第11話ー① 特徴局に正月ボケは無縁です

 ヴィオーラ伯国領内

 装甲徴税艦 カール・マルクス

 第一会議室


「さて、今年も色々と忙しくなると思うんだけど、まずはその一個目ね」


 いつもの通り会議室に集められた面々の前で、永田はいきなり切り出した。


「改めて年頭の訓示とかないんですね」

「面倒くさがってるのよ。私が入局してから一度も聞いたことないわ」


 斎藤のつぶやきに、ハンナは呆れたような声で返した。


「ドレーク・セキュリティ・アライアンス。皆も名前は聞いたことがあると思う」

「ああ、あの私掠船団運営の大手ですね。DSAなんて洒落た略称なんてつけちゃって」


 永田の口にした社名、ミレーヌが相槌を打った略称は斎藤も耳にしたことがあった。


「まあ細かいことは、西条さんから聞こうか。じゃあよろしく」


 年頭一発目の西条の声に備え、各自が思い思いの鼓膜保護体勢を取る。斉藤は愛用の耳栓を嵌めた。


「DSAは東部辺境を中心として業務展開しておる民間軍事企業。特に当該事業者は賊徒の領域における私掠船団の運営において帝国でも一、二を争う大手。しかし! その会計処理について多大なる疑義が生じている! 民間軍事企業は帝国民間軍事企業法に乗っ取り運営され、帝国臣民と皇帝陛下の盾であり剣でもある、にもかかかわらず――」


 激しい身振り手振りと口調でまくし立てる西条部長は、今や帝国税制に仇なす不届き者への怒りに打ち震え、自ら鉄槌を下しに飛びだしたいと言わんばかりだった。なお、見ている側はいつものことだと冷静である。永田に至ってはタバコを取り出し火を付けている。


 西条の説明通り、DSAは私掠船団を用いた辺境惑星連合領内における通商破壊戦を実施しており、これにより収奪した物資は帝国に売却することが定められている。売却した物資の算定額から一〇パーセントの私掠船税と五パーセントの法人税を差し引いた額が、事業者に支払われる仕組みになっている。これを回避しているというのが今回の嫌疑だ。


「年頭一発目は強烈ですね」

「正月休みで充電もバッチリだからな」


 斉藤のつぶやきに耳を押えたままアルヴィンが答えた。耳栓をしているようだがケチって安物をしている報いを受けている。


「でー! 西条さん、結局どういうことなんです!?」


 西条の真正面に座っていた笹岡徴税部長は、うっかり愛用のイヤーマフを自室に置いてきていた。耳を押えたまま最大音量で西条の言葉を遮った。あと一分遅れていれば、笹岡は突発性の難聴にでもなっていたことだろう。


「ん? おお失礼した。吾輩としたことがつい長話を。いけませんなあ、正月ボケがまだ抜けておらんようで。はっはっはっ」


 会議室中に響き渡る大声かつ、そのトーンは常人の普通のもの。西条の声は単純にボリューム調整が狂っていて、それだけにタチが悪かった。肺活量、発声法が常人のそれと違うのでは? というのが、カール・マルクス医務室長ヤコブレフの見解である。


「声のボリューム調整は常にボケてるのでは」

「しっ、聞こえるわよ」


 斉藤のつぶやきを、ハンナが拾った。


「えー、DSAに関して現在のところ判明しているのは帝国法人税、私掠船税の二種の脱税だ。匿名の情報提供があり、調査部で精査したところ判明したものだが……毎度のコトながら、現地の当局は何をして居るのか――何だろうか? 秋山課長」


 西条の怒りのボルテージが上昇し、再度の演説モードに切り替わるのを感じた秋山課長が挙手して発言を求めた。


「私掠船税は帝国に収奪物資を売り渡した時点で納付が完了するから、脱税そのものが出来ないのではありませんか?」


 秋山徴税一課長が疑問を呈したが、それについても、西条は大凡の当たりを付けていた。


「収奪物資を過少申告していた、ということですか?」


 西条は予想通りの答えをすんなりと返してきた斉藤に、満足げに頷いた。


「その通り。察しがいいな斉藤君。DSAの艦艇と、船籍不明の船が幾度か接触しているという情報を得ている」


 会議室の大型モニターに投影された望遠画像は、いずれも交通機動艦隊や巡視船が捉えたものであり、信憑性に疑いはなかった。


「ははあ、つまり横流しした物資で闇営業。おまけに帝国へは過少申告で税の納付逃れというわけですか……」


 ようやく合点がいった秋山が深く頷いた。違法に売り渡された物資の中には一般的な食糧や資源以外にも、ヘタをすれば武器弾薬、違法薬物などが含まれている恐れがある上、辺境部での闇市に流れて物価安定法――重要・必需物資の価格統制を定めた法――から逸脱した価格で転売されていることなどが問題となる。違法業者の跋扈は正常な流通を妨げるため、厳しい措置が政府当局により行なわれており、今回の特徴局の執行もその一つだ。


「その通りだ、秋山課長。で、具体的にはどうする?」

「無論、追徴課税と税務調査を受け入れるなら、それでいいでしょう」

「大人しく聞き入れない場合は?」


 秋山は、基本的に特徴局の作戦行動について平和裏に処理が行われるものと、強制執行によるものの二つを用意していた。笹岡に問われ、立体モニターに作戦案を表示させる。


「当該企業はコノフェール侯国ルトワール星系、第六惑星ラ・ルジェリアのラグランジュ1に基地を設営しています。これに対して、天頂方向と正面から同時に執行開始する作戦でいきましょう。作戦開始は今から二一時間後」


 そこまで言ってから、やや暗い面持ちで秋山は会議室下座で机の上に足を投げ出していた女に目を向けた。


「実務二、三、四課はすでに別案件の対応のため出動中。となれば、実務一課長、強制執行は本部戦隊とあなたの部署で行っていただくが」

「もちろん! こっちは正月休みで身体が鈍ってるんだ。良い準備運動になるわ」


 本部戦隊直掩として待機していたセナンクール実務一課長は嬉々として秋山の言葉に応えた。休暇中に刑期の積み増しをされたということだが、まったく意に介していない様子に秋山は頭を抱えた。


「……あなたの準備運動のために攻撃されるあちらも気の毒だな」

「何か言った? 秋山」


 蛇に睨まれた蛙である。秋山はセナンクールから目をそらした。


「いや、なんでもない……胃が……」

「じゃあまあ、そんなところかな? 各部署は通常の税務調査と、強制執行の両方を実施するつもりで居てね。それじゃ解散」


 普段通りの永田の締まらない締めの言葉と共に、会議室の面々は各自の持ち場へと戻っていった。



 コノフェール候国

 ルトワール星系

 第六惑星ラ・ルジェリア ラグランジュ1

 DSA総旗艦 リチャード・ランドルフ


 ドレーク・スター・アライアンス(DSA)は二〇年ほど前に中堅の民間軍事企業四社が合併して誕生したもので、西部軍管区はおろか、帝国民間軍事企業の中でも指折りの艦隊規模を持つ企業である。その総旗艦は騒然としており、今すぐにでも艦隊戦に臨める様子だった。


「特徴局の強制執行スケジュール……信頼していいんだろうな?」


 旗艦を預かるマッカーシー部長は、数時間前に見せられた出所不明の怪文書のホログラフィーを、胡散臭そうに眺めていた。


「確かな筋からの情報です」


 マッカーシーの渋面に、傍らに立つ情報室長の渋面が答えた。


「だといいんだが……いやよくないな」


 そう、彼が今見ている情報通りであれば、特別徴税局……所謂タックス・フォースが完全武装でこちらに接近中ということだからだ。法人税、私掠船税諸々の脱税行為がすっぱ抜かれた以上、社の資産を全て徴収したとしても追徴課税額も含めて払うことは出来ず、会社組織は一つ残らず値段を付けられ、国庫に納められる。民間軍事企業認可も取り消され、再起もできない。


 特別徴税局の強制執行を受ける場合、取れる方針は二つ。従容とその結末を受け入れるか、あるいは全力で抵抗してどこかへ逃げ延びるか。


「エリア二九五の観測ブイが大規模な重力波の乱れを感知! カール・マルクス以下、全徴税艦の浮上を確認しました」

「……ま、精々派手に噛みついてやるとしよう」


 会社として抵抗するのが方針であれば、社員である自分はその命令に従うしかない……というより、死ぬより辛い奴隷市場こと派遣社員市場に放り込まれるくらいなら、ここで抵抗しておいた方がまだマシというものだ。実態としては再就職支援なのだが、就業先の選択肢が極端に狭められることからついた徒名が奴隷市場。これを恐れる脱税企業の社員は数多い。


「思ったよりも早かったな……社長は」

「すでに別経路で脱出しました」

「逃げ足だけは速いな……敵艦隊を突破して離脱する! 各艦に伝達、照準は旗艦カール・マルクスに集中。主砲発射!」


 DSA全艦は、暢気に浮上してきた特別徴税局の艦艇へ照準を定め、発砲を開始した。



 装甲徴税艦カール・マルクス

 ブリッジ


 DSA側で戦闘開始が下令される時間から五分ほど遡る。カール・マルクス以下特徴局本部戦隊、実務一課各艦は超空間潜行を終え、通常宇宙空間へと浮上していた。


「全艦浮上確認」

「艦機能に異常なし」

「DSA基地の周囲に多数の巡洋艦、軽戦艦クラス艦艇を確認」


 航海担当員の確認復唱に混じって飛んできた索敵担当員の報告に、秋山徴税一課長は溜息を堪えた。陣容を見るだけで大人しく税務調査を受けてくれる可能性はほぼゼロだとはっきり分かってしまう。


「敵はすでに戦闘隊形を取っております。直ちに攻撃態勢に入るべきです」


 戦術支援アンドロイドのXTSA-444征蔵の報告に、頬杖をついていた永田が首を振った。


「面倒くさいなあ。秋山君、もう良いよ攻撃はじめちゃって」


 面倒くさい。面倒くさいで強制執行という国の権限を行使していいのかと自問しながら、秋山は一応局長に進言しておくことにした。


「一応税務調査の要求をするべきでは。まだ撃ってくると決まったわけでは」

「いいよ、ムダムダ。ほら」

「え?」


 永田が指さした方向に、秋山が首を向ける。一瞬星の瞬きよりも強い閃光が見えたと同時にブリッジが騒然となる。


『艦首第一シールドジェネレータ機能停止』


 艦載AIによる損傷報告に、ブリッジは被害対処に追われる。


「敵艦隊より荷電粒子砲多数! 直撃されました!」


 荷電粒子砲が着弾するまでのタイムラグは戦闘距離次第だが、距離三〇万キロメートル程度では亜光速で飛んでくる荷電粒子ビームは発砲即着弾とみても問題が無い。これが現代宇宙戦において、艦艇主力砲熕兵装として荷電粒子砲が用いられる理由である。


「全シールドジェネレーター戦闘出力! 各部被害報告!」


 入井令二艦長以下、艦橋要員が騒然となる。カール・マルクスへの直撃弾は珍しいことではないが、特徴局幹部がほぼ全員乗り合わせているのだから、その保全については最優先の配慮が求められる。


「艦首センサーブロック大破! 通信アレイ第二群使用不能!」

「左舷第二三区画、第二装甲帯まで融解!」


 旧式化したとはいえ、帝国軍で運用されていたセンチュリオン級重戦艦を基礎とするカール・マルクスは、敵艦隊からの一斉砲撃にも薄皮一枚剥がれた程度の損傷で済んでいる。これが巡洋艦クラスなら今頃轟沈だった。


「総員第一種執行配備! 主砲、副砲は待機!」

「一般職員は艦中央区画へ待避! 戦闘区画閉鎖!」

「先制攻撃までしてくるのは想定外だった……! 作戦に変更無し! 強制執行開始!」



 徴税三課 オフィス


『直撃! 左舷センサーブロック大破!』

「おー、珍しく一撃貰ったな。センサーブロックってどこだ」

「ここから五ブロックくらい外側でしょ? ま、当分は大丈夫よ」


 アルヴィンの暢気な声にハンナが答える。ブリッジでのやりとりは全艦放送で流されるのが通例だが、珍しく緊迫しているなとアルヴィンには聞こえた。


「まあ、動力炉に直撃受ければ一撃ですからね」

「違いねえ」


 とはいえ、斉藤ですらこの有様である。宇宙空間での戦闘は、時として肉体の一片も残さない大爆発で幕を閉じる。今更慌てたところでしょうが無いと諦めきっていた。


「アルヴィンは今年の分の意思確認書は書いて出してある?」

「とっくに出したよ。斉藤もちゃんと書いとけよ」

「はい……」


 とはいえ、意思確認書である。体の良い遺書といわれれば、さすがの斉藤もその扱いに困った。慣れてきたとは言え、彼は今までの人生で死に瀕するような経験をしたことなど一度も無かった。自分が死んだ後の遺体の取り扱いや遺品の送付先などと言われても、実感が湧かないのも不思議ではない。とりあえず、全ての送付先を実家として斉藤は確認書をハンナに提出した。


「俺らの出番は当分無ぇだろうなぁ。先にメシ食っておけば良かったぜ」


 本来徴税三課は税務調査前の情報収集、税務調査時の資料精査、強制執行後の事後処理が業務だが、強制執行でも特に艦隊戦になるとやることもなく、オフィスで待機しているしかない。


「そうねぇ……斉藤君、下調べはついたかしら」

「はい。ドレーク・スター・アライアンスの直近一〇年分のデータを照合しました」


 ハンナに促され、斉藤はまとめたデータを空中投影させた。


「確かに、拿捕した船の割に収奪物資が少ないわね。一体いくらを荒稼ぎしたのやら」


 無論、私掠船団の全ての船が満載まで物資を収奪するわけではないにしろ、船団の規模の割に売却物資量が少なすぎる部分が目立つ。


「何年分だこれ。こりゃあ追徴課税額もスゲえぞ。そらあ特徴局に喧嘩売ってでも逃げたくならぁな」


 アルヴィンは予想される追徴課税額を大雑把に暗算して顔をしかめた。


「本日付の彼らの総資産の評価額でも、課税額の八割程度です。残りは奴隷市場で補填ってとこですか」


 ついに斉藤も奴隷市場呼ばわりの人材派遣市場であるが、経営陣以下強制執行時点で当該企業に終業していた人間の再就職支援であると同時に、給料から得られる仲介手数料をもって不足する納税額を補填する都合上、退職や転職について大きな制限が加えられ、重大な人権問題として帝国議会では度々問題となっている。


「そうねえ。でも半グレ海賊みたいな連中、どこの民間軍事企業が引き取るのかしら」


 民間軍事企業の、特に現場の人間は海賊と表裏一体。経営不振で倒産した企業が、帝国領内の反帝国グループの機材と人材供給源となっていると言われている。


「半グレ海賊みたいな連中がわんさか働いてるところを、一つ知ってるぜ」

「どこよ?」


 ハンナの言葉に、アルヴィンは床を指さした。


「うちだよ、うち。国税省特別徴税局」

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