第27話-⑫ 特別執行、開始


 一七時二〇分

 ラグランジュ1

 パンセリノス軌道都市群

 パンセリノスⅠ 港湾区画


 パンセリノス軌道都市群は、地球圏の軌道都市群の中でも最も古い歴史を持ち、中でもパンセリノスⅠからⅣは骨董品とも言えるオニール式島三号軌道都市、つまり全長二〇キロメートルのシリンダーの内側に、回転による遠心力で疑似重力を発生させている古いタイプの軌道都市で構成されている。その港湾区画に、実務課の艦艇は応急処置のためにくつわを並べて停泊していた。



 実務一課

 装甲徴税艦インディペンデンス

 艦橋


「イチカチョウ、お疲れさまです」

「はぁ……もう半日くらい暴れてやりたかったのに。公爵の到着が早すぎるわ」


 セナンクールは消化不良といった表情だったが、インディペンデンスの艦橋クルーはうんざりとした表情をしている。実務一課は二課と共に、地球圏に待機していた大公軍と中央軍の艦隊を引きずり回して本隊の追撃に向かうことを防いでいたが、木星圏からギムレット公爵の叛乱軍本隊が来た時点で停戦命令が出て、元々数で劣り、特徴局との艦隊戦で戦力を消耗していた軌道上の大公軍は降伏した。


「暴れてって……こちらもズタボロです。当分はここから動けませんよ」


 吉富艦長の操作で、艦橋のスクリーンに実務一課の被った被害がリストアップされる。いずれの徴税艦も撃沈こそしなかったが、もはや大気圏内航行、超空間潜航、そして砲撃戦は不可能なダメージを負っていた。セナンクールの望み通りあと半日戦っていたら壊滅的な損害を被っていただろう、と吉富はゾッとした面持ちだった。


「正直沈まなかったのが不思議なくらいです」

「海賊ってのはね、沈まなきゃ勝ちなのよ。沈む前に敵艦に取り付いちゃえばいいから」

「海賊じゃなくても、特別徴税局の艦隊戦なんていつもそんなノリじゃないですか」


 それもそうか、などとセナンクールがケラケラと笑っていると、反対側の港にいる実務二課長から通信が入った。


『おお、セナンクール。君も死に損なったか』

「アル中の二課長殿はお元気そうで何よりだわ。そっちこそ、酒以外じゃ死なないようなツラしてるくせに」

『わははは。男ゲオルギー・イワノヴィチ・カミンスキー、酒に死すとも戦場には死せず、か。墓碑銘に使えそうだ!』


 すでに実務二課長カミンスキーは、両手にウオッカの瓶をぶら下げて祝杯をあげていた。


「酒でも死なないんじゃないですかね……」


 吉富艦長のぼやきは誰にも聞かれることなく、ブリッジの喧噪に掻き消されていった。


「ところで、局長達は無事なの?」

『先ほどエンゲルスから連絡があった。今頃宮殿の地下で大公を捕縛しに行っている頃だな』

「あっちも楽しそうね。今から行って間に合わないかな」

「だから動けないっていってるでしょうがイチカチョウ」


 上司が妙な気を起こさないうちに、吉富艦長は艦橋に祝杯を届けるようにと酒保に連絡した。

  


 一七時二五分

 司令室前通路


 すでに勝利ムード漂う宇宙の特徴局部隊と異なり、宮殿地下の戦闘は膠着していた。もはや指揮系統を保ち戦闘している大公軍部隊は一個小隊規模だが、狭い通路にバリケードを築いて司令室前に陣取って重火器を向けられず、一気に押し込むと犠牲が多大なので、ボロディンも突撃を躊躇していた。二個大隊規模の特別徴税局渉外班部隊は他の場所でも投降を拒否する大公軍と戦っており、いたずらな犠牲は払えない。


「やあ、こりゃあすごいね」

「局長! 頭! 頭下げてください!」


 ボーッと突っ立っていた永田を、カール・マルクス渉外班長代理のマクレンスキーが押し倒した。


「メットとチョッキくらい着けて下さいよ! もう、ホントお気楽極楽なんだから」

「いやあ、ごめんごめん……ボロディン君、状況は?」


 近くの部屋のラックやらコンテナを積み上げたバリケードの隙間から、ボロディンが二〇メートルほど離れた大公軍の陣地――司令室前最後の防衛線――を見ていた。


「正面については三回突撃を掛けましたが、奴ら中々強情でして。次の突撃で破れると思います」


 すでに特別徴税局は渉外班に二四〇人の重軽傷者、八〇人余の殉職者を出している。ボロディンも無闇矢鱈に犠牲を出す消耗戦を敷いているわけではないが、宮殿内という狭い戦場で、相手が防御に徹しているせいか、普段の強制執行より多い犠牲を出すことになった。


「分かった……犠牲が大分出たね、申し訳ない」

「これが仕事ですから」



 同時刻

 通風口内


 一方その頃、人が這いずって通れるギリギリの幅の通風口を、斉藤率いる特課渉外係が地下へと進んでいた。

 

「おい斉藤! ホントにこっちで大丈夫なんだろうな!」

「こっちだって言ってるでしょ! マクリントックさん早く進んで下さいよ! そのデカいケツが引っかかってるんですか!? 胸はちっさいくせに!」


すぐ真下では相変わらず激しい銃撃戦が行われており、時折跳弾した銃弾が軽合金製の通風口パネルを撃ち抜いて全員が肝を冷やしていた。


 マクリントックが不満げに斉藤に叫び、銃声に負けないように斉藤も声を張り上げた。


「っるせー! 小っさくねええよCあるわC! あとデカいケツつったな気にしてるのに! 犯すぞコラチビスケ!」

「誰がチビスケか!」


 斉藤とマクリントックの罵倒合戦も慣れたものので、執行中の恐怖を紛らわせる程度には周囲に受け入れられていた。


「執行中だぞー、真面目にやれよー」

「うるせえ! アルヴィン、テメーなんかスゲー武器とかで吹っ飛ばせねえのか?  荷電粒子砲くらい積んでこいよ! はどーほーとかぐらびてぃーぶらすととかねえのか!」


 ことさら間の抜けた声で注意したアルヴィンに、マクリントックはキレ散らかした。


「んなもんぶっ放して嫌疑人吹っ飛ばしたらどーするんですかー」

「けっ、イイコぶりやがって……」

「どうでもいいけど早く前進んでよ! 後ろつっかえてるんだから!」


 ゲルトが叫び、一同は再び悪態、罵詈雑言を吐きあいながら通風口を進んだ。


『お取り込み中悪いけど、そろそろ敵の後ろに回り込むわよ。気をつけて』


 楡の間からナビゲートしているハンナの声に、全員が戦闘態勢に神経を切り替えた。


「じゃ、アタシが降りてぶっ放して、アルヴィン達が援護、あとは出たとこ勝負って感じでヨロ」


 ざっくばらんなマクリントックの指示だが、付き合いの長い渉外係の囚人兵達にはこの程度で十分だった。


「それじゃ……!」


 通風口のフタを肘でたたき落としたマクリントックがするりと通風口を抜け出る、斉藤達もそれに続いて通風口から次々と抜け出ていく。前方に展開したボロディン達の部隊に気を取られていた大公軍の最後の防衛部隊は、背後からの攻撃に浮き足立った。


「ボロディン課長! 今です!」

「了解! 総員突撃ぃぃぃぃっ!!!!!!!」


 斉藤が通信機に叫ぶや否や、特徴局側のバリケードが崩され、ボロディンは拳銃片手に渉外班を引き連れて突撃を開始した。


 前後からの攻撃に大公軍は最後まで頑強に抵抗したが、三分ほどの銃撃戦で、すべての片が付いた。


「ボロディン君!」


 永田がボロディンに駆け寄る。血だらけの帝国軍服姿のボロディンが、床に横たわっていた。


「いやはや……この程度で死ぬほどヤワには出来ておりません。あとは頼みます……」

「医療班! ボロディン君と負傷者を!」


 永田が常にはない切迫した声で叫ぶ。ボロディンは永田が特別徴税局を再建する際、最初にスカウトした人材だと斉藤は聞いていたので、それも無理からぬことだと思った。


「こちらの負傷者は?」

「幸いゼロね」


 ゲルトの報告に、斉藤はホッとして拳銃をホルスターにしまった。


「ったく、今回出番これだけかよ」

「いいじゃねえか。危険手当はガッポリだ」

「アルヴィンは給料出てねえだろ。死んでんだから」

「あ、それもそうだな」


 アルヴィンとマクリントックの会話を横目に見ていた斉藤に、着慣れない執行装備に身を包んだ永田が近付いてきた。


「斉藤君達、よく来てくれたね」

「局長も、よくご無事で」

「いやー、面倒なとこは全部済ませてくれたので助かったよ。おかげでこっちも最小限の犠牲で済んだ」


 永田は斉藤の手を強く握った。


「他の皆も、ありがとう……これでようやく、決着が付く。溶断機でシャッターぶち抜いて、大公殿下をとっ捕まえに行こう」


 普段の強制執行でも使われるプラズマカッターでもって、司令室のドアとその前の装甲シャッターを纏めて切り刻んで、特別徴税局はついに宮殿地下司令室へと足を踏み入れた。



 一七時三〇分

 地下司令室


 司令室の中はシンと静まりかえっていたが、参謀達が拳銃やらライフルを構えていた。永田は涼しい顔で司令室の中を見渡した。


「はいはい、じゃあ武器捨てて、大人しくしていただきましょうか」


 永田が手を叩いて、まるで子供におもちゃを片付けるかのような軽さで促した。


「やめろ。もう終わった……全部隊に打電。抵抗をやめ、直ちに降伏せよ」


 銃を向けていた大公軍参謀達が、大公と永田の言葉に銃を床に置いた。


「いやー、では改めまして。どうもどうも。特別徴税局でーす」


 永田の陽気な挨拶に、マルティフローラ大公は激烈な怒りを込めた目線を向けた。


「局長」

「……はいはい、分かってるよ」


 斉藤にたしなめられて、永田は肩をすくめた。ここまで来ても、いつも通りの永田であった。


「貴様は何をしたのか分かっているのか。国税省の一外局が帝権に叛逆したのだぞ」

「これは国税法に基づく正当な執行ですよ、殿下」


 永田は自分の携帯端末から、司令部のメインスクリーンに資料を表示させた。


「脱税、公金横領、外患誘致に詐欺、公文書偽造、殺人、選挙介入、皇統典範違反、まあこんなとこですね。これらの違反により拘束させていただきます、と言いたいんですが、僕ら国税吏員なんで、とりあえずまあ、脱税で拘束、その後内務省やらあちこちの取り調べってことで」


 永田の並べた犯罪のうち、特別徴税局が関わるのは脱税の部分だ。あまりに広範な罪状なだけに、本来は特別徴税局だけで対処できるはずはないのだが、そこは国税法第六六六条第三項に定める『国税徴収官は、この条に基づき、武力による徴収や超法規的措置を行うことができる。この場合、国税徴収官は、滞納者や脱税者の財産や生命をも奪うことができる』という条文を拡大解釈した形になる。


「帝国中央から各地に流れる使途不明金。領邦交付金のうち、有機的な領邦経営のために一部を使途不明のまま請求する、それ自体に問題は無い……だが、その用途はなんだったのか。私は一〇年前、国税省領邦課長として、その調査を行っていました」


 永田の言葉に、マルティフローラ大公は直立不動のまま永田を睨み付けていた。


「調査の結果は、なぜ私が特別徴税局の局長に異動させられたかを見れば明らか。帝国上層部にとって、不都合な事実が明るみに出たからだ」


 永田の追求は徐々に熱を帯びていく。


「使途不明金でも構わない。それを収入として領邦国家が申告していれば、我々は何もとがめることはない。それをしないのは、この金が明らかにやましい目的を持っていたからだ!」


 永田の怒声に近い声に、斉藤は思わず身体を震わせた。後にも先にも、永田がこのような声を上げたのはこの時だけだった。


「使途不明金はマルティフローラ大公国、フリザンテーマ公国、コノフェール候国からパラディアム・バンクを通して、あるいは私掠船運航会社を通じて、辺境惑星連合の構成体に流れた! 帝国が帝国の敵たる辺境惑星連合に長年援助をしていた! あなたは皇統であるにも関わらず、利敵行為を働いていたんだ! それはどのような理屈を持ってしても許される行為ではない!」


 永田がさらに資料をスクリーンに転送した。


「賊徒領内における惑星開拓の権益買収、極秘裏に開設した工廠の従業員への給料、原料費、賄賂、我々帝国臣民の血税が、そのような形で流出していたんだ。さらに、これらの金は与党の政治家の多数にも流れていた。正当な政治資金の寄付なら認められているが、これは明らかに表沙汰にされていないものだ。与党が選挙で強い秘訣は、こういうところにもあったんですな」


 斉藤は永田の追求を聞きながら、目眩を覚えた。これを行うために付随する脱税や公文書偽造の数々の件数を考えればゾッとしたからだ。


「あるいは、領邦から各企業に委託した事業への支払いを過大に、あるいは過少に申告させることで使途不明金がバレないような小賢しい真似をした」


「脱税についても、国教会の大教区や現地の国税局、あるいは帝国政策投資機構のような半官半民のファンドなどを用いた手法が常態化していましたね。我々も何度もそのせいで調査を止められた。その点についても、我々は完全な、あなた方の不正を明らかにする証拠を突きつけることが可能だ。何か仰りたいことはありますか?」

「永田局長の言うとおり、君の調べた内容はほぼ事実だ。それは認めよう……ただ、私はあくまで帝国の版図拡大のために――」


 マルティフローラ大公は、絞り出すように叫んだ。


「知ったこっちゃないですね」


 永田の言葉に、マルティフローラ大公はおろか、司令室内にいる全員が固まった。


「私は国税省の官僚として、特別徴税局局長として、税の非合法を許すわけには参りません。それが皇帝であろうと、大公であろうとです」

「貴様! 帝国が衰退しても構わんと言うのか! 現在の版図では今後の財政も、軍事も、負担が増大する一方なのだぞ!? 辺境の賊徒鎮圧こそ――」


 永田がきっぱりと言い放つと、マルティフローラ大公はそれまでにも増して、鋭い目つきで永田を睨み付けて叫んだが、永田は全く動じないどころか、話を遮るように咳払いした。


「国家の成長は正常な徴税あってこそ。私の任務はあれこれと理由をつけて、税を払わず私腹を肥やし、己が欲望を通そうとする馬鹿者に正義の鉄槌を下すこと。ただそれだけです」


 永田が言い終えるのと同時に、マルティフローラ大公はその場にへたり込んだ。


「では、身柄は一旦公爵殿下に委ねる、ということでいいんですかね?」


 すでに司令室に来て一部始終を見ていたギムレット公爵に、永田がお伺いを立てた。


「ええ。ありがとう、永田……お連れして。丁重にね」


 近衛兵に連れ出された公爵や大公軍の参謀達を見送り、特徴局の面々は感慨深げに目を閉じていた永田に視線を向けた。


「局長?」


 斉藤が声を掛けると、永田がフッと顔を緩めた。永田にしては緊張感のある面持ちが、いつものヘラヘラした緊張感の欠片もないものへと戻った。


「……皆、ありがとう」


 永田は深々と頭を下げた。そしてさらに続ける。


「いやー、なんというかな。喉の奥のサカナの小骨が取れた感じ? 奥歯に挟まったポテチの破片が取れたみたいな?」

「もっといい表現なかったんですか!? ていうかこれだけやってそんなしょーもない感慨なんですか!? 局長ホントに大学出たんですか!?」


 斉藤のツッコミに一同はゲラゲラと笑い、今回の執行は幕を閉じた。


 帝国暦五九〇年三月二七日一七時四五分のことである。

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