて。
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