第131話:英雄たち
『マダッ……ヨハ……!!』
蠢く小さな闇から漏れ出る小さな声。
まだあきらめていないのか、その闇は這ってでもこの場から逃げようと必死だった。
『ヨノフクシュウガ、コンナ……コンナトコロデ……!』
「諦めな」
ザシュッ、と
フィンの聖剣があまりにも容易くその闇を突き刺した。
いくらか身悶えするかのように震えたその小さな闇の塊は、やがて聖剣の黄金の光によって浄化されたのか、粒子となって宙へと消えていく。
その直後、
字面だけだとギャグにしか思えないが、ここじゃこのメルヘンな空が正常な状態である。あまり上を見ないようにしよう。
ともかく、だ。
「お、終わったの……?」
「倒した……?」
周りの様子を見て恐る恐るといった様子の赤園と青旗。
そんな彼女たちの言葉を肯定するようにフィンが頷いて見せると、赤園は飛び上がって喜び、勢いそのままに青旗へとダイブしていた。
青旗も青旗で、赤園を引き剝がそうとしているようだが満更でもないらしい。恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、どこか嬉しそうだ。
「終わった……んですか……?」
「ああ、そうだぞ。お疲れ、ホワ……白神」
よくやった、と白神の肩をポン叩いてやれば、彼女は「そっ……かぁ~……」と気の抜けたような声をあげながらその場に仰向けになって倒れ込んだ。
「癒しますか?」
「あ、大丈夫、です……」
「緊張から解放されたからだろうな。浸りたいだろうからこのままにしてやってくれ、マリアンヌ」
目を閉じて五体投地する白神の傍らに座り込めば、マリアンヌは頷いてガリアンの方へと向かっていった。
視線の先で嬉しそうにはしゃぐ赤園や、こちらを向いて笑みを浮かべているフィンの様子を見ていると目を瞑って寝ころんでいた傍らの後輩が、「先輩」と口にした。
「どうした」
「もう、終わったんですよね」
「……そうだな。全部終わった」
そう、本当に。
全部が終わったのだ。
当初考えていたのは妖精郷の問題を解決し、その成果を持ってアルトバルトに世界樹での移動を許可してもらうこと。そして異世界へ移動して、あの滅びの運命を回避することだった。
だが実際は妖精郷の問題も、異世界の滅びも元凶が同じだった。
もう、戦う理由がなくなった。
「……どうするかなぁ」
異世界から帰還してから、そのためだけに生きていたと言っても過言ではなかった。
だが、こうして解決してしまった今。
目的がなくなったと言ってもいい。
「なに、しようかなぁ……」
「今まで通りでいいじゃないですか」
ふと呟いていた言葉に反応するように
隣で寝ころんでいた白神の視線が俺を見上げていた。
「といってもな……」
「先輩は先輩で、今迄通りでいいと思いますよ。今まで通り、孔雀館学園の2年生で、黒魔法研究同好会の会長で……私の大好きな先輩のままで」
でも次は進級して3年生ですねっ、と口早になる白神。
「……照れるなら、言わなくてもよかったんじゃないか?」
顔を赤くしてそっぽを向いている白神に一言告げると、「いいんですっ」と今度は背中を向けて寝返りを打った。
その様子に肩を竦めた俺は、「怒るな怒るな」と杖の先端でその背中をツンツンと突いてやる。
「……楽しそうじゃの、ケント」
「ぬぉわっ!? なんだリンか……」
「なんだ、ではないわ! 我の隙を突いてイチャつきおって……!!」
「えっ!? イ、イチャついてなんかないですっ!!」
そんな俺の背後からヌゥッと現れたリンは、むぅっ、と膨れっ面
で焦った様子の白神を睨みつけていた。
「小娘ぇ……貴様には話したいことが山ほどあるんじゃ……ちぃ~とばかり我に付き合ってもらうぞ」
「え、ちょ、そんなとつぜ――力強くないですか!?」
せんぱーい!! とこちらに助け舟を求める白神だったが、俺はそんな彼女にいってこーいと手を振って引き摺られていく様子を見送った。
「お疲れ、ケント」
「フィンか。お前も、ありがとうな」
「いいよ。仲間で、親友じゃないか」
座り込んでいた俺の隣にやってきたフィンがそのまま座り込む。
「……彼女たち、君が言った通り英雄だったね」
「だろ? 自慢の後輩達だ」
「ははっ、君の後輩なら納得だよ」
そうして、暫くの間彼女らの様子を眺めていたフィンは「ねぇ、ケント」と徐に口を開いた。
「どうした」
「君の思いは、あの時のままなのかい?」
「……そうだな。悪いが、戻る気はない」
確かに滅びの元凶は倒したため、これでフィン達の世界が滅ぼされることはなくなっただろう。
だが、だからといって俺があの世界にいていい理由にはならないのだ。
俺があの世界に残ることによる影響は、たとえキングを倒したとしても変わりはない。
「今だから話すが、もともと俺はあの世界にとっての異物だ。それは魔王を倒して、英雄となったとしても変わらない。俺のせいでお前たちの世界が危機にさらされるなら、俺は喜んで元の世界に戻るさ」
「……そうか。そう言う理由だったんだね。僕じゃどうにもできないのかな?」
「無理だな。俺がいるかいないか、ただそれだけの話だ」
「むむ? その程度であれば、ワシがどうにでもするぞい?」
「その程度ってなぁ……フィンにはどうにもできないだろ」
「え? いや、僕何も言ってないんだけど」
え? と隣を振り向けば、首を傾げているフィンの姿がそこにあった。
お互いの顔を見合わせて、どういうことだと俺も疑問符を頭に浮かべていると、「おーいここじゃここじゃ」としたから声が上がった。
フィンと同時にそちらへと目をやれば、そこにいたのは毛むくじゃらの何か。
その毛むくじゃらの隙間からきらりと光るものが垣間見えると、「やっと目が合いおったわい」とどこか嬉しそうにしていた。
「お主等も伝説の騎士
「あの……あなたは……?」
急に話し出すその毛玉に恐る恐ると言った様子で話しかけるフィン。
困惑気味な俺たちを見て、「むむぅ?」と毛玉の一部が吊り上がると「そうじゃったわい」と笑い出した。
「自己紹介をしておらんかったの。ワシの名はヒュリポス。この妖精郷の現国王である」
「こ、国王陛下でしたか。僕はフィン。こちらはケントです」
「お初お目にかかります。ケントと言います」
フィンに倣って頭を下げれば、「そう固くならずともよい」というお言葉をいただいた。
「お主等はこの世界を救った英雄。感謝しておる」
「ありがとうございます。……それで? 先ほどの話、いったいどういうことでしょうか?」
あまり話を長引かせても仕方がないため、失礼ではあるがストレートに話題を振る。
先ほどの発言、その程度ならどうにでもできる、というその言葉の真意について。
「む? お主は別世界の者が居座ることによる世界への影響を気にしておるのだろう? 確かに、そのまま居続ければ緩やかではあるものの世界のバランスは悪い方へと傾くことは確かじゃ」
「それが、あなたにならどうにかなる、と?」
フィンの言葉にヒュリポス王は「然り」と頷いた。
「ずっと、と言うわけにはいかんが、ある程度の影響をなくすことは可能じゃ。何せ、ここは
どうかの? とこちらに問うてくるヒュリポス王の言葉に、俺とフィンは思わず顔を見合わせるのだった。
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