第24話:賢者の舌先三寸

 放課後、2年生の教室まで迎えに来てくれた夕ちゃんに連れられてやってきたのは、私たちが普段使用している新館から離れた旧館だった。


 去年入学してから一度も来たことはなかったけど、改めて来てみれば不気味なところではある。

 新館に比べて日当たりが悪いし、あまり草木の整備もされていないからか不気味な雰囲気だ。普通ならあまり近づきたいとは思わない場所だろう。


 そんな場所へにっこにこの笑顔で入っていく夕ちゃんを見て、改めてこういうのが好きなんだったなぁと思わされた。あの舞ちゃんでさえ少しだけ顔が引きつっていることを考えれば相当だろう。


 ずんずんと進んで階段を上っていく夕ちゃんの後についていく。やがて3階に行きつくと今度はどんどん奥へと進んでいった。


「あ、二人とも、ここが黒魔法研究同好会です! 津江野せんぱーい! こんにちは!」


 一番奥の一室。扉には『黒魔法研究同好会』と書かれた紙が貼りつけられている。

 先に中へと入っていった夕ちゃん。そんな彼女の後ろで私は舞ちゃんと顔を見合わせた。


「入る?」


「そうするしかないでしょ。こんなところで一人で同好会を立ち上げた先輩よ。どんな人が来ても驚かないわ」


 意を決したように先に部屋へと入っていく舞ちゃん。そんな舞ちゃんに続いて、私も部屋へと入った。


 いつも座っている席なのだろうか。中ではすでに夕ちゃんが席についていた。

 そしてその向かいの席。


 そこには想像していたような不気味な人ではなく、少々目つきの鋭いだけの普通の高校生の男の人がいるだけだった。


「いらっしゃい。白神から話は聞いている。黒魔法研究同好会へようこそ。俺はここの同好会の津江野だ」


「……あ、赤園ねねです! 中学二年生です!」


青旗あおき舞です。ねねと同じく2年で、生徒会に所属してます」


「はい! 白神夕! 一年生です!」


「知ってるよ。さて、まあ立ったままだと辛いだろう? 椅子があるから空いたところに座ってくれ」


 一瞬先輩の自己紹介への反応が遅れてしまったが失礼ではなかっただろうか、などと考えていると先輩に席に着くよう促された。

 一言お礼を述べ、舞ちゃんと二人で夕ちゃんを挟む形で座った。


「さて、俺はお茶とお菓子を準備してくる」


「え! お菓子!」


「ちょっとねね! あの、大丈夫ですよ? 私たちが急に押し掛けたみたいな形ですし……」


「いや、来ること自体は前から聞いてたからね。今日のために買ったものだから気にしないでくれ。まあでも、今どきの中学生がどんなものが好きかわからなかったから、好みかどうかは自信がないけどね」


 そう言って席を立った津江野先輩は、背後にあた戸棚からいくつかのお菓子の袋と菓子鉢を取り出した。


「それで? 白神からはあまり聞いてないんだけど、今日はどんな用事で来たんだい?」


「あ~、いや私はどんなところなのかなぁ~って興味があったんで」


 どうぞと差しだされたお菓子の山から、おいしそうだなと思ったクッキーを一枚手に取って食べる。

 その間に津江野先輩は3人分のお茶の用意をしてくれるのだが、その際の問いにはこれといった言葉が返せずなんだか申し訳なく思ってしまった。


 もともと、言った通りどんなところなのか興味があっただけで用事というほどのものはない。あるとすれば舞ちゃんくらいなものだ。


「その件なんですが、津江野先輩。どうしても聞きたいことがあってお邪魔させていただきました。その、こんな形でというのが申し訳ないのですが……」


「あー、君は確か生徒会の子だね。白神から聞いてるよ。それと、君が聞きたいことについてもね。おおかた、この同好会が何故活動拠点である部室を持っているのか、といったところだろう?」


 熱いから気を付けてね、と私たち三人の前に湯呑が置かれ、先輩はまた先ほどと同じく向かい側へと座った。


「はい。白神さんから聞いたのですが、先代の生徒会長から条件付きで許可されたそうですが……正直な話、条件付きとはいえなぜ許可が下りたのか納得できないんです」


 舞ちゃんの言葉に、津江野先輩はん~、と困ったように眉を顰めていた。


「まあ言いたいことはわかるよ。実際この件に関しては特別扱いを受けているとは俺も思っている。ただ勘違いしてほしくないのは、俺はちゃんと許可を取ってこの部屋を使用している」


「……どういうことですか?」


「言ってしまえば、めちゃくちゃ頑張ったってことくらいかな……どうしても活動拠点が欲しくて、生徒会全員と校長教頭その他上の立場の教師にも許可を取ったんだよ」


 いやあの時は大変だった! とからからと笑う津江野先輩。

 でもそんな先輩に対して舞ちゃんは訝し気な目を向けていた。


「津江野先輩、やっぱり納得がいかないのですが……」


「と言われてもね……なんで許可が出たのかを知りたいのなら明日にでも生徒会の人たちにでも聞いてほしい。去年のメンバーもいるだろうしね。実際俺も聞きたいくらいだからな」


「……わかりました」


 どこか納得のいっていない様子の舞ちゃんではあったが、とりあえず舞ちゃんの話は終わったらしい。

 そのあとはお菓子をいただきながら楽しくお話をした。


 同好会の活動内容だったり、私たちと一緒の時の夕ちゃんと同好会での夕ちゃんの様子を比べて夕ちゃんが割り込んできたり。


 貴重なものだからって夕ちゃんの言ってた本とかを見れなかったのは残念だけど、それでも年上の男の人と話せたのは新鮮でちょっとわくわくもした。



「ただなぁ~」


「ねねさん、どうしたんです?」


 そんな楽しい時間もすぐに過ぎ、陽も落ちるからと解散した私たち。

 その道中で、私はずっと疑問に思っていたことを口にする。


「なんか、警戒? されてたのかなぁって。ほら、雰囲気とか」


「そう?」


「でも津江野先輩っていつもあんな感じですよ?」


「あ、そうなんだ! じゃあ私の勘違いかな!」


 初対面だから津江野先輩も緊張してたのかなって思ってたけど、いつもあんな感じだというのならそうなのかもしれない。

 私的にはもっと親しくなりたいんだけど流石に失礼かな?


「ね! 舞ちゃん!」


「何がね、かはわからないけどやめておきなさい。津江野先輩に迷惑がかかるから」


「え~そこまで言うのぉ~」


「ねねさんも相変わらずですねぇ」


「もう慣れたわ。それと、二人は先に帰っておいて。私はちょっと生徒会に顔を出してくるわ」


 新館を横切って校門へと向かおうと思ったけど、そこで舞ちゃんがそう言った。

 なんでも、今日一日顔を出してないから挨拶だけでもしてくるのだとか。


「ええ~一緒に帰ろうよぉ~」


「ちょっと挨拶してくるだけよ。それじゃ、先に帰っておいて」


「すぐ戻るなら待つぅ~」


「あ、私も待ってます! 急がなくもいいですからね!」


「……はぁ、まったく。わかったわ」


 そういって舞ちゃんは、少しだけ足を速めて新館へと入っていった。

 なんだかんだ言って、そういうところが舞ちゃんのいいところなのだ。


「優しい人ですね、舞さん」


「フフーン! 当然! 私の幼馴染だからね!」




生徒会室にて


「誰ですかあなたは! ここは学校関係者以外立ち入りが……、っ!?」


『なら関係者だから問題はない。少々失礼するぞ。なに、少し都合がいいようにするだけだ。害はない』

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