第12話-① 密約
東部軍管区
ピヴォワーヌ伯国 首都星ラ・ブルジェオン
国立宇宙港
「領邦の税務調査に特徴局本隊が行くなんて珍しいですね」
斉藤達特別徴税局局員一行は、珍しくきちんとパスポートを提示し、入国手続きを済ませてピヴォワーヌ伯国首都星ラ・ブルジェオンの地を踏んでいた。
強制執行になると第六六六条を盾に入国手続きなど無しに乗り込むのだから当然で、斉藤にとっては特別徴税局での仕事で、初めて正規ルートの入国をしたことになる。
「相手は仮にも皇統貴族で領邦国家の領主だ。いつぞやのド田舎貴族とは格が違うからな」
「斉藤、アルヴィン、ハンナ。このまま政庁へ移動だ。行くぞ」
ケージントン課長に呼ばれた斉藤とアルヴィンが駆けだした。
伯国政庁ビル 三階
大会議室
いつものような渉外班を引き連れての強制執行ではないし、上空に装甲徴税艦が滞空しているわけでもない。移動は歩兵戦闘車や内火艇でなく伯国差し回しのハイヤーだ。斉藤はじめ特別徴税局一行はごく普通に宮殿のような外観の政庁ビルに入った。会議室にはすでに伯国側の関係者がずらりと整列しており、その中の一人が歩み出た。
「ピヴォワーヌ伯国領主、オデット・ド・ピヴォワーヌ・アンプルダンだ。特別徴税局の噂は聞いているよ、永田局長」
「伯爵殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。特徴局局長の永田閃十郞です」
ブロンドのボブカットにスレンダーな立ち姿、女性にしては低めの声が相まって落ち着いた印象を与え、皇統伯爵という肩書きも加わり上品な雰囲気を醸し出している。オデット・ド・ピヴォワーヌ・アンプルダン伯爵を見た者は、揃ってそういう感想を述べるのだということを斉藤は聞いていたが、確かにその通りだと思った。帝国の貴族階級の模範と言ってもいい。
「あれで独身だってんだからな。俺だってなー、皇統爵位でもなーもってりゃなー」
「馬鹿おっしゃい。アルヴィンが皇統爵位なんて持ってたら、帝国なんか五分後にこの宇宙から消滅よ」
アルヴィンとハンナの小声の会話に斉藤は反応こそしなかったが、これもその通りだと思っていた。
ピヴォワーヌ伯国の定例税務調査に特別徴税局が訪れたのは建国以来初めてのことである。領邦国家の税務調査は各管区税務局などが行うことが多いが、五年に一回ほどのペースで特別徴税局が行うのも通例となっていた。建国から五年のピヴォワーヌ伯国は、これが初めての特別徴税局受け入れである。
「税務調査とのことだが、データベースは好きに漁ってくれたまえ。尤も、漁るほどのデータ量があるわけでもないが」
悠揚とした様子の伯爵を見た斉藤は、その佇まいがどこかロード・ケージントンと似ていることに気付いた。やはり帝国爵位にしろ皇統爵位にしろ、爵位をもつ人間というのはそれなりの所作を身につけるものなのだろうかと感心したのだった。
「新興国としては異例の経済成長を見せる伯国です。まあこれも健康診断のようなモノと思って、気楽に構えていただければと存じます」
それよりも斉藤が驚いたのは、普段の永田からは全くもって感じられない、目上の者に対する配慮と畏敬の念を感じさせる受け答えである。あの無気力と無責任が服を着て、たばこを吸っているような男である。永田も帝国官僚としてのマナーは身につけていたようだと、安心したような感動したような感情を覚えていた。
「国家が健全かどうかは金の巡りで判断する、か。合理的だ。私は五階にいる、疑義があればいつでも軌道上から撃ち抜けばいい」
「滅相もございません。では調査に入らせていただきます」
恭しく一礼した永田に続き、斉藤達も頭を下げ、税務調査が開始された。
政庁ビル 三階
財務局 オフィス
「……平和ですね」
今後伯国の規模が拡大することを考えて、余裕のある造りのオフィスの一画に、特別徴税局は臨時のオフィスを設置した。斉藤はあまりに平穏に進む調査に些か戸惑いを隠せなかった。
「そりゃあお前、今をときめくピヴォワーヌ伯国の税務調査だ。平和じゃなきゃおかしいが……おかしいんだが、まあ気持ちは分かる」
アルヴィンが苦笑いを浮かべた。特別徴税局が強制執行などを行なう輩は、あの手この手で脱税を行なっているものばかりで、提出資料などは信用に値しない。
「調べるだけのこともありませんね。裏帳簿も粉飾の気配もありません」
手順は普段と同じ。データを全てカール・マルクスメインフレームに流し込み、システムで異常を検知した箇所を人力で詳細調査となるが、カール・マルクス側のチェックだけでOKが出てしまう。無論要所は目視でチェックするし、そもそも事前に国税当局へ提出されている財務資料で大まかな確認はした上での税務調査だから、何事もないのが本来の姿だった。
「帝国領邦の財政が怪しいなどということがあれば、悲劇の三二一年の再現になるからな」
もはや自分の仕事は終わったとばかりに、近くに置いてあった観光パンフレットなどを捲っていたロード・ケージントンの言葉に、斉藤は首を捻った。
「帝国内乱、領邦国家が帝国本国に反旗を翻したあの事件ですか……」
斉藤もその事件のことは個人的に調べて学習はしていた。帝国内乱については義務教育の課程ではあっさりと扱われ、子細は把握していない人間が多い。
帝国暦三二一年。当時は財務省が帝国税制の全てを管轄し、管轄省庁として国税庁が設置されていたのだが、これは帝国領邦の予算編成などを支配していた。これは領邦国家のコントロールを意図しているのではないか――と国税庁、帝国財務省、さらに帝国本国に対する猜疑へと高まり、最終的にはマルティフローラ大公国、フリザンテーマ公国、コノフェール候国の三国による帝国本国との紛争へと発展した。
この制圧に際して八代皇帝エドワードⅠ世自らが陣頭指揮を執ったが、この際に皇帝が戦死するという前代未聞の事態が発生。帝国本国軍および叛乱に及んだ各領邦でも軍民問わず多数の戦没者を出す結果となった。
これを契機に帝国政府は財務省と国税庁の切り離しを推進し、九代皇帝ジブリールⅠ世の勅令により国税省として独立させた。
また、紛争時に各領邦の税務署や税務局は暴徒やデモ隊による襲撃、焼き討ちの対象となったが、これに各領邦軍や治安警察が加担していたことを問題視した。
当然ながら、武力による国税管轄機関への干渉などあってはならず、国税省には独自の防衛力を持たせることとなった。これが特別徴税局の成り立ちであり、斉藤にとっては図らずも、入局決定以前から自らの行く先を予習していたこととなっていたわけである。運命とはかくも残酷であった。
なお、当初歩兵のみで武装していた特別徴税局が武装強化して強制執行などを行なうようになったのは第一〇代皇帝クラウディアⅠ世の御世であり、以降帝国暦五七三年に東部軍管区カロイ自治共和国の強制執行に入り、徴税艦四隻、人員一二〇〇名を喪う大損害を被って、ミスリヴェツ局長以下、主要幹部も殉職が相次いだが、国税本省は特別徴税局の戦力補填をせず飼い殺し。これを再軍備して強化し続けてきたのが永田である。
「課長、精査は完了しました」
歴史的経緯はともかく、現在の特別徴税局の業務は国税省私設の警護部隊ではなく、むしろ強制執行を主とする実戦徴収部隊としての側面がより強化されていたが、ピヴォワーヌ伯国でその真価が発揮されることはなく、昼食などを差し挟み、午後三時には全ての調査が完了していた。
「調査部はどうした?」
「先にカール・マルクスへ引き上げました」
問題なければ長居は不要。西条は調査が済んだと同時に、調査部の撤収を開始していた。
「まあ、問題はないだろう。それよりも……」
斉藤がまとめた報告書も、普段の数分の一の文量である。内容を見るまでもなく、問題なしの判断をロード・ケージントンは下した。
しかし、ある数字に目を留めたロード・ケージントンに、斉藤も気がついた。
「東部軍管区政庁からの補助金の少なさですか」
領邦国家の歳入は、帝国本国からの交付金、領邦国債と領邦税で大半が賄われているが、これに加えてピヴォワーヌ伯国は周辺の自治共和国と同じく、東部軍管区からの補助金も交付されることが定められていた。建国から一〇〇年を期限として、惑星開拓や星系内インフラの整備資金として交付されるものだが、その額の余りの少なさに、徴税三課はもちろん、調査部の面々も不思議に思っていた。
「投資を続ければ、ピヴォワーヌ伯国はまだまだ伸びる。だというのに、東部軍管区はこれをみすみす見逃す……いや、あえて成長させたくない理由でもあるのではないか」
ピヴォワーヌ伯国は、今でこそ一つの惑星系の一つの惑星のみが居住可能なだけだが、星系内の鉱山資源や、近傍惑星系の開発を行えば大規模な人類生存圏を構築できる要素がある。すでにいくつかの惑星は一世紀ほど前から開拓が進められているが、まだ低調と言えた。
余った時間で斉藤が行ったシミュレーションは、出生率や経済成長率をある程度渋めに見積もっても、ピヴォワーヌ伯国が現在の数倍の経済力を持つことは不可能でないという結論が出た。
「税収が伸びれば、ここは中央の領邦国家とも殴り合えます」
興味深げにレポートが映し出されたフローティングウインドウを覗き込んでたハンナとアルヴィンが、斉藤の言葉にギョッとした目を向けた。
「おいおい斉藤、さすがにそりゃあ……」
さすがのアルヴィンも絶句である。斉藤にしては物騒な物言い
「しかし斉藤は良いところに気がついた。もう少し調べてみるのも面白そうだ。会計局には監査完了として報告しておいてくれ」
合成紙に出力されたレポートに実印、フローティングウインドウのほうに電子印を押したロード・ケージントンに、斉藤は頷いた。
政庁ビル 五階
伯国領主公邸 執務室
通常、領邦国家の領主は政庁とは別の場所に公邸と私邸を構えるものだ、というのが永田の常識だったが、初代ピヴォワーヌ伯爵にその常識は通用しなかった。広くて豪華とはいえ、政庁ビルに公邸を構える領主など、永田も初めてお目に掛かるものだ。
なぜ永田が公邸に居るかというと、伯爵直々の呼び出しを受けたからである。
「忙しいところすまないな、永田局長。税務調査も終わったところであろう? この惑星特産のワインだ。一口くらいは飲んで帰ってくれ」
「ははあ、ラ・ブルジェオン産ですか。それはもう、一口でも二口でも……非公式にお招きになったのは、ワインの味見というわけではないでしょう」
永田の言葉に、ワインボトルを片手にソファに腰掛けた伯爵は、にやりと笑みを浮かべた。その瞬間、何か陰謀めいたものなのではないかと察知した。
「ふっ、話が早い……うちの帳簿の調査はほぼ終わったと聞いているが、どう見えた?」
「ああ、まあ、ざっくりとは……ほとんど自前の税収だけでここまでの経済成長率を維持されてるのでしょう? さすがは惑星開拓のアンプルダン。開拓後の運用もバッチリというところですかね」
税収はまだまだ中央領邦国家に及ばなくても、効率的に配分された予算と、伯爵自らかき集めたという官僚の能力は高く、税収だけでは測れない急成長を見せるピヴォワーヌ伯国にはさすがの永田も感嘆を隠さなかった。数年前は静止衛星軌道まで賊徒の艦隊が押し寄せ、星系内で激しい戦闘を繰り広げたにもかかわらず、そのダメージは完全に癒えていたほどだった。
「そうであろう。我がピヴォワーヌ伯国は建国間もない。当然周囲の目も厳しいし、迂闊なことなどして次代の領主に恨まれたくないからな」
ワインクーラーにボトルを差し込んだ伯爵が何を考えているのか。永田は官僚勤めで鍛えられた表情筋で微笑を維持しつつ考えたが、今回ばかりはまったく予想ができなかった。
「実は君と直接話をしたいという人物がいてね。私はそのお膳立てをしたに過ぎない。メアリー、もういいぞ」
執務室の隣の部屋につながる扉が開くと、そこには永田も記憶にある人物が立っていた。
「はい、ありがとうオデット」
「これはこれは……公爵殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「久しぶりね永田。私の近衛軍司令長官就任式以来かしら」
消息不明とされながらも、数年前突如皇統社会に復帰し、瞬く間に公爵位と近衛軍司令長官職を賜った異色の皇統。貴族とは思えないドラスティックな言動、行動力、それに見合う軍事に止まらない構想力と計画実行力、ド派手な深紅の軍服に身を包む歩く重荷電粒子砲こと、メアリー・フォン・ギムレット皇統公爵その人である。
永田は偶然就任式典の日に帝都国税省に居て、物見遊山気分で帝都宮殿で執り行われた式典にタダ酒と食事目当てに参列していた。
「そうですね。まさか公爵殿下までこちらにおいでとは。近衛艦隊がいらっしゃらないところをみると、これは非公式のお出ましで?」
さすがにこの追加キャラには永田も面食らった。皇統貴族でも異色中の異色と対面することになるのはさすがの永田も予想できなかった。
「そう取ってもらって構わないし、今から話す内容も非公式の内容だと思って聞いてほしいのだけれど」
「はあ」
余りに包み隠さずあっけらかんと言われてしまい、永田も面食らってリアクションが薄い。
「先日のDSAへの調査ね、情報の出所は私よ」
「はい?」
「フロイライン・ローテンブルクも込みで仕込みってわけ。まあ出所の大本はもっと別の人物だけど」
「最初から我々が食いつくと思って流された、というわけですか……」
「私掠船事業の管轄をフリザンテーマ公爵から取り上げたかったのだけれど、正当な理由がなくてね。帳簿をひっくり返したら怪しげなものがあったから、あなた達に頼んでみたってわけ」
「なるほど」
あまりにあっけらかんと言われてしまい、永田をして一言しか返せなかった。
「私掠船事業、賊徒の事情を調べるに丁度良いのよ。物資収奪、通商破壊なんて二の次。運用方針に干渉したかったってことよ」
「諜報員としての私掠船事業ですか……それでは我々の能力を見極めるために、DSA側にも情報を流されたわけですか」
「は?」
「へ?」
「私、DSAには何も言ってないわよ。あなた達の能力なんてこれまでの執行記録を見れば済む話だもの」
「あー……そうですか、そりゃ失礼」
永田は公爵が嘘を言っているのでは無いかと疑ったが、伝聞に聞く公爵の性格からして、そういう小細工を弄する相手ではなさそうだと結論づけた。
果たしてこのあと何を言われるんだろうか……と、永田はとりあえずワイングラスを空にしてから考えることにした。
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