第20話-④ 嵐の前の大騒ぎ

 惑星ゴルドシュタット

 リートミュラー伯爵邸


「よぉし大体片付いたな。おいテメェ、伯爵サマはどこへ隠しやがった? ヨタこいたら脳天かち割るぞ?」


 拘束された伯爵が雇用していた民間軍事企業員を、マクリントック班長が詰問している。傍目にはチンピラのオヤジ狩りである。


「……守秘義務があるので答えられません」

「てめえ!」

「おい止めろメリッサ。どうせ屋敷出たって、惑星上にまともな施設もありゃしねえんだ」


 殴り掛かろうとしたマクリントックを、アルヴィンが慌てて止める。さすがに不必要な暴力は許されないというのが、特別徴税局においても最低限のラインだ。


「状況は、どうなっていますか?」

「おう斉藤、掃討は終えたが、伯爵サマが見当たらねえ」

「そうですか……屋敷内から出た形跡はありません。どこかに隠れているはずです。捉えた連中は、ヴァイトリングの取調室に入れておいてください。ロード・ケージントン課長に尋問させます」

「あいよー。ほれ起てゴロツキ共。キビキビ歩けよ」


 マクリントックと渉外班員に、モルガーナ・フリートコーポレーションの人員が連行されていくのを見送ってから、斉藤はアルヴィンと伯爵の捜索を開始した。


「何か見えます?」

「いや、この辺りにゃ隠し通路の類いはないが……」


 アルヴィンの目は、ハーゲンシュタイン博士開発の多目的センサーになっていて、幅広い帯域の電磁波でものを見ることが出来る。


『斉藤君、聞こえる?』

「どうしたの、ソフィ」

『ゲルトが妙な場所を見つけたって言うの』

「わかった、すぐに行く」


 斉藤達が呼ばれたのはリビングルームとして使われていた部屋だった。


「ここ。足跡が付いてる」


 ゲルトが指さした先には、確かに革靴か何かの足跡が見える。


「こりゃブランデーかなにかだな。踏んづけていったのか……」

「……」

「どした? ソフィちゃん」

「え? いいえ別に」


 アルヴィンが床に鼻を近づけて匂いを嗅ぎ分けていたのを見ながら、犬みたいだな……と考えていた。


「アルヴィンさん、こっちこっち」


 ゲルトが手を上げてアルヴィンと斉藤を呼ぶ。


「この柱で足跡が切れてる」

「確かに……マントルピースですか。床の下になにかあるんですかね?」

「うーん、わからねえが。ちょっと退いてろ」


 アルヴィンが背広を脱ぎ捨て、手をポキポキと言わせる。なお、これは以前のメンテナンス時に博士が追加した無駄機能の一つである。


「うおおおおおおおおおおおおっ! このぉおおおおおおおおおおっ! ふんぬぅぅぅぅぅぅぅ! ファイトオオオッ!」


 アルヴィンが渾身の力を込めて炉床を引き剥がそうとするが、ビクともしない。


「ふんんうぬぬぬぬぬぬぬ!」

「あれ? これは……」


 斉藤はアルヴィンを横目に、暖炉の角にあるボタンを見つけた。あまりに安直かとも考えたが、とりあえず押し込んでみる。


「うおっ!」


 炉床が音もなくスライドして、アルヴィンが尻餅をついた。あとには、床に開いた階段が現れた。


「引いてダメならボタンを押してみる、と……ま、ともかく下ってみるか?」

「そうですね……ゲルトとソフィはここで待ってて」

「了解、何かあったらすぐ呼びなさい」

「あ、斉藤君。これ伯爵がいたらサイン貰っておいてね」


 ソフィが斉藤の端末に転送したのは、物品の徴収同意書だった。


「わかったよ。アルヴィンさん、念の為に付いてきて貰えますか?」

「おう、任しとけ」


 階段を下ると、思いのほかしっかりとした内装の小部屋が現れた。そして、その隅でうずくまっている男の姿。


「リートミュラー伯爵でいらっしゃいますね。我々は特別徴税局です」


 斉藤はホルスターの執行拳銃に手を掛けたまま、男に声を掛けた。


「……こ、殺すなら、殺せ!」


 立ち上がり叫んだ男は、鼻水と涙を垂れ流しのまま居直った。


「抵抗しなければ殺しはしませんが……」

「どうせ私は蜥蜴の尻尾だ! 私を捉えたところで何にも明らかにはならんぞ!」


 伯爵はそう叫びながらワインのボトルをラッパ飲みしていた。


「落ち着いてください伯爵。我々の興味があるのはあなたの身柄より、あなたの資産です。こちらの書面にサインを。追徴課税、重加算税諸々込みです」


 敢えて斉藤は錯乱する伯爵の叫びを無視して事務的対応を続けた。


「こんな時にも税の取り立てか。勝手にするが良い……!」


 サインと紋章印を押印してもらい、これで斉藤達の仕事が始められる。斉藤は無線で待機中の特課員達に現物徴収の開始を告げた。


「伯爵、今はまだ上空の艦隊に、あなたの身柄確保の報告はしていません。あと二〇分もすれば近衛の陸戦隊が到着するでしょう。その前に、聞きたいことがあります」

「何をだ……?」


 あまりに事務的な斉藤の態度に、冷静さを取り戻した伯爵がようやく落ち着いて受け答えをするようになった


「あなたが近衛に討伐されようとしているのは、なぜですか?」

「……」

「今のままでは、あなたは大逆の罪で処罰を受けます。確かにあなたは多額の脱税や、無申告開拓などが我々の調査でも明らかになっています……しかし、本当にそれだけで、近衛全軍の派出が命じられるほどのことになりますか?」


 近衛軍総旗艦での公爵の言葉を思い出してから、斉藤の脳裏にずっと居座ったままの疑問だった。


「何が言いたい」

「無申告開拓惑星で、あなたは何をしていたのですか?」

「……」

「近衛のギムレット公爵もその点を気にしていました。それにマルティフローラ大公による出動命令も不服の様子でした。あなたは一体、何を隠しているのですか?」

「……君には言えぬ。言えば君も、消される」

「消される……?」

「……いずれ君にもわかる。だが詳細を君達に話せば、いずれ君達にもよくないことになる。私の身柄を君達に預ける。どこへなりと連れていくがいい」


 伯爵は、それ以降何も語らなかった。斉藤の言葉通り、近衛の陸戦兵が屋敷に乗り付けてから、斉藤達は伯爵の身柄を引き渡し、自分達の業務に専念することになった。



 衛星軌道上

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 徴税特課 オフィス


「――というようなことがあったんです」

「なるほどな……まあ、局長がリートミュラー伯爵の尋問はしてくれるとのことだったが、そこで何が明らかになるか」


 地上に残る残務を本部戦隊などからの増援部隊に任せて、斉藤は一足早くヴァイトリングに戻って、ロード・ケージントンとリートミュラー伯爵の言葉の真意について議論していた。


「無申告開拓されている惑星を調べても、証拠が出てくるかは限らないだろうが、まあこの辺りもいずれ明らかになるだろう」

「もう一つ気になることがありまして」


 斉藤は端末を操作して、リートミュラー伯爵家の財務諸表を表示した。


「この部分、警備費に分類されていますが、フリート・コンダクターに支払っている額との誤差が大きすぎるんですよ」

「物資輸送のための護衛艦派遣などでは無いのか?」

「それと比べても二億帝国クレジットは多いですよ。これがどういうものに使われてるのやら……」

「深入りしたら抜けられない底なし沼の様相だな。ともかく、脱税分の徴収が済めば、私達の仕事は終わりだ。とっとと済ませてしまおう、特課長」

「茶化さないでくださいよ、三課長」


 斉藤が肩をすくめて自席に戻った後、ロード・ケージントンは溜息を吐いた。


「いよいよ、本格的に巻き込む時が来たかな……」



 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「――斉藤君が聞き出してくれた伯爵の言葉は以上です。まだ近衛のほうでも、本格的な調査は途中のようで」


 インペラトリーツァ・エカテリーナに出向いてまで調査状況を確認していたセシリアの報告に、永田は唸った。


「雲をつかむような話だねえ……うーん。これだけでは決定打が欠けるなあ」

「伯爵が所有していた無許可開拓惑星の調査もしなければならないだろうが、それまでに証拠隠滅は済んでいるのではないかな」

「航路保安庁が動いてるはずだよね?」

「到着は早くても一二時間後だそうだ。まあ、近衛に出撃命令が出た時点で、何らかの動きがあったと見るべきだね」

「あれ? それだとまるで、摂政殿下が証拠隠滅を確認してから、近衛を動かしたように見えるねえ」


 笹岡の言葉に、永田はわざとらしい言葉を吐いて苦笑した。


「おっと失言失言」

「んん゛っ……ともかく、もう少し詳細の調査が必要でしょうな。確信に近づけたとは言えますが」


 西条が咳払いをして場を引き締めてから結論を出した。


「まあ、もう少し時間が掛かるかな。この分だとね。いやあ、楽しみだなあ」


 永田がウキウキした気分で言う一方、居並ぶ幹部達はややうんざりした表情だった。


「本当にやるんですか……?」

「まあ、そのための特別徴税局とはいえ……」

「政権どころか帝都ごと吹っ飛ぶかもしれませんね……」


 ミレーヌ、西条、セシリアの言葉に、笹岡はタバコの煙を細く吐いてから続けた。


「今更だよ。永田という船が、泥船だったか戦艦だったかは、終わってみるまで分からないさ」

「あはは、船頭としてはぜひ、快適な船旅を提供してあげたいねえ。さ、お茶でも飲んで、仕事に戻ろうか」


 永田は茶菓子の羊羹を頬張りながら、にこやかに議論をを締めた。

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