第21話≒0話ー② 復讐するは我にあり


 帝国暦五七八年一一月一二日

 東部軍管区 グクローツ自治共和国 

 惑星ヴァプニー センターポリス

 セントハム興業 本社ビル前


「えー、こちらは特別徴税局。五分経過後、強制執行を開始します。執行に対し不服の場合、もしくは税務署による監査を受け入れるならば、返答を」


 永田率いる特別徴税局は、ほぼ五年ぶりの強制執行を実施しようとしていた。対象は惑星ヴァプニーのセンターポリスで風俗業を手がける事務所の一つだ。


「……答えませんね」


 数年ぶりに執行装備に身を固めたクランシーは、メガホン片手にやる気があるのかないのか分からない顔をしている永田に振り向いた。


「ま、そりゃあそうでしょうね……しかしまあ、にわか作りとは言え、どうもこう、締まらないなあ」


 特別徴税局は局と名前は付いていても、現状では一〇〇人程度しかいない。今回の強制執行でも、実際に執行装備を身につけて突入するのは三〇人で、残る二〇人は徴税艦乗組員、残る五〇人のうち、執行へ赴くのを拒否したもの一三名、心神耗弱により業務遂行不能と永田が判断したものが二三名、一四名が有給休暇取得のため不在という有様だ。


「仕方ありませんよ。今来ている三〇人にしても、執行拳銃を握ったのが先週という状態です」


 特別徴税局は元々国税省および税務局や税務署が武装勢力に占拠されたり、暴徒の襲撃を受けたときの防衛部隊として組織されたのが始まりで、その性質上、国税省では唯一執行拳銃が用意される外局である。



 とはいえ、強制執行が行なわれていない以上、その使用もされていなかったため、ほとんどの局員はまずクランシーから拳銃を持つことの基本から教わる始末だった。永田にしても、拳銃など握ったことはなく、射撃訓練の成績は惨憺たるものでクランシー曰く『目を瞑って撃ったほうが当たるのではないか』と言わしめた。


「腰が引けちゃってるなあ……おーい皆、そうカチコチにならなくていいって。連中が持ってるとしても、せいぜい金属バットだ」


 そもそも今回の現場は、特別徴税局の強制執行を要するほどのものではなかったのだが、グクローツ中央税務署署長へ永田が根回しをして、無理矢理取り付けてきた案件である。まさか相手もここ数年聞いていない特別徴税局の名を聞くとは思っていなかったらしく、明らかに動揺していた。


「局長、それは言わなくても……」

「なーに、精々わめき散らす程度だから安心して。連中だって、僕らに抵抗して撃ち殺されるくらいなら、素直に重加算税も払って穏便に済ませるだろう」


 永田は腕時計に目を移した。きっかり五分経過したことを確認し、再びメガホンを取って、殊更周囲に聞こえるように指示を出した。


「総員執行拳銃用意。執行に対し抵抗する場合、拳銃の適正使用によって対象を無力化することを許可する。ただいまより、強制執行を開始する。突入ー」


 へっぴり腰の局員達が、永田がツテを頼って入手してきた警察庁採用のシールドを掲げて、ジリジリとセントハム興業のビルへとにじり寄っていく。


「さて、どうでるか……」


 永田もシールドを構えて、徐々にビルへと近付いていく。ビル玄関にはひとまず誰もいない。


『一班、ビルに入りました。二階から声がします』


 先にビルに入った一班からの報告に、永田は内心安堵していた。事前情報からして、セントハム興業は税務署員に対しても武力行使したわけではなく、ただ怒号を浴びせただけだというし、拳銃等を不法所持している気配もないとのことだったが、万が一と言うこともあったからだ。


『二班、裏口よりビル内に入りました。えー、セントハム興業の職員と押し問答になってます』

「はいはい。強制執行だって分かってるのかな、連中は」

『令状を出せとかわめき散らしてますが』

「威嚇射撃でもしてやって。それが令状代わりだって」

「局長、それはさすがに……」

「チンピラに毛が生えたような連中だよ。それで大人しくなるさ」


 時を置かずに、建物の裏口側で銃声。野次馬に来ている民間人から悲鳴が上がる。


『三班、威嚇射撃しました』

「当ててないだろうね」

『は、はい。連中はそのまま二階に上がっていきました』

「あ、そう。それじゃそのまま上がっていいよ。一班と二班は?」

『こちら一班。今二階に到着。代表者と思われる男性が、監査を受け入れると言ってますが』

「了解。じゃ、僕らもそっち向かうよ」


 永田の行なった初の強制執行は、商取引税および固定資産税の脱税、重加算税と合わせて五九〇万帝国クレジットと事務所内の古美術品、郊外にある所有不動産の現物徴収という形で無事完了した。特別徴税局活動再開のニュースはすぐさまゴシップ紙などで帝国全土に報じられた。



 帝国暦五七九年三月四日

 徴税艦 ニコライ・コンドラチェフ

 局長室


「それにしても、クランシーさんも今月で退職かぁ。引き継ぎは大丈夫ですかね?」

「一応は。しかし驚きました。あのモレヴァンという方、何者なんです? 官公庁の実務ははじめてとのことでしたが」

「ああ、まあ、ね。はは」


 この頃、永田は依然として帝国領内各地の税務局などにツテを使って案件を引っ張り込み、着実に強制執行の実績を重ねていたが、同時にある問題が表面化していた。


 特別徴税局はここ数年、退職者および左遷者の掃き溜めであり、実務能力に大幅な欠落が生じていた。納税調書の作成や強制執行前の調査業務にしても、永田が一人で抱え込む始末。後に永田は、自分の勤勉さはこの時に使い果たしたと発言している。


 しかし、今後もその状況が続くと、特別徴税局の拡大どころの話ではない。まして今まで永田をサポートしてくれていたクランシーも定年退職が間近に迫っていた。


 そこで永田は、関係各省への個人的なツテを用いて、人材確保を精力的に進めていた。特別徴税局の組織も、局長の下に徴税係と監理課が設置された。そう、先代局長の殉職後、組織の縮小に伴い特別徴税局には部や課といったものがなかったのである。


「クランシーさんがいなくなった後の監理課は彼女に一任するから、引き継ぎ頼みますよ。それと、強制執行の対応部署も独立させる」

「それがいいでしょう。本来はそうだったのですから」


 現状の強制執行は、オール特徴局と言えば聞こえはいいが、ようは普段なら徴税艦の整備や納税調書の作成に当たる一般職員に拳銃と防弾チョッキやヘルメット、シールドを持たせて突っ込むという無謀な体制である。今のところ死傷者は出ていないが、いつそういうことになるかは分からないし、滞納者が実力行使に出て逃亡などを図ろうとしても、実力で阻止出来るだけの戦力が必要だ。


「今の体制も仮のものだ。ゆくゆくは僕の下に徴税部、実務部を設置して、職掌を分離して効率化を図ろうと思ってる。徴税艦の数も増やすし、執行専門職員も入れる」

「……さしずめ、徴税艦隊タックスフォースとでもいうものですか」

「ははは、いいねえその名前。徴税艦隊タックスフォース。中々いい響きだ」


 そうこうしている間に、永田が特別徴税局局長に就任して半年。クランシーがめでたく定年退職した後、永田は本格的に特別徴税局の整備、より正確には改造に着手した。



 帝国暦五七九年四月二日

 ゲフェングニス23

 帝国軍更生所


「レオニード・アレクセーエフ・ボロディン。指導将校中佐。カロイ自治共和国の叛乱鎮圧行動中、民間人への弾圧、レジスタンス組織への必要以上の武力投入を進言したものの、現地司令官はこれを拒否。独断でこれを実行し更迭。現在更生プログラム中。しかし当人に更生の意思無し――と」

「いかにも。私は帝国軍の標榜する正義を実現するために必要な事を行なったまでであり、これを更生せよとはすなわち、帝国軍が自らの正義を否定することになる」


 永田の正面、強化ガラスの向こう側には悠然と足を組む痩せぎすの男がいた。永田が読み上げた軍更生所の資料に、ボロディンという男は穏やかな調子で答える。


「はあ、なるほど……で、その結果あなたは今、帝国軍をクビになりかけてるそうだけど」

「私としては非常に不本意ですな」

「ところで、僕の素性は了解しているのかな」

「特別徴税局局長の永田閃十郞といえば、最近はニュース・オブ・ ジ・エンパイアでも人気ですな」

「明日にでも死んで欲しい人物ナンバーワンだって。いやあ照れちゃうなあ」

「単刀直入に伺うが、私に何のご用で? 私は脱税とは無縁の、善良で模範的な帝国臣民ですが」

「今、特別徴税局は、強制執行、まあつまりは税を滞納する不届き者とのドンパチが出来る指揮官を募集中だ。もちろん、そんなもの国税省にいるわけがない。即戦力になる人間で――」


 そこまで言った永田が次の言葉を選ぶ間に、ボロディンがセリフの続きを引き継いだ。


「行動の選択権が狭くて、イエスと答えそうな人間を探している、というわけですな」

「はは、まあね。うちに来て貰えば帝国軍は円満除隊ってことで処理するよう、上には話を通せる。退役軍人年金ももちろん支給されるよ」

「待遇はどうなりますかな? まあ、どうせ帝国軍を追われた身です。一兵卒からでも構いませんよ」

「いやあ、そんなこと言わないよ。君には課長のポストを用意してある」

「ほう……分かりました。同志局長、あなたの命に従うとしましょう……しかし、私一人で済む仕事ではありますまい。強制執行、それも武装して抵抗の意思を示す不届き者を征伐するには、兵力が必要です。同志局長は如何にしてそれを揃えるのか」


 ボロディンは永田の回答を待った。いかに理想が高くても、それを実行するための力が伴わないでは張り子の虎である。


「軍の懲罰兵対象者、服役者。まあなんでもいいけど、ワケあり連中を採用するってのはどうかな。正規軍から引き抜くよりお手軽だ」

「ほほう。それはまた、突飛なことを思い付かれる」

「彼らにはうちでの働き次第で減刑、場合によっては刑の消滅も可能ということで交渉できるはずだよ。まあもちろん、あまりの凶悪犯は使えないけど、君がその第一例ということで」

「ふふふ、まるで督戦隊のようですな。いいでしょう。人選は私が進める形でよろしいのですか?」

「もちろん。腕っ節の立つ連中を揃えて貰えると助かるな」

「喜んでお引き受けいたしましょう」



 帝国暦五七九年四月一六日

 帝都

 近衛軍司令部


「近衛の艦艇を供出しろ、だと? 一体どういう権限で国税省の外局ごときが、我々近衛に要請しているんだ? 永田局長、貴様一体何のつもりだ? 国税大臣の了承は得ているのか?」


 近衛軍司令長官のユースフ・アブドゥラ・サバーハ皇統公爵大将は不愉快そうに目の前の男を睨み付けた。永田は何の用事も無しに近衛軍司令部を表敬訪問するような男ではない。


「いやいや、これはあくまでお願いでしてね。ただ……これは近衛にとっても利益のある話ですよ。そう、例えば僕が近衛の公金横領問題とか垂れ込んだら、お困りでしょう?」


 永田の目的は、公金横領問題をダシにして、旧式とはいえ整備状態は良好な近衛の艦艇を特別徴税局に配備させる裏工作にあった。国税本省に増備を申請しても認可が下りる訳がない。しかし外部から特別徴税局の活動支援のために提供・供出となれば本省に断ることはできない、という計算である。


「き、貴様っ! 何を言うのだ!」

「これでも帝国中央官庁勤めでしたからね。色々と噂が聞こえるわけで……噂ならともかく、データさえ揃えれば、実証できてしまうのが我々の、特別徴税局の立場です」


 永田は自分のカバンから取り出した合成紙の束を近衛司令長官の机に差し出した。それを引っ掴んで目を通した司令長官の顔は見る間に青ざめていく。近衛高官の公金横領などと明るみに出れば、彼のみならず近衛軍の存在そのものが危ういものになることが理解できているからだ。だからこそ、永田はこれを交渉材料に持ち出した。


「……貴様、現職の近衛司令長官を脅迫するつもりか」

「とんでもございません。これはシミュレーションに過ぎません……ちなみにもう一度聞きますがどうです? 老朽艦で構わないんで供出頂ければ幸いですが」


 永田は断言しない。しかし彼の行動そのものが、司令長官に対する最後通告だったように思われるのも仕方ないことである。


「わ、分かった……その代わり、この事は内密に」

「ええ、私から触れ回るつもりはありませんよ」


 その発言通り、永田はこの件を触れ回る事は無かった。しかし永田でさえ知り得ることが帝国官庁に知られていないはずもない。


 数年後、内務省による調査の後、近衛軍高官の不祥事が秘密裏に検挙され、上層部がほぼ入れ替わった。これが後に、帝国史上もっとも公爵らしくない公爵、歩く重荷電粒子砲と称されたメアリー・フォン・ギムレット公爵の近衛軍司令長官就任のような特異な人事を受け入れ、なおかつ急速な近衛の近代化に繋がるとは、この当時誰も知る由も無かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る