第21話≒0話ー① 復讐するは我にあり

 帝国暦五八九年一二月二〇日

 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「局長、これはどういうことですか?」


 斉藤は局長に対して、いつになく高圧的な態度で臨んでいた。年末も近いカール・マルクス艦内では冬期休暇に向けて各種の業務が続いていたが、その一環で斉藤は局長付としての業務をこなしている最中だった。


「え?」

「博士……徴税二課への使途不明予算が大量に出ています! 決裁は局長印だけで通っていますが、何に使っているんです?」


 本来局内の予算執行には申請者、所属部課長、それに総務部長、経理課長、局長の承認が必要なのだが、斉藤が突きつけた予算申請書は局長印だけが押されていた。


「いや、斉藤君には関係が無いというかあるというか……ていうかなんでわかったの?」

「局長機密費の異様な出納記録見れば分かりますよ。細目は僕に見る権限はありませんが」


 局長機密費は、特別徴税局局長に許された種々の業務用に用いることができる予算で、細目は局長と徴税部長しか閲覧権限がないものだった。


「まあまあ斉藤君、落ち着いて……」

「総務部長に聞いてもはぐらかされたし、何を考えているんです? あと、瀧山課長に命じてマルティフローラ大公国の各機関に監視プログラム入れましたね?」

「えっ!?」


 永田にとってこれがバレていたのは完全に予想外だった。書面に指示を残すようなことはしていなかったからだ。


「マルティフローラ大公国の関連資料だけ更新頻度が高すぎますし、瀧山課長を問い詰めたら局長に聞いてくれって。公務員服務規程や国家情報保護法に反するのでは? バレたらどうするつもりだったんです!? 今から通報窓口に駆け込んでもいいんですよ?」


 特別徴税局は各種調査のために財務資料だけでなく、人口統計や国防計画など様々な資料を収集しているが、マルティフローラ大公国のものだけその量が多く、また高頻度で更新されているのを斉藤が気付いたわけだ。


「あーうん、それは……その」

「そもそも、ハーゲンシュタイン博士が東部のクリゾリートⅧに長期出張が多すぎます。何を命じているんですか? これも笹岡部長の裁可経てませんよね?」


 クリゾリートⅧは一年前に強制執行を行ない国庫に納められるはずだった惑星で、特別徴税局側での再整備のあと、競売に掛けられるはずだった。しかし工事の延期や業者選定、入札の不調を理由に国税本省への引き渡しは延期に延期を重ねられている。そこへきてハーゲンシュタイン博士の長期出張、斉藤が疑わない理由が無い。


 徴税部部員の業務については部長である笹岡の決裁が必要だが、これも行なわれた形跡が一切無かった。


「あー……まあ、潮時かな。斉藤君、午後の予定は?」

「三課の仕事はありませんが」

「じゃ、ちょっと付き合って貰おうか。昼飯でも食べながら昔話をしよう。出前しよう、出前」


 一〇分ほどして、食堂のスタッフが岡持を手に局長執務室を訪れ、本日のB定食――ハンバーガーとフライドポテトとサラダ――を置いていった。


「んんっ、うまい……まず、斉藤君は僕が特別徴税局に送り込まれた経緯は知ってるよね?」

「はい、使途不明金四五〇兆帝国クレジットを見つけて、その調査を停止するように命じられたとか……」

「そう、帝国暦五七八年、もう一〇年以上前のことだ。あの頃はまだ二五〇兆くらいで済んでいたんだけど――」



 帝国暦五七八年三月一九日

 帝都ウィーン

 国税省

 大臣執務室


「永田課長。現在君達が進めている各種調査の即時停止、記録の破棄を命じる」


 当時、永田は本省領邦課長を務めており、今大臣執務室に呼び出されたのは、ある不祥事のもみ消しのためだった。


「はい? 仰る意味が分かりませんが」 

「言葉通りだ」


 オブライエン国税大臣以下、国税省幹部が並んでいる中、永田は平然と構えていた。


「なるほど……では、皆様は領邦国家、それも領邦中の領邦とも言われるマルティフローラ大公国などに忖度して、この不正をなかったことにしている、ということですか。現時点で二〇〇兆帝国クレジットを大きく超える使途不明金。これを無かったことにせよ、と言うんですか?」


 具体的な数字が出ると、さすがの幹部達もざわめいた。しかし、国税大臣だけは動じない。動じたら永田に負けると分かっていたからだ。


「財務省ほか、各省部局とも話は付いている」

「帝国税法にも帝国財政法にも領邦法にも規定されていない基準での使途不明金を見逃せ、と?」

「我々にその決定権はない」

「そうですか……じゃ、マスコミにでもタレコミますか。ペイ・アテンション辺りなら喜んで食いつくと思いますが」


 左派・共和主義系の傾向が強いペイ・アテンションならば、政権叩きの格好のネタとして食いつくだろうという永田の発言に、大臣が思わずと言った様子で立ち上がった。


「貴様! 生きて国税省を出られると思うなよ! 窓の外を見てみろ!」


 永田は窓際まで移動して、締められていたカーテンを少しだけ開いた。


「あれまあ、分かりやすいことを。内務省、ですか?」


 スーツ姿の一団と窓までスモークが張られて中が見えないバンが国税省正門前に張っている。


「内国公安部だ。君が我々の提案を了承してくれない限り、国税省の敷地から君が出られないというわけだ」

「死体になりゃ出られるってコトですか」

「転落事故と言うべきだな……さらに言えば、我々や君の同僚、部下も階段から転げ落ちたり、心臓発作で倒れるかもしれん……」


 帝国国内における政治犯やテロ組織の監視を主任務とする内国公安部の手口は、一般国民の目から見て不自然でないような小細工を弄するのが常だった。無人機や爆薬で派手に吹き飛ばすような手段は、無辜の一般人を巻き込む事も考えられるため、内国公安部内では推奨されていないとされる。


「相討ちっていうなら望むところですが、あんた達みたいな三下じゃ釣り合わないな。この使途不明金の金額に見合う相手がほしいところで」


 永田の言葉に幹部達は気色ばんだが、言い返すことも出来ない。彼らは所詮、ある人物に逆らえない。


「君がこの使途不明金について触れまわらないことを誓約して、異動に応じてくれれば国税省の全員が助かるのだ」

「はぁ……で、どこに異動になるんです?」


 

 帝国暦五八九年一二月二〇日

 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「で、配属された先がここだった、と言うわけだ」


 昼食を食べ終え、永田が食後の一服にタバコを吸い始めた頃、昔話が一段落した。斉藤は聞きながら、自らの属する組織の腑抜けっぷりに呆れていた。


「西条部長から一部聞いてはいましたが……笹岡部長や西条部長もその際に?」

「うん。彼らは僕とつるんでたんでね、北天軍管区の国税局とか、東部軍管区の税務署に飛ばされちゃったんだよ……そう、あの年の四月一日付で僕はここに来たわけだ。もっとも、その時はカール・マルクスはなくて、先代のオンボロ徴税艦が一隻だけだった。確か……コンドラチェフとかいう名前だったかな」



 帝国暦五七八年四月一日

 軌道エレベータ ヴィルヘルム

 低軌道ステーション

 公用艦船用係留区画 第二三九桟橋


 軌道エレベータヴィルヘルムは帝都直通の軌道エレベータで、その低軌道ステーションは他の低軌道ステーションと比べても数倍の規模を誇っていた。


 特に、憲兵艦隊や航路保安庁第一管区交通機動艦隊、法務省麻薬取締船、憲兵艦隊など官公庁や帝国軍が使う公用艦船桟橋は帝国随一の規模を誇る。


 その一画、軌道エレベータから最も遠い桟橋に係留されていたのが、特別徴税局徴税艦ニコライ・コンドラチェフだった。


「まあなんだこれは。思ってた以上におんぼろだなあ……」


 永田は公用船用の桟橋で錆び付いているオンボロ船の前で立ちすくんでいた。ニコライ・コンドラチェフは国税省特別徴税局の実質的庁舎であり、彼らの任務の特殊性を表すものである。


「あのー、すみません。国税省特別徴税局はここでいいんですかねえ?」


 永田は徴税艦へ乗り込む一団に声を掛けた。


「え、ええ……そうですが」

「いや、局長を拝命した永田です」

「……局長?」


 男達は、困惑した目で曖昧な笑みを浮かべるスーツの男を見やった。



 徴税艦ニコライ・コンドラチェフ

 食堂


「えー、この度、特別徴税局局長を拝命した永田閃十郎と申します。まあ皆、よろしく」


 数年後、帝国中央から辺境どころか、辺境惑星連合に至るまで悪名を轟かせることになる特別徴税局局長の第一声は、あっさりしたものだった。


「……局長?」

「局長だって……?」

「今更何を考えて……」


 永田は自分を見ている顔を一つ一つ確認した。どれもこれも長時間見つめ合いたいものではないことだけは確かだと、とりあえずの状況把握を終えた。


「何だかあまり歓迎されてないようだね」


 永田はすぐ目の前にいた男にアルカイックスマイルを向けた。


「い、いえ! そんなことはないですが……」

「あなた、名前は?」

「局長代理……本日付で総務部部長のマシュー・クランシーです」


 永田より二回りは年上の男は、やや気まずそうに答えた。


「おお、あなたが局長代理だったんですか。あとで打ち合わせしよう。各部署……があるのかどうか分からないけど、その辺りの長も後から打ち合わせ入れるから。じゃ、解散」


 局長就任の挨拶としては異例の短さで、永田は食堂での顔合わせを切り上げた。何せ特別徴税局はこの五年間、局長は置かれず国税省大臣官房室付となっており、活動実態としてはほぼゼロに等しいものだった。本省の無関心さは局内の士気を下げ、永田が聞いた限りでは現状は左遷先としての意味合いが強すぎた。



 局長室


「ははあ、つまりはこの五年、特別徴税局は活動ほぼゼロ、いわば退職前の監禁部屋ってわけですか」

「はい……」


 永田はそれまで局長代理を務めていたクランシーが使用していた部屋を仕事場に定め、とりあえず現状を整理していた。


「特別徴税局配属後、八割は半年以内に退局、残る二割は特別徴税局への転属辞令が出た時点で退省、退局と」

「はい……」

「僕も話には聞いていましたが、すごいですねここ。一〇年くらい前はまだ動いてましたよね?」

「ミスリヴェッツ局長が居た頃はまだ良かったんですが、カロイへの強制執行中、叛乱が発生してその最中に殉職されて以来、ほぼ飼い殺しの状態です」


 本来、特別徴税局は国税省関連施設の警備部隊として設立された経緯があるが、それでも国税省内で唯一武装した組織でもあった。これを活用しない手は無く、帝国暦三三〇年には当時の国税省事務次官、金大訓キム・デフンの発案により、この当時増加していた企業の自衛戦力を使った税務調査の拒否や脱税案件の摘発に特別徴税局を使うことが計画された。国税法第六六六条の追加と改正が行なわれた結果、現在に至るまでの強制執行を行なう武装組織となったのだった。


 特別徴税局が最後に強制執行を行なったのは帝国暦五七三年。東部軍管区カロイ自治共和国の強制執行に入るも、徴税艦四隻、人員一二〇〇名を喪う大損害を被る。また、ミスリヴェツ局長以下、主要幹部も殉職が相次いだ。これを契機に以前から特別徴税局という微妙な立場の組織を疎んじていた本省上層部は、特別徴税局の規模縮小を画策し、現在に至る。


 クランシーはそのカロイの強制執行当時の生き残りであり、ミスリヴェッツ死後の特別徴税局局長代理という、墓守のような仕事を押しつけられていた。


「さて……と。そういえば艦内禁煙だっけ? まあいいか」


 クランシーによる現状説明が終わると、永田はスーツの内懐から取り出したたばこに火を付けた。


「ふぅ……つまりは現在居る人員も、大半が退職までの腰掛けってとこですか。これじゃまともに業務も行えない。残ってるのはこのオンボロ徴税艦一隻と、お飾りの武器だけ」


 そもそもクランシー自身も、あと半年もすれば定年を迎え、退職することが決まっていた。


「失礼ですが、永田局長は強制執行をするおつもりで?」

「おつもりも敦盛も、そのつもりですよ。だってそれが仕事なんでしょ、ここ」


 煙を吐き出し、永田はクランシーに笑みを向けた。クランシーは永田の出身地の古典であるアツモリがなにかは分からないまま、顔を青ざめさせた。


「無茶な……!」

「大手とかマフィアに対しての強制執行じゃなければ、今の人員でも可能でしょう?」

「それは、そうですが……本省からの許可が降りませんよ?」


 クランシー自身も幾度か強制執行の立案はしていたが、いずれも本省からの差し止めにより実現しなかった。


「強制執行だなんて厳つい名前がついてるけど、そもそも中身は税務署が行なう差し押さえ業務。ここはそれでは手に負えない輩への対抗手段として、この武力を保持してる、というわけでしょう……ま、今の状態だと武力なんて代物じゃないですね。これじゃチンピラとの喧嘩も出来やしない」

「この徴税艦ニコライ・コンドラチェフにしてからもう半世紀も前の老朽貨物船を改装したものです。新規に装備を入れようとしても、六角が首を縦に振るわけもなく」

「なるほど。クランシーさんはまだここを維持する努力を続けていてくれたわけだ。おかげで僕も島流し先が残っててくれたんだから、感謝すべきですね」

「……」


 クランシーは永田のことをあからさまに睨み付けた。彼とてミスリヴェッツ局長が居た頃は職務熱心で知られ、現状の掃きだめのような特別徴税局の状況を改善しようとしてはいた。ただ、上層部はその動きが気に入らなかっただけである。


「ははは、怒らない怒らない。僕だって公務員の端くれ。それに僕にはまだやらなきゃいけないことがあります。特別徴税局の規模を拡大すれば、それも叶う」

「規模の拡大ですって? そんな無茶な」

「やる前から諦めたらダメダメ。ともかく、僕の方針は特別徴税局の再武装化と規模拡大、そして執行件数の増加です」

「わかりました……では、ここは局長がお使いください。私は隣の事務室にいますので」

「はいはい、どうもー」


 クランシーが退室した後、永田は深い溜息をついた。


「正直予想以上に酷いな、ここ……でも」


 永田は壁に掛けられたモニターに映る特別徴税局の紋章を見つめた。


「お楽しみはこれからだ」


 永田は一人笑みを浮かべていた。もし誰かその場にいたなら、すくみ上がっていたことだろう不気味な笑みだった。

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