第11話-② 特徴局に正月ボケは無縁です

 装甲徴税艦インディペンデンス

 ブリッジ


「ぶぇっくしょいっ! えーいちきしょーめ」


 馬鹿でかいくしゃみが、装甲徴税艦インディペンデンスのブリッジに響き渡る。


「イチカチョウ、風邪ですか?」

「馬鹿ね。風邪なんてとうに免疫ついてるわよ」

「免疫っていうより、風邪のウイルスもイチカチョウには近づきたくないと思うんですが」


 ぼそりと呟いたつもりの声だったが、その瞬間にセナンクール実務一課長の鋭い目線が、吉富艦長を射貫いた。


「吉富、いま何か言った?」

「いえ、何も……カール・マルクスが直撃を受けたようですが」

「センチュリオン級の重戦艦よ。あの程度でどうこうなるもんじゃない」


 とはいえ、カール・マルクスが集中攻撃を受けたまま放置しておけるほど、セナンクールは人でなしではない。何せ永田が殉職したら、彼女や実務課に多数在籍する囚人兵の立場が危ういのだから。


「我々は天頂方向から、強制執行命令が出た段階で侵攻する予定でした。しかしすでに戦端が開かれた以上、突撃するより他はありません」


 戦術支援アンドロイドのフランシスは、年に一度あるかないかの的確で、さりとて真新しさがあるわけではない提案をした。


「そうね。全艦最大戦速! 敵が本部戦隊に気を取られてるうちに一気にケリを付ける! スタン・カノン用意!」


 提案が的確かそうでないかは、セナンクールにとってあまり関係ない。彼女は撃って撃って撃ちまくれればなんでもいいのである。セナンクールは高らかに特別徴税局の執行要領に基づき、足止めのスタン・カノンの指示を下した。



 装甲徴税艦カール・マルクス

 総務部 オフィス


『左舷補助推進器に直撃!』

『隔壁閉鎖急げ!』

『左舷シールドジェネレーター、出力五九パーセントまで低下!』


「……ああもう! 今日は騒がしいわね。何やってるのかしら」


 艦内スピーカーの音量は下げてあるし、そもそも艦がへし折れる位の衝撃でも無い限り、慣性制御や重力制御によって揺れることすらない艦内である。総務部オフィスも平常時の業務をこなしているから、スピーカーから流れる音声がなければ戦闘中だと意識することもない。


 しかしながら、ミレーヌ・モレヴァン総務部長を苛立たせていたのは別の要因だった。


「先ほど直撃を受けたようですが」

「そうじゃないのよねえ……」


 偶然ミレーヌのそばに居たソフィ・テイラーはありのままの事実を告げたが、それがスイッチとなりミレーヌの不満の受付窓口となった。


「秋山君ったら、敵が伏せてる宙域にノコノコ浮上したのね。彼も一万分の一くらいでいいから突撃馬鹿を見習ってほしいわ……集中砲火を受けてるのにのんびりしてるし。他の艦を横から突っ込ませてやればいいのに」

「は、はあ」


 ソフィは特徴局の事務職である。経理処理を行い、各種福利厚生の管理を担当してきたのであって、彼女が特別徴税局の戦力運用方針などを理解する必要などは欠片もないのだが、あまりにミレーヌが自然と作戦指揮について話し始めたので、勉強くらいはしておこうかという気になっていた。


「ちょっとブリッジに文句言ってくる」


 ソフィにそう言い残したミレーヌは、総務部オフィスを出てブリッジへと向かった。



 第一艦橋


「秋山課長、本艦を囮に、他艦を進出させて攻撃を分散させては?」

「その間に敵艦隊が突っ込んできたらどうする!?」


 入井艦長の提案を秋山課長は一蹴していたが、それもこれも敵艦を拿捕するために火器の使用に制限があるからだ。


「秋山君! 今どういう状況なの?」

「そ、総務部長!? 現在敵艦隊と砲撃戦を――」


 突然のミレーヌの来襲に、秋山徴税一課長は何事かと目を丸くしていた。


「そんなの見れば分かるわ。で、あと何分くらいで片付くの?」

「はっ、それは……」


 常にはない厳しい口調に、秋山がしどろもどろになる。


「もう、本部戦隊がこんな位置にいたら、実務一課との連携に支障が出るじゃないの」


 戦術ディスプレイのシンボルマークを一瞥して、ミレーヌは深い溜息をついた。


「本部戦隊の安全も確保するとなると……総務部長、戦況図を読めるんですか?」


 帝国艦隊の士官でもなければ読み解けないような複雑な図形を、一瞬で読み解いたミレーヌに驚きを隠せない秋山だった。各艦艇の速度と加速率とベクトルが数値で表されており、一見して分かるような代物ではないからだ。


「前から言おうと思ってたけど、センチュリオン級の重戦艦がそう簡単に沈むもんですか。良いから前進なさい」

「しかし――」

「ダメ! 拒否権はないわ。局長、少し宜しいですか?」

「あー……うん、総務部長に任せる」


 ミレーヌを見た永田は、そう言うと諦めたような苦笑いを浮かべた。


「カール・マルクスは第二戦速で重荷電粒子砲発射用意。装甲徴税艦フリードリヒ・エンゲルス、ジョン・M・ケインズ、フィッシャー・ブラック、エマニュエル・ダーマンは敵艦隊左側面へ、巡航徴税艦ジャネット・イエレン、ジョセフ・E・スティグリッツ、ヴィルヘルム・ヴァイトリングを右側面へ回り込ませましょう」


 指揮席の多目的戦術卓に投影された戦況図の各艦シンボルに指を滑らせ針路を定めるミレーヌの手際に、秋山は目を剥いていた。


「秋山課長……?」

「このとおりにしろ……」


 困惑した顔で秋山を見やった通信士に、秋山も諦めた様子で言った。


「戦艦なんて弾受けも仕事のうちじゃない。重火力プラットフォームの重荷電粒子砲でも直撃しないかぎり保つでしょ」

「そ、それはそうですが、帝国艦隊じゃないんですからそこまで」


 秋山もさすがにミレーヌの乱暴な指揮に苦言を呈したが、再びミレーヌは首を振った。


「艦隊戦なんて特徴局だろうが海賊だろうが帝国軍だろうが、やることは変わりないでしょ。ガキの喧嘩じゃあるまいし、とっとと火力で押しつぶせばいいの。戦力の逐次投入なんて愚の骨頂」

「秋山君は戦力保全を心がけてくれてるからねえ」

「んなーん」


 笹岡徴税部長は、実務部長サー・パルジファルのブラッシングに余念がなかった。サーも気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしている。一応強制執行配備中は、サー・パルジファルもブリッジに居る。


「たまには本部戦隊も本気で艦隊戦しないと鈍っちゃうわよ」

「は、はあ」


 スポーツじゃあるまいしと秋山は内心思ったが、言い出せずにいた。言ったところで、ミレーヌのダメが飛んでくるだけである。


「敵艦隊、さらに増速。こちらに接近してきます。まもなく電磁砲、誘導弾の有効射程圏に入ります」

「言わんこっちゃない……艦長、後退して距離を――」

「その必要なし! ビーム攪乱幕、物理弾防護幕展開。艦長、重荷電粒子砲は?」


 さすがに秋山が待避指示を入井艦長に指示を出そうとしたところで、ミレーヌはそれを制した。


「発射準備完了まであと二秒……今完了しました」

「よし。本部戦隊展開完了と同時に発射」

「しかし、今撃っても回避されますが」

「構わないわよ。むしろ回避してくれないと困るでしょ? 回避される方向に回り込んだ本部戦隊各艦で、接舷攻撃を実施。これでカタがつく」


 帝国軍で運用される艦載砲でも最大口径にして最強の火力を持つ重荷電粒子砲は、エネルギーチャージするだけでも敵のセンサーに発射態勢が整っていることを判別される。運用の難しい兵器ではあるが、ミレーヌは事もなげに言った。


「どうせスタン・カノンで氷漬けにしても接収のために乗り込むんだから同じ事よ」

「それはそうですが……これは海賊のやり口ですよ」


 秋山の言葉にミレーヌが一瞬険しい表情になる。秋山は何かマズいことでも言ったのだろうかと口を噤んだ。


「各艦、展開完了。実務一課の突入タイミング調整も完了」


 通信士からの報告に、ミレーヌが満足げに頷いた。


「はい、それじゃあとは分かるでしょ? 秋山君に任せるわ」


 そう言うと、ミレーヌは何事もなかったかのようにブリッジから退室した。嵐でも過ぎ去ったような気がして、ブリッジ中に安堵の空気が満ちる。


「まだ執行中だぞ。気を緩めるな」


 緩み掛けた空気を、秋山が引き締める。今回彼は完全にお株を奪われた格好であり、こういうことでも言わなければ格好がつかないのである。


「艦長、重荷電粒子砲発射。あとの行動は総務部長の案を採用する」

「はっ。重荷電粒子砲、撃ち方用意……撃てっ!」


 カール・マルクス艦首の重荷電粒子砲が火を噴くが、予想通りに敵艦隊は発射のタイミングを読み切って回避機動を取っていた。しかし、その先には本部戦隊艦艇と、天頂方向から突入してきた実務一課艦艇がいる。


 何もかもがミレーヌが即興で指示した内容通りに展開し、秋山は胃の痛みがさらに増したのを感じた。


「……これより、特徴局展開全艦、接舷攻撃による敵艦隊制圧を行う、各艦執行規程に従いこれを実施せよ」



 徴税三課 オフィス


『……これより、特徴局展開全艦、接舷攻撃による敵艦隊制圧を行う、各艦執行規程に従い、武器を適正使用してこれを実施せよ』

「接舷攻撃ですって。秋山課長にしては珍しいわね」

「ああ、まあ移動の手間が省けていいんじゃないか?」

「どうせ私達は旗艦と基地のハシゴよ?」

「それもそうだな」


 秋山の苦々しい声が艦内放送から響いて、それに対するコメントをハンナとアルヴィンが漏らした頃、相変わらず戦闘とは無縁の調査業務を続けていた斎藤は、妙なことに気がついた。


「ところで、指示を出していたのって総務部長だったような」


 斎藤はほとんど艦内放送など聞いていなかったが、途中で明らかに女性の声、それもミレーヌ・モレヴァン総務部長の声が入っていたように聞こえていた。


「あ? そうか?」


 たまりに溜まった報告書やら始末書やらを片付けているアルヴィンが、火を付けていないタバコをくわえながら答えた。キリがついたところで喫煙所に行こうとして、タイミングを逸したらしい。


「いえ、ですが」

「んな訳あるもんか。あんだって総務部長が艦隊指揮なんてするんだ」


 しかしなぜミレーヌが艦隊指揮などしているのだろうと斎藤は疑問が残っていたが、アルヴィンはぴしゃりとその言葉をはねのけた。


「気のせい気のせい。斉藤君、まだ正月ボケ抜けてないの?」

「そういうハンナさんも、随分と眠そうな顔ですが」


 あくびをしながら答えたハンナに斎藤は言い返した。その後も他愛ない雑談などを差し挟みつつ、徴税三課の出番である敵艦隊制圧の報が届くのを待つこととなった。



 総務部 オフィス


「部長、どこに行ってたんですか?」


 些かすっきりとした表情のミレーヌがオフィスに戻ってきたところを、ソフィは呼び止めた。


「ちょっとね、秋山君の尻を叩いてきたの」


 ミレーヌの言葉に、ソフィはひどく困惑した表情を浮かべた。


「部長ってそういう趣味があるんですか……?」

「違う!」


 我が部下ながら、この子は少し天然過ぎるのではないかと、ミレーヌは少しだけ心配になった。



 実務一課旗艦

 装甲徴税艦インディペンデンス

 ブリッジ


「各艦、総旗艦指定の艦艇に対して接舷執行開始。突入後の指揮は各艦艦長に一任する」


 一通りの接舷執行の指示を終えたセナンクールは、自分の席に腰を下ろして溜息をついた。


「毎度ながら、全部吹き飛ばして終われたらどんなに楽かって思うわ。帝国軍に懲罰艦隊でも作ってくれないかしら。賊徒の迎撃専門みたいなヤツ」

「ま、確かに気は楽でしょうね。相手が賊徒なら、いちいちスタン・カノンで足止めして接舷執行なんてしなくて済みます」


 吉富としてはそのような部隊で指揮を執る実務一課長の姿が容易に想像できてしまい、対峙する敵の姿も想像して気の毒に思い、懲罰兵による賊徒迎撃艦隊など無くて良かったと安堵した。


「敵艦左舷側の火器は?」

「全て潰しました」


 砲雷長の報告に、セナンクールはやや満足げな笑みを浮かべて頷いた。カール・マルクスの重荷電粒子砲から逃れた時点で、ドレーク・スター・アライアンス側の艦隊は三つの小集団に別れていた。大口径砲による射撃で艦隊が全滅しないようにする常套手段である。


 回避運動中はとにかく砲撃に当たらない事を最優先にしているため、接近する艦隊への迎撃は疎かになる。そして現代宇宙戦闘は秒速数十キロメートルで動き回る三次元戦であり、刻一刻と状況は変化する。


 自然と交戦距離は近くなり、今や敵味方の距離は手を伸ばせば届くほどである。すでに互いの大口径砲は使えない。装甲徴税艦インディペンデンスも、必死の回避運動を行うドレーク・スター・アライアンス旗艦と相対速度を合わせつつ、距離を詰めていた。


「まもなく接触します」


 航海長が報告すると、セナンクールは面倒くさそうに立ち上がり、指示を下す。


「接舷次第敵エアロック強制解放。はぁ……もう終わりか」


 鈍い音が艦内に響く。敵艦とインディペンデンスが接触した合図だ。それと同時に、ブリッジは各種作業の指示と報告と復唱が飛び交う。


「敵艦と接触しました!」

「アンカー打ち込め!」

『渉外班、突入します!』


 最後に、装甲服に身を包んで敬礼する男の姿がブリッジ正面のモニターに大写しになる。装甲徴税艦インディペンデンス渉外班を率いるのは、強面のラディズラーオ・アルカイーニである。彼も渉外班員の例に漏れず懲罰兵で、帝国軍の降下軌道兵団の大尉としてマルス勲章を四回受けているほどの猛者であるが、とにかく独断専行が過ぎるために上官命令不履行の罪で三回も懲罰兵として更生プログラムを受けさせられた。しかし四回目にしてその通達を言い渡した上官の顔面を殴打。結果として最終的に彼は軍刑務所に収監され、ボロディン実務四課長の目にとまり、今のポジションに落ち着いた。

 

「あの、いいんですか? 旗艦制圧となれば注意しておく点が――」

「いいのよ、あいつは。やること分かってるし、好きにさせとくのがちょうど良いの」


 フランチェスカ・セナンクールという人は、派手な艦隊戦やルール無用の喧嘩は好むが、ともかく特別徴税局の強制執行のように、縛りが多い戦闘は好まない。だから接舷執行時の指揮は放置している。それでもなんとかなるのは、荒くれ者揃いとは言え、腕は確かな渉外班あってこそだ。


 その点アルカイー二のような独断専行型は、決められた仕事を自分なりの合理的なやり方で遂行してくれるので相性が良かったのである。


「……まあ、イチカチョウがそう言われるんでしたら、別に構いませんが」


 たまには自分も接舷執行の指揮をしてみたい、などと思う吉富艦長であった。

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