第42話:賢者は使い魔を仲間にした

「……ラプゥ!?」


「お、気が付いたか」


 見た目が派手なだけで、威力も火力もそこまでない魔法だったんだがネズミモドキは本気で死でも錯覚してしまったようで気絶。

 仕方ないため目が覚めるまでは様子を見ていたのだが、ものの数分で目を覚ました。


「ここは……」


「よっ、とりあえずお疲れさん」


「……っ!?!? ぬ、主は……!?!?!?!?」


 まだ寝ぼけているのか、辺りをボォーッと見回していたネズミモドキ。

 そんなネズミモドキの視界に入って軽く手を挙げてみれば、その瞬間には後退って数メートルほど移動していた。

 やはり、見た目にそぐわず俊敏だなこいつ。


「おはよう。目は覚めたか?」


「……できれば、これも夢だと思いたいラプ」


「それは無理な相談だな」


「あ、悪夢ラプ……」


 諦めたようにため息を吐いて肩を落とすネズミモドキ。肩と同時に腹もデプンと落ちているのが面白いのだが今はそれは置いておこう。

 なにせこうして目が覚めるのを待っていたのは、色々とこいつに聞きたいことがあるからこそだ。


「聞きたいことが山ほどあるんだが、質問しても大丈夫か?」


「構わんラプ。主が勝ち、我が負けたという事実は変わりそうにないラプ。王族として、みっともない真似はしないと誓うラプ」


「そうか」


 あれだけ人間が~とか何とか言っていたが、その割にあっさりと聞き分けてくれるのはこちらとしても助かるというもの。

 ネズミモドキと向かい合うような形で地べたに腰を下ろす。


「ならまずは自己紹介だな。俺は津江野だ。津江野賢人。ちょっと魔法が使えるだけの一般人だ」


「……あれがちょっとなら、我の常識が崩壊するラプ。改めて、我は妖精郷フェアリーガーデン初代国王、その七男。アインツヴァラプスラプ」


「……あれ、3世とか言ってなかったか?」


「……つけた方が、威厳が出てかっこいいと思ったラプ」


 ちょっと恥ずかしそうにそっぽを向くネズミモドキ……もとい、アインツヴァラプスであるが、見た目からしてそんなになので完全に名前負けである。


「グッ……酷い思われようラプ」


「そういや、契約が繋がってるから考えが読めるとか言ってたな。あれはどういうことだ?」


「言葉通りの意味ラプ。主によって目覚めたことで、我は主とのつながりを持つことになったラプ。いわば、契約状態……わかりやすく言えば我が主の使い魔になった形ラプ」


「へぇ……そんなことになってたのか」


 使い魔、ということは俺に使役されるということだろうか。

 特に仲間が必要だと感じてはいなかったが、アインツヴァラプス曰く、この契約はすでに結ばれたものであり簡単には破棄できないとのこと。なんだその呪いみたいなやつ。


 ほーん、とアインツヴァラプスの話を聞いていた俺であったが、そんな俺をアインツヴァラプスは訝し気に見つめ返してきた。


「そんなこと……ちゃんと眠りにつく際に明記していたはずラプよ? 我を目覚めさせし者、代償と引き換えに我が力を得る、と伝えていたはずラプ」


「は? なんだそりゃ。そもそもの話、お前が何者かもいまいち理解できてないんだ。そこのところ、ちゃんと説明してくれ」


 何せ全部が全部急なことであるため予備知識がない。そんな状態で話を聞いても無駄というものだろう。

 俺の言葉に少しばかりムッとしたアインツヴァラプスであったが、それでも仕方ないと諦めて説明に入ってくれた。


 まず初めに、妖精郷フェアリーガーデンについて。

 そこは数多の世界に存在する全ての妖精達の生まれ故郷にして、あらゆる時空の世界に通じる中心世界。そしてそんな全時空世界の均衡を保っている世界樹が存在する重要な世界である、とのこと。


 ……まずこの時点で色々とお腹一杯なのだが、いちいちツッコんでいては話が進まないため最後まで聞くことにする。


 そして目の前にいるアインツヴァラプスは、そんな妖精郷の王族であるらしい。王族が何でこんなところにいるのかという説明に対しては本人曰く「跡継ぎの一人以外、兄弟は妖精として各世界に散らばることになっているラプ」とのこと。


 そういった理由で妖精郷から出たアインツヴァラプスがたどり着いたのがこの世界だったんだとか。

 なんでも妖精郷からはどんな世界へも移動することが可能らしく、その通路の役割を果たすのが――


「この大樹ってわけか……」


「そうラプ。正確には、世界樹の子ラプ」


 世界樹。それは妖精郷に存在する巨大な木であり、この世界以外にも存在する全時空世界の均衡を保つためのもの。

 妖精郷の王族は、その世界樹の管理を担う大事な一族なのだという。

 そして今俺の目の前にあるこの大樹は、そんな世界樹の端末のようなものであるらしい。


「どんな世界にも、この世界樹の子はあるラプ。世界樹は、この子を通じて全時空世界の管理をしているラプよ」


「……そりゃぁ、とんでもないな」


 いったいいくつ世界があるのかはわからないが、片手で数えられる程なんてことはないだろう。数百数千、あるいはそれ以上存在する可能性だってある。

 そのすべてをたった一つの、それも木が管理している? 冗談にもほどがあるぞ。


 そして次に語られるのはアインツヴァラプスについて。

 なんでもこいつは、この世界に来た当初はこの周辺に住んでいた人々に神の使いやらとして崇め奉られていたらしい。

 貢がれてお願いされれば、先ほども使っていた魔法で問題の解決にもしていたこともその原因の一つなのだろう。

 それに妖精はアインツヴァラプスだけではなく、他にも数多くがこの世界に来ていたようで村の人々とも親交があったらしい。


 貢がれお願いされれば人間に力を貸す。そういった関係が自然とできていたようだ。

 だがある日のこと、ここら一帯の村々で人が何者かに襲われる事件が頻発することになる。その被害は瞬く間に増え、ついには人々に貢がれ願われたアインツヴァラプスが事件解決に動いたらしい。


「で? その正体は何だったんだ?」


「それが我にもさーっぱりだったんだラプ」


「はぁ?」


 何でもよくない気配は感じられたそうなのだが、姿形まではわからなかったとのこと。それでもかなり手ごわい相手だったらしく、アインツヴァラプスは撃退して見せたものの代わりにかなり消耗することになったらしい。


「そうして、我はあそこで眠っていたんだラプ。この世界樹の子の近くは地脈がよくて、回復にはもってこいだったラプ」


「ああ、なるほど」


 地脈というのは、おそらく俺が言う龍脈のこととみていいだろう。

 確かに龍脈の近くで休むだけで、普段よりも魔力の回復が速くなるという話を聞いたことがある。


「で、あんなところで寝てたわけだ。結界までつけて。それで? 目覚めさせたものが力を得る云々については?」


「代償があると言っておけば、怖がって誰も近づかないからゆっくりできると思っていたラプ。結界もそのためのものラプ。それに我のような妖精は、他人の魔力を取り込んでしまうとその者の使い魔になるラプ。それを防ぐための措置でもあったラプ」


 どこかの誰かのせいで台無しになったラプ、と文句を言いたげな様子のアインツヴァラプス。


「触れた瞬間にいきなり吸われたんだから仕方ないだろ……」


「あの時の我は地脈から魔力を自動的に吸い上げていたんだラプ。そんなところに不用心に触れたらそうなるラプ」


 要は、俺が悪いって言いたいのね。


「はいはい、そりゃ悪ぅございましたよっと」


「……それにしても、我の完全回復には地脈からの魔力供給でもあと百年はかかるはずだったラプ。その分を一人で賄えた主は、やっぱりただものではないラプ」


 おまけにそれだけ吸われた状態でのあの戦闘。まさに化け物ラプ、と呆れたような物言いのアインツヴァラプス。

 だが実のところ、余裕そうに見えて結構きつかったのは事実だ。実際俺が普通の魔法使いであれば途中で魔力切れで倒れていたことだろう。


 だが幸いなことに、俺は普通の魔法使いではなく賢者である。

 賢者は魔法使いとは違い、使用するのは龍脈から供給される星の魔力。俺自身の魔力は、あくまでも龍脈からの魔力を引き出すために使用されるものだ。

 あれくらいの戦闘であればある程度は問題がない。


「だいたいのことははわかった。そのうえでアインツヴァラプス。お前に一つだけ質問したい」


「ラプ?」


「その妖精郷への通路は、こちら側からでも使用することは可能か?」


「……可能、ラプ。何せ、我以外の妖精はその通路を通って妖精郷へ帰ったラプ。あそこに大きな洞が見えるラプ? そこが通路ラプ」


 指さされたその先に見えるのは大樹の中ほどに空いた大きな洞。

 だが俺にはただの洞にしか見えないし、魔力視でみてもそれらしい反応は見られない。


「本当か? それらしい感じはないぞ」


「ラプ。我も今目覚めたところだからわからないラプが……どうやら、通路自体が閉じられているラプね。恐らく、妖精郷でなにかあったラプ」


 そういわれて思い浮かべたのは、ここ最近になって見かけるようになった少女たちの戦いについて。思い返してみれば、今アインツヴァラプスから語られたのと似た内容が出ていたように思う。


「ふむ? 主には何か心当たりがありそうラプ。それはまた後で聞かせてもらうことにするラプ」


「……そう、だな。まあいい、お前がいれば話はどこでもできる。今日は陽も落ちるし帰ることにしよう」


 使い魔云々はともかく、俺の知らない情報を持っている点は有益だと考えていいだろう。なら、その知識を得るためにこいつを引き入れるのはありだと考える。

 ゆっくりと立ち上がって空を見てみれば、既に夕暮れが闇に染まり始めていた。思っていた以上に時間がたっていたらしい。


「それはそうと、主よ。さっき我ごと燃やした草木はどうするラプか?」


「あ? ああ、問題はない」


 つま先で地面を小突けば展開していた簡易結界が解除され、燃やされた跡はどこへやら。元のきれいな状態へと戻っていた。

 その様子を見ていたアインツヴァラプスは、その開いているのかもわからない目を俺と周囲で行ったり来たりさせ、最後には諦めたようにため息を吐いた。


「本当に、主は規格外ラプ」


「俺くらいで驚いてたら持たないぞ。俺以上もいるんだからな」


 フィンとか


「……それはどこの地獄ラプ」


「失礼な、俺の親友の話だよ。話の続きで武勇伝を聞かせてやろう」


「そうラプね。我も聞きたいことは山ほどあるラプ。さっきの杖の話とかラプ」


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