第46話:賢者は焼き肉を楽しむ

「わぁ~! すごい! 夕ちゃん、本当にこんないいところが貸し切りなの!?」


「はい、ねねさん! それにこの辺りは全て私の家の敷地なので、好きにくつろいでくださいね!」


「すごいなそりゃ……」


 目的地到着と同時に、いの一番に飛び出していった赤園少女。

 そんな彼女が眺めるのは、山の中に建てられたコテージ……にしてはでかすぎやしないかこれは? 別荘とか言わない?

 寮の俺の部屋何個分なんだと計算しようとするが、しても無駄なことだと気づき頭を振った。

 もうこういったことは白神家だから、ということで片付けることにしよう。


「私、中を見て来るね! 舞ちゃんも一緒に行こっ!」


「ちょっとねね! いくら何でも津江野先輩に荷下ろしをさせて遊ぶだなんて……」


「大丈夫だぞ。運転手のおじさんと一緒にやるさ。それより、青旗あおきも一緒に見てきたらいい」


 気まずそうにこちらを見ていた青旗少女に、問題ないことを伝えておく。

 不足に備えての参加とはいえ、本来であればこの三人娘で楽しむ予定だったんだ。俺のことは気にせず、普通に楽しんでもらいたい。


 ほれ行った行った、と顎で青旗少女の背後を示してやれば、そこには赤園少女と白神が青旗少女を待っている。

 一瞬大丈夫ですか? と言うような白神の視線を向けれられるが、問題ないと頷いておく。


 そんな彼女らのことを見て呆れたようにため息を吐く青旗少女だったが、一度こちらに向いて頭を下げると駆け足で二人の元へと向かっていった。


「……青春してるなぁ」


 本来のあるべき姿を前にしてそんな言葉がつい零れてしまう。


 俺よりも若い中学生。そんな彼女らが、俺が意図せず関与した戦い以上の戦いに身を投じているというのだから驚きだ。

 なにせ世界一つどころか、全時空の世界が対象ときた。その責任感の重圧は相当なものだろう。


「……さて、それじゃぁあいつらが探索している間に、バーベキューの用意でもしておきますか」


 昼にはまだ一時間以上あるが、準備だけでも進めておけばそれだけ時間が有効活用できる。

 時間は有限。日帰りなのだからなおさらだ。せっかくの夏休みにこんないいところに来ているのだし、存分に楽しんでもらいたい。


「津江野せんぱーい! こっち来てくださいよー! 見晴らしがいいですよぉー!」


 炭の準備をしていると、頭上から赤園少女の呼ぶ声が響いた。

 何だと思って見上げてみると、どうやらこのコテージ屋上があるらしく、そこから赤園少女が顔を覗かせていた。


「夕ちゃんが、先輩と一緒に見たいって――」


「わぁぁぁ! わぁぁぁ!!! ね、ねねさん!? 何を言ってるんですかぁ!?」


「はぁ……山の中でも騒がしいのね、あなたたち……」


 何やら上の方でわいわいしているらしい。

 俺がいなくとも楽しそうにしているのだし、別に行かなくても構わないと思うのだが……


「津江野様。あとは私が進めておきます。どうか、お嬢様のところへ行ってください」


 赤園少女の申し出に断ろうとすると、ふいに隣に影が差した。

 見ると、そこにいたのは先程運転手をしていたおじさんでその手には軍手と炭を挟んだトングが握られていた。


「え、でも悪いですよそんな……自分はおまけみたいなものですし……」


「お嬢様がお誘いになられた以上、当家にとっては津江野様もお客様ですので。それに……」


「それに?」


 チラリと屋上のほうを見やったおじさんは、すぐに視線をこちらへ戻す。


「その方が、お嬢様もお喜びになられると思いますので」


「……は、はぁ。なら、お言葉に甘えて」


 行ってらっしゃいませ、と頭を下げるおじさんに対してこちらも軽く会釈する。

 それにしても……


「……おれ、いつの間にトングと炭を取られてたんだ?」


 うむ、わからん。

 向こうの世界でも姫様付きのメイドやら執事やらは賢者もびっくりの技能を習得していたが……どうやらこちらの世界でも同じらしい。

 まったくもって意味の分からん技能だ。


「あ! 夕ちゃん、津江野先輩来たよ!」


「おう、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンってやつだ。で? その景色ってのがこれか……確かにすごいな」


 あうあう言ってる白神はほっておいて、先ほど赤園少女がすごいと言っていた景色を見てみるが…うん、これはいいもんだ。

 コテージ自体がでかいからか、その屋上は山の木々の上に突き出ている。

 だから周辺の山が一望できるのだが、ちょうどコテージそのものが麓の空ノ森が見えるところにあるらしく、街の様子も一緒に拝むことができる。


「夜になったらまた一味違うんだろうな」


「きっとロマンチックですよ♪ 津江野先輩も、今度夕ちゃんと一緒にどうですか?」


「ね、ねねさん!!」


 もー! と言って赤園少女を引きずっていく後輩。

 いったい赤園少女はどうしたのかと思いつつも苦笑すると、「あの……」と遠慮がちな声で青旗少女が話しかけてきた。


「どうかしたのか?」


「あ、いえ。その……この間は変に色々と聞いてしまい、すみませんでした」


「……ああ、同好会の件か。いいのいいの。普通に考えればそうなるのも仕方ないし、結局青旗は信じてくれたんだろ? ならそれでいいよ」


「はい、ありがとうございます……」


 それだけ言いたくて、と頭を下げてから赤園少女や白神の元へと向かう青旗少女。

 先ほどまでの申し訳なさそうな雰囲気から一転して、とても楽しそうだ。彼女の性格をあまりよく知っているわけではないのだが、心のどこかでしこりにでもなっていたのだろうか。解消して気兼ねなく楽しめるならそれでいい。


 ……もっとも、そのしこりの原因は俺だし、彼女の疑念は的を射ているものだった。故に記憶を消した。

 すべては俺の都合である。


「謝らなくてもいいんだがな……」


 ふと空を見上げてみれば、ちょうど太陽が真上に来ていた。

 時間としてもそろそろバーベキューにはいい頃合いだろう。


 コテージの屋上からおじさんの様子を確認してみれば、すでに準備は万端なようだった。


「さ、三人とも。準備ができたみたいだし、一度下に降りるぞ」


「バーベキュー! 楽しむぞぉ!」


「あんまりはしゃぎすぎて、怪我しないでね。ねね」


「はい! 楽しみましょう! 先輩も一緒に!」


 そのあと、俺たちは腹いっぱいになるまでご馳走になった。


 A5ランクの肉、やっぱうまいわ。

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