第21話:一日を経た賢者

 結局あの後、白神が部屋まで戻ってくることはなかった。

 まあ、あんなことがあったのだ。内容が濃すぎるため、部屋に置きっぱなしにした学生鞄のことなんて忘れていても仕方ないだろう。それに、あのお仲間達から事情説明でもされているのだろうし。


 下校時間なんてもうすでに過ぎ去っているため、これ以上待っていても仕方ない。明日までの課題があった場合は諦めてもらうしかないのだが、せめて授業はちゃんと受けられるよう、朝一番で教室まで届けてやろう。



 まあそんなことがあっての次の日の朝。

 俺は初めて孔雀館学園中等部へと赴いていたのだった。


「……思ってた以上にきつい」


 主に視線が。

 何故ここに高等部の人が? という視線があちこちから向けられているのがわかる。幸い朝でまだ人が少ないうえ、同好会加入時の申請書でクラスもわかっているため、周りの中学生に白神の居場所を聞く必要がない点はありがたいかぎりだ。


「あそこか……」


 中等部は高等部と同じく、学年が下なほど上の階に教室になっている。一年生であれば一番上の階だ。

 魔力は性質は同じだが人によって異なる特徴がある。そのため、いくらかの時を一緒に過ごしたことで、白神の魔力はもう覚えた。

 魔力視で白神の反応が教室にあることを確認しつつ、俺は開かれている扉から中を覗き見る。

 見れば、鞄も何も持っていないからか気まずそうに座っている白神の姿が確認できた。


「白神、いるか」


「「「!?」」」


「え……あ、津江野先輩!」


「「「!?」」」


 何やら教室内にいた男子生徒の反応が面白いことになっていたが、特に気にすることもないため無視しておく。

 白神は白神で、どうしてここにと言いたげな様子で教室の出入り口までやってくる。俺はそんな彼女に、ほれ、と手にしていた彼女の学生鞄を手渡してやった。


「昨日、ノート取りに行くって出て行ったきり帰ってこなかっただろう。何してたかは知らんが、とりあえずこれないと不便だろうから届けに来た」


「わぁ! あ、ありがとうございます先輩! 助かりましたぁ~」


 大事そうに鞄を抱える白神。困っていたのであれば届けた甲斐があるというものだ。


「それと、先輩。昨日はすみませんでした! ちょっといろいろと事情があって戻れず……」


「構わん構わん。そんな気にしなくてもいいぞ。余程のことがあったんだろうしな」


 そう言えば、彼女は昨日の出来事を思い出したのか「あ、あははは……」と苦笑いを浮かべていた。

 とりあえず用は済んだため、この辺で戻ることにしよう。まだ時間があるとはいえ、俺も余裕をもって教室に戻りたい。


 それじゃぁ、と白神のいる教室を後にする。

 すると、「先輩!」と教室から顔を出した白神に呼び止められた。


「今日、また行きますからね! 待っていてください!」


「あいよー」


 軽く手を挙げてその言葉に反応して見せれば、彼女は嬉しそうに教室へと戻っていった。



 なお余談ではあるが、新入生の中で天使と呼ばれるほどの美少女が高等部の生徒と付き合っているという噂話が流れているということをクラスメイトの田沢から聞くことになるのだった。


「いや、だから田村だっての!」





「一年の教室にはいなかったことを考えるに、お仲間は中等部の二、三年か、あるいは高等部の一年生かだな……」


 本日の同好会の活動も終えたため、白神は先に帰して戸締りを行う。もちろん、俺は部屋の中だ。帰ろうと思えば窓からでも帰れるため特に気にする必要はない。

 それよりも、今はまだ考えるべきことが山ほどある。


 座って腕を組み、昨日の出来事を思い返す。


「まさか、俺の感じていた違和感の正体があれとはなぁ……戦うヒロインって感じか?」


  もともとそういうのがいたのかとも考えたが、彼女らの力の要因が外的なものである以上その線は薄いだろう。となれば、やはり原因となっているのはあのハムスターモドキしかない。


 少女の反応を考えるに、あの結界もハムスターモドキの手によるもの。解析結果として、あれは空間系統のかなり高度な魔法に当たることがわかっている。簡単に言えば、空間軸のずれた場所に限定的にもう一つの世界を作る結界、といったところだろうか。おまけに、一定時間内における周囲にいた人間の記憶の消去も同時に行っているようだ。

 なるほど、よくできている。確かにそれならどれだけ暴れたところで現実世界には影響しないだろうし、結界内に入る対象を限定すれば人目にもつかず一般人の安全も考慮できる。さらには、万が一結界展開前に周りに見られたとしても自動的に忘却されるわけか。

 もっとも、俺や白神のような例外もあるわけだが……そこまで予想しろというのは無理な話というものだ。


「どう考えても、こっちの世界の生き物じゃないだろあれ……どっから来たんだ?」


 それに、こちらの世界にやってきた理由も目的もわかっていない。あの青年とのやり取りを聞く限り、何かを守っていると考えられるのだが、なぜそれをこちらの世界に持ち込んだのか。


「……いや、持ち込まなければならない事情があったと考えるべきか?」


 思いつくのはこちらの世界にいる誰かに届けるためか、あるいはその何かを守るために逃げ込んできたのか、そんなところか。

 そしてその何かを守るために、こっちの世界の現地人に協力してもらっている、とか?


「なーんで、ここにきて考えることを増やすのかねぇ……」


 思わずため息をつきたくなる。

 あっちの世界について考えることも多いってのに、こっちの世界でも問題を増やさないでほしい。

 だが、悪いことばかりでもないのがまた難点だ。


 あの青年、そしてあの巨大モンスターのエネルギーはおそらく魔力への変換が可能だ。そしてそれらが内包している量は、こちらの一般人の生命力と比べるまでもなく莫大なものである。

 あのエネルギーをすべて魔力に変換できれば、俺の計画は大幅に進むことは間違いないだろう。何なら、実験に回せる分の確保も容易なはずだ。


「結界の構造は昨日である程度掴めた。今度は外部からでも侵入できるだろうし……まったく、やることが多くて困るな」


 気づけばかなり時間も経っていたようですっかり陽も落ちていた。

 今の時間に校舎の正門から帰れば警備員に見つかるため、俺は窓から直接寮へと帰宅するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る