第107話:賢者は提案する
「
「正確には、我の兄がそれにあたるが……まぁ似たようなものラプ! 時を超えてこのような形で今の王族と再開することになろうとは、思いもよらなかったラプ!」
ほれ近う寄れ! とでっぷりとした腹の肉にアルトバルトを埋め込んで抱き寄せるラプスは、いつもに比べてどこか嬉しそうにしている。
久しぶりに会った親戚の子供に怠絡みするおじさんのようなものかと思い、助けを求めているアルトバルトは無視しておこう。
「あの、アルちゃん助けた方がいいですか?」
「放っておいてやってくれ。見た目はあんなだが、妖精でしかも血縁者とこうして会えたんだ。ラプスが思っている以上に喜んでいるし、しばらくあのままでいいよ」
「ラプスちゃんっていうんですね! ぽっちゃりしてて可愛いですね!」
「……まぁ、見た目は愛嬌あるからな」
キラキラした目でラプスの揺れる腹を見つめる赤園少女。
見た目はデフォルメした太ったネズミである。可愛いのが好きな女の子であればそう言った感想になるのも頷けるだろう。俺にはよくわからない感性ではあるが。
テーブルの上で(一方的に)戯れている妖精をにこやかな表情で眺めている赤園少女。
すると、隣でちょいちょいと白神に制服の裾を引っ張られた。
「どうした?」
「あの子、先輩の妖精さんだったんですね……体育祭の時に見かけたんです」
「知っているさ。あいつがへまして白神に捕まっていたのも確認済み。あの時はどうしたものかと思ったよ」
仕込みの確認を頼んだというのに、勝手に食堂に行った挙句一番見つかってはいけないと注意していた白神にあのバカは捕まったのだ。
「ああ、それと。青旗、君に伝えておかないといけないことがある」
「え、私……ですか?」
「ああ。一度、ここに来た時に聞いてきただろ? 同好会なのにどうやって部室を手に入れたのかって」
「はい、聞きましたけど……でもそれはちゃんと後で生徒会でも確認を……確認……あれ……?」
どうしてたかしら、と考え込む青旗少女。
そんな彼女に、俺は改めて「すまない」と頭を下げる。
「実はあの時、生徒会に確認に行った君に直接暗示を掛けさせてもらったんだ。確認した結果問題はなかった、と思ってもらえるようにな」
「……っ!! そうだ思い出した! あの時の怪しい黒ローブ!!」
「思い出したようで何より。俺の存在をばらさないためとはいえ、申し訳ないことをしたと思っている」
あーっ!! と俺を指さして叫ぶのを見るに、青旗少女もその時のことを思い出したのだろう。魔法で忘れさせたとは言え、記憶から消去されているわけではない。
思わず苦笑を浮かべた俺は、再度頭を下げた。
「はぁ……もういいですよ。でも何故ですか? 魔法まで使って部室が欲しかった理由って。先輩は寮暮らしなんですから、一人になれる部屋は寮もあるはずですよ?」
「一言で言えば、学内での活動拠点が欲しかったからだな。異世界へ渡る魔法の開発が俺の主な研究だったんだが、いちいち寮に戻るのも面倒なうえに、ここなら授業をさぼって研究に没頭もできる」
堂々とサボっていたことを話せば、三人から、特に生徒会にも入っている真面目な青旗少女からはジト目で見られてしまう。
だが、当時はこっちでの評価なんてどうでもいいとさえ思っていたし、さぼっても俺が授業を受けていると生徒教師含めて暗示を掛けていたから問題ないと言えば、青旗少女からはさらに睨まれてしまった。
「異世界へ渡る魔法の研究と、あの大樹……世界樹の子の調査が目的だったんだ。……誰にも知られることなく、一人この部屋で研究のために魔法書を読む。けど、そんな俺の生活もある日突然終わりを迎えてしまった」
「それって……」
自覚があるのか、俺の言葉に反応した白神。
その彼女に、「そうだ」と俺は頷いて見せた。
「春に入学したばかりの少女が、まっすぐこの部屋にやってきたんだ。あの時は驚いたさ」
「でも先輩って、魔法が使えるんですよね? 夕ちゃんくらい、さっきの暗示でどうにかできたんじゃないですか? ほら、ここには何もないよ~って追い返すとか」
赤園少女の言葉に、白神が「ねねさん酷いです!」と頬を膨らませれば、赤園少女は「いやぁ~ごめんごめん」と両手を合わせて謝っていた。
だが……そうか。彼女らは知らないのか、白神の体質について。
「できるならやっていたんだがな。けど、できなかった。というか、白神は魔法が効かないから、俺ではどうしようもなかったんだ」
「「「……え?」」」
驚いたのか、キョトンとして固まる三人。
そして一足早く再起動したのか、白神が「え、えぇぇぇぇぇぇ!?」と驚きながら詰め寄ってくる。
「ど、どういうことですか!?」
「どういうことも何も、言葉の通りだよ。お前は、お前自身に直接干渉する魔法を受け付けない体質なんだよ」
それにどれだけ苦労させられたか、と苦言を零せば、白神は白神で「そんなの知りませんよぉ~!」と何故か俺の胸を叩いていた。
地味に痛い。
「い、いつからそれを知ったんですか!?」
「お前がここにきてすぐ……確信したのは二回目に来た時だな。当時はこの旧館、俺一人が活動するために誰も近づかないように魔法を使ってたんだぞ?」
当時受けた衝撃は、たぶん今後も忘れることはないだろう。何せ、魔法陣の効果の不発を疑って、更に強化した次の日も同じように突破してここまで来やがったんだからな。
一瞬俺自身の魔法の腕が落ちたのかとさえ思ったわ。
「そっからは白神も知っての通りだよ。最初の内はこいつ早く辞めてくれないかなってずっと思ってたよ。……その願い虚しく、今日この日まで居座られたわけだが……まぁ、それはそれで意外と楽しかったよ」
「……えへへ~」
「そこ二人、急にイチャ付かないでもらえるかしら」
「ついてねぇよ」
「夕ちゃんよかったねぇ~」
「はい! ……えへへ」
だらしなく頬を緩めている白神を赤園少女が抱きしめるのを見ていると、不意に白神と目が合った。
一瞬キョトンとした目を向けられていたが、次には再び微笑んで見せた。
思わず、視線を逸らす。
「だから、イチャつかないでください」
「だから、ついてないって言ってるだろ」
背後からジトーっとした目を向けて来る青旗少女の言葉にため息を吐きながら、そろそろいいかとテーブルに目を向けた。
「おい、ラプス。もう十分構っただろ。それ以上は後にしないと、飯を抜く」
「ラプ!? りょ、了解したラプ!」
「プハァーッ!? ハァッ……! ハァッ……! ち、窒息死するところだったアル……!!」
急いで俺の方まで飛び上がってきたラプスに、殺しかけてんじゃねぇよとその腹を軽く小突く。
そしてアルトバルトの呼吸が整ったのを確認し、改めて彼に問いを投げかける。
「アルトバルト。一つ聞きたいんだが、お前の故郷である
「……そうアル。そして、妖精郷の平和が戻らない限り、この世界も含めた他の世界……それこそ、君が召喚されたという世界も含めて危険な状態であることには変わりがないアル」
「つまり、いつかはこちらから妖精郷に乗り込まなければならない。そうだな?」
「アル。だからこそ、ねね達には世界樹の試練を受けて強くなってもらったアル」
アルトバルトが世界樹を利用すれば、妖精郷までの道はいつでも開けるらしい。敵も世界樹の宝石が手に入らない限りは全世界の掌握もできないため、
「なら、提案だ。俺も味方に付いた今、近いうちにこちらから打って出るのはどうだろうか」
「アル? もうアルか?」
「ああ。相手をした立場から言わせてもらえば、連携にさえ慣れさせれば十分なほどの力を彼女らはつけている。そこに俺も加わるんだ。戦力としては申し分ないはず」
実際、白神達三人の連携もかなり仕上がっていると言ってもいい。
後何回か、実践形式で訓練すればものにできるだろう。
相手の戦力も、アンフェやキースなど小出しにしてくるのを考えるに、それほど人数が多いわけではないのだろう。
なら、奇襲を仕掛けて一気に優勢を獲れることができれば妖精郷の奪還も可能だと俺は考えている。
「……正直な話、事を急いているようにも思うアル。けど、実際に戦うことになるのはねね達アル。だから、僕はねね達の意思を尊重するアル」
「……だそうだが、三人はどうだ?」
振り返って三人を見る。
すると、三人はお互いのかを見やって笑みを浮かべた。
「アルちゃんたちの国の人たちは、今でも苦しい思いをしてるんだよね? だったら、一刻も早く助けてあげたいって私は思うよ。だから、私はいける! 折れない剣は、もう
トン、と自分の胸を叩く赤園少女。
「この子がこういいだしたら止まらないのよ。そんな暴走娘、私以外の誰が止めるのって話。それに……あのチビには色々と借りがあるのよこっちには……! 一発叩き込んで、絶対ギャフンと言わせてやるんだから……!」
何を思い出したのか、次第に語気が強くなっていく青旗少女。
「……私にも大事な人がいるように、きっと他の誰にでもそういう人はいると思うんです。たとえ世界が違ってもそれは同じで、そんな人たちの大事な人を守れる力が、今の私にはあるんだと思います。だから……守ります。守りたいと、思うんです」
だから行きます、と真っ直ぐに俺の目を見る白神。
年下の女の子、ではあるんだが……どうしたか異世界の仲間のことを思い出す。
そうして、思うのだ。彼女らも、英雄に相応しくなりつつあるんだなと。
「……心配するのは余計、かもな」
聞こえないようにボソリと呟くのだが、隣にいたラプスには聞こえていたようで「そうラプなぁ~」と返された。
「……よし、なら明日から、俺と君達三人でまた実践形跡の戦闘訓練をやろうか」
「はい! 先輩、宜しくお願い致します!」
「ラプス、お前も必要があれば俺について参加してくれ」
「了解ラプ。いやぁ~、若い子の成長は早いラプ」
「俺も若いっての」
そうして明日の約束を取り付けて、この場は解散することになった。
彼女らの連携の強化が済み次第、妖精郷へ向かう。
部屋を出ていく三人と一匹の姿を見送りながら、俺は陽が沈んだ空を窓越しに見上げた。
「……三年半、か。漸くだ」
この世界に戻ってきたあの日から、漸く俺はまたあの世界に戻ることができる。
必ず救う。だから、まだもう少しだけ待っていてほしい。
胸のペンダントに魔力を流し、映し出される仲間達との思い出の一幕。
その日は時間いっぱいまで部屋に残り、昔の思い出に浸るのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
岳鳥翁です。
8万PVありがとうございます!
さぁ、物語が大きく動きます。いよいよ、賢人が異世界へ戻る目途をたてました。
面白い、続きが気になる! など思っていただけましたら、是非とも感想やレビュー、ブックマーク等々よろしくお願いします!
また応援は執筆の意欲に繋がります。是非ともレビューやコメントでのメッセージもよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます