第118話:決着した戦い ねね・夕
「空どうしたァッ!? その程度か
「ぐぅっ……! やっぱり、強い……!」
両手に持った漆黒の剣を振るってねねを攻め立てるキース。
もともとの膂力に加えて手数も増えたことで苦戦を強いられているねねは、何とか直撃させないようにと防戦一方の展開になっていた。
ただ力任せに振るっているだけであれば、ねねもここまでの苦戦はしていない。
だが、キースの膂力で振るわれる剣が増えたことに加えて、その扱いがうまいのだ。
一振りの時でさえ漸く
「カァッ!!」
「ッ!?」
左右から迫る剣をバックステップで回避。
しかし、そこから一歩踏み込んで振るわれた返す刀の切り払いまでは避けられず、剣を前方に構えることでこれを防いだ。
「っ……!」
キースの膂力によって振るわれた刃によって後方へと大きく吹き飛ばされたねねは、宙で体勢を整えながら着地して構えてみせた。
剣を握る手に残る衝撃に顔を顰める。
「下等生物の分際でよく耐える。だが、それもいつまで続くかな?」
「だから、ジュエルレッドだって言ってるでしょ!」
大きく息を吐き出しながらキースの出方を伺うねねは、どう攻めるべきかを思案する。
力と速度は身体強化を使えば互角ではあるものの、手数の差はねねが二刀流にならないとどうしようもない。
どうしても攻め手に欠ける。
「でも、攻めるしかない……!!」
「ほぅ?」
それでも守ってばかりではどうしようもないのは目に見えている。
キースが隙を晒すのを待つのも手であるが、現実的ではない。むしろ、キースほどの使い手であれば隙を晒したように見せることも可能だろう。
(私だときっと引っかかっちゃう)
舞にも単純だとよく言われるねねは、その隙をチャンスだと思って飛び込んでしまうだろう。
それがわかっているからこそ、守って機を伺うのではなく、自ら攻めることを選んだのだ。
(それに攻撃は最大の防御ってフィンさんも言ってた!)
世界樹の試練で出会った異世界の勇者フィン。
そのフィンと仲間であった存在が身近にいたことには驚いたが、フィンはとんでもなく凄い勇者だったと聞いてねねは大興奮したことを覚えている。
そんなすごい人に教えてもらえたなんて! と。
そしてねねは、そんなとんでもなく凄い勇者の言葉を思い出す。
『君は僕と同じで、考えたらだめになっちゃうタイプだね』
『だから、余計なことは考えない方がいい。その分、君の剣は鈍る』
『真っ直ぐ、君がこうだと信じた道を行くのがいい。その他のことは仲間に任せちゃえ!』
力強く吹き込んだ一歩がクレーターを作ると、一瞬で加速したねねの体は剣を上段に構えてキースへと迫っていた。
二刀になったことで調子づいたキースは、にやりと笑って片方の剣を打ち合わせる。
そしてもう片方の剣をねねに向けて振るった。
「はぁっ!!」
「むゥッ!?」
だがねねがキースと打ち合ったのはほんの一瞬。
鍔迫り合いになっていた剣で漆黒の剣を受け流す様に滑らせたねねは、そのままキースの懐に入り込むと、強化した脚による蹴りをキースの下腹へと叩きつけた。
その一撃にほんの一瞬怯んだキース。
そしてその隙を見逃さなかったねねは、勢いづいてインファイトに持ち込んだ。
斬撃に加えての殴打に蹴撃。
次々と繰り出される攻撃は、分厚い筋肉と毛皮に覆われた体を持つキースであっても手痛いダメージになる。
「コノッ……!! 調子に乗るナァッ!!」
体の切り傷から零れる闇を見て息巻いたキースは、強引にねねを振り払おうと腕を大きく振るった。
剣技でも何でもない、巨体を生かしたただの暴力。
「貴様など、この手にかかれば――ガッ!?」
だがその暴力がねねに襲い掛かる寸前に、横合いから飛んできた雷がキースの顔に着弾した。
その様子を見て後ろを振り返ったねねは、後方で弓を構えていた夕を見てパァッと喜色の笑みを浮かべた。
「ホワイト! ありがとう!!」
「はい! 援護は私に任せて、レッドさんは思い切りやっちゃってください!!」
次弾を弓に番えた夕の言葉に大きく頷いたねねは、再度剣を構えてキースと対峙する。
一方、予期せぬ攻撃を受けたキースは、雷の矢の着弾による煙が晴れると青筋を浮かべて夕を睨みつけた。
そしてもともと2m近くもあった巨体が更に隆起する。
「下等生物風情ガァァァ!!!!」
咆哮とも呼べる大声を上げたキースは、まずは後ろからだと二刀の剣を振り上げて夕へと迫った。
そのあまりの圧に一瞬だけ竦んだ夕であったが、すぐに気を引き締めると番えた矢を放った。
威力を重視した一射は、真っ直ぐに向かってくるキースへと迫る。
「小癪ゥ!!」
振り下ろした二刀の剣が雷を捉えて交差した。
グヌゥゥゥッ……!! と呻き声を上げならも徐々に押し込んでいくキース。
だが剣と矢が拮抗するその僅かな時間で第二射を構えた夕は、躊躇なく剣に狙いを定めて撃ち込んだ。
「ゴァッ!?」
第二射によって剣を弾かれる形になったキース。
そしてさらにはキースに追いついたねねが斬り込めば、流石に分が悪いと大きく跳び上がって躱してみせる。
彼我の距離が再び開いた。
「フゥーッ……フゥーッ……この僕が、退いただと……!!」
剣を持ったままの両手で顔を覆い、ありえないと小声でつぶやくキース。
ねねと夕はいつでも向かい打てるようにその様子を遠目から注視する。
「下等生物相手に? この僕が二度も後れを取ったというのか……?」
それは怒りなのか、はたまた別の何かによるものなのか。
わなわなと体を震わせたキースは、大きな体を小さく縮こまらせると、二人にも聞こえない小さな声で呟きながら頭を抱えて俯いた。
ふざけるな、と。
「ふざけるなふざけるなふざけるナふざけるなふざけルナふざケるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなフザケるなふざけるなふざけルナフざけるなふザけるなフザケるなふざけるナフざけるなふざケルナふざけるなふザケルなふざけるなフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナァァァァァァァ!!!!」
呪詛のように吐き出していた言葉が、やがて叫びへと変わる。
「この僕ガァァ!! アンナ下等生物ニ負ケルハズガナインダァッ!!」
アアアアアアアアアアアアアア!!!! と天井に向けて吠えるキースの体が、さらに隆起して大きくなる。
目算して3mほどになっていた体は優に5mを超え、それ伴って漆黒の剣も大きさを増した。
もはやゲームに登場するような巨大すぎるグレートソードとも言うべきその剣を、キースは軽々と振るって見せると眼下のねね達を理性をなくした目で見据えた。
「ガァァァァァァァ!!!!!」
「ホワイトは下がって援護をお願い!!」
「わかりました!」
振り下ろされた二刀を夕はバックステップで躱し、ねねは一歩踏み込んで懐へと潜り込むことで回避して見せた。
そしてそのままキースの足を斬りつけると、股下を抜けて背後をとる。
「アアアアアアアアアァァァァァァ!!!!」
(よし、ホワイトじゃなくて私を狙ってきた……!)
うまく自分を標的にすることができたねねは、そのまま後ろに跳んでさらに夕から距離を離す。
(それに力はすごいけど、その分雑になってる……!!)
そして狂戦士と化したことで、逆にねねにも勝利の兆しが見えてきたことも大きい。
先程とは打って変わって無茶苦茶に剣を振り回すだけの攻撃は隙も増え、幾度もキースの体を斬りつけることができた。
しかし巨大化したキースにはまだ浅い。
僅かな闇が噴き出す程度で、その程度の傷はすぐに癒えてしまう。
「ガァッ!」
「くっ……!」
ガギンッ!! と振り下ろされた剣を受け止める。
もっと威力のある攻撃でなければ、キースを止めることはできない。
そのために、と宝石の魔力をさらに体へと巡らせようとしたその時であった。
ニヤリ、とキースが笑みを浮かべていた。
「しまっ……!?」
「バカメェ!!」
打ち合っていたはずの剣を手放して見せたキースは、脱兎のごとく背後を振り返って駆けだした。
狙われたのは戦況を見守っていた夕。
あまりにも突然のことに反応が遅れてしまったため、今から弓を引こうにも間に合わないだろう。
(やられた……!! 理性のない
どこからどこまでが嘘だったのか。それを考えても仕方ない。
重要なのは、キースに先手を取られて夕に危機が迫っているということ。
(ダメ、このままじゃホワイトが……夕ちゃんが……!!)
どうすればいいのか、どう動けば夕を助けられるのか。
数瞬の時間が、まるで永遠のようにも感じられる中必死に考えるねねだったが、いくら考えてもその手が思いつかない。
いくら体を強化したところで、キースには追いつけない。
無理、かもしれない……
(無理じゃない!!! 間に合わすんだ……!!)
脳裏によぎった言葉を否定し、駆ける足は決して止めない。
余計なことは考えない、真っ直ぐに信じた道を進む。
絶対に間に合うと。
そして夕ちゃんなら大丈夫だと。
折れかかった剣が再び熱を取り戻す。
その気持ちに応えるかのように胸の宝石が赤みを帯び、ねねの体と刀身を炎が迸った。
今まで感じたことのない感覚は、彼女の全身に力を与えた。
そして彼女は力強く一歩を踏み出した。
だがそれでも足りていない。
「ホワイトォーー!!!」
「ハッハァァッ!! マズハ一人ダ!! 死ネェ!!」
不快な笑みを浮かべるキースが手にした剣を振り下ろす。
コンマ数秒もすれば、夕の小さな体はミンチになってもおかしくはないだろう。
だがしかし、それでもねねは信じた。
自分が間に合わせるだけの時間を、夕なら作れると。
「――今ここに雷の証明を」
そして彼女はその信頼に応えてみせた。
一際強い輝きを放つ雷の矢が現れたことに目を見開いたキース。
そしてその必殺の一射が目の前で解き放たれた。
「サンダーアロー!!」
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?!?!?」
ゼロ距離真正面から射られた特大の雷は、巨大化したキースの体を突き抜け全身を焼き焦がす。
腹部に開いた大きな穴から大量の闇が噴き出し、その様子をあり得ないものを見る目で見降ろしたキースは、それでもと夕に手を伸ばした。
「ブレイドセット! 灼熱の剣よ、今ここに炎の証明を!」
キースの頭上へと跳び上がったねねが剣を構えれば、ガードの部分から噴出した炎が瞬く間に刀身を覆う。
「こんナ……コンナトコロデェェェ!!!!」
「バーンインパクトォォ!!!」
上空から振り下ろされた炎の刃が、キースの体を真っ二つに切り裂いた。
やがて斬り裂かれたその体はすべてが闇の粒子となり、そして爆発するように消滅する。
「……にっ!」
「ふふっ、やりましたね、レッドさん!」
お互いに顔を見合わせた二人は、笑みを浮かべて喜びを分かち合うのだった。
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