第19話:眼下の戦いに賢者は頭を抱える

「なんだあれは……」


 同好会部屋から飛び出してすぐのこと。向こうの世界で使用していたローブと杖を保管庫から取り出した俺は屋上へと飛び上がってグラウンドを見下ろしていた。


 視線の先、そこにいるのは派手な衣装や装飾品などで着飾ったエルフのように長い耳をした青年の姿と、わけのわからない巨大なモンスター。そして巨大モンスターと戦う二人の少女の姿だった。


 少女とモンスターの戦いを後方から眺めている青年から感じられる存在感は普通のそれではない。試しに魔力視で見てみれば、青年が発する生体エネルギーはこの世界でよく見る一般的な人間のものではなく、あちらの世界でいう魔物などの負の存在に近いものだった。


「……人型の魔物、みたいなもんか?」


 ゴブリンやオークのように人と同じように二足歩行する魔物は数多くいた。しかしそれは立ち姿だけの話であり、あそこまで人の姿に似た魔物は見たことが……


「いや、いたな。それも、とびっきりのが」


 魔王


 世界中から恐れられ、そして最後にはフィンによって討ち滅ぼされた存在。

 その正体は人々や魔物たちの悪意によって生まれた悪竜であり、俺たちを待ち受けていた時は人の姿を模して言葉さえ交わした覚えがある。


 あれと同じ、とは考えたくはないがそれでも十分に注意するべきだろう。だが、狙えるのであればあれば必ず狙うべき餌だ。

 魔力視で見えているということはつまり、あのエネルギーは魔力に変換可能なものだろう。なら、あれは俺からしてみれば降って湧いた巨大な魔力タンク。

 魔力への変換効率は不明ではあるが、それでも今までと比べれば天と地ほどの差になるはずだ。


 そして青年が何かボールのようなものを投げて発生した巨大なモンスター。その見た目は花が植えられた花壇を凶暴なマスコットにしたような姿だった。

 絵面がひたすらにシュールではあるが、先ほどからグラウンドに巨大クレーターを作っており危険なことに変わりはない。

 あれ修繕できるのか? と場違いなことを考えてしまう。

 

 しかし、しかしだ。


 もっとわけがわからないのはもう一方の方だ。


「レッド! 後方注意! 攻撃きてるわよ!」


「わかった!」


 その巨大モンスターと戦う二人の少女。

 赤と青の騎士のような衣装に身を包み、剣と槍を手にして果敢に攻める少女達。


 何が分からないのかと言えばそれは彼女らを魔力視した結果である。

 彼女ら自身から感じられる反応は俺が今までこの世界で見てきた一般人のそれだ。見た目の年齢相応の、普通の少女たちなのだ。


 そんな少女たちが空高く飛び跳ねたり、巨大モンスターの攻撃を腕一本で凌いだり、果てにはその巨大モンスターを蹴り飛ばしたりとやりたい放題だ。


 まったくもって意味が分からない。


「……となると、あの衣装が原因なのか?」


 彼女ら自身が普通の少女であるならば、今起きている現象の原因は間違いなく外的要因によるものだろう。

 試しに彼女らが身に着けている武器や衣装を対象に魔力視を発動してみれば……ビンゴ、正解である。


 胸辺りにある宝石のようなものからとてつもないエネルギー反応。

 どうやらこれが、あの少女たちの力の源であるらしい。


「……しかしすごいな。外付けであれだけの力が出せるとは……」


 一般人が身に着けてあれなのだ。もし俺やフィンのような基礎スペックが一般人を大きく超えた者が使用すればどうなってしまうのか単純に気になってしまう。


 ……もしかして、あの宝石を使えば向こうの世界に渡れたりするのか?


 ありえない話ではない、か。

 現にあの宝石から感じ取れる力は相当なもので、あの青年やモンスターから感じ取れる力よりも大きいのは確かだ。


 万が一にも、彼女らが悪だった場合は最優先で狙うべきであろう。


「まずは情報収集、か。幸い俺の存在には全く気づいていないんだ。思う存分、観察させてもらうことにしよう」


 隠蔽の陣が俺自身と、さらにローブのフード内部までかかっていることを再確認した後フードには重ねて固定化する陣を付与しておく。

 こうすることで、万が一俺の存在がばれたとしてもフードが取れない限りは顔を見られる心配はなくなるうえ、そのフードも取れないように固定することが可能だ。


 そのまま眼下で行われている戦いの観察を続ける。

 戦況は間違いなく少女たちのほうが有利だろう。大きいが故に攻撃が大振りで単調。それに対して少女たちは入れ代わり立ち代わりでモンスターを攻めているためモンスターの攻撃を受けることなく立ち回れている。


 まあ、とはいってもだ。身体能力は飛躍的に上がってはいても中身は初心者のそれだ。連携だってまだまだ拙い部分が目立つように思える。

 それに身体能力も上がっているとは言っても、マリアンナや俺よりは上だが前衛を張っていたガリアンやフィンには及ばない。竜であるリンとは比べるまでもない。


 結果、現状におけるモンスターと少女たちへの評価はたいしたことがない、だ。  

 何故頑なに前へ出ようとしないのかは不明だが、あの青年が出てこないのであれば少女たちの勝利は確定的だろう。


 だがしかし、そんな状況は青年から発せられたモンスターへの指示によって一変することになった。


「っ! ジャアック! あそこの人間を狙えぇ!!」


『ジャアックゥゥゥゥゥ!!!』


 巨大モンスターの頭から生えていた花。

 その花から突如植物の蔓のようなものが勢い良く伸びたかと思えば、それは校舎の窓を突き破った。


 何をしたのか、と疑問が浮かばないうちにその蔓は引き戻され、後者の中からそれを引っ張り出した。


「きゃぁぁああああ!!! な、なんですかこれぇぇぇぇ!?!?!?」


 校舎から引き抜かれた蔓の先。

 蔓に巻き取られたような格好で姿を見せたのは白髪の少女。


 少女はあらん限りの悲鳴を上げて巨大モンスターの頭上に掲げ挙げられ……


「……ってぇ! 白神ぃ!?」


 よく見ればそれは、忘れ物を取りに行った同好会の後輩であった。

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