第121話:イーヴィルキング
「なるほど……! これが伝説と言われた騎士の力か……!! ふははは! よいぞよいぞ! なかなかに楽しませてくれる!」
賢人をアルトバルトに任せた夕がねねと舞に加わったことで、確かに苦戦を強いられていた状況は幾分かマシにはなった。
だがそれでも手加減されていることがよくわかる、と三人は歯噛みする。
「ハァッ!!」
「こんの……!!」
「ぬるい!!」
ねねと舞の二人が左右から同時に切り込むが、腕を交差させてどちらも防いで見せたキング。
そのまま腕を大きく広げることで二人を弾き飛ばすと、周りを囲う数多の雷をみてにやりと笑みを浮かべた。
直後、着弾。
だが四方八方から降り注ぐ雷に身を焼かれながらも、キングはその中心で心底楽しそうに笑い声をあげる。
粉塵が舞い上がる中から響く笑い声を耳に、舞は眉を顰めた。
「随分と楽しそうに笑ってくれるじゃない……」
「事実楽しいからな。不完全とはいえ、こうして体を得て動くのは初めてであるが故に」
舞い上がる煙の中から姿を現す鬼のような角を生やした巨大な影。
よく見れば、赤く光る目のような部分も見受けられる。
体の調子を確かめるように、手足を軽く動かすキング。
その動作すらも楽しいのか、「なるほどなるほど」とどこか嬉しそうな様子なのが恐ろしく、そして腹立たしい。
まるで相手になっていないということを突きつけられているような気がして。
「……あなたは、いったい何者なの? なんでこんなことをするの?」
「…む? それは、余に対する問いかけであるか?」
油断なく剣を構えたねねは、キングの言葉に頷いて見せる。
もちろん彼女自身、真面目にその答えが返ってくるとは思っていない。
だが意外にも、キングと呼ばれた異形は上機嫌に答えるのだ。
「ふむ……まぁ、よかろう。ここまで楽しませてもらった礼だ」
そう言ってキングが目の前に手をかざすと、その手の中に漆黒の珠が生まれた。
いったい何なのか。ねねたちがそれを考えるよりも前に、その漆黒の珠がキングの手を離れて飛び上がると、次にはその珠から染み出した黒い液体が長方形の形に広がった。
「……が、画面?」
夕が呟いたように、それは何かの画面のようにも見えた。
何も映らない画面。だがそう思えたのは数秒ほどのことで、すぐに画面に変化が訪れた。
「最初に余が目にしたのは、光だった」
黒一色の画面の中心に一筋の黄金の光が差し込むと、周りにも亀裂が走り、同じような黄金の光が亀裂から零れ始めた。
「そして感じたのは、痛みと困惑。そして理不尽に対する怒りであった」
黄金に染まった画面を再び染めるように黒が渦を巻く。
やがてその渦は一つの形をとり、その形は鬼のような角を生やした黒い塊となる。
「余はそんな感情から生まれた。ただ生まれただけで、その存在を許されることなく、理不尽なほどの光によって滅ぼされた誰かの負の感情。許してはならぬと、復讐せねばならぬと、誰ともわからぬ感情が余に告げているのだ」
割れるように砕け散った画面が、再び漆黒の珠へと戻る。
「余が生まれ持ったこの感情は、誰のもので、誰に向けられたものであるのか。それは余にもわからぬ。がしかし、この身を焦がす怒りは、確かに余の中に存在するのだ。その願いを、欠片となった残滓を叶えてやれるのはもはや余しかおるまいて」
「つまりあなたは、復讐のために動いてるのかしら?
「然り。誰に向けてかわからずとも、すべてを対象にすれば叶えてやれるだろう?」
舞の言葉に対してさも当然のように頷いたキング。
要は、相手がわからないから全員に復讐すれば、その復讐もどこかで叶うと言ってるのだ。
関係のない人々を巻き込んでの大掛かりな復讐。それがキングの目的であった。
「ふざけてるわね」
「む? 至極真面目だが?」
「その態度も含めて全部ふざけてるって言いたいのよ……!!」
ダンッ、と地を蹴って駆けた舞は、その速度を持ってキングの背後を取り、無防備な背中へと突きを繰り出した。
だがキングも突きをギリギリで躱すことでその速度に対応して見せると、今度はその槍の柄を掴んで大きく放り投げた。
「ただ突っ込むだけでは芸もないぞ」
「舐めんな!!」
空中で身動きの取れない舞に対して、キングは周囲に闇を固めた弾を差し向ける。
弾丸のような速度で迫るその弾に成す術もないかと思われたが、舞は槍の先端部から水をジェットのように噴射させることで宙を駆け、これを回避してみせた。
その様子に、キングは「ほう?」と感心の声を零す。
「これでも喰らっときなさい……!!」
複雑な軌道を描くことで的を絞らせないように宙を動く舞は、やがてキングへと肉薄するとジェット噴射を止めて槍を大きく振りかぶった。
直後、槍から巨大な水の刃が出現する。
斧のようにも見えるその刃は実に2mをも超える巨大な刃だ。己の巨体すら一刀両断してしまいかねないその刃に、キングは赤い目を細くする。
「ハルバートインパクトォォ!!!」
振り下ろされた刃がキングに襲い掛かる。
完璧にキングの首筋を捉えた刃。
その刃を拒むように、キングの体から漏れ出た闇が首筋の水の刃を覆っていく。
その様子に、まずいと感じた舞は宝石の魔力をさらに槍へと巡らして威力の底上げを図った。
「ハァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
「ふはははァ!! 見事っ!!」
斬れろ、斬れろ、斬れろ、斬れろ、斬れろ、斬れろ!!!
内心で叫ぶ舞は、やがて自身の振り下ろす刃がキングを斬った手ごたえを感じ取った。
ズドンッ!! と振り下ろしていた刃がキングを斬り捨て、ついには足元の床を破壊して大きなクレーターを作ってみせる。
「ハァッ……! ハァッ……! ハァッ……! や、やったの……?」
確実に斬ったという確信が舞にはあった。
床を破壊したことで再び巻き上がった粉塵の舞うクレーターの中心で、舞は肩で息をしながら槍でふらつきそうになる体を支える。
「なかなか驚いたぞ?」
「なっ……!?」
粉塵の影から突如として伸びてきた手が舞の首を掴み宙へと吊り上げた。
反射的に首を掴む手を外そうと足掻くが、宝石の魔力による強化を施した舞の力をもってしてもその手を振りほどくことができない。
(これっ、まっずい……!?)
力で及ばないことを悟った舞は、抵抗できる間にと手にしていた槍で首へと伸ばされている腕を斬ろうと動いた。
だが「無駄だ」という一言で槍を弾き飛ばされる。
無手となってしまった舞は諦めずに藻搔くのだが、息が続かない状況で力を発揮できるはずもなく、徐々に舞の体からは抵抗の意思が薄れていった。
「ガッ……ご、のッ……!!」
「諦めはせぬか。流石は伝説の騎士、といったところか? 素晴らしいな」
「ブルーを離しなさい!!」
頭上から迫る炎の刃。
舞の首へと伸ばされていた腕を狙った一閃は、見事にキングの腕を半ばから断って見せた。
続けざまに振るわれる刃を腕を庇いながら躱して見せたキングは、その切り口を興味深そうに観察しながら後退する。
そしてすぐにその切り口からあふれた闇が腕を形作った。
(再生が早い……!!)
その様子を見ていたねねは、その再生速度に驚きながらも舞を守るように剣を構えた。
そして背後で咳き込む舞は、ねねにお礼を言って立ち上がると自身の獲物である槍の場所を把握し隙を伺って取りに行こうと算段をたてる。
「頼めるかしら、レッド」
「言われずとも、頼もしい後輩がいるからね! ホワイト!!」
「任せてください!!」
クレーターの外にいるであろう夕に向けて名を呼びかければ、頭上の天井を覆いつくすほどの雷の矢がキングに向けて降り注ぐ。
これに対して、「なかなかの数よなぁ!」と楽しげな様子のキングは、腕を大きく広げて受け止める体勢に入った。
その隙に舞は槍を拾い上げ、ねねと共にクレーターの中から脱出を図った。
「ふはははは!! よいっ! 先程よりも数も! 威力もよくなったぞ!!」
「ならとっておきもどうぞ!! サンダーアロー!!」
一際大きく発光する雷の矢が一直線にキングへ向けて放たれる。
「ヌゥォッ!?」
着弾と同時にその矢はキングの体を焼き尽くし、さらにはその体に大きな穴を穿って見せた。
流石のキングも、この矢の威力には赤い目を丸くして驚いて見せると呻き声のようなものをあげて膝をついた。
「……レッドさん、ブルーさん」
「わかってる。油断はしないから」
「ええ。さっきはそれでやられたもの。同じ失敗はしないわよ」
沈黙するキングがいつまた動き出すかわからない。
だが仮に動き出したとしても、夕のサンダーアローをまともに喰らったのだ。まともにダメージを与えられているのなら、この後の戦況も有利になるはず。
そう信じて、彼女らは武器を手に機を待――
「少々弛んでいるのではないか?」
「「「ッ!?」」」
いつの間に、という彼女らが言葉に数よりも先に背後にいたキングの攻撃が彼女らを襲う。
ガード自体は間に合ったものの、三人仲良く壁へと叩きつけられるその様子を見て満足げに頷いて見せたキングは、「さて」とある場所へと向かった。
「ふむ、無事であるなクイーン」
「―――――」
「む? おお、その魔法陣で話せぬか。それ」
キングの指先がクイーンの喉に展開されていた魔法陣に触れると、たちまちその魔法陣が解除された。
そして次いでとばかりに『拘束陣』にも触れるとクイーンを縛る鎖も消え失せる。
「キング様、申し訳ございませんっ!! 不覚を取り、キング様のお手を煩わせてしまいましたっ。この罰はいかようにも……!!」
「構わぬ。が、代わりに汝には頼みたいことがあるでな」
「何なりと!」
頭をこすりつける勢いで下げるクイーンのその様子に、どこか申し訳なさそうにするキング。
そんなキングの手がクイーンの肩を掴む。
「ちと、調子に乗りすぎてな。不完全な体で無理はするものではないな」
「……ということは」
「うむ。汝を余に戻す。その体は、元は余が与えたものである故な」
復讐のためにキングが目を付けた
その妖精郷を侵略し、世界樹を支配下に置くために自らが創り出した配下たち。
その配下の大半はすでに消滅してしまったが、最初の一人であるクイーンにつぎ込んだ負のエネルギーは他の配下を足し合わせたものに匹敵する程。
だからこそ、クイーンを取り込めばある程度の力を取り戻すことができるのだ。
「汝には申し訳ないがな」
「……いいえ、キング様。何を申し訳ないと思う必要がありましょうか。あなた様のお役にたてる。これ以上の喜びはございません」
「……そうか」
では頼む、とキングはその手をクイーンの額へとかざせば、その体は徐々に闇の粒子となってキングの体へと取り込まれていく。
「キング様、御武運を」
それだけを言い残して、クイーンは消滅した。
ただこれは、消えていったキースやアンフェ達のそれとは待った悪異なる消滅だった。
「……ああ。完全な支配を成し遂げれば、また汝らを創ろうではないか」
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