番外編:賢者と騎士は海へ 2
「「海だぁぁ!!!」」
夏と言えば海、海と言えば夏、みたいに考える人はこの世の中結構な人数がいるのではないだろうか。
まあ冬の寒い時期に濡れようなんて思わないため、当たり前と言われればもちろんその通りなのだが、如何せん人が多すぎやしないだろうか。
見渡してみれば、そこいらじゅうに広がる人人人人……その多さに少しではあるが辟易としてしまう。
家族連れやカップルに、友達通しで来ているグループや明らかにナンパ狙いの集団までその種類は様々だ。
「「はぁ……」」
思わずついた溜息が青旗少女と重なってしまう。
「ねね、夕。はしゃいでないでさっさと着替えに行くわよ」
「あ、うん! 行こ行こ!」
「では、先輩。また後で合流しましょう!」
ではでは~、とビーチ近くに建てられた更衣室へと向かう白神達に手を振り、俺も準備を整えて更衣室へと向かう。
用意してきたサーフパンツとラッシュガードを身に着けて戻るのに数分もかからない。まだ白神達は時間がかかるだろうと思い、ビニールシートとビーチパラソルの準備に取り掛かる。
ただそちらもそこまで難しい作業ではなかったため、白神達が戻る前に終わってしまった。手持ち無沙汰であるため、仕方なくシートに座って辺りをボーッと眺めることにした。
いやしかし本当に多いな。
見ている限り、砂浜の色よりも人のほうが多いため海に来ているという気分が薄れてしまいそうだ。
どうせ来るのなら、もう少し人が落ち着いてから来てもよかったのではないかと思う。現に、向こうの世界での話ではあるが一度だけ仲間たちと海へ行ったことがあるのだが、その時は釣りをする漁師くらいなものでほとんど人気などなかった。
……もっとも、少し遠出でもすれば魔物が闊歩する魔境であるため、人が近づかないのは当然のことだったが。漁師も船出などすれば簡単に海の藻屑となってしまうため、基本は釣りしかしなかった。
魔王を倒した影響でそういった危険も減っただろうし、今度はこうした平和な海をフィン達にも知ってもらいたいものだ。
釣りやダイビングをして遊んでいるフィンを想像し、思わず苦笑を浮かべる。
そして少し遠くで女性の集団にナンパを仕掛けては撃沈している男性グループを観察していると、ふいに「お待たせしましたぁ~!」という白神の声が聞こえた。
女の子の着替えというのは時間がかかるものだ、というのはよく聞く話だ。それほど待っていないことを伝えようと思って振り返る。
「……」
「……あ、あの、先輩……その、どこかへ、変でしょうか?」
「ふっふっふ……夕ちゃん、それは違うよ……先輩のこれはズバリ! 夕ちゃんに見惚れていると見た……!」
「アホなこと言ってないで、早く日焼け止め塗らないと焼けるわよ、ねね」
水着というのは、この間のバーベキューの時もそうだったのだが、こう……それだけで人の見た目の印象を変えてしまうのものらしい。
青旗少女は、見た目の雰囲気に合った青色の水着にパレオを巻いており、中学生ながらどこか品のある大人のような雰囲気がある。それに対して、赤園少女は年相応というか、可愛らしいピンクを基調とした柄物のオフショルダーと短パンタイプの水着。
そして白神はというと……うん、簡単に言えばビキニである。白の。
いつもの白い髪は後ろで一つにくくられており、水着や肌の白さも相まって真っ白に見える。そのため赤い目がすごく目立つため、うさ耳でもつければ印象は完全に兎だな。
それに年の割に整ったプロポーションも相まって、周りの男からしてみれば目に毒だろう。これで半年ちょっと前までは小学生だったとかまじか。
「白神、それ恥ずかしくはないのか……?」
「は、恥ずかしいに決まってるじゃないですかぁっ!?」
う~! と耳まで赤くして、体を丸めるように座り込んでしまう白神。
流石に似合っているとは言え、中学一年生にその水着は早すぎると思うのだが……最近の中学生というのは皆こういうものなのだろうか。
本当に、よくわからない。
「だから赤園。その呆れた目を俺に向けないでくれないか? 理由がわからん」
「……津江野先輩、そんなんじゃモテませんよ?」
「君ちょっと俺に対して遠慮がなくなってきてないか?」
向けられているジト目の意味が分からないが、とりあえずこのままにしておくのもどうかと思って俺は手持ちの鞄から予備として持ってきたラッシュガードを取り出した。
青旗に慰められている白神の肩にそれをかけてやる。
「一応予備として持ってきた奴だが、それを着ておけ。せっかく海に遊びに来たんだし、格好のせいで満足に遊べないんじゃ嫌だろ?」
だから今度はもうちょっと格好を考えるように、という意味を込めて白神の手を取って立ち上がらせてやる。
「楽しめるうちに楽しんでおけよ、白神。お前よりもちょっとだけ長生きしている先輩からのアドバイスだ。時間なんて、あっという間に過ぎてしまうからな」
「……なんか津江野先輩じじっぽいです?」
「そうね、津江野先輩もまだ高校生のはずだけど」
「赤園、青旗。今俺いいこと言ったんだからそうやって茶化すのはよくないと、先輩思うんだが?」
実際のところ、俺自身の肉体年齢はまだ17であるが、向こうで5年過ごしているため精神的にはそれよりも上になるし、その5年がとんでもなく殺伐としていたため仕方ないと思う。
コソコソとしている赤園と青旗を横目で睨む。
だがふと、目の前の白神を見てみると、何故だがボーッとした様子でだった。
視線の先を見ると、そこにあったのは立ち上がる際に繋いだ手だった。
「おお、悪い。流石にいつまでも繋ぎっぱなしは気持ち悪いわな」
「あっ……」
子ども扱いしているとはいえ、白神からすれば立派なレディとのこと。いつまでも男に手を握られているのは好ましい状況とは言えないはずだ。
すぐに手を放してビーチパラソルの日陰まで移動する。かなり大きめのパラソルなので、三人が入ってもまだ余裕があるだろう。
「それより、三人とも。俺はここで荷物とか見てるから、好きに遊んできてもいいぞ」
ジュースも色々冷やしてるから心配はないぞ、と氷漬けにしてあるものを取り出して見せてやる。
しかし、赤園少女と青旗少女は何とも言い難い顔で俺のことを見ている様子。
「……ねぇ、舞ちゃん。やっぱり津江野先輩って……」
「そう、ね……何というか、夕は苦労しそうよね」
「でもせっかくの海……! ここは夕ちゃんには攻めてもらうよ……!」
二人で何か話しているようだが、よくは聞こえなかった。
もしかして、ジュースはあまり好みではなかったのだろうか。
「津江野先輩、遊ぶ前に私たち日焼け止めを塗らないとなのでちょっと待ってくださいね」
「ん? ああ、そうか」
「私と舞ちゃんは二人で塗るので、先輩は夕ちゃんに塗ってあげてくださいねっ!」
「……ん?」
「ちょ、ね、ねねねねねさん!? な、何を言ってるんですか!?」
片手に日焼け止めクリームを持った赤園少女の言葉に、一瞬思考が停止する。
え、今この娘俺が白神に塗ってやれとか言った……?
「え? いやだって、背中とか一人じゃ塗れないでしょ? 私は舞ちゃんに塗ってもらうし、舞ちゃんは私が塗るから、夕ちゃんのは先輩に任せようかなって……」
「む、むむむ無理にきまってるじゃないですかぁぁぁ!?!?」
「グウェッ!?」
慌てふためく白神に、首を掴まれて激しく揺さぶられている赤園少女。
割と本気で危ないためすぐにでも止めようと思ったのだが、その前に青旗少女のヘルプが入って救出されていた。
だがその提案はちょっとどうかと思う。
「ちょっとねね、いきなりハードルを上げすぎよ……」
「ケホッ、ケホッ……む、無理じゃない……! というか、これくらいしないとあの唐変木先輩は察しすらしないよ……!」
「確かにそうだけど……」
「ね、ねねさん。さ、流石にそういうのはちょっと恥ずかしいですよ……ま、まだ早いです……」
「ほう? まだ、とな」
「あうっ……」
「ねね、からかわないの」
なんでだろうか、ものすごい不名誉なあだ名で呼ばれたような気がするんだが……俺の気のせいだと思いたい。
それに、いくらなんでも俺と白神はただの先輩後輩の間柄だ。
家族とかならともかく、それだけの関係である男がそういうのをするのは、常識的に考えてあまりよろしくない行為だと思うわけだが……この考え方自体がもしかして古臭いのか……?
いかん、こっちに戻って来てからそういったことにとことん興味が失せていたからさっぱりわからんぞ……これが所謂ジェネレーションギャップか……!(*違います)
結局のところ、日焼け止めは白神、赤園少女、青旗少女の三人で塗ってもらうことになった。
まあそれは良いんだ。それはよかったんだが……
「…………」
「…………アルゥ」
赤園少女のリュックから顔を周囲を伺い、バレないように覗かせているハムスターモドキ。俺が気付いていないと思っているのだろうが、そんなことはない。
そして気づいたが、そのリュックは先程更衣室から出てきた赤園少女が持っていたものだ。
このハムスターモドキ、意外とむっつりなのかもしれんな。
この瞬間、俺の中ではハムスターモドキの呼び名がむっつりハムスターに進化するのだった。
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