第20話:賢者は先達として少し手を貸す

 巨大なモンスターによって校舎から引き摺りだされたのは、ここ一か月ほどで我が同好会に入会するようになった白神夕であった。


 植物の蔓のようなものでぐるぐる巻きにされた彼女は、なんだなんだとしきりに叫びながら巨大なモンスターの頭上へと掲げられている。


 思わず叫んでしまったが、どうやら下の奴らにはばれてはいない様子だった。今一度自身に隠蔽の陣が作用していることを確認した俺は、眼下で起こったわけのわからない現象に頭を悩ませた。


「いったいどういうことだ……?」


 視線を向ければ、そこには相変わらず宙吊りにされている白神の姿。どうやら夢などではないらしい。当の本人は事態の把握ができていないのか、逆さづりにされてパンツがどうのと叫んでいる。あの状況で心配するのがそこなら大物だぞあいつ……


「……まさか、あいつの体質か?」


 俺の魔法でさえ何の影響も及ぼさないあいつの謎体質。白神がこの不思議空間にいる原因なんてそれくらいなものだろう。

 念のために白神のようなものが他にいないかどうかを探っては見たが、やはり白神が特別だったらしく人らしき反応は見られなかった。


 まぁそうポンポンそんな人がいてはこっちもたまったものではない。


 その事実に心の中で安堵しつつ、今度は少女二人のほうに目を向けた。

 当然のことながら、彼女らにとってもこの状況は予想外だったらしい。急に現れた白神を見て困惑している様子だった。


 そんな彼女らの反応を見て青年がにやりと笑った。


「ハッ! なんであんなところにいたかは知らねぇが、詰めが甘かったみてぇだなぁ!! えぇ!? 宝石の騎士ジュエルナイト!!」


「アルトバルト! ちゃんと結界は機能してるのよね!?」


「そ、そのはずアル……! 問題はなかったはずアル!!」


 大人げなく煽る青年に対して、青いほうが声を上げた。

 その声に答えたのは、いつの間にか少女たちの後方にいたちっこいハムスターのような生物だった。

 なんでそれにしたのかと問いたくなる語尾がついているものの、人の言葉を話している時点で普通ではない。すぐさま魔力視で観察してみれば、その見た目に合わないほどのエネルギー反応が確認できる。


 あのハムスターも巨大モンスターや青年と同じで、こっちの世界のものではないのだろう。となると、あの娘達の力の要因はあのハムスターが原因、と考えるのが妥当か?


「さあ宝石の騎士ジュエルナイト!! この人間を危険な目に合わせたくないなら、さっさとお前らの持つ世界樹の宝石をよこしやがれ!!」


「くっ……!! 卑怯な!!」


「レッド!! どうするの……!!」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべる青年に対して、悔しそうな表情の少女二人。なんとなくでわかってはいたことであるが、人質となった白神に対してあの反応が出るのを考えるに、彼女たちはいわゆる正義のヒーロー……いや、正義のヒロインといったところか?


 こっちの世界にもそんな存在がいたとは驚きだが、ああやって人のために在れる者をまた見ることができたことに喜ばしいと感じてしまう。

 だが今俺が姿を現してしまえば、今後の計画に大きく狂いが生じてしまう可能性が考えられる。優先順位がある以上目立つ形での手伝いは難しいが、先達として微力ながら手を貸そうじゃないか。


 発動は最小限。かつ、最速で。


「『斬』」


 小さく呟いたその言葉とともに、白神を捕らえていたモンスターの蔓が半ばから切断された。


「……は?」


「!? レッド!」


「任せて!」


 突然の出来事に呆気にとられたようなアホ面を晒す青年と、瞬時に白神の救助へと向かった少女。


「ぃやあああああああぁあああぁぁぁあぁぁぁあぁ!?!?」


 不意な浮遊感によって自身が落ちていることを理解したのか、白神はまたも叫んでいるようだった。

 さすがにあれでは救助されるまでがかわいそうだったため、『平静』の陣で落ち着きを……


「お……落ちてるぅぅぅううう!! 助けてぇええええ!!」


 ……そういや、効かないんだったわ。


 赤の少女に救出される白神を見てみれば、よほど怖かったのかがっちりと赤の少女を四肢でホールドしていらっしゃる。とりあえずは無事なようで何よりだ。


 ……今度、部屋にお菓子でも用意しておいてやるかぁ。


「は、な、なん……はぁ!?」


 一方で青年のほうはまだ何が起きたのか理解できていないようで、しきりに切断されたモンスターの蔓と白神を交互に見ていた。

 

「くそ……!! こうなったら力づくだぁ! ジャアック!! あいつらをまとめて押しつぶせぇ!!」


『ジャアックゥゥゥ!!!』



 




 なお、そのあとの話であるのだが。

 何故か白神が他の少女たちと同じように変身し、三人がかりであの巨大モンスターを討伐。青年は撤退し、空は元に戻り周囲の人々も戻ってきた。

 せっかくの魔力タンクだったのに、勝手に消えるんじゃないよまったく。


 どうやら、あの特殊な結界は先ほどのしゃべるハムスターが展開していたらしい。持続時間やその特異性などを考えればかなりの腕前だろう。

 そしてもう一つ。あの少女たちのことである。


 戦いが終わったことによって警戒心が薄れたのか、その場で変身を解除した彼女らの正体はここ孔雀館の中等部の生徒だった。つまり、俺の後輩ということになる。


「……あんまり、望ましいことじゃないんだがなぁ」


 先ほどの戦闘を見ていてもわかるとおり、彼女ら自身こうして戦うようになったのは最近のことなのだろう。

 自分よりも年下の、しかも少女がああして戦いに巻き込まれていると考えると何とも言い難い気分になってくる。


「どうしたもんかねぇ……」


 白神にもみくちゃにされているハムスターモドキと、そんな彼女の様子を見て苦笑いする二人の少女。俺はそんな彼女らの様子を一瞥し、すぐさまその場所を離れて同好会の部屋へと戻ったのだった。

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