番外編:賢者と騎士は海へ 1

「海?」


『はい! せっかくなので、先輩も一緒にどうかと!』


 唐突に白神から電話のコールが入り、何かと思って出てみればその内容はまたしても遊びのお誘いだった。

 夏休みも中盤に差し掛かった今日この頃。今頃世間の学生たちは宿題をコツコツと積み重ねて半分以上、もしくは既に終わらせている者と全く手をつけていない者とで二分化される頃合いだろう。


 なお、俺の場合はどちらに属するわけでもなく、やらない上で暗示で誤魔化すという一人軍隊ワンマンアーミーだ。カッコつけて行ってみたが、中身は真似をしてはいけないやつだけども。


 まあそんなことは置いておいて、だ。


「また急な話だな……いつ行くんだ?」


『はい! 明日の予定です!』


「本当に急だなおい……」


 前日連絡とか、いったいこの娘は何を考えているのだろうか。

 ……何も考えてないんだろうなぁ。


「それで、場所は? どこまで行くんだ?」


『来てくれるんですね!』


「決めたわけじゃない。場所くらいは聞かないと決められんぞ」


 前回のバーベキューが終わった後、改めて思ったのは場所さえわかっているのなら着いていく必要はなかったのでは? ということだった。

 結局のところ、万が一に備えるのであれば白神達と共に行動していると何かと不都合が多くなる。どこにいたのか、何をしていたのかなんてのは致命的だ。


 前回のバーベキューでは、都合よく枯れ木集めのために白神達と別れていたため何とかなったが、いつどもそういった状況とは限らないだろう。場合によっては、白神達の隣にいる状況であのハムスターモドキの結界に巻き込まれることになる。


 そうなれば、今迄の苦労が水の泡だ。


『我知っているラプ。そういうのはストーカーっていうらしいラプ』


『ラプス。お前は三日間菓子類の禁止を命じる』


『ラプゥ!? そ、そんな、ひどいラプ!?』


 ラプスの戯言は置いておいて、俺は再び白神との通話に戻る。


「そも、海だと白神達も水着だろう? 流石にそんな中に男の俺が混ざると、楽しみづらかったりしないか?」


『そ、そんなことは……あ、ちょっと、ねねさん……!?』


 急に焦ったような声を出す白神に首を傾げていると、通話口の向こうからどもどもー! というとても元気のよい別人の声が聞こえた。

 先ほどの白神の反応からして赤園少女なのだろう。ということは、今白神は赤園少女と一緒にいるわけか。


「久しぶりだな、赤園。君がそこにいるってことは、さっきの海の計画は君も一枚か噛んでいるんだな?」


『もちろんその通りですよぉ~! そんなことより、津江野先輩! せっかくのかわいい後輩からのお誘いですよ? 受けなきゃ男が廃るってもんです!』


 男を見せてくださいよぉ~、というちょっと気味の悪い口調で話しかけて来る赤園少女。何故か電話の向こうでニヤついている姿が想像できたのだが、なぜこんなにも赤園少女は楽しそうなのだろうか。


「申し出はありがたいが、さっき白神にも言った通りだ。せっかく仲のいい女の子同士での海なんだし、男の俺なんて無視して楽しんでくればいいだろう?」


『え、私は別に構いませんよ? むしろ、津江野先輩がいてくれた方がきっと楽しいですから!』


「……君と白神が良くても、青旗は嫌がるんじゃないか?」


『舞ちゃんどう? ……別に大丈夫とのことです!』


 お前もそこにいるのか、青旗少女よ……


 白神や赤園少女に比べて、そういったところに俺と考えが似通っていそうだった

青旗少女に期待してみたが、どうやら青旗少女も向こう側の人間だったらしい。

 いやでもなぁ……万が一に備えるとしても、遠くから見張っていればそれでいいのではないだろうか。


『それに、今回は前みたいに夕ちゃんのおうち関連のビーチとかではなくて、普通に一般開放されているビーチです。だ・か・らぁ~、もしかしたら、かわいい夕ちゃんのことですっ! きっとナンパされるに決まっていますよ!』


「ナンパって……君らまだ中学生でしょうに……」


 ナンパしてくるにしても、それは同い年くらいの男子だろう。逆にそれ以上……高校生以上の男が水着の中学生女子に声をかけている時点ですでに事案ではないだろうか。


『もう、津江野先輩はわかってないですね! 夕ちゃんみたいな可愛いは、年齢なんて関係なく男の人を引き付けてしまうものなんですよ!』


「先輩としては、明らかに高校生以上の男が声をかけて来る時点で、逃げるか監視員に報告してほしいんだけど?」


『そうじゃないんですぅ! そもそも、先輩が夕ちゃんのガードとしてついていればそういうことも起きないんですよ! 未然に防げるなら、そっちの方がいいでしょ?』


「……まあ、それは確かにそうだが」


 赤園少女のいうことにも確かに一理ある。

 事が起きてから対処するよりも、それが起きないようにした方がいいに決まっているし、面倒も少ないだろう。

 だからと言って俺がついていくかといえば……そこはどうなのだろうかということになる。


「誰かのご両親には頼めないのか?」


『……津江野先輩、流石にそれはないと思います』


「そ、そうか。すまん……」


 急にスンッとした赤園少女の声に割とまじな感じで焦った俺であった。

 とはいえ、だ。


 ちらりと後ろを振り返ってみれば、机の上には大量に積み重ねられた魔法書の数々。

 あのバーベキュー以降、攻撃用の魔法についても研究を進めていたため、目的である異世界への転移魔法についてはまだ成果がないのだ。

 一応、帰還した際の魔方陣の施策がもう少しで形になるというところまでは来ているのだが……


『それで、津江野先輩は来てくれますか? 今なら、夕ちゃんがすっごく大胆な水着を着て来るかもですよっ』


『ね、ねねさぁぁぁぁんっ!?!?』


 耳元で響いた叫び声に、俺は思わずスマホを遠ざけた。

 通話口の向こうからもー!もー! という怒っているのか恥ずかしがっているのかわからない白神の怒りの声が漏れている。


『あ、ああの先輩!? べ、べべ別にそういう水着を着て来るわけではないですからね!? ……ほ、本当ですよ!?』


「そんなに焦らなくても、赤園がからかってるだけなのはわかってるよ。もうすこし落ち着け、白神」


 焦っているのがありありと伝わるその様子に思わず苦笑する。

 それに俺がいくとはまだ決まっていないのだが、どうやら既に彼女らは俺が行く想定で話をしているようだった。


 終始行くのを渋っているというのに、最後には渋々ながらもついてきてくれる。そういう男だと思われているのか。それが信頼なのかチョロイと思われているのかは置いておいて……何故だか、そうやって俺のことを考えてくれていることに少し嬉しいような気持ちにもなった。


 あんまり、こういった思い出は作らないようと思ってたんだけどな……


「まぁ、わかった。せっかくの後輩からの頼みだ。男除けの保護者役くらいにはなってやるぞ」


『ほ、本当ですか!』


「あいあい。とりあえず、急ぎで水着も用意しておくから、また後でメッセージで集合場所と時間を送っておいてくれ」


 じゃあ明日、と言って電話を切り、俺はスマホをベッドの上に放り投げる。

 水着は……前のはサイズが合わんし、これから買いに行くか。


「ふむ……まさか承諾するとは、どうしたラプ?」


「ん? まあ、あれだけ熱心に誘ってきてくれたんだ。無下にするのも気が引けるだろ? それに……」


「ラプ?」


「……いや、何でもない。それよりラプス。また留守番になるから、さっきの菓子類禁止はなしにしておいたやるよ」


「ほ、本当ラプ!? よ、よかったラプ、やはり、主は優しいラプゥ~」


 どのお菓子を食べようかと、いつの間にか台所の戸棚に移動してしまったラプス。

 そんなラプスの後ろ姿から視線を外し、俺は机へと戻った。


「……少しくらい、いい先輩をやってもいいよな」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


今後について近況ノートを更新していますので、よければそちらをご覧ください。

                                 by 岳鳥翁

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