第25話:切り抜けた賢者と不穏な影

「よし……! よしよしよし!! な、何とか切り抜けられた……はず!!」


 新館の生徒会室からこっそりと抜け出して寮へと帰宅した俺は、帰って早々にガッツポーズを決めた。


 本当に生きた心地がしなかった……特に青いの。あの青旗とかいう少女から部屋のことを聞かれているときは、冷や汗が止まらなかった。

 三つも年下のはずなのにとんでもない圧を感じたぞ……下手すれば説教モードのマリアンナに並ぶ。


 よくリンが説教を受けてたが、こんな感じだったのか……会ったら何かプレゼントでも送ってやろう。


「そもそもの話、こんなことになるとか考えてもなかったから裏工作なんて何もしてないんだよなぁ……」


 だからこそ、俺もよくわからん! で押し通したわけだが……それはそれで事実確認されるとこちらが困る。

 去年からの引き続きで生徒会に所属しているメンバーはまだ暗示が聞いているから問題はないし、今年から新しく加入したメンバーはそもそもうちの存在を知らないため疑問に思われることもなかった。


 しかし、そのうちの一人である青旗少女がうちの同好会の存在を知ったことで予定を変更せざるを得なくなったのだ。


「青旗少女から他の新加入の奴らに話が伝わるのも困るし、それがきっかけで暗示が解けるのはもっと困るからな……」


 よく俺が使用している暗示だが、これは決して万能ではない。

 暗示の内容と矛盾した話が出れば、それをきっかけに効果が弱まってしまい、最終的に暗示が解けることもあるのだ。

 だからこそ、急いでこの問題を解決する必要があった。


 三人が同好会を去った後、すぐにその行動を魔力視で観察。そのおかげで青旗少女が生徒会に向かうことも把握できた。行動力がすごいよね本当に。

 幸い、あのハムスターモドキはもう一人の赤園少女とともにいたため、生徒会での待ち伏せ及び忘却の陣+暗示の必殺忘れろコンボを繰り出すことができた。


 ……いかんな、難所を乗り切ってテンションが上がっているのか、言動がおかしくなっている。


 ともかく、これで青旗少女の同好会に対する疑念と生徒会及び教師への事実確認という行動を忘れさせることができたはずだ。また、そのうえで『聞いた結果、黒魔法研究同好会には問題はなかった』という暗示をかけたのでこれで大丈夫なはずだ。

 あのハムスターモドキにその処置を気づかれなければ、の話だが。


 そう、世知辛いことに、ここまで頑張ったとしてもあのハムスターモドキの一手ですべてがおじゃんになる可能性はまだ残っている。

 今日だって、あのハムスターモドキは赤園少女の鞄の中にいたのだ。魔法を使うわけにはいかなかったため確証はないのだが、鞄の隙間から何かがうごめいていたことは確認している。


 学校に!! 動物を!! 連れ込むんじゃないよぉ!!


 そう言ってやりたいし、俺の計画のために匿名で教師に情報を流して連れてこないようにすることも考えた。

 だけど! そうした場合! 今度は彼女ら自身の戦いに支障が出るかもしれないからできないんだよぉぉぉ!!!


「だめだ、きっと疲れてるんだよ俺……」


 はぁ、とため息をついてベッドに向かう。

 飯もまだだし風呂も済んでないのだが、今日は本当にそれをする気力がない。


 魔物の大群を相手に丸一日疲労困憊になりながら戦い続けたときもあるが、今回のこれはまた違った、精神的なものだろう。

 それに、前と違って今は俺一人。仲間と励まし合いながら戦っていたあの時がどれほど恵まれていたのかを改めて思い知らされる。


「……」


 胸元のボタンを開け、宝石のネックレスを取り出した。

 他の奴らから見えないように隠蔽の陣を刻んではいるが、夏服になれば白神に見つかるだろう。何かケースでも用意しなければならないな。


 そっと宝石に魔力を流し込めば、俺たち5人の思い出の光景が宙へと映し出された。

 時間はまだかかるだろう。けど、必ず戻る。


『ケント! 後ろ、任せるよ!!』


「……ああ、任せろ相棒」


 いつの間にか口にしていた言葉に、思わず頬が緩む。


「……さて、腹が減っては何とやら。軽くでも何か作るか」


 よいしょ! と勢いよく寝転がっていたベッドから立ち上がった俺は食材あったかな? と呟きながらキッチンへと向かう。


 まぁなんだ。

 よくよく考えれば、街に仕掛けている陣に気付いてないうえに、学校に来て学内の陣に気付いてない時点であのハムスターモドキも大したことないのかもしれない。

 それに気づいてもその犯人が俺だと知られなければ問題はない。


「そう考えたら楽になるな……よし、食べたらまた陣の再設置に向かうとするかね。こっそりと!」


 なお、冷蔵庫の中には何もなかったのでカップ麺を食べることにした。





「ふーん、ここがあの王子様が逃げ込んだ世界、ねぇ……なかなかいいところじゃない! 壊し甲斐がありそうだわ!」


 空ノ森町上空


 ビルよりも高いその場所で、一人の少女が眼下の街を目に唇を舐めた。


「それにしてもプリッツの奴……本当にどこ行ったのかしら。一向に戻ってこないからってこの私が出ることになっちゃったじゃない!」


 まったくもう! と腕を組んで怒りを表すその姿は小悪魔的な容姿も相まってかわいいと言える姿だろう。

 事実、彼女の容姿は可憐といえる。ツインテールにした金髪に赤い目。おまけにゴスロリとも呼ばれるファッションは幼い見た目も相まって相当なレベルの美少女だ。


 もっとも、顔の皮膚の一部にチラつく魚のような鱗や、そんな鱗がびっしりと生ええた尻尾。そして皮膜の張った翼がなければの話だが。


「にしても、ここそこら中に変な違和感があるわね? 術か何かかしら? まさかプリッツの奴が……うん、ないわね! あいつにそんな高度なことできるわけがないもの! となると、別の奴かしら?」


 うんうんと思考を巡らせる少女。

 やがて彼女はうん! と大きく頷いた。


「何よ! 面白そうな奴もいそうじゃない! それをプリッツ如きが独り占めなんて許さないんだから! 見つけたらお仕置きしなくちゃね!」


 それじゃあ捜索開始ぃ~! と少女は目的の男を探し始める。


 彼女の名はアンフェ。

 またの名をイーヴィルビショップ。


 邪悪なる陣営の一人であった。

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