第47話:賢者の懸念は現実に

 意外にも赤園少女の食欲が旺盛だったり、青旗少女が焼き肉奉行だったり、白神が年の割に大胆な水着を着てきて恥ずかしがっていたりと、イベント目白押しだったお昼過ぎ。


 コテージ近くの小川ではしゃいでいた赤園少女、青旗少女、白神のいつもの三人娘は現在、疲れてしまったのかコテージに備え付けられていた大きなソファーで仲良くぐっすりしている。

 水着何て用意していなかった俺は、運転手のおじさんが気を聞かせて用意してくれていた釣り竿でゆっくり釣りをしていたためそこまで疲れてはいないのである。


 寝相が悪い赤園少女に脇腹を蹴られている白神は気の毒であるが……まあこれも一種の思い出にはなるだろう、と運転手のおじさんに頼んでその様子を写真に収めてもらった。

 後で三人に渡しておいてもらおう。


「どうです? 津江野様も一緒に並んでみては?」


「あはは……こんなところに混じったら、色々とアウトですよ」


 そうですか……と少し残念そうなおじさんに礼を言い、俺は一度コテージから外に出る。

 というのも、この後で小規模ながらキャンプファイヤーをする予定となっている。薪などの用意はあったが、念のために燃えそうな小枝などを拾い集めておこうと思ったのだ。


 それに、だ。


「三人が寝ている以上、あのハムスターモドキと一緒の空間にいるのは気が休まらないからな……」


 ここに来てからずっとあの三人娘の周囲でスタンバイしているハムスターモドキ。俺が見つけられていないとでも思うたか。……思ってるんだろうなぁ。

 姿を隠す魔法でも使用しているらしく、肉眼ではその姿は確認できない。がしかし、そうやって魔法を使っている時点で賢者である俺には感知ができてしまうのだ。魔力視がなくとも、『そこにいる』というのが否が応でもわかってしまう。


 これなら、前回のように魔法を使わず隠れている方がまだマシだった。


「おまけにまだ未完成なんだろうな……ところどころ制御が甘い。一般人である運転手のおじさんには効果があっても、ちょっと魔力の扱いに長けた奴ならすぐにわかる」


 先ほども赤園少女の懐で寝ているのを確認できた。おじさんには見えていなかっただろうが、俺からすれば丸見えも同然だ。


「そう考えると、あのハムスターモドキは実力的に大したことがない……のか? 俺が警戒しすぎているだけ……、いや、あれだけの結界を張れるんだ。一概にそうとも言い切れないか……」


 才能を全て結界に全振りした、なんて可能性もあれば習得したばかりの魔法だから練度が低いということもあり得る。

 なんにせよ、あのハムスターモドキのことを何も知らない以上早とちりは禁物だろう。油断や慢心で相手を見誤るのは計画の破綻にも直結する危険がある。


「……まあ、そこらへんは今度ラプスも交えて話をするか。同じ妖精なら、あいつのほうが詳しそうだし」


 気づけば拾い集めた小枝もかなりの量になっていた。

 これだけあれば、キャンプファイヤーで火が尽きるという心配をすることもないだろう。唯一の心配事は、帰りが夜遅くになることでラプスの機嫌がどうなるかぐらいなものだ。

 このまま何事もなく、あの三人にとっての思い出になってくれればいいんだが。


「……そう思うこと自体が、ダメだったのかねぇ」


 慣れた感覚に空を仰げば、そこに広がっていたのは先程までのきれいな夕焼けではなく、何度も目にしたショッキングピンクの空。

 やってきたのはあのドラゴンガールか、はたまた別の奴なのか……

 なんにせよ、何とかしなければならないことに変わりはない。


「さて、それじゃ行こうか」


 集めた小枝を一か所にまとめておき、いつものローブと杖を保管庫から取り出す。

 先ほどまで寝ていたこともある。恐らくだが、彼女らが戦っているのはコテージ付近。山の中でもあの付近は開けているためまだ戦いやすいはずだ。


 とりあえず現場に向かおうと一歩踏み出した瞬間、不意に感じ取った悪寒に従って全力でその場を飛び退いた。


「っ!? 『強化陣』!」


 しかし、それでもまだ足りていなかったようで飛び退くと同時に頭上から振り下ろされた龍爪の一撃を強化した杖で弾き返そうとする。


「らぁぁっ!!」


「っ、重い……!!」


 しかし押し込まれるその力は到底俺では敵わないものだった。

 何とか身体強化をかけて拮抗し、その末に仕掛けてきた相手を弾き飛ばして彼我の間で距離を取ることに成功する。


「奇襲しかけて来るなんてずいぶんと乱暴になった、お嬢さん」


「はぁ~い、おにーさん♪ 元気にしてたぁ?」


 顔を上げれば、そこにいたのは以前にも顔を合わせたドラゴンガール。

 確か……アンフェだったか? そんな名前の、彼女ら宝石の騎士ジュエルナイトの敵の一人。


「あはっ! 覚えのある気配がしたから来たけどぉ~、やぁっぱり、おにーさんだったのねぇ♪」


「ほお? お前らの目的である宝石の騎士ジュエルナイトを放っておいていいのか?」


「安心してね♪ おにーさんっ! あっちはちゃぁ~んと相手を用意してあげてるわ♪」


 その言葉と同時にコテージの方角から何かが壊れる音が轟いた。

 よく見れば、木々の頭から巨大な何かが『ジャアックゥゥ!!』と叫びながら蠢いているのが確認できる。


「……なるほど。前のエルフ耳が使ってたやつか。確か……イーヴィルボール、だったか?」


「そうそう! プリッツの奴が使ってたんだけどぉ~、これが意外と便利なのよねぇ♪ プリッツにしてはいいものを作ったと思うわ♪」


 なんと、あのイーヴィルボールとやらはあのエルフ耳が作ったそうな。顔や見た目からは考えられないことだが、俺が考えている以上に優秀なのかもしれない。

 これで記憶を読む魔法を開発する必要性が高まったともいえる。


「でぇ~、おにーさんに質問があるんだけどぉ~♬ ……プリッツをどこにやったの?」


「おかしなことを言う。あのエルフ耳なら、この間宝石の騎士ジュエルナイトにやられてただろうに」


 今までの人を煽るような口調はどこへやら、一瞬だけ圧を強めた視線を向けたドラゴンガール。

 そんな彼女の問いかけに、俺は迷うことなく即答で返した。


「……あはっ♪ お兄さんもじょぉーだんが好きなんだねっ♪ 知らないみたいだから教えてあげるけどぉ~、アンフェたちって仲間が消えるとちゃぁ~んとわかるんだよぉ?」


「そういわれてもなぁ。だから俺が何かしたって発想は飛躍しすぎていると思うんだがね?」


「そぉ? でもアンフェはおにーさんくらいしか思いつかなかった……よっ!!」


 言い終わるや否や一足で懐まで飛び込んでくるドラゴンガール。

 俺は即座に仕込んでいる最中だった簡易結界を破棄してその場から飛び退くと、牽制として拘束陣の鎖をドラゴンガール目掛けて射出する。

 だが、やはりというべきかあの程度では障害にもならないらしく、ドラゴンガールは片手振ってそれらを破壊する。

 そこまで魔力を込めていないとはいえ、そんな簡単に破壊できるのか。


 再度、彼女の振るう腕と俺の杖がぶつかり合った。


「会話中におっぱじめるとは、品がないように見えるぞ……! それに、可愛い見た目に反してなんだその厳つい腕は……!」


 杖と拮抗しているドラゴンガールの腕は、年相応の少女のものから鱗の生えそろった龍のそれへと変化していた。五本の指も龍のように鋭く凶悪な見た目をしている。

 こんなもんで肉でも抉られればさぞかし痛いだろうに。御免被るぞ……!


「だっておにーさん、アンフェとのおしゃべり中にイケナイことしようとしてるんだもぉ~ん♪ 同じ手で捕まえられると思わないでね……!!」


 更に押し込まれる腕に、純粋な力では敵わないと判断。

 再度彼女との距離を取るため、拮抗させていた力を抜いて後ろへと飛んだ。彼女が押し込もうとしていた力もあって、予想よりも飛ばされるが今は何より魔方陣作成の時間が必要だ。


「逃がさないよ!」


 だが簡単にそうさせてはくれないらしく、俺を追うような形で彼女も突っ込んでくる。

 何とか簡易結界だけでも発動させたいのだが、その時間も与えたくないのだろう。


 着地と同時に彼女の蹴撃が頭上から襲い掛かる。

 俺は何とかそれを杖で防ぐが、それと同時に彼女の尻尾が死角から飛んできた。

 

「厄介なもんだな……!」


 盾となる小さな防御陣を瞬時に展開。

 込めた魔力が少なく、防ぐと同時に壊れてしまう。が、その数瞬があれば問題はない。


 蹴りを受け止めていた杖をずらして彼女の攻撃を受け流し、体勢が崩れたところに再度陣を構築。


「『氷槍陣』」


 展開した陣の数は十数個。

 そのすべてから瞬時に氷でできた槍が生成され、ドラゴンガールの体を穿とうと射出された。


「グッ……!?」


 だがそれも直撃させてくれないらしく、体勢を崩しながらも彼女は直撃コースの氷槍を全て凌ぎきってしまった。

 流石にかすり傷くらいはつけられたが、あの攻撃で成果がそれだけとは嫌になる。


「おーおー、嫌だね全く……油断も隙も作らせてくれないとはな」


「だっておにーさんにそれさせちゃうと、アンフェも危ないんだもぉ~ん♪ だからぁ、最初から接近戦に持ち込んであげてるの……!」


 会話する暇さえ作ってくれないとは、このドラゴンガール相当俺の魔法陣を警戒してくれているらしい。

 だが、確かにその戦法が彼女にとって有利なことは明白だ。事実、純粋な力比べでは俺は彼女に勝つことはないだろう。


「はてさて、何とかしないとだな……!!」


 ドラゴンガールの龍爪を受け止めながら、俺は何かないかと思考を巡らせるのだった。


 

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