第116話:彼女たちの戦い
「へぇ……! 前よりも面白くなったじゃないっ♬」
「その余裕もすぐなくなるわよ……!!」
火柱が上がるよりも前。
ケントがクイーンの足止めを買って出る中、ジュエルブルーこと青旗舞はアンフェを相手に槍を振るっていた。
「でもざぁんねんっ、まだまだ私の方が強いみたいっ♪」
「くっ……!!」
しかし、当たらない。
以前よりも数段速くなった彼女の突きであるが、その突きをアンフェはひらりひらりとニヤニヤと笑みを浮かべながら躱していく。
「こんのぉっ……!」
「あはっ! 今のはちょっと危なかったかもぉ~。惜しい惜しいっ♪」
ほぼ同時に繰り出されたはずの槍の突き。
常人なら防ぐことさえ困難なそれを、アンフェは腕の鱗と体捌きで完璧に対応して見せた。
「ほらほらぁ~私にも攻めさせてよぉ~♬」
「くっ……!」
お返しとばかりにアンフェの爪が舞を切り裂こうと迫る。
槍と言う間合いのある武器であるため、どうしてもすぐ傍にまで近づかれると対応が難しくなるのだが、それでも舞はそれらを防ぎきって対応して見せた。
直後、舞から引き離そうと夕の援護射撃がアンフェを狙い、「あ~んもうっ!」と憎たらしく頬を膨らませながら下がっていく。
「ちょうどいいところで邪魔しないでよねっ! アンフェ怒っちゃうよ!」
「うっさいわね! 文句があるならさっさとやられなさい!」
「一人で私も倒せない人が何か言ってるぅ~♬ やーいざーこ♬ ざぁ~こっ♪」
「本当に生意気な女……!!」
アンフェの酷く憎たらしい煽り顔に青筋を浮かべて悪態を吐くが、舞の心の中はそんな態度に対して非常に落ち着いていた。
(大丈夫。煽られたところで、私は私の最適解で動けてる)
次はどこに撃ち込むか、アンフェはどう回避するのか。
その予測を立てては、結果を反映し、徐々にではあるが精度を上げていく。
(あのおばあさんには確かにムカつきはしたけど、やっぱり腕は確かだったわね)
世界樹の試練にて青旗舞を担当した槍使い。
それは別世界において、槍一本で世界の頂点に君臨した伝説の女戦士であった。
槍に関わる武器であればほぼすべて、初見であっても使いこなして竜さえ屠る猛者の影。
そんな影の指導は、確かに槍使いとしての舞の実力を数段以上に伸ばした。
だが、彼女の一番の成長は技術ではない。
(短気で負けん気の強い猪とか言われたけど、もうそんなこと言わせないんだから……!)
見てなさいよおばあさん……! と内心で意気込む舞は、いつもよりも更にもう一歩強く踏み込んで前に出る。
すなわち、精神の成長。これこそが舞にとっての大きな進歩だった。
生徒会に所属し、成績も優秀な舞は第三者から見れば真面目で責任感の強い中学生だったが、実のところ負けず嫌いで沸点の低い少女でもある。
故に、煽りなどの揺さぶりに弱い。きっと将来煽り運転などされた日には、Fワードを叫びながら体当たりしていても不思議ではないだろう。
だがその点を指摘された彼女は、そんな自身の怒りをコントロールする術を無理やり叩き込まれたのだった。
カキッ、と舞の槍がアンフェの爪と鱗に弾かれる回数が増えていく。
少しずつ、彼女の槍がアンフェに届き出す。
「っ……!」
「シッ……!」
薙ぎ払い、上段からの振り下ろし、左右への退路を断つ突き、足元からの振り上げ。
一つ一つの動作はアンフェにとって脅威にはなりえない、簡単に躱すことができるものばかり。
しかしそれらが続けざまに、まるでアンフェがどう避けるかをわかっているかのように繰り出されるのだ。
隙も無駄もない一連の技に、アンフェはついに一歩後ろへと下がった。
その事実が、アンフェ自身のやる気に火をつける。
「……あはっ♪♬ やっぱりてぇ~せぇ~。楽しめるくらいにはなったんじゃないのぉ?」
「余裕がないってんなら素直にそう言いなさいよ……!」
アンフェが横に移動することを先読みしてその位置へと槍を突き出した舞。
とった、とその予測が確信に変わったその時、横から飛び込んできた影が槍を打ち払い、そのまま舞の胴目掛けて薙ぎ払われる。
その影の攻撃を防ぐため、急遽突き出した槍を戻して間に割り込ませた。
「そういえば、尻尾なんてあったわねあんた……!!」
「あはっ! ここからはこっちも使ってあげるから♪ 簡単にやられないようにねっ♬」
◇
「ハァッ!!」
「グゥッ……!!」
剣と剣が激しくぶつかり合う。
一方が繰り出すのは紅の両手剣。もう一方は漆黒の剣。
そしてそんな獲物を扱うのは少女と巨漢の悪魔の二人であった。
「まだっまだぁぁぁ!!」
「グゥッ……!? バカなッ、この短期間で、ここまでの……!?」
二人を並べてどちらかが勝つかを聞きまわれば、十中八九巨漢の悪魔だと答える者が多いだろう。
それくらい二人の間には圧倒的な体格差があった。
だがしかし
ガァンッ!! と漆黒の剣が上空へと大きく弾かれる。
終始圧倒しているのはほかでもない少女の方であった。
「舐めるなよ下等生物ゥ!!」
新たな剣を手に創り出したキースは、弾かれた体勢からねねに向けて一気に剣を振り下ろす。
その剣を真正面から受けた瞬間、ねねの足が地に埋まり小さなクレーターを作り出した。
思わずねねは顔を
「重いっ……けど、これならまだ……!!」
「ヌゥンッ!?」
だがそんなキースの力を相手に、ねねは宝石の魔力を刀身と体に巡らせる。
すると、押し込まれていた剣が徐々にキースの剣を押し上げ、ついにはキースごと弾き飛ばす。
「どういうことだ……!! 何故この僕が、下等生物如きに剣で後れを取るんだ……!!」
わからない、と空いた手で顔を抑えて独り言ちるキース。
そんなキースをねねは隙を見せないように見据えて構えた。
(フィンさんの方が、もっと強かった)
そんな彼女は内心で、自身の知る強者とキースを比べていた。
世界樹の試練においてねねを担当した勇者フィンの影。
それに比べれば、キースの実力は一歩劣るものだとねねは感じていたのだった。
(とはいっても、弱いわけじゃない。先輩に教えてもらった力の制御がなかったら、さっき押し負けていたのは私だ)
衣装の胸に埋め込まれた世界樹の宝石。
その宝石の魔力と言う力の扱い方を賢人から教わった彼女は、剣に纏わせることで切れ味と耐久性の向上させ、体に巡らせることで身体の強化を自前で行えるようになった。
これがあって五分だというのだから、やはりキースは強い。
「でも負けない。私は、私たちは、あなた達を倒して救いたい人たちがいるんだから……!」
「ほざくな雑魚ガァッ!! グッゥッ!?」
再び剣を構えた両者が駆け出しぶつかろうとした直前、キースの死角から雷の矢が襲い掛かった。
キースの体がよろけた。
「ッしまっ……!?」
「ハァァァッ!!」
その隙を見逃さなかったねねは、振りかぶった剣でキースの体を斬りつける。
だがただでやられるキースではなかった。
斬られる寸前、宙にあったキースの体は蝙蝠の羽が羽ばたいたことでわずかにその軌道を変化させた。
結果、ねねの剣は彼の体を切り裂かず、その羽を根元から切り落としただけにとどめた。
無理やりに軌道を変えた上に羽を失ったキースは、巧く着地することができずにゴロゴロと転がってやがて静止した。
「ハァッ……! ハァッ……! 下等生物如きが、よくもこの僕の体を……!」
「さっきから下等生物下等生物って、やめてよね! 私はジュエルレッド!」
「貴様など名を覚える価値もないということだ!!」
雷で体を焼き焦がされながらも立ち上がったキース。
よく見れば、羽があった場所からは黒い霧のようなものが吹き出していた。
そして少しずつではあるが、その羽も再生を始めている。
(長期戦は不利だね……)
回復されてしまうのであれば、時間は敵に味方する。
「ハァッ……下等生物相手に、本気もどうかとは思ったが、この際仕方ない……!」
フンッ!! と剣を持っていない手を頭上に掲げたキース。
その手にはもう一方の手と同じように漆黒の剣が握られていた。
「敵には初めて見せる二刀だ。下等生物如きが見れることに感謝しながら死ねぇ……!!」
「一本増えたところで、私死んであげないからっ!!」
心に折れない剣を!! とねねは剣を握り直し、キースと対峙する。
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