第11話ー③ 特徴局に正月ボケは無縁です

 装甲徴税艦カール・マルクス

 カフェ・レッセフェール


「ふう……」


 ブリッジでの越権行為のあと、オフィスに戻ったもののどこか気まずかったミレーヌは、食堂の横で営業しているカフェでコーヒーを飲んでいた。


「部長さん、どうしたんです? 何か楽しいことでもあったので?」

「別に大したことじゃないわ。ただ昔のことを思い出していただけ」

「そうですか。随分満足げだったように見えたんですがね」


 カフェとは言え専門の店員がいるわけではない。食堂のコアタイム以外に第一食堂を預かる烹炊長のバティスト・ドンディーヌが趣味で営業しているものだ。


「そうねえ……満足、だったのかもしれないわね」

「へえ、そりゃあ良いことだ……おや、いらっしゃい斉藤君」

「どうも、マスター。ホットで」

「はいよ」

「珍しいわね斉藤君。サボり?」

「い、いえ、そういうわけでは」

「いいのよ気にしないで。戦闘中手持ち無沙汰なのはお互い様でしょ」


 業務中にコーヒー一杯飲む程度で咎められる職場ではない。何せ業務中から飲酒、喫煙はもちろん覚醒剤でトリップしていようと――さすがに飲酒と喫煙は局長と医務室長の許可が要るが――咎められないのが特別徴税局という組織なのだ。


「……あの、総務部長。一つ伺ってもいいでしょうか」

「何かしら」

「先ほど戦闘指示を出していたのは、総務部長ですよね」


 ミレーヌは斉藤の顔をじっと見つめていた。ミレーヌの茶色の瞳が斉藤の目を射る。斉藤はどうしていいか分からず、まずい質問をしたのではないかと内心焦っていた。


「まあ、聞けば分かるものね。不思議に思うのも無理はないでしょう」

「あ、はい……その、もしかして総務部長は軍人だったんですか?」

「軍人? ああ……私ね、海賊だったのよ」

「……はい!?」


 コーヒーカップを取り落としそうになった斉藤は、素っ頓狂な声をあげた。


「キャプテン・ミレーヌって言えば、辺境の船乗りの間じゃ噂になってましたからねぇ」

「マスター、その言い方はよしてちょうだい」


 呆気にとられたままの斉藤は、烹炊長とミレーヌのやりとりの間にようやく理解が追いついた。


「それであんなに……」

「私もう戸籍上は死んでるのよ。今の戸籍は局長がどこかからかっぱらってきたか、でっち上げた仮のもの」


 再び斉藤は凍り付いた。彼が普段見て理解していた総務部長はほんの表層に過ぎないのだということに考えが至ったからだ。


「私の本当の名前は、ミレーヌ・ラフィット。辺境で海賊船団を率いていた女船長。交通機動艦隊と星系自治省の治安維持艦隊をなぎ倒したまではいいけど、帝国艦隊に包囲されちゃってね。あえなく降伏したってわけ」


 あまりにあっさりと話された内容に斉藤は理解がまったく追いついていなかった。特別徴税局において元海賊という肩書きは特に真新しさを感じるモノではなかったが、特別徴税局に置いては一、二を争う常識人としてのミレーヌのイメージが、斉藤の中では刻一刻と塗り替えられていった。


「永田局長が特別徴税局局長に収まった直後かしら。ここの事務する人間を探してて、それで私に目を付けたってんだから、あの人も大概よ」


 だからこそ、ミレーヌの「ダメ」が局内において強大な抑止力として機能しているのである。ちなみに噂としてミレーヌの海賊説は流布していたが、海賊というところまではどの噂も共通であるが、往事の戦歴は様々なものが上げられており、サーベル一振りで降下揚陸兵団の装甲兵を一ダース片付けただの、号令した時点で敵艦隊が敗走していただの様々である。また、没落した元皇族という説も人気を博した。


「……なぜ海賊などされていたんですか? 今のミレーヌさんからは想像できません」

「そうねえ。私もどうしてやっていたのかと言われると不思議な感覚ね。国防大学校を出てから、民間軍事企業に行ってもなんだかなじめなくて、気付いたら海賊だったもの」

「そんなものですか……?」

「まあ若気の至りってやつ? はじめは輸送船改造したボロ船から始めて、最後は帝国軍の戦艦を鹵獲して、船団まで作って……楽しかったわよ。それだけは間違いない」


 斉藤には理解できない世界の話だった。彼は真っ当な帝国臣民として今までの人生を歩んできたのであり、海賊などと言うアンダーグラウンドな世界にはまったく縁が無かったのである。


「まあ、そこに正義なんてないの。海賊なんて大概が面白いからやってるんであってね」

「ミレーヌさんからそういう言葉が出るのは……」

「心外だった?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべたミレーヌに、斉藤は狼狽えた。


「い、いえ、ただ……いえ、そうですね。総務部長という方は、特別徴税局でも常識人だと思っていたので」

「一度死んだことになると人間毒気も抜けるのかしらね」

「ところで、なぜ僕に話してくれたんですか? 秘密にしておきたかったのでは……?」

「さあね。まあ、あなたくらいには話しておいた方が良いでしょう。今後のこともあるし」

「えっ?」


 ミレーヌの言葉がどういう意味か捕らえかねた斉藤は、さらに続けて真意を問いただそうとしたが、続く言葉にそれを取りやめることになる。


「そろそろ接舷攻撃の時間よ。一応オフィスに戻っておいたほうが良いんじゃない?」

「そ、そうでした。それでは」


 カランコロンとカフェの扉が閉まると、烹炊長が怪訝そうな面持ちでミレーヌに向いた。


「珍しいですね、総務部長が自分から昔話なんて」

「あの子にはそのうち特別徴税局を振り回して貰わなきゃいけなくなるかもしれない。そんな気がしたのよ」

「はぁ、なるほど……また永田局長の思いつきってやつですか?」

「そう、思いつき、気まぐれよ。いつものやつ……でも、今回はどうもそうじゃなさそうなのも、怖いところだわ」


 ミレーヌは残ったコーヒーを飲み干すと、自分のオフィスへと帰っていった。



 DSA総旗艦 リチャード・ランドルフ

 メインブリッジ


 時系列は、装甲徴税艦インディペンデンスが接舷攻撃を開始する前に遡る。


「艦内システム復旧!」

「敵艦、振り切れません!」

「左舷側火器、沈黙!」

「アンカー打ち込まれました!」


 リチャード・ランドルフ艦長のマッカーシーは深い溜息の後、今後必要になる指示を飛ばしはじめた。


「白兵戦用意! 隔壁閉鎖! 戦闘員に第二種装備! 艦内戦闘だ、爆発物は使えないぞ! これだから国税の狗共は……!」


 交通機動艦隊の臨検ならともかく、特別徴税局の強制執行なら相手はいの一番で発砲してくる。もちろん相手もそれなりに手加減はしてくれるだろうが、次に待っているのは自らの奴隷市場への陳列となれば、誰だって抵抗したくなる。


「か、艦長。どうする気だ!」


 確かな情報とやらを持ってきて、自慢げな顔をさらしていた情報室長は、今や顔面蒼白で床に座り込んでいた。


「どうするもこうするも……本社が徹底抗戦を指示してなければ、投降してたんだがね」

「何故投降しなかった!?」

「あんたが本社の命令書を持ってきたんでしょうが! こうなったらお互い人身売買される前にトンズラするしかないでしょうが」


 自分の座席のアームレストから、情報部長の前でこれ見よがしに拳銃を取り出して初弾を装填したマッカーシーはふて腐れたように言い放った。その瞬間、ブリッジクルー達の目線が少し冷たくなった気がしたが、今更気にしても仕方が無いと割り切った。


「従業員を見捨てるのか!」


 情報室長は立ち上がってマッカーシーの胸ぐらをつかみ上げたが、マッカーシーはそれを突き飛ばした。


「本社が私掠船税の脱税なんて考えるからだ!」

「貴様も会議の席に同席していただろう!」


 その後も特徴局員がなだれ込むまで、管理職同士の醜悪な責任の擦り付けあいは続いていたという。



 電算室


 ブリッジで責任者同士の醜い言い争いが繰り広げられている一方、特徴局渉外班は順調に制圧を進めていた。


「アルカイーニ班長。データベースの凍結が完了しました。操艦、生命維持、火器管制も押えました。これでこの艦は我々のものです」


 インディペンデンスから突入した渉外班は、素早く艦中央コンピュータを制圧した。特徴局だけでなく、帝国軍などの陸戦隊が接舷攻撃を仕掛ける際の基本的な戦術である。


「ブツはこれでよし、と。社内のデータは全部本店に送っとけ」


 アルカイーニは満足げに頷いた。この船、ドレーク・スター・アライアンス旗艦の装備は艦隊の指揮統率のため、高額な電子機器を中心に資産価値が高い。また、脱税の証拠である帳簿データなども無傷で手に入れられたのは、徴税三課や調査部などの調査もスムーズに進めるために重要である。ちなみに、本店とは彼らの用語でカール・マルクスのことである。


「他の制圧状況は?」

「先ほど第三分隊が機関区の制圧を完了。今、ブリッジ前のバリケード前で膠着状態です」

「分かった。二分隊はここで待機。俺はブリッジへの突入の陣頭指揮を執る」



 ブリッジ前


「状況は?」

「見ての通りです。連中、残った兵隊かき集めて徹底抗戦の構えですぜ」


 タバコに火を付けながら第一分隊分隊長の話を聞いていたアルカイーニは、こちらを睨み付けて動かない敵部隊を見て煙を吐いた。


「バリケードが邪魔だな。とはいえブリッジ至近だし、爆発物は使いたくない」


 狭い通路で爆発物など使えば、敵は片付くが艦内への損傷も大きい。できるだけ艦内くらいは無傷で捕らえて、少しでも資産価値の維持を考えるアルカイーニにとって好ましい戦法ではない。


「いっそ押し込みますか」


 分隊長の提案は、アルカイーニのお気に召さなかった。半分ほどになったタバコを吐き捨てて、アルカイーニはその班員にタバコを一本差し出した。


「誰が先頭に行くんだ? 必死の手はあまり好みではない」


 局外では意外なことと思われているようだが、特別徴税局は特攻同然の戦術を取らせることはない。囚人・懲罰兵にしても死ぬために特徴局への配属を了承したわけではなく、功績によって減刑されることを望んでいるわけだから、あまり雑な用兵をしてはならないのだ。特攻のように見えるのは、結果的にそうなっているだけであって、別に畑からいくらでも懲罰兵を収穫しているわけではないのである。


「しょうがねえ、投降勧告でもしてみるか」

「はい、どーぞ」


 貰ったタバコを吸っていた分隊長が、自分のタクティカルベストから小型の拡声器を取り外して、アルカイーニに渡した。


『こちらは特別徴税局。すでに機関部、電算室は我々が制圧した。これ以上の抵抗は無意味だ。直ちに武器を捨て、投降せよ』


 テンプレート通りの降伏勧告に、DSA側は誰も動かない。埒が明かないと判断したアルカイーニは、とりあえずもう一つの効果的な降伏勧告をすることにした。


『なお、ドレーク・スター・アライアンスの脱税についての詳細情報を提供してくれた者については、司法取引によって今後の処分の軽減が行えます。どんな些細なものでも構いません。我々はあなた方からの情報提供を歓迎します』


 特別徴税局に捕まれば奴隷市場へ放り込まれる。その恐怖が彼らを無謀な抵抗に駆り立てる。もちろん強制執行に入った段階で従業員も含めた全資産は特別徴税局、ひいては国税省が接収することが決定しているが、内部告発者は奴隷市場こと人材派遣会社に放り込まれず、再就職支援も一般の失業者と同様で、職業安定所にて行われる。


 情報提供もそこまで詳細なものでなくても許可されるので、平社員程度なら大抵穏便な処置になるのが常だった。


 この勧告から一〇分後、ブリッジ前の守備部隊は投降。ブリッジ内部も二分ほどで制圧された。なお、この船の艦長と情報室室長は拘束されてからも罵り合いを続けていた。



 局長執務室


「あっそう。終わった? うん、じゃああとはいつも通りで適当によろしくー」


 秋山徴税一課長からの強制執行完了の報告を、永田は局長執務室で受け取っていた。


「いやあ、久々にミレーヌ君の艦隊指揮を見られて面白かったよ」


 ミレーヌが何故艦隊指揮を行えるのか。その点について知る者は特別徴税局でも永田と笹岡、それに彼ら二人は知らないが、斉藤くらいのものである。


「秋山課長にも、いい刺激になってくれたかな……それにしても、妙だと思わないかい? 僕らの到着を、彼らは待ち構えていた」


 笹岡は湯飲み茶碗を片手に、気軽な調子で話を切り出した。


「うちの行動予定が漏れていた、と?」

「DSAの社長は交通機動艦隊に捕まったみたいでね。僕らの到着前に逃げ出していた」


 特別徴税局の強制執行は、基本的に奇襲である。事前の証拠隠滅や逃亡を防ぐためにも情報秘匿、奇襲は基本中の基本。だからこそ、特別徴税局は同時多発的に強制執行を行い、なおかつどこへでも行くと思わせられるように、ダミーの情報すら流している。


「……内部からの情報流出はあり得ない、と言いたいところだけどね」


 笹岡は煙を燻らせながら、苦笑いを浮かべた。古来、内通者というのはどこにでも居るものであるということを、彼は様々な事例から思い出していた。


「徴税一課にしても、そんなヘマしないでしょ? 内通者は……どうかなあ。そんなことして得する人間はうちにいないと思うけど」

「徴税部員に尋問でもするかい? 拷問装置なら博士か医務室長に頼めば仕込んでくれるだろうし、医務室長に強めのクスリでも出して貰おうか」


 自分の同期であり部下の笹岡から、そういう過激な提案が出てくることはよくあることで、おまけに大半が冗談ということを永田は知っていた。


「いやいや。それよりもっと簡単な流出経路があるじゃないか。僕らの上にさ」

「君は六角が僕らの行動予定を漏らしたって言いたいのかい? いつものことだけれど事後承諾だろう? まだ彼らは知らないはずだ」


 本来、強制執行は徴税一課長、実務部長、徴税部長、調査部長、監理部長、総務部長、局長が押印した申請書を国税省に提出。許可を得てから各管区裁判所で令状を発行して貰うことで実施が出来るものだが、永田の各所への根回しにより、これらはほとんどの場合、事後処理になっている。


 これはもちろん、執行スケジュールの流出防止でもあるが、永田が煩雑な事務処理を嫌ったためでもある。


 これも当然、永田はぼかした表現しかしていない。何せ永田から国税本省への執行スケジュールの大半は『徴税一課・東の方へ』とか、『本隊・食品関係』などほとんど連絡の体を為していない。


「実務課はじめ徴税艦の現在位置は誰でも確認できる」


 特別徴税局に限らず非戦闘時の帝国軍艦、全ての民間船舶はトランスポンダによる現在位置通知を行なっている。永田の言葉に笹岡は頷いた。


「スーホフ&アリビツキーとかハルフォード・モータードライブのように、財務省とかあちこちに金ばらまいてるじゃないか。国税省だって例外じゃない。袖の下を怠らなければ、内部情報を入手するのは不可能な話じゃない」


 帝国財界のトップに君臨する航空宇宙産業の重鎮企業ともなれば、その程度の芸当は当然のように行っている。かつての地球上にあった一部の国家ほど公務員の汚職が乱発していないとは言え、地球帝国という人類統一政体でも、公務員や政治家への不正献金やそれによる不正行為は行われていた。


「まあねえ……六角のお偉方も、懐が寂しいと欲が出るだろうし。小遣い稼ぎでもしてるんじゃない?」

「懐が寂しい? 肥え太って食う量も制限できないだけじゃないのかい?」


 軽蔑するように吐き捨てた笹岡を見て、永田が薄ら笑いを浮かべた。


「辛辣だねえ笹岡君。まあ、お金って場所を取らないしね」

「全くもってその通りだよ。で、どうする」

「ロードに調べておくように言っておいてもらえる? また三羽烏を強請るネタが増えたよ」

「分かった」


 笹岡はタバコを揉み消して立ち上がり、業務へと復帰することにした。そのとき、思い出したように永田を振り返る。


「そういえば、延期していた慰安旅行、あれはいつやるんだい?」

「え? ああ、そうだねえ……三月に入ってからかなあ。二月一杯は、色々忙しいし」


 永田はそう言うと、手帳のカレンダーの三月のページに、安物のペンで赤丸を付けた。


「さてさて……いよいよ僕らが鬱陶しくなってきたのかな、六角は」


 笹岡が退室したあとの執務室で、永田は一人呟いていた。



 帝都 ウィーン

 内務省 本庁舎

 大臣執務室


「特別徴税局は無事、DSA本部を制圧した模様です」


 内務大臣の藤田昌純ふじたまさずみは、部下からの報告書を片手に、通信対応をしていた。


『やはり特別徴税局の戦闘力は只者では無いな。情報提供者も割れているのか?』


 内務大臣は画面の向こうの相手の正体が分かっているが、用心深い通信相手は、画面の前に現れることなく、音声通話のみで連絡をしてくる。この時ばかりは、藤田は秘書官も官房長も事務次官も部屋に入れず、自分だけで話している。

 

「永田の帝都での足取りは追跡していましたが、旧市街に入った辺りで見失い、掴めていません。あの男、こちらが尾行していることを勘付いているようで」

『そうか……案外男だな』

「たとえ足取りが掴めたとしても、DSAの脱税が事実では、内務省としてこれ以上打てる手はありませんが」

『永田がどういうルートで情報を仕入れているか分かればそれでいい。あとはこちらで対応する』

「は……」

『では、これで通信を終える。頼んだぞ』


 藤田は通信が終わると、全ての通信データを削除した。


「また、お上からのお叱りですか」


 藤田の仕事が終わったところで、官房長の温宗瓶おんしゅうへいが入室した。


「永田の監視は続けろ。少なくとも惑星地表や軌道都市内では見失うな」

「しかし、あの男はカール・マルクスから中々出てきません。出てきたと思ったら、ヨットレースの場外舟券売場やブックメーカーの賭場ばかりです」


 官房長の手にした端末から、執務室のモニターに永田の行動記録が転送される。特別徴税局は補給や休暇のために各地の惑星や軌道都市に寄港するが、永田の足取りは大体同じだった。


 ヨットレースはソーラーセイルを装備した小型艇によるレースで、国営賭博としては最大の規模を持つ。ブックメーカーは帝国内のあらゆる出来事を賭けの対象にするもので、小は地元スポーツチームの勝ち負け、大は皇帝選挙まで、変わり種では牧場の馬がどの容器の餌を最初に口にするか、など幅広い。


 ただし、公務員は地方、国家問わずに賭けられるものに制限が課せられており、認可を受けたブックメーカーでは賭けに参加できないジャンルも多い。永田はその制限内を法令に順守して楽しんでいるようだ……というのが内務省内国公安部の調査結果だった。


「まったく、女遊びもせんとは面白くない男だ」

「女遊びはともかく、賭け事の成績は中々ですな。違法性もありませんし、違法賭博への関与も認められません」


 永田のギャンブルの回収率は毎年一五〇から一八〇パーセントの間を推移していた。


「ギャンブルはともかく、それ以外は……職務上の越権、独断専行、事後報告癖などがない分、私生活そのものは真っ当なものです」

「そんなことより、カール・マルクスの通信記録は取れないのか」

「カール・マルクス他、徴税艦のプロテクトは強固です。徴税四課長の瀧山はよほど腕が立つようです。迂闊に手を出せません」

「トカゲの尻尾になるのは気が進まない。これは明らかに超法規的な措置だ。気取られることのないようにな」

「はっ……」


 溜息と共に内務大臣と官房長は、大写しになっている特別徴税局局長の顔を苦々しく見つめていた。

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