第34話:妖精王子の違和感
「倒した……の?」
砂埃が晴れた向こう側。
先ほどまでそこにいたはずの満身創痍の敵、プリッツと名乗っていた男の姿がないことを確認した私は無意識にそう呟いた。
「そう、みたいね……」
辺りを見回していた舞ちゃんも槍の構えを解くと、少し安堵した声でこたえてくれた。
私が
何度も何度も戦ってきた相手だったけど、ついに……ついに……!
「やったよ! アルちゃん! これで
「……」
「? アルちゃん……?」
私たちの後ろで、街に被害がいかないように結界の維持をしてくれていたアルちゃん。
そんなアルちゃんのもとに駆けよって、一緒にハイタッチでもしようと思ったんだけど……肝心のアルちゃんはなんでか難しい顔をしているだけだった。
「……いや、何でもないアル。それにしても三人とも! 本当にありがとうアル! これで
だけど、途中で首を振ったアルちゃんは、本当に嬉しそうな様子でほかの二人のもとへも飛んで行った。
春になってからこんな戦いに巻き込まれて、一時はどうなることかと思ったけど、それでも私の力で誰かの力に慣れているのなら本当に良かったと思う。
まだまだ、
「それじゃあみんな! これからクレープを食べに行こうよ! 私、いちごのクレープが食べたい!」
「ええ!? クレープ!? 私も食べたいです!!」
「こら、ねね。もう時間も遅いんだから明日にしなさい」
変身もアルちゃんの結界も解かれ、商店街の人たちの姿や戦いの爪痕が消えた街が戻ってくる。それと同時に、アルちゃんは周りの人たちに見られないように私の鞄に戻っていた。
「あ、そうだ! ねねさん、舞さん。私先輩の無事を確認しないと……」
「あ!!」
そういえば倒したことで忘れてたけど、もともとは夕ちゃんの同好会の先輩である津江野先輩の救助も目的にしてたんだった!
やばいやばい~、と頭を悩ませていた私だったけど、ふいに後ろから聞こえた「見つけた!」という声に振り返った。
「こんなところにいたのか白神。探したぞ……ん? なんだ、この間の子たちと会ってたのか」
「先輩! 無事だったんですね!!」
「……? 何を言ってるんだお前は。トイレに行くだけで危険に晒されるとか、この街はどんな犯罪都市なんだよ」
そういうのは小学生までにしとけよー、と夕ちゃんをからかって見せる津江野先輩。
そういえば、アルちゃんの結界って周囲の人たちの記憶も都合よく改変しちゃうんだったっけ……津江野先輩の場合は囮がトイレに行ったことに変わったのか。
「こんにちは、津江野先輩!」
「こんにちは……には、少し遅い時間だけど、確か赤園さんだったかな? それと青旗さんも。この間以来だね」
まさに年上の先輩! って感じの大人な雰囲気。
私一人っ子だから、お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな~!
「こんにちは、津江野先輩。これから帰宅ですか?」
「そうだね。今日はちょっとしたお祝いというか、白神がうちに入ってから歓迎会的なものは何もしてなかったからね。それもかねてここに来たんだよ」
「……あれ、そうだったんですか!?」
「ええ~デートじゃなかったのかぁ~」
つまんなーい、と拗ねてみせると、津江野先輩は困ったように苦笑いして見せた。
「赤園さん、流石にこの間まで小学生だった子にそれはないよ。あっても妹みたいなもんさ」
「いも……!?」
年の差だってあるからねぇ、と笑う津江野先輩に反して、夕ちゃんはなぜかショックを受けている様子。
ほほぉ……これはこれは……
「恋愛に年の差なんて関係ない! ですよ!」
「ねねさん!?」
「……あ、あはは」
「ねね、やめなさい。誰も得しないわよ」
私のせいなのか、妙な空気になってしまう。
どうしようかと考えていると、そうだ! と夕ちゃんが何かをひらめいた様子だった。
「こ、これから帰りなんですけど、津江野先輩も一緒に帰りませんか!?」
「いや、やめておこう。確か白神もほかの二人も実家通いだろう? 俺は寮生だからこのまま一人で帰るよ。距離も近いからね」
それじゃ! と言って商店街の出口へと向かっていく津江野先輩。
それに対して、夕ちゃんは何かに燃え尽きたかのようにぽけ~としていた。
ま、まるで魂が抜けているみたい……!
「ゆ、夕ちゃん大丈夫、だよ! たぶん……津江野先輩だっていつかは夕ちゃんの魅力にメロメロになるはず……! たぶん」
「ねね、追い打ちをかけるのはやめておきなさい」
◇
(おかしいアル。確かにあの時、邪悪なる陣営の一人を倒したはずアル……)
次の日、三人娘が約束通りクレープを食べているころ。
赤園ねねの鞄の中にいたアルトバルトは先日の件について思い返していた。
思考を巡らせているのは、あの時感じた違和感について。
(邪悪なる陣営。あれは数多ある世界の負のエネルギーによって生まれた悪の化身アル。打倒されたなら少なからず、その負のエネルギーが露散してもおかしくないはずアル)
それに妖精である自分であれば、その負の存在が消滅したことに気付くことができる。
当然ながら、あの時あの場所からイーヴィルポーンであるプリッツの反応が消えたことは確認している。
(けど、反応が消えても負のエネルギーの気配がうっすらと残っていたアル)
これは一体どういうことなのだろうか。
アルトバルト自身、よくわかっていないことが多すぎて何も考察ができないのだが、しかしあの消滅には僅かにではあるが彼の中にしこりを残した。
(……わからないことを考えても仕方ないアル。僕は変わらず、ねね達を支えることが役目アル)
あの時自身を助けてくれた少女が
年端もいかない少女たちに助けを求めるしかできないことに、アルトバルトは心を痛めた。
だがそれでも、そうしなければ、
(それに、一人倒したとしてもまだ邪悪なる陣営はいるアル)
思い出すのは、以前現れたアンフェと名乗るイーヴィルビショップ。
舞を相手にその力の差を示した少女。
(確か……街の術式、だったアルか? 気になることを言っていたアルが、それらしいものはあの後みつけられなかったアル。戯言、と考えても言いアルが……念のため、頭の片隅には入れておくアル)
そしてアルトバルトは考える。
これから先、彼女たちの戦いはますます厳しいものになってくるだろうと。
ならば、
(世界樹の試練、アルか……今のねね達ならきっと大丈夫アル)
鞄の外でクレープを片手にはしゃぐ少女達。
そんな彼女らの様子を鞄の隙間からこっそりと除いたアルトバルトは、思わずクスリと笑ってしまうのだった。
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