第80話:賢者と酔いと盗み聞き

「ちょっとせんはい!! きいてるんでふか!!」


「聞いてる、聞いてるから……な? とりあえず水でも飲んで落ち着こう白神」


「だいだいれふねぇ~、せんはいもせんはいでわるいところがあるんれすよ!!」


 フラフラとした足取りで隣までやってきた白神は、席に座らず背中から抱き着くようにもたれかかってくる。

 雑に扱うわけにもいかないため好きなようにさせてはいるものの、このままだと少々よろしくないだろうと水を飲むように説得するのだが、当の本人は視線も定まらず、まったくもって聞く耳を持ってはくれないようだった。


 ほのかなウイスキーの匂いを振りまきつつ、何やら俺への不満をつらつらと垂れ流す白神。

 そんな彼女の言葉を、不機嫌にならない程度に聞き流しながら、この状況をどうにかできるであろう青旗少女に助けを求めるため目を向けた。


「えへへぇ~まいちゃぁーん……」


「ちょ、ちょっとねね……! 抱き着かな……変なところ触るんじゃないわよ!?」


 ……ちょっとあっちもあっちで無理そうだった。


 なぜこんな状況になっているのかと言えば、それは俺の目の前に置かれた箱の中身を食べたからに他ならない。


 ウイスキーボンボン。

 白神が自身のお父さんの書斎で発見し、包装が綺麗で美味しそうだからと拝借したそれをあろうことか白神と赤園少女は食べてしまったのだった。


 流石に無断で持ってきたものを食すのはどうなのかと思った俺と青旗は食べることはなかったのだが、「おいしそー!」というパーティー特有のテンションで白神と共に赤園少女もこれを摂取。


 そして残念なことに、二人ともお酒にはかなり弱いことが判明したことになる。


「えへへ……せんはーい」


「……」


 さて、どうしたものか。

 酔っているからなのか、結構きつく抱き着いてくる白神。その腕には先ほどプレゼントした腕時計があるのだが、固い部分が食い込んで少し痛い。


「……せんはい」


「どうした、白神。水を飲む気になったか?」


「せんはいの……せんはいのだいじなひとって、どんあひとなんれふか……?」


 アルコールの影響なのか、赤らめた顔でそんなことを聞いてくる白神。

 しかしながら、その目は先程までとは違ってしっかりと俺の見据えていた。


 大事な人……というのは、この間白神にペンダントを見られた際に言ったやつか。


 なぜ今そんなことを聞くのかとも思ったのだが、本人の目を見る限り酔っぱらいの戯言と済ますにはあまりにも真剣な目をしている。

 そっと赤園少女達の方を覗き見れば、いよいよ赤園少女が青旗少女を襲うように覆いかぶさっていたのでこちらへ注目することはないだろう。


「そうだな……少しだけ話すなら、良い奴らだ」


「……やふら? ひとりじゃないんれふ……?」


「ああ。これでも俺は、昔とは性格も違っていてな。昔の弱い自分から変われたのも、そいつらの存在があってこそだ。大切な仲間で、俺の恩人とも呼べる。大事だというのは当然だろう」


 普通ならこんな話をすることなどない。

 だが今は、クリスマスという特別な時間のせいか、白神が酔っているから大丈夫だろうと油断したのか、あるいは今この時の雰囲気なのか。

 それとも、こうして誰かに俺の仲間を自慢できるのが嬉しいからなのか。


 気づけば、そんなことを白神に零していた。


「わたしも……」


「ん?」


「……わたしも、せんぱいの大事なものの中に入れますか」


 肩に顔を埋めてしまったため、白神の表情を見ることは叶わない。

 だが、彼女の問いに、俺は自信を持ってこの一言は言える。


「もう入ってるぞ。唯一の後輩だ。大事に決まってる」


「……えへへ……そうですか」


「ほら、とりあえず水でも飲んで落ち着け。せっかくのパーティーなんだ。酔いつぶれたらもったいないだろ?」


「……ありがとうございます、津江野先輩」


 その後は、赤園に抱きしめられたままSOSサインを出している青旗少女を助けるために、酔いのさめた白神と二人で赤園少女を引きはがした。

 引きはがしてもなお、青旗少女の元へと向かおうとする執念はすさまじかったが、流石に変身していない女子中学生に負けるほど柔な鍛え方はしていない。


 青旗少女は逃げないからとりあえず落ち着くようにと言ったのだが、「嘘だっ!!」と錯乱状態にあったため、白神に頼んで無理やり水を飲ませて落ち着かせた。

 まったく、お前はどこの村の女子高生だ。


「青旗、今後赤園に酒精の入ったものは食わせるなよ」


「ええ……身に染みてわかりました」





「やっぱり、この規模の家にもなると、トイレの規模も違うんだな……」


 洗った手を自前のハンカチで拭いながら白神家の長い廊下を歩く。

 既に時刻は20時を回っている。俺は高校生であるため問題ないかもしれないが、赤園少女や青旗少女はまだ中学生。泊まるならまだしも、帰るのであればもうそろそろお開きにした方がいい時間帯だろう。


「……ん?」


 ふと、パーティー会場までの道を歩いているとよく知っている感覚を会場の方から感じ取った。

 これは……魔力か?


「……誰かが魔法を使っている?」


 一瞬あの三人が宝石の騎士ジュエルナイトになって戦っているのかとも考えたが、いつもの結界ではないようだった。

 気づかれないように恐る恐る会場へと近づき、魔力視で何の反応かを探る。


 見えたのは、あの三人娘の前にハムスターモドキが姿を現して何かを話している様子。

 更に使われている魔法について調べれば、いつもの戦闘時に張る結界ではなく、声を外に漏らさないようにするための効果を持った結界だということが判明した。


 つまり、聞かれれば何か不都合なことを話しているということか。


「けど、そういうのは俺が帰ってからするべきだったな」


  俺を関係のない一般人だと思い込み、三人がちょうど集まっているタイミングだからと油断したのだろう。

 もちろん、相手は俺のことを知らないのだからそこをとやかく言うのは仕方ない。


 それに最低限の防音は魔法でしているんだ。これ以上を求めるのは酷と言うもの。


 ……いや、そのおかげで俺も話を聞けるのだからむしろ感謝した方がいいかもしれない。


 魔力視で魔法の解析を行い、結界の一部に穴を穿つ。それも、相手に感知されないように細心の注意を払ってだ。

 そこまですれば、もうこの距離だ。『収音』の魔法を使えば簡単に盗み聞きすることができる。


『――つまりアル、ねねたちにはもっと強くなってもらうアル』


 聞こえてきたのは、対キース戦で俺に問いを投げていたハムスターモドキの声。

 アルトバルトと呼ばれていたその声の主の言葉に、赤園少女が反応を返す。


『そう、だね……この間ので、力不足は実感したよ』


 少し落ち込んだ声の赤園少女の言葉に、そうね、と青旗少女が答える。


『それに、あのフードを被ったいけ好かない男もいるものね』


『でもあの人、きっと敵じゃないと思うんです……』


『でも味方と決まったわけじゃないわ。いうなれば第三者。味方と言い切れない以上、いつ敵になってもおかしくないもの』


『そうアル。僕も油断はできないと思ってるアル。そして、そのための試練なんだアル』


 試練? とその言葉に俺は首を傾げた。


『世界樹の試練。宝石の管理者として認められたねね達三人なら、きっと乗り越えてもっと強くなれるはずアル』


『うん、いいよ。私達の世界だけじゃない、他の世界のためにもなるんだもん。私は受けるよ』


『……はぁ、あなたが受けるなら当然受けるわよ。それに、あのいけ好かない女とローブの男に目にものを言わせてやるんだから……!』


『わ、私も……! だ、大事な人を守れるように、強くなります!』


『……三人とも、感謝するアル。なら、明日みんなは山の上の大樹に集まってほしいアル』


『大樹って……私とアルちゃんが初めて出会ったあの?』


『そうアル。そして、あの大樹こそが、この世界における世界樹なんだアル』


『『『……え、ええぇぇえええ!?』』』


 そこまで聞き終えた俺は、魔法を解除して一度トイレの方へと踵を返す。

 内容的には強くなるための修行と言ったところか。そしてその修行があの世界樹……ラプス曰く、世界樹の子で行われるといったもの。


 あまり気乗りしないが、確かに彼女らが強くなってくれることに越したことはない。


 キースやドラゴンガール達の組織を倒して妖精郷フェアリーガーデンを開放し、妖精郷フェアリーガーデンを経由することで俺もフィン達の世界へと向かう。

 この第一プランに変更はない。そのため、狙われることになる彼女ら宝石の騎士ジュエルナイトが強くなることには大いに賛成ではある。


 だがしかし、彼女らには戦ってほしくはないと考えている自分がいることも事実なのだ。


「……もう、存在そのものは知られてるんだよな」


 ならば、一つ。

 ここは先達として、壁になってもいいだろう。


 目にものを言わせたいという奴もいるのだ。ちょうどいいかもしれない。


 魔力視で確認してみれば、すでに結界は解除されている。

 俺は何事もなかったかのように会場へと戻るのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


どうも、岳鳥翁です。

クリスマスパーティーは如何でしたか? 白神はあざとかったですか?

これで中等部一年とかまじかよおまえ……


面白い、続きが気になる! など思っていただけましたら、

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