第11話-④ 特徴局に正月ボケは無縁です
コノフェール候国 ルトワール星系
第六惑星ラ・ルジェリア ラグランジュ1
DSA本社
社長室
「おい、メリッサ。殺しは無しだと聞いていたんだが、なんでホトケさんがあるんだ?」
アルヴィンが、室内にいたメリッサ・マクリントック渉外班長を睨み付ける。
斉藤達徴税三課が調査に入る前に、カール・マルクス渉外班が本社基地施設内を確認しており、それが完了した段階で踏み込んだのだが、社長室を訪れた斉藤達はそこで死体と遭遇した。
「人聞きが悪いこと言うなよ。こりゃ最初からあったんだ。帝国軍の指導将校だな」
メリッサも不機嫌そうにアルヴィンをにらみ返した。
指導将校とは、部隊内の風紀維持、思想防護などを主目的としておかれるもので、死体が着用している軍服の階級章は大尉のものだった。民間軍事企業には帝国軍から最低でも一名は派遣され、分離主義運動などに企業が関与していないかの監視に当たっている。
「そんな、誰がこんなことを」
斉藤はハンカチで口元を押さえながら顔を顰めていた。もちろん、彼とて強制執行の現場を幾度もくぐり抜けてきていたし、最初の頃のように死体を見るや逆噴射するようなことはなかったが、言い様のない気分の悪さだけは拭えない。
「社長室の警備のカメラが一部始終を記録してる。見てみろよ」
メリッサが端末を操作すると、社長室のデスクから出入り口方向を見渡す監視カメラの画像が再生された。
『社長! これはいったいどういうことです! 強制執行をされるなんて、DSAの営業実態に問題があるからに他なりません! 帝国軍指導将校として、この件は見過ごせません。直ちに国税当局から税務調査を受けると共に、問題を明らかにすることを帝国軍として要求します!』
『君に言われるまでもない。それに我が社に何の問題もない』
『では、すぐさま幹部会を開き、基地周辺の艦隊を呼び戻してくださ――』
カメラの死角になっている場所から二発の銃声。社長秘書かなにかと思われる人物が、銃弾をたたき込まれて崩れ落ちた指導将校に、さらに追い打ちで二発発砲。その後死体を放置したまま、社長は退室した。
「警察がそろそろ来るはずさ。これでこいつら殺人罪上乗せだよ。バカな奴らだ」
メリッサも珍しくはないが悪態を付いている。物言わぬ死体となった指導将校は、良心から社長に直談判して殺された、というのが現状の推測だ。斉藤達も、黙祷を捧げてから仕事に入ることにした。
経理部 オフィス
「斉藤ぉー、どうだー、進んでるかー」
DSA経理部のオフィスで資料をひっくり返していたアルヴィンが、欠伸を噛み殺しながら斉藤に声を掛けた。
「データの抜き取りは完了しています。今、カール・マルクスからのダウンリンクでデータを取得しています」
「しっかし、なんでわざわざデータに残すかねえ。あとでバレたときの処理が面倒だろ」
「データに残しとかないと、金の処理が面倒ですしね。今更手書きの帳簿と付き合わせてるのなんて、趣味の範囲ですよ」
データ量も膨大だが、斉藤達の仕事はこれをカール・マルクスのメインフレームに放り込み、整理されたデータを分析することにある。もちろんある程度の初期分析はAIによる分析もあるのだが、最終的には人の目と知識と勘がモノを言う世界が、斉藤達のいる国税当局だった。
「言えてる。しかしまあ、売りも売りたり、二〇年か。DSAに再編されたのも二〇年前、最初っからか……」
元々DSAの元になった会社はドレーク・シップビルダーズの民間軍事企業部門を分離したドレーク・ミリタリー・コンプレックスと、ジョンソン・ネットワーク・セキュリティ、キャサリン・インターステラー・コンスルタンツ、ハリソン・ウェポンズ・マーケティングという四社が合併再編して出来た会社だが、社名が示すとおり、主体となったドレーク・シップビルダーズ民間軍事企業部門に吸収される形だった。
帝国領内における民間軍事企業の需要は飽和状態に近く、DSAが注力したのは辺境から賊徒――専門的には
「ええ、気付かない現地当局も怠慢ですよ、これは」
「言うねえ。それにしても、これだけの物資を買い取った連中、どこにいるんだ?」
「納品量と釣り合いが取れないのもそうだけど、むしろ、返すついでに何かを売り渡していたんじゃないかしら。武器とか」
「それどころか、もっとろくでもないことができますよ」
斉藤は、さらに別の資料を開くついでに図にいくつかの項目を書き足した。
「この五七三年度の私掠船団運行記録ですが、累計運行隻数一五九二隻、うち撃沈が五六隻となっています。この撃沈されたとされる艦艇、全部ドレーク・シップビルダーズの造船部門で新造されたものです」
斉藤が抽出したデータの艦艇は、就役してからすぐにDSAに移管されているが、それからまもなく沈んでいる。
「……え? つまり斉藤は、DSAが賊徒に船を売っていた、私掠船団運行はそのカモフラージュだっていうのか?」
アルヴィンが驚きと共に呆れたような顔をしている。
「その可能性がある、ということです。あくまで憶測ですが……あまり憶測で語るのはよくないんですが、妙に撃沈数が多いときがチラホラと」
不自然にDSA側の損害が多い時、大抵沈んでいるのは新造艦に近いもの。もちろん練度不足などを理由にすることは可能だが、周期的に起きている事象なだけに無視も出来ない。
「どれも新造艦、っていうのも引っかかるわね。ま、そうなると税の話と言うより帝国貿易法違反で公安警察庁案件かしらね」
「……しかし、どっかで売上代金を回収しないと商売にならねえぞ?」
「いえ、ちょっと待ってください。そもそも運行データそのものが改竄されているとしたら……」
斉藤は目の前のデータを見た。確かに辺境区での行動だから、申告が全てではあるとはいえ、偽造となれば帝国史上類を見ない偽計となる。振り分けられたデータを合成して比較しだした斉藤だが、妙な事例が出てくるまでにさして時間は掛からなかった。
「これ、ほぼ同じ数の船団なんですけど、詳報にある戦闘規模も同じくらいなのに、こちらの帳簿の弾薬消費量も推進剤消費量も大分違います。こんなこと考えられるんでしょうか?」
「こりゃあうちだけじゃ追っつかねえな。課長から西条さんに増援頼んで貰おうや」
アルヴィンからカール・マルクスに待機して別件対応していたロード・ケージントンに増援要請が出され、一気に調査が進められた結果、報告書の内容は、ほぼ斉藤の予想通りとなった。
「こりゃあすごい。運行された私掠船のうち四割が実際の作戦行動に入らず辺境宙域で待機。一部の艦艇で乗り込んで私掠船行為を行ないつつ、撃沈と報告した艦船一〇〇隻余りを売却、ついでに収奪物資を一部賊徒に返却しつつ武器弾薬まで密輸していた、と……こりゃあうちの管轄だけで済まねえな」
調査部員と徴税三課で纏められた第一次報告を見直して、アルヴィンも呆れると同時に緊張していた。すでに脱税ではなく帝国への反抗と取られてもおかしくない内容だったからだ。
「DSAへの強制執行がニュースネットに流れ始めたので、すでに民間軍事企業の株価は乱高下、業界再編も睨んだ動きがあちこちで見られますね」
斉藤の端末の通知に、ニュースネットの速報が流れた。見出しは『DSA、巨額の助成金不正受給と脱税が判明。賊徒への密輸容疑も確認か』とある。
「本国ではすでに査問会が準備されている。国防省と運輸交易省は大わらわだろうな」
葉巻を手にしたロード・ケージントンは呆れたようにつぶやいた。
「すでに報告書は提出済みですが……僕の名前でよかったんですか?」
「斉藤君が見つけたのだ。君の手柄、ということだ。胸を張っていいぞ」
調査部員と共に情報の精査に当たっていた西条は、斉藤の手を握った。
「君は筋がいい。今後も頑張りたまえ。吾輩も局長も期待しておるぞ」
「はっ! ありがとうございます」
特別徴税局が局内だけでなく、各省庁と共有する文書の作成者として斉藤の名前が出たのは、これが初のことだった。
帝都ウィーン
ライヒェンバッハ宮殿
特別徴税局によるDSA本社への強制執行の第一次報告が出た時点で、帝都では私掠船事業全体の疑義が生じていた。椿の間には皇統会議出席資格を持つ一〇名の皇統の他、政府閣僚が列席して、私掠船事業管轄官庁である国防省、収奪物資の売買に関する管轄官庁である運輸交易省を対象とする査問会が行なわれている。
国防省による私掠船事業の説明、特別徴税局から提出されたDSA本社強制執行の結果報告を国税省が終えたとき、最初に発言したのは近衛軍司令長官のメアリー・フォン・ギムレット皇統公爵だった。
「私掠船事業全体への帝国臣民の信頼を毀損する重大事案よ、これ。どうするつもり?」
帝国の行なう事業は皇統や皇帝の意志のみで実行できるわけではない。帝国臣民が国政選挙で選んだ国会議員の議決を通じて初めて実施が可能になる。もちろん私掠船事業も同様だった。
「は……しかしながら、他の事業者においては健全性を確認しており――」
国防大臣のマリオ・ルキーノ・バリオーニはそう強弁したが、途中でギムレット公爵が発現を遮った。
「健全性の確認が出来ていないからDSAの事案が二〇年以上も明るみに出ていなかったんでしょう?」
「報告書との整合性は確認しておりますし、助成金事業についても確認は行なわれていたと認識しております」
運輸交易大臣バルドメロ・イグレシアスの発言には会議室内全体が白けた。
「確認確認と言うけれど、出来てないからDSAの事案が起きてるんでしょう? 今回の事案だって、特別徴税局の……この斉藤って調査員が気付かなきゃ、このまま見過ごされてたじゃないの。これじゃ公金垂れ流しって言われても文句言えないわね……」
呆れた様子で、机に報告書を放り投げたギムレット公爵の次のターゲットは、この場に居ない人物だった。
「フリザンテーマ公爵。確か私掠船事業はあなたの担当よね? 今まで何見てたの? それとも何か見返りでも貰ってた?」
皇統のうち領邦領主となる皇統には帝国の事業のいくつかを管理監督する責任がある。例えばマルティフローラ大公には帝国財政・金融・経済行政全般の監督、ギムレット公爵には近衛軍の司令長官と共に国防行政の監督として、コノフェール侯爵、ヴィシーニャ侯爵には西部辺境開拓事業、ヴィオーラ伯爵には教育行政と農林水産行政、ピヴォワーヌ伯は東部辺境開拓事業について、そしてフリザンテーマ公爵には私掠船事業と星系自治関連行政が当てられていた。
領地にいる公爵はモニター越しに狼狽えていた。
『こんなことは知らん! 報告は受けていないぞ! 利益供与もない! これは陛下と帝国臣民に誓って言う!』
「あなたが何に誓おうがどうでもいいわ。報告受けるだけで管理監督出来てると言うなら、ハムスターにだって出来るわよ」
『ハムッ……!? 貴様ギムレット公爵言うに事欠いてハムスターだと!?』
ギムレット公爵の言葉に、今度は禿頭まで真っ赤にしてフリザンテーマ公爵が怒り狂った。ハムスターと言うより茹で蛸だった。
「ハムスターで不満ならモルモットでもウサギでも結構。どうせ聞き流して放置してたんでしょ」
『ぐっ……』
「メアリーやめんか。フリザンテーマ公、卿の監督不行き届きは事実だ。直ちに全私掠船事業の調査が必要になるだろう。首相、どうか」
ハムスターに形容することはともかく、指摘した内容そのものは事実であり、査問会の進行責任者で、皇統最高位のマルティフローラ大公フレデリクは話を進めるために首相のエウゼビオ・ラウリートに話を振った。
「はっ、大公殿下の仰せの通りかと。特別徴税局より監査項目の提案も来ておりますので、これを参考に直ちに国防省で調査を進め、不正を見つけ、正したいと存じます」
「よろしい」
場の空気はこれで収まったように見えたが、一人の皇統が挙手で発言を求めた。
「シェルメルホルン伯爵、なにか?」
「監督者の変更が必要では?」
星系自治省から出席していたサラ・アーデルハイト・シェルメルホルン皇統伯爵の提案に、会議室がざわめいた。
「シェルメルホルン伯爵、あなたはフリザンテーマ公爵が此度のDSAの不正に関与していたとでも言いたいのか」
帝都に来ていたコノフェール侯爵フィリベールが、青瓢箪のような顔に不満げな表情を貼付けてシェルメルホルン伯爵を問い詰めた。
「いいえ、そうではありません。むしろフリザンテーマ公爵はその鷹揚さを利用されたのでしょう。それに、大規模な不正が起きた以上、帝国臣民が納得する形での改革を進めるのなら、監督者は替えるべきだ、と申しているのです」
シェルメルホルン伯爵が顔色一つ替えずに言ったことで、会議室の一同も納得せざるを得なかった。彼女は皇統伯爵という比較的高い地位にありながらも、星系自治省の一官僚としては希有な広範な見識を持っており、政治的センスはマルティフローラ大公が一目置くとも言われるほどだった。
「人選はどうしましょうか。いずれの領主も既に領地経営がある以上、余裕ある皇統を選ぶべきかと」
ヴィシーニャ侯爵ムバラクの言葉に反応したのは、領地で静養中の皇帝バルタザールⅢ世だった。
『余は、メアリーがよいのではないかと思うのだが』
会議室はざわめいた。皇統の問題児、とも改革者とも言われるギムレット公爵は、すでに形骸化していた近衛軍を短期間で実戦部隊として鍛え直した実績を持つ。
『し、しかし陛下。ギムレット公爵にはすでに近衛軍の司令長官という大任がありますれば、私の後任としては……』
『一つ監督しようが二つ監督しようが、メアリーならば変わりあるまい。メアリー、どうか? 近衛を短期間に鍛え直し、不正を一掃した手腕に、余は期待したいところだが』
皇帝の言葉に、メアリーは粛然と席を立ち、一礼した。
「陛下の御意のままに」
「では、後任の人選はこれにて決する。国防省と運輸交易省はギムレット公爵に委細を報告するように。ギムレット公爵は当面首相と連携し、不正の摘発と再発防止を徹底せよ。ご一同、異存はないか」
大公の言葉に、出席者一同は無言だった。これで中央政府側の沙汰は終わり、国防省と運輸交易省による調査でDSAと同様の助成金不正受給、収奪物資の転売などが明るみに出て国税当局による私掠船事業者への追徴課税についての検挙等が進められることになった。
この一件を受け、帝国報道各社は私掠船事業の不透明性を批判。特に監督官庁である国防省に対する一般臣民の批判は苛烈で、一時は国防大臣辞任論まで出てきたが、再発防止策の徹底や事態解明の途上であることから見送られた。
装甲徴税艦カール・マルクス
局長執務室
「ロード、君の部下のお手柄だよ。指導が行き届いているのかな」
帝都での査問会の結果を見た永田は、呼び出したロード・ケージントンに満面の笑みで言った。
「斉藤個人のセンスの良さでしょうな。さすがは帝大首席卒」
ロード・ケージントンの言葉は彼の本心だった。国税に関する知識量もさることながら、斉藤は短期間で徴税局員として必要な分析能力を開花させていた。
「ところで、局長」
「なに?」
「局長は今回の強制執行について、情報の出所をご存じでは? 匿名のタレコミなどと言われたが」
「……ロードに隠し事はできないね。そう、僕がフロイライン・ローテンブルクから流してもらった」
永田は悪びれることなくそう言ったが、ロードは表情一つ変えずに応接机のパネルを操作した。壁面のモニターには、様々なアングルから撮られた永田の写真が表示される。
「帝都に居たとき、撮影されたものです。幸いローテンブルク探偵事務所に入るところは捉えられなかったようですが」
「いやあ、ロードから教わってた尾行をまく方法が役に立ったよ」
「お気をつけください。私の元部下からの報告では、帝都だけでなく、軌道都市や他の惑星上でも尾行は行なわれています」
写真の中には至近距離からの撮影と思しきものもあり、その気になれば暗殺も不可能ではない状況だった。
「徴税艦へのクラッキングも行なわれているようですが」
「それは瀧山君に任せておいて大丈夫でしょ。内務省が使ってる優等生より、うちの徴税艦のシステムは実戦慣れしてるから」
事実、瀧山課長就任後の特別徴税局に対するクラッキングはほぼ成功していない。
「ま、とりあえずフロイライン・ローテンブルクと直に会うのも当分辞めとくよ」
「それが賢明でしょう。それでは失礼」
ロードが退室した後、永田は写真を見ながらタバコを吸って、一言呟いた。
「僕、姿勢悪いんだなぁ。ちゃんとしよう」
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