第110話:四面楚歌の賢者

 一瞬で瓦礫と化した壁の中へと足を踏み入れて見れば、そこにいたのは三人の男女。


 山羊のような渦巻き状の大きな角と蝙蝠のような巨大な羽を生やしたキースと、いつものゴスロリを身に纏ったアンフェ。


 そして残りの一人は俺も初めて見る。


「随分と物騒な賊が出てきたものね」


「……はっ! 妖精郷をこんなとこにした奴が言う台詞とは思えねぇな」


 幾人もの鎧の騎士が重なり合うように壁となったその向こう側。

 焦りや動揺も見られない落ち着いた女の声を聴いて、内心で舌打ちしながら悪態を吐く。


 今ので戦力を削れるとは思っていないが、せめてダメージくらいはあってほしかった。


 キースやアンフェにも目をやるが、キースは持ち前の反射神経で爆破の範囲外まで退避しており、アンフェは喰らってはいるものの、衣装の一部が焼け焦げているくらいで特に気にした様子もない。


「貴様、あの時の……!」


「あ♪ お兄さんだぁ♬ もう、こぉんなところまで来てるなんてぇ私を追いかけてきたのぉ?」


 キースは忌々しげな目を向け、アンフェはどこか嬉しそうにからかうような表情で笑って見せる。

 そんな二人の反応を無視して、残りの一人に目を向ける。


「まったく……私の骸人形がいくつかダメになっちゃったじゃないの」


 壁となっていた騎士のうち最前列にいた数体がバタバタと倒れるのだが、その様子を見ても特に気にしたような素振りは見せず、女はため息を吐いて見せる。


 そしてゾロゾロと残りの騎士が動くと、その女の左右にピシリと一列に並び剣を抜いた。


「まぁいいわ。ここに単独で来た度胸に免じて、鳴いて喜びながら私の骸人形のコレクションに加わることを許可してあげる」


「ちょっとクイーン、お兄さんは私の獲物なんだからねっ!」


「生きて帰れると思うなよ、下等生物ッ……!!」


「全部お断りだよクソッたれ」


 深くかぶったフードから覗く景色のあちこちに視線を巡らせる。


 おかしい。

 魔力視に移った反応は4つだったはずだ。


 何故、俺の目には三人しかいないんだ?


 あの曖昧で強力な反応は死霊術師の女だと思っていたが、目の前の女を見る限りこいつはもう一つの方だ。


 天井や部屋の隅にまで目を向けても、それらしい反応の奴はいない。

 が、俺の魔力視は確かにこの場所であの曖昧な反応を捉えているんだ。


『ほぅ……驚いたな。汝、余の存在を感知しているか』


「!?」


 突如頭の中に響くような声に辺りを見回してみるが、その声の主らしき姿はどこにもない。

 更に右目へと魔力を注いでみるが、反応はあれども姿はどこにもない。


『……なるほど。汝のその目、精霊からの贈り物であるな? ならば余に気付くことにも頷けよう』


「キング様っ、申し訳ありません。この場に不埒者を招いた罪については、後でいくらでも罰を受けましょう。今すぐにでもこの者の首を晒して見せます」


『よい、イーヴィルクイーンよ。汝が罰を受ける必要はない。……が、その者の目には余も興味がある。殺しても構わんが、目は傷つけずに確保せよ』


 お任せください、と笑って見せたイーヴィルクイーンと呼ばれた女。その女がキング様と敬称で呼ぶ声の主。

 反応からして、この主が親玉なのだろう。なら声の主を探し出して仕留めれば、妖精郷の問題も一気に解決までもっていけるはず。


「部屋にいることに違いはねぇんだ。なら、部屋全体にしらみつぶしに攻撃すればいい……!!」


 カツン、と手にしていた杖の先端で床を小突くと、床、壁、天井に所狭しと魔法陣が展開される。

 『拘束陣』のような捕らえるための魔法ではなく、どれもこれもが攻撃用の魔法だ。


 魔法の威力はリンに及ばないものの、マナの制御により可能とした魔法陣の同時展開。戦いは数という名言を地でいく俺の戦法だ。


『ほぅ……! マナか……!! ますます余は汝に興味が湧いたぞ!!』


「いちいち頭にうっせぇなぁ! どこにいるか知らねぇが、全部に攻撃すりゃ当たるだろうよ!!」


 もう一度杖で床を小突けば、魔法陣が一斉に光を放つ。

 火が、水が、風が、岩が、氷が、雷が、光線が。

 ありとあらゆる魔法がキースやアンフェ。そして騎士に囲まれたクイーンたちに向けて斉射される。


『だが、その程度であれば余にも可能だ』


 ゾクリと、嫌な予感が脳裏をよぎった。

 何か考える前に、本能で防御結界を周囲に展開できたのは、俺自身が異世界で過酷な旅を続けてきた結果だろう。

 こうした予感には、無駄であっても反応した方が身のためになる。


 そして、そんな俺の予感は俺の魔方陣から放たれた魔法が俺に向けられたことで確信に変わる。


『この数は汝の研鑽であるが故、全ては無理であったが制御を奪うことは余にも可能だ』


「んなことありかよクソッたれ……!」


 防御結界に次々と魔法が着弾する中で頭に響いたその言葉に思わず悪態が零れた。

 制御そのものを奪われているため、魔法を止めようにも展開した分の魔法陣は止めることができない。


 暫く耐えるしかないかと考えていると、そんな俺の考えを呼んでいるかのように『そんな暇はないぞ?』と告げられた。


 直後、雨霰と降り注ぐ魔法の隙間を縫ってかけて来るキースの姿を未来視が捕らえた。


「このっ……!!」


「下等生物ゥゥゥゥ!!!」


 随分と恨まれているらしく、血走った目で斬りかかってくるキースの剣筋に杖を合わせる。

 しかし、続けて俺の左目はキースに続いて斬りかかってくる多数の騎士の姿を予見。


 キースを相手にしてその場に留まるべきではないと判断し、隙を突いてキースを蹴り飛ばすと、防御結界は維持したままその場から飛び退いた。


 直後、俺が立っていた場所にクイーンを守っていた騎士が殺到した。


「ちょっとキース。せっかくキング様がお膳立てしてくださっていたというのに、足止めすらできないなんて使えないわよ!!」


「クゥッ……!? も、申し訳ございません……!」


「あはっ♪ 流石私のお兄さん♬ やっるぅ~! 次はアンフェも参加するね!」


 パチパチパチと拍手しながら歩み出てきたアンフェを忌々しく睨みながら、しかし内心ではちゃんと囮ができていることに安堵する。

 予想外の敵はいたが、時間稼ぎであればまだ何とかなる。


 いつの間にかやんだ魔法の雨。

 俺はふぅっ、と一つ息を吐いて防御結界を解除した。


「念には念を、だ」


 コツン、と再び杖を突く。

 展開された魔法陣は、一瞬で部屋の床全体を覆うほどの大きさへと変貌し、息つく暇もなく光を放つ。


『……なるほど。余らを結界の中に取り込んだか』


 展開したのは『結界陣』

 これでこの結界を解除するまでは、白神達の脅威は格段に減るはずだ。


『しかし、これもまた同じ。余に制御を奪われれば……む?』


「誰が奪われるかっての……!!」


 『結界陣』の制御に集中してみれば、確かに何者かにその制御を奪われそうになった感覚があった。

 先ほどのは魔法陣を展開して発射するだけの単純なものだったため、簡単に奪われたが今回はそうはいかない。


 単純に集中するべき魔法陣が一つしかないんだ。なら、その制御を奪われないように全力で抵抗してやる……!


 その分、制御に思考を割くため結界内での動きには粗が出るがな!!


「さぁて、と。ここ正念場だ。気張れよ俺……!」


 せめて、あいつらが無事に役割を果てせるように!!

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