第109話:賢者ダイナミックなエントリー

「三人とも、準備はいいアルか?」


「大丈夫だよ、アルちゃん。もう覚悟は決めてるから」


 アルトバルトの問いかけに答える赤園は、いいよねみんな、と周りの二人にも目を向ける。

 当然だというように真剣なまなざしで頷いて見せた二人の様子を見て、アルトバルトは「わかったアル」と大樹の幹に手を添えた。


 徐々に光が零れる始める洞を見て、俺はいよいよか、と手胸にしまい込んでいたペンダントをローブの上から握りしめる。


「……いや、先走るな。まずは妖精郷フェアリーガーデンの問題を片付けるのが先。俺の用事はその後だ……」


 いつの間にか強張っていた顔を空いた手で揉み解す。

 勝てる、とは思っている。が、今回は相手の拠点に自ら飛び込む形になるのだ。今までのように相手が個人で来たのとは違う総力戦。


 いくら俺も入って彼女らが強くなったとはいえ、簡単にはいかないだろう。


 そしてこちらから攻め込むにあたって、妖精郷が侵略された当時のことをアルトバルトから聞いている。

 相手の情報はあればあるほどいいと思ってのことだったが、意外と敵の情報を入手することができた。


「アルトバルト。向こうに着いたら手はず通りに頼む」


「わかっているアル。君も、気を付けるアル」


 頷いて杖を取り出し、肩に担ぐ。


 巨大な怪物を使って城を破壊した男に、仲間の妖精達を次々に斬り伏せる悪魔のような見た目の男、妖精の住む城下の街を焼き尽くすドラゴンに、兵士の妖精たちの魔法が効かない巨漢。そして生気のない騎士を操り、死んだ妖精を操って妖精郷を大混乱に陥れた女。


 上記三人については、俺も知っている。プリッツ、アンフェ、キースのことだろう。知らないのは後の二人。特に最後に出てきた女は死体を操る死霊術師だと予想をたてた。


「準備できたアル! みんな、僕の周りに集まるアル!」


 アルトバルトの合図とともに、洞の光が大きくなる。


「みんな、アルちゃんたちの世界と他の世界。勝って救うよ!!」


「ええ!」

「はい!」


「あんまり気負って動けない、何てことにはならないようにな。三人とも、俺とフィンが相手にすればいい勝負ができるくらいにはなってる。自信を持っていけよ!」


「主よ、そこは勝てるという場面ラプ……」


「バッカおまえ、どれだけやったところで俺とフィンのコンビが最強であることに変わりはねぇんだよ」


「飛ぶアル!!」


 アルの言葉とともに洞の光が俺たちを包み込むと、足元に魔法陣が展開された。

 大きく広がった魔法陣が洞と同じように光を放つと、俺の体が一瞬浮いたような感覚を覚えた。


 覚えのある感覚だ。

 こちらからあちらへ、そしてあちらからこちらへ。


 世界を渡る際に感じたあの浮遊感。


 あまりの光に目を閉じてしまうが、その時間も極僅か。

 アルトバルトのついたアル! という言葉にゆっくりと目を開けてみれば、そこに広がっていたのはどんよりとした分厚い積乱雲に覆われた空だった。


「ここが……妖精郷」


「アルちゃんから話には聞いていたけど……酷いね」


 足元の枯れてしまった花に手を添えようとした赤園であったが、優しく触れただけであるにもかかわらず、花は灰のように崩れ去った。


「もともとは、もっと自然豊かで、皆の笑顔があふれる国だったアル……それが、あいつらのせいで……」


「ふむ、久方ぶりの故郷ラプが、これでは帰郷も素直に喜べないラプ。そして……あれ、ラプか」


 辺りを見回していたラプスが指さしたその先。

 小高い丘の上に建てられた大きなお城は、もともとはきれいで荘厳なお城だったのだろう。


 だが、今俺たちの視線の先にあるのはところどころが破壊されて中身がむき出しになった廃墟のような城だった。


「アルちゃん。あそこにいるんだね」


「……そうアル。妖精郷をこんな世界にした奴らが、あそこにいるアル」


「こちらも魔力反応を確認した。数は……四つだな。キースとアンフェの反応を確認。あと二つは例の巨漢と死霊術師だと思うが……何だ? 片方は魔力反応はダントツで強いが、存在が曖昧だぞ……?」


 『遠視』と併用して魔力視で王城を見てみれば、4つ反応が見られた。

 プリッツはいないため、数はあっているはずなんだが、どうにも違和感のある反応に首を傾げる。

 こいつが死霊術師なのだろうか。


「それじゃあアルトバルト。作戦通りに頼むぞ」


「それはいいアル……けど、本当に大丈夫アル?」


「そうですよ先輩。今からでも、誰か一人くらいは一緒に行った方が……」


 杖を構えて三人から離れようとする俺をアルトバルトと白神が引き留めようとするが、俺は首を振って白神に向き直る。


「俺が囮、お前たちはまだ捕らわれているであろう王様たちの救助だ。人質……いや妖精質? がいるなら、最悪盾にされる可能性もある。憂は断っておくべきだ」


 潜入を任せることになる白神達三人と、アルトバルトとラプスの妖精組に『隠蔽陣』と『強化陣』を付与する。

 これでよほどのことがない限り、気づかれることはないだろうし、王城まで短時間で移動できるはずだ。


「でも……」


「話し合って決めたことだ。安心しろ、俺一人でもそう簡単には負けるつもりもない。そんなに心配なら、早いところ助けて合流してくれ」


「……わかりました。先輩、私たちが来るまで無事でいてくださいよ……!」


 皆さん、行きましょう! と王城に向かって駆け出していく白神達の後ろ姿を見送り、さてこちらもと準備を始める。


 まずは初撃だ。できるだけ目立つように、かつ人質がどこにいるかわからないため、王城を壊さないようにしなければならない。


 身体強化で強化した体で王城までの道を走破し、4つの反応が見えた場所付近の壁まで一気に駆け上る。

 『隠蔽陣』で気づかれにくくしているとはいえ、こんなことをすれば気づかれる可能性高くなる。


 そして案の定、魔力視で見ていた反応の一部がこちらに反応したような動きを見せた。


「けど、もう遅いんだわ」


 一瞬だけ踏みつけた壁に巨大な魔法陣を展開する。

 攻撃範囲はこの壁の向こう側、4つの反応のみを巻き込むような形で。


「『大火柱』」


 壁を踏みつけて真横に大きく跳んだ瞬間、王城の壁が巨大な炎にとって破壊されるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る