第26話:覗き見賢者

 とりあえず急を要した危機は去ったため、今後のことを考えよう、と考えた次の日。

 言ってしまえばあの少女たちの戦いがない限りやることは変わりがないため、今日も今日とて魔力収集(自動)及び同好会の活動だ。もちろん、白神も一緒である。

 一般男子生徒(中学生)であれば、同学年の美少女と放課後の教室で二人きり……なんて青春っぽくなるんだろう。

 だがしかし、学生における4つ下という事実を忘れてはいけない。そも、この間まで小学生だったんだぞ。青春なんてあるものか。


 一応白神から昨日の後の件を聞いたのだが、青旗あおき少女の暗示はうまくいっていたらしい。あのハムスターモドキも特に何もしていないっぽいので、心の中では盛大に安堵の溜息を吐いた。


 ♪♬~


 何かの着信音。

 突然部屋に響いた音に顔を上げてみれば、白神が私です、と本を置き鞄にしまってあったスマホを取り出す。


「っ!! 先輩すいません! ちょっと急いで帰らないとです!」


 内容を確認した白神の表情が強張った。


「ん? そうか。最近忙しそうだが……大丈夫か?」


「はい! それでは!」


 そう言って慌ただしく部屋を出ていく白神を見送り、俺もいそいそと帰り支度を始めた。

 恐らくだが、赤園少女か青旗少女、もしくはハムスターモドキからの緊急要請か何かだろう。近くで戦いがあるのかもしれない。

 もし違った場合は、それはそれで街が平和だという証だ。取り越し苦労ならそれでもいい。


 そう思っていたのだが、帰り支度を終えて学校の屋上で姿を隠して待機していれば、学校近くで結界が展開されたことを感じ取れた。

 どうやら、予想通りだったらしい。


「場所は……河川敷か。また見晴らしのいいところだなおい」


 主に俺が彼女らの戦いを見守る理由は二つ。


 一つは戦いの素人である彼女らが万が一にもピンチになった場合の補助。

 まぁこれは先達としての務め、と考えればいい。俺の存在を悟らせないために姿を見せることはないのだが、それでも戦っているのは俺よりも年下の少女たちだ。彼女らで対処できるなら何もしないが、いざというときには守らねばならない。


 そしてもう一つはあの青年の確保。

 前回は色々とありすぎてそんな暇もなかったほか、あの青年の居場所もわからなかったためそれも断念せざるを得なかった。

 そのため、白神達を狙って再度現れるのを待つしかなかったのだが……どうやら、予想よりも早く現れてくれたらしい。

 彼女たちとの戦いの後、彼の行き先を追跡。そして余計なことをされる前にあの青年魔力タンクを確保する。


 主に後者の理由のため、できれば近くに陣取りたい。だが、万が一にでも俺の隠蔽が見破られてしまう可能性は考慮しなければならない。

 だからこそ、この間の校舎の屋上のように近くでも身を潜められる場所が望ましいが……河川敷となるとそれも難しいだろう。


「とりあえず、行ってから場所は考えるか……もしかしたら、ちょうどいい建物が近くにあるかもしれないしな」





 結論


 そんな都合のいいところなかった。


「うーん……空があの色だからなのか、川までピンクに染まってやがる……」


 対峙する両陣営が見える位置となると、河川敷から少し離れたビルくらいしか候補がなかった。

 仕方なく、その窓から河川敷の戦いを観察しているのだが、これがこの間の校舎と比べるとかなり見づらい。


 それなりに距離があるため、今回は遠くを見る『遠視』の魔法と遠くの音を拾える『収音』の魔法を併用中。俺にとっては朝飯前のことであるが、両陣営の背景がショッキングピンクの川であるため、とっても目に悪い。

 ……いっそのこと、色だけでも変えてやろうか?


 幸い、ある程度この結界の構造も把握できているため、簡易的なものであれば真似して展開することもできるだろう。完全再現となるとまだもう少し時間はかかるだろうが、時間さえあればできないこともない。色さえも、現実と変わらないものにすることだってできるだろう。


「……いや、バレるからやめておくか」


 しかしそんなことすれば、一発で俺の存在がバレてしまうためやることはない。

 仕方ないかぁ、と再び彼ら彼女らの戦いに視線を戻す。


 少女たちはいつもの三人と、その背後に控えるハムスターモドキ。

 対してエルフ耳で魔力タンクの青年は、手足を生やした魚のような邪悪なマスコットを前に出し、ハムスターモドキと同じように後ろに控えている。

 いや、ありがたいけどお前前でなくていいのかよ。

 あと、あのモンスタービジュアルがめちゃくちゃ気持ち悪いぞ。


『いけジャアックゥゥ!!』


『ジャアックゥゥゥゥ!!!』


『レッド! あなたは正面から! ホワイトは私と両サイドから攻めるわよ!』


『わかった!』

『わかりました!』


 髪の長さとか服装とか雰囲気が色々変わって気づきにくいが、あのレッドと呼ばれているのが赤園少女なのだろう。ということは、指示を出していた青いのが青旗少女でホワイトと呼ばれていた白いのが白神か。

 色でわかりやすいな。


 モンスターの攻撃を抜き身にした剣で受け止める赤園少女。そしてその間にほかの二名が両サイドから回り込んだ。


『ジャアック! 他の二人に注意しろ!』


『ジャアックゥゥ!!』


 しかし青年の指示が飛び、モンスターは口から水を放射。

 白神少女に放たれた生臭そうな水鉄砲。向けられた本人もさすがにそれは嫌なのか、しかめっ面で飛びのいた。

 だが、もう一方の青旗少女は完全フリー。そのまま水を吐き出していた顔に槍をたたきつけた。


『ジャアックゥ!?』


 思わぬ強烈な一撃によろめくモンスター。


『喰らえぇ~!』


 そして体勢が傾いたモンスターに向けて、白神であろう白いのから一条の白い矢が放たれる。

 その速度は、俺の知る弓矢の一撃と比較にならない速度だった。例えるなら、雷のように、か?


「赤いのは剣、青いのは槍。そんで白いのは弓ねぇ」


 パーティとして考えるなら近中遠でバランスが取れているといえるだろう。本音を言えばヒーラーと火力職でもある魔法使いを入れて……


「っ、いかんいかん。向こう基準は別だったな」


 一度目を伏せて頭を振り、再度戦いに目を向ける。

 しかし、どうやらもうすぐ決着がつくようで、倒れ伏すモンスターに向けて三人娘の必殺技的な何かが繰り出されようとしている。


『ブレイドセット! 灼熱の剣よ、今ここに炎の証明を! バーンインパクト!!』

『ランスセット! 静謐なる槍よ、今ここに水の証明を! ハイドロキャノン!!』

『ボウセット! 迅雷の弓よ、今ここに雷の証明を! サンダーアロー!!』


 炎の剣、水の槍、雷の弓

 それぞれから放たれる攻撃は誰がどう見てもオーバーキルのそれなのだが、完全に敵対している相手に対してであれば正しいものと言える。

 変に情けをかけると痛い目を見ることもあるからな。


『ジャアックゥゥゥゥゥゥ!?!?!』


 爆発オチなんてサイテー、なんて感想が出そうな見事な弾けっぷり。見たところ河川の一部がなくなっているためその威力が窺い知れるところだ。全部元通りになるというのだから便利な結界である。

 早いうちに習得せねばと考えていると、後がなくなったエルフ耳の青年魔力タンクが三人に追い詰められているところだった。


『ちくしょう……!! いつもいつも俺様の邪魔ばかりしやがってぇぇ……!!』


『あなたが襲ってくるんでしょ!! もう諦めて、アルちゃんの国から出ていきなさい!』


『はっ! 誰が諦めるかよ! それに妖精郷フェアリーガーデンの支配はもうほとんど終わってんだ! あとはその世界樹の宝石の宝石さえ手に入れば、全世界は俺たちの手のものとなる!!』


 ……これ、わりと重要なこと喋ってるな。

 収音で拾ってくる会話を聞き逃さないよう、彼らのやり取りに耳を傾ける。


『そんなことして、いったい何になるっていうのよ』


『決まってる! キング様は全世界の支配者となり生きとし生けるものは全てがキング様に膝まづく! そしてその配下である俺様はお前たちの上に立って好きなように振舞うんだよ!』


 目を見開いてそう怒鳴るエルフ耳魔力タンク

 言っていることが最低なうえにお零れにあずかるとする三下感が拭えないが……ああいう願望は潰しておくに限るだろう。


 逃げられる前に動こうかと、立ち上がる。

 しかし、俺のそんな行動は、突如『収音』が拾った第三者の声に止められるのだった。


『ふーん、まーたしょうもないこと言ってるのねあんた。そんなんだからいつまでたってもポーンの下っ端なんでしょ。恥ずかしくないの~?』


『っ!? ア、アンフェ……!? あんたどうしてここに!?』


 エルフ耳魔力タンクにアンフェと呼ばれた金髪の少女。

 それだけなら小悪魔的な表情も相まってかわいらしいの一言で済むのだが、宙に浮いてるうえ、皮膜の張った翼と、鱗が生えた尻尾からして普通の少女ではないのだろう。『遠視』でよく見れば、顔の一部にも鱗のようなものが見える。


 本当に、なんでこう状況がややこしくなっていくのかなぁ……!!

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