Epilogue

第132話:賢者の物語は終わり、それでも俺の物語は続く

「お前ら、席に着けよぉ~」


 初めて見る新しい教師が教壇へと上がり、そのまま自己紹介を始めるのを俺は教室の最後方、窓際の席から横目で眺めていた。

 今年から教師になったらしい。まだ若々しい見た目をしたその男性教師は、自身の経歴などを話ながら本日の予定を黒板に書き連ねていく。


 ……とは言っても、今日の予定なんて全校集会ぐらいなものであとは解散だ。個人の予定で言えば同好会へと向かうくらいだろう。


「先生って恋人いるんですかぁ~」


 新たな顔ぶれとなったクラスメイトの女子が、からかうようにそんな言葉を投げかける。

 平和になったもんだ、と教師と生徒のやりとりから目をそらして俺は教室の窓から空を見上げた。


 季節は春。

 桜が舞い、つい先日新しい新入生がやってきたのを見たからなのか、ちょうど一年前にもそんな光景を見たなと思いだした。


「……もう一年経ったのか」


 ぼそりと呟いた俺の独り言は、クラス中に響いた笑い声が掻っ攫っていった。新任教師がギャグでもかましたのだろうか。


「なっ、なぁ聞いたか津江野っ……ぶふぅっ……あ、あの先生っちょーおもしれーっ」

「……それはそれで気になるな」


 何の因果なのか、今年も同じクラスで、しかも前の席に着いている田村が笑いをこらえながら振り向いた。

 目に涙を浮かべているのを見るに相当なものだったらしい。


 どれほどのものだったのか、気にしたところでもう遅い! と言う奴だろう。


「しっかし、今年もまた同じクラスか! よろしくな、津江野」

「……おう、よろしく」


 ニカっと笑って再び前を向いた田村に肩を竦めた俺は、仕方ないとクラスへと目を向けた。

 今まで大して目を向けてこなかった学校と言う場所ではあるが、最後の一年くらいはちゃんと真面目に向き合ってみてもいいかもしれない。


 ……田村以外にも、友人と呼べる存在を作らないとフィンに顔向けもできないからな。


 脳裏に浮かぶ一番の親友の顔。

 あの妖精郷フェアリーガーデンの国王であるヒュリポス王の提案を俺はしばらくの間なしにしてほしいと頼んだのだ。



 理由としてはいくつもあるが、第一に俺自身この数年間の間に色々と犠牲にしすぎたことだ。

 言っては悪いが、異世界へと渡るためとはいえ、ちょっとどうなのかと思うようなことも色々とやってきた。両親への暗示はそれの最もたる例であろう。

 学校に関しても同じことだ。害こそ出してはいないと思うが、やってることはあまり褒められたことではない。


 だからこそ、まずはフィン達に誇れる人になりたい。

 そして、生きて、その暁には再びフィン達に会いに行くことにしたのだ。


 その決断を聞いたフィンは、どこか嬉しそうに『そうか』とだけ呟いていた。


「……そういえば、リンにはあまり反対されなかったな」


 一番何か文句を言ってきそうなリンではあるが、あの時は特に何も言うことはなく、それどころか笑みを浮かべてマリアンヌに抱きかかえられていたのを思い出した。


 てっきり、ブレスの一つでも飛んだ来るかと覚悟はしていたんだがリンもそれだけ大人になってくれた、ということだろうか。


「お! そうだった。今日はまだ皆に報告がある。なんとな……このクラスに編入生だ! 喜べ男子諸君。そして女子諸君!」


不意に何かを思い出したかのように声を上げた担任教師が、少々興奮気味に「入ってきていいぞ!」と扉の外へと声を投げかけた。

 気のせいだろうか、俺の賢者としての勘が警報を鳴り響かせているような気がしてならない。


 思わず椅子から腰を浮かせた俺であったが、しかし俺が視線を向けていた教壇側の扉は開かず、しかし教室後方……つまり俺に近い方の扉が勢いよく開かれたことで教室中の全員がそちらを向いた。


 と思いきや、教室の生徒には目にもとまらぬ速さで

 俺にはギリギリ捉えられる速度で突っ込んできた紅い髪の少女は、「ケントー!」と嬉しそうな声をあげながら俺に向かって飛びついてきた。


 もちろん、ギリギリでしか反応できなかった俺がそれを受け止められるはずもなく、見事に教室の壁と窓に背中を打ち付けることになった。


 すごく痛い。


「ケントケントケント! 会いたかったぞ!」

「……なんでいるの?」


 紅い髪の少女――リンは、俺の胸に埋めていた顔を上げると一言「我がこっちに来てやったぞ!」と嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「リン、ダメだよ。最初は肝心って言っただろう?」

「うるさいぞ。何故我が貴様の言に従わねばならん」

「……は?」


 リンを宥める声が響きそちらに目を向けると、今度は教壇側の扉から顔を覗かせた金髪の男……というか、フィンはリンの言葉に苦笑していた。


「……は?」

「……あー、なんかよくわからない状況になっているが、二人ともまずは挨拶をしてくれ。特に竜崎の妹の方。前に出て自己紹介してくれないか?」

「断る。我の居場所はここぞ」


 担任教師の言葉を速攻で斬り伏せるリン。そんな担任教師に対して、どうもすみませんとフィンが前で謝っている姿が目についた。


「……は?」

「では自己紹介を。僕は竜崎フィンと言います。あっちは妹のリン。これから一年の付き合いになりますが、みなさん、どうぞよろしくお願いしますね」

「むっ……竜崎リンじゃ。ケントは我のじゃ。渡さんぞ」

「…………は?」



 そこからちょっとよく覚えていない。









 新しいクラスメイト達がフィンとリンのところに集まって質問している中で、田村や去年のクラスの知り合い連中から質問攻めにあっていた俺である。

 曰く、あんなかわいい子とどこで知り合ったのかとかどういう関係なのかといったそういうこと。

 なお、後者の質問に関してはいつの間にか割り込んできたリンの「番じゃ」という一言によって場は騒然としていた。


 その間俺は思考放棄して窓の外を見ていたまる


「……いやいやいやいや。なにがどうなってこうなっている……!?」


 同好会の部屋で一人頭を抱える。

 いや、おかしいって。なんでリンとフィンがこっちの世界に来てるんだよ。


 俺の予想していた再会と全然違う感じになっているぞこれ。


「だめだ、取り合えず一度思考の整理をしなければ……一つ一つ順序立てて、何でこうなっているのかを考え――」

「ケントー、ここにいるか……いたのじゃぁ!」


 る、前に扉を開けて入ってきたリンが俺の腹部に突撃をかましたことで強制終了させられた。

 お前もうちょっと人間の体のことを考えてくれ。


「あ、ケント。一人で先に行っちゃうから迷ったじゃないか」

「フィン! おまえ、どうしてここに……」


 続いて入ってきたフィンに、いろんな意味でどういうことなのかを聞こうとリンに抱き着かれたまま状態を起こす。

 するといかにも「私たちが案内しました~」という顔の赤園が扉の向こう側に立っていた。


「……何となく察しは着いた」

「津江野先輩! お久しぶりです!」

「失礼します」

「せ、先輩……いつにもまして賑やかになってますね……」


 お邪魔しまぁ~す、と入室してきた赤園。そんな彼女に続いて、青旗と恐る恐ると言った様子で入ってきた白神。


「顔を合わせた時から、何故ここにいるのか不思議そうな顔をしておるな」

「そりゃぁ、まぁそうだろ」

「結論から言えば、君が僕らの世界に来るのを待ちきれなくて、僕らの方から来たってところだよ。一度、来てみたかったしね。あ、ヒュリポス王からの許可ももらったよ」

「我はそこはどうでもよかったんじゃがな。ただ、一度また顔を合わせられたんじゃ。また離れ離れは嫌じゃった。それだけのことよ」


 ほんとに全然違う世界だったよ、と興奮気味のフィン。

 対してリンは再び俺の胸へと顔を埋めていた。


 ……白神、露骨に不機嫌なるんじゃない。


「ちなみにだけど、ガリアンとマリアンヌ、あと君のところにいたアインツヴァラプスって妖精も後々来る予定だよ」

「え、あいつらも来るのか? てか、ラプスはあっちに残るって自分で行ってたんだが」

「うん。お前らだけずるいぞ! って。引継ぎの業務とか終わらせたらすぐ。妖精君の方は、こっちのご飯の方がおいしい! って」


 ラプスがそう言ってる姿が容易に想像できた。

 

「でもこっちに来てからはどうしたんだよ。戸籍とか、どうにもできないもんもあるだろ?」

「それは――」

「我の暗示でちょちょいのちょいじゃ」

「ちょっと待てやおい」


 軽い流れで犯罪ほのめかしてるんじゃないよ。嫌俺が言えた口じゃないけどさ。


「とにかく、それに関しては問題ないよ。ケントの後輩ちゃんたちにも協力はしてもらったけど、基本はこちらで何とかしたさ。あ、僕らも寮に入るからよろしくね」

「それは……まぁいまさら言ったところで別にどうでもいいんだが……次期国王としての業務はどうなんだ? お姫様もまたほったらかしにするつもりか?」

「ケント。世の中には、気にしないほうがいいこともああるんだよ」

「全然だめじゃねぇか」


 めちゃくちゃ真剣な目で何を言い出すのかと思いきや、こいつ俺に会う口実でどうどうと一年間さぼるつもりだ。

 今更ながら、フィンが国王になっても大丈夫――そうだな。たぶん、あのお姫様が尻に敷くだろうし。


「ともかく、じゃ」


 立ち上がったリンは、そういってその人差し指をバンッ、と突き付けた。

 白神に


「小娘。貴様にケントはやらん!! 我が来たからには、もう貴様の好きにはさせんぞ!」

「え、あ、あの……! わ、私だって負けませんから!!!」


「……モテモテだね、ケント」

「お前それどこで覚えたよ……ていうか、何を見せられてるんだ俺は」

「よ、色男~」

「赤園、からかうな」

「責任はとってくださいね」

「どの立場なんだ青旗」


 向かい合う二人を端から眺める俺たち四人。

 なんて言うか、いきなり騒がしくなったなぁと思う激動の一日である。



 でもまぁ


 これはこれで、ありなんじゃないかとも思うのだ。



「ケント!」

「先輩!!」


「はいはい。そう熱くなるなっての。リンは物理的に。この教室熱耐性まだつけてないんだから」



 とりあえず、賢者の物語はこれでおしまい。

 ここから続くのは元英雄のただの人。津江野賢人の物語である。



 なんてな。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

これにて『こちら戦うヒロイン世界戦~異世界召喚賢者は破滅を防ぐために異世界に戻りたい~』完結!!

約一年間(11か月)の間お付き合いくださりありがとうございました!!



読んでくださった方、コメントで応援してくださった方、レビューをつけてくださった方、フォローしてくださった方。

すべてに感謝を! ここまで書き進められたのは皆様のおかげです。

書きたいシーンは全て書けました!!


また後日にでも、あとがき的なものは書こうかなと思います(需要あるかは知らん)

そして改めまして。


ほんっとうに、ありがとうございました!!

彼ら彼女らの物語はここで終わりますが、僕らの知らないところで、きっと賢人自身の物語は続いていくことでしょう。

どうか、彼らに祝福を。

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