第21話≒0話ー③ 復讐するは我にあり
帝国暦五七九年五月七日
帝都メリディアン工廠 第三四番ドック
近衛予備戦艦レゾリューション
第一艦橋
「ははあ、なかなか立派だね」
「腐ってもセンチュリオン級ですからなぁ。中古市場で買えば年間予算の何割かが消し飛んでいたところですよ」
永田とボロディンはこれから改修作業が行なわれる戦艦の艦橋にいた。近衛軍の善意により供出されたものだ。
近衛から供出された旧式艦艇は、整備はされているものの装備が陳腐化していたり、近衛の戦力が過剰である必要もないということで武装を減らしていた。これを特別徴税局仕様に改修するため、供出艦を帝都メリディアン工廠のドックに回航させていた。
センチュリオン級重戦艦は、現行主力のアドミラル級戦艦の一つ前の主力艦で、重の冠のとおり高火力重装甲の艦隊の中核戦力としての役割を担っていた。その分建造費も維持費も高額で、より簡素化しつつも長期にわたり運用できる拡張性が高いアドミラル級戦艦が設計された経緯を持つ。
これらは帝国軍主力艦隊からは退役済みだが、民間軍事企業や自治共和国防衛軍、領邦軍では主力艦として運用されており、中古市場での値段も高止まりを続けている。
「とりあえず、第一陣で戦艦が四隻、巡洋艦が四隻。第二陣で戦艦六隻と巡洋艦が一ダース程度かな。空母と強襲揚陸艦もそのうち配備したいね」
「ほぼ一個艦隊ですな。領邦軍程度なら蹴散らせるでしょう……などと、冗談ですがね」
「僕は割と本気だけどね」
永田のその言葉を聞いたとき、ボロディンはやや驚いた様子で、さりとて慌てることなく永田の真意を読み取ろうとしていた。しかし、永田の曖昧な笑みの裏側を読み取ることは出来なかった。
第一会議室
元々艦隊旗艦として運用が前提だったため、センチュリオン級には容積の大きな会議室が複数設けられていた。今、そこに居るのは永田とボロディンだけだった。
「さて……この艦は特別徴税局の旗艦になるけど、改修作業には時間も掛かる。まあそういうわけで、幹部の顔合わせを済ませとこうってことで」
「先ほど舷門から入られた方々が、その幹部で?」
「そう。徴税部、監理部、調査部の部長達だ……おっと、着いたようだ」
会議室のドアがノックされ、三人の男女が入ってきた。
「失礼します。笹岡巌以下三名。乗艦を希望します」
「許可する。いやあ、よく来てくれたねえ笹岡君」
「まったく、また君の下で働くとは思わなかったよ」
「西条君も、久しぶりだね。奥さん元気? 披露宴以来じゃない?」
「ええ。永田さんも色々派手にやられたようで」
「永田、僕はともかく、新婚ほやほやの西条君を連れ出すなんて酷いことをするな」
「それだけ僕もなりふり構ってられなくてね。よろしく頼むよ、そして――」
西条と笹岡の後ろに控えていた女性が歩み出た。
「セシリア・ハーネフラーフ。着任のご挨拶に参りました。よろしくお願いします」
「うんうん。羅刹≪らせつ≫のセシリアが来て貰えるなんて僕も心強いよ。よろしくね」
セシリア・ハーネフラーフは二六歳の若さで国税省広報広聴室長に抜擢された逸材。たおやかな物腰にそぐわない豪腕振りから羅刹の渾名が付けられていた。国税省における広報広聴室とは単に広報業務を行なうだけでなく、各省庁とのヒアリングや内閣府における報道官と同様、記者会見などの対応なども行なうことから微妙なバランス感覚と、舐めた口を利いてくる記者や議員、官僚にキツい一撃を食らわせることも必要とされていた。
彼女のような人間を引き入れたのも、今後の特別徴税局の業務において、交渉術に長けた彼女の能力が必要不可欠と考えたからである。永田のスカウトに彼女が応えたのは、後に国税省の七不思議の一つとして伝えられることになる。
「さて、あとはミレーヌ君が来れば……」
「遅れて申し訳ありません。総務課長のミレーヌ・モレヴァンです」
「おおグッドタイミング、ミレーヌ君にも紹介しよう。笹岡君、西条君、ハーネフラーフ君だ。彼らがそれぞれ新設の徴税部、調査部、監理部の部長になる」
「そうですか。ハーネフラーフ部長、よろしくお願いします」
「噂は聞いてますよ。ここまで特徴局の事務一切を引き受けていたって。今後は私もお手伝いしますから、頑張りましょう」
セシリアがミレーヌに頭を下げる。この二人は後に特別徴税局の良心として知られることになる。
「あと、彼が実務課長のボロディン君ね」
「レオニード・アレクセーエフ・ボロディンです。よろしく頼みます」
「さて、顔合わせは済んだところで、今後のことを話しておきたいんだけど」
永田は使い慣れないタッチパネルから、会議室中央の立体ディスプレイを立ち上げた。
「今、僕らが乗っている艦を含めて、メリディアン工廠では現段階でも戦艦が二隻、巡洋艦が四隻改修作業中だ」
「この予算、どこから持ってきたんです?」
セシリアの問いに、永田は曖昧な表情を浮かべた。
「まあ、メリディアンの工廠長には色々貸しがあってね。いやあ、持つべきものは友達だなあ」
実際のところ、永田は工廠長が軍事企業各社から献金を受け、それを申告していないことを突き止め、これをチラつかせて無理矢理特別徴税局の徴税艦の整備を行なわせているのである。余談だが、永田が計画した全ての徴税艦の配備が完了した直後、工廠長は帝都中央税務署により脱税に関する訴追を受けて解任、さらには逮捕投獄までされている。
「しかし、これを計画したのは誰だ? 軍事は素人で詳しくはないが、火力が強大に過ぎるように見えるが?」
「構想は局長からいただきましたので、私がブラッシュアップしました。艦種別は装甲徴税艦、巡航徴税艦、機動徴税艦、徴税母艦に強襲徴税艦。どうです、良い響きでしょう」
徴税艦の改修プランのコンセプトは、ずばり一隻で一個艦隊である。これは誇張しすぎかもしれないが、それでも戦艦改造の徴税艦の場合、帝国軍で現行主力を勤めるアドミラル級戦艦の四倍近い火力を誇る。巡洋艦改造のものも速力や打撃力を中心に強化されている。
「今後、特別徴税局が相手にするのはケチなチンピラ共だけじゃない。戦力さえ整えば、例えば辺境部の自治共和国、あるいは民間軍事企業などにもメスを入れる。その際、こちらもある程度の戦力を突きつけないとまともに交渉に当たれない」
「実際、幾度か相手の実力行使により強制執行中に逃亡を許した例もあります。今後は逃げるにしろこちらに威圧を加えるにせよ、我々が自力で抵抗の意思を叩き潰し、国庫に現物納付なり、重加算税の納付をさせなければならないのです」
永田とボロディンの説明に、笹岡や西条、ハーネフラーフは呆気にとられていた。
「本来特別徴税局は、国税省関連施設の警護が目的と聞いていましたが、永田局長はその点はどうされるおつもりで?」
「だからこそさ。こちらが圧倒的な戦力を持っていれば、下手に国税省に手を出さないでしょ?」
セシリアの質問に、永田が答えた。
「抑止力、というわけか……まあ、それを振るう回数が少ないことを祈りましょう」
西条の願いは届くこと無く、強制執行の年間執行数の実に七割が砲撃戦を含む戦闘になるのだが、彼はまだそのことを知る由も無い。
「それと、箱物は用意できるけど、人員は相変わらずだ。実務課は徴税艦の運航はもちろんだけど、その本質は新設する渉外班にあると言ってもいい」
「渉外班?」
「同志監理部長、つまりは殴り合い専門の部隊と言うことです」
「まあ……人員の確保は大丈夫なんですか?」
セシリアの疑問は尤もだが、この点もすでにクリア済みだった。
「現在、軍関係の懲罰兵などを中心に人選を進めています。少なくとも、殴り合いならそこらのチンピラに負けることはないでしょう」
「しかし、統制は取れるのか?」
西条の疑問も当然で、懲罰兵は命令不履行やらの常習犯もいる。軍の統制内ですらそのザマの人間を集めたところで、烏合の衆ではないのか、というのが西条の疑念だった。
「ご安心を。班長クラスにはそれなりの者を据えますし、万が一の場合は私自ら処分するまでのこと」
永田はこの帝国史上類を見ない部隊編制を行なうにあたり、法務省に掛け合って局長である自分と、ボロディン課長への法務官執行権限を一部与えることを認めさせていた。つまり、永田やボロディンの判断次第で懲罰兵などの死刑執行も可能となっている。この件については後に左派政治家や共和主義者から声が上がり、国税大臣と法務大臣が辞任寸前にまで追い込まれる騒ぎになったが、折しも下院議員選挙などと重なり、立ち消えとなっている。
「さて、徴税艦はいいとして、局内の編制だ。西条君、笹岡君、ハーネフラーフ君とミレーヌ君の下に付ける一般職については、まさか囚人というわけにも行かない。本省や各管区の国税局からの引き抜きにも限度がある。だから一般文官試験にうちへの枠を設けてある。あとは技官レベルの一芸採用もありだね」
「ふむ。となると今頃受験真っ最中じゃないか?」
「中々盛況だそうですから、期待しておきましょう」
「特に徴税部の笹岡君の下には、特別徴税局の中枢機能が集中する。文官試験だけじゃ無くて、ヘッドハンティングも必要だろうね」
「わかった。特徴局の給与なら、人身売買市場を
広大な帝国に広がる無数の企業を支えるのは正社員だけではない。人身売買市場と蔑まれる派遣社員も重要な労働力である。安い給料で過酷な現場に放り込まれたり、高給でも案件が終わればポイ捨てというのがしばしばというのが人身売買市場と呼ばれる所以である。
「最終的には、徴税艦だけでも三〇隻以上、人員は三〇〇〇人規模の組織になる予定だ。この数は少なく見積もってるから、増えるのもありだね」
「やれやれ、これは大仕事ですな」
西条が肩をすくめる。新規に組織を立ち上げるに等しい手間を考えたからだ。
「ま、細かなことは今後詰めていこう。あと、僕がこれだけの規模に特別徴税局を拡大するのは単なる抑止力ではないということも、了解しといてね」
幹部達を前に本当の目的を切り出すのに、永田はちょっとした勇気が必要だった。
「僕の最終目標は、領邦国家との戦争だよ」
永田の真の目標を伝えられた部長達の中でも、特に苛烈に反応したのはセシリアだった。
「局長!? そ、それは帝国への叛乱、ということですか!?」
「まあまあ、落ち着いてくれハーネフラーフ君」
「西条部長、これが落ち着いて聞いていられますか!?」
「ハーネフラーフ部長、僕からも頼むよ……ま、話すと長くなるんだが……」
永田は懐から取り出したたばこに火を付けてから話し始めた。
「マルティフローラ大公国、フリザンテーマ公国、コノフェール候国、これら三国が帝国中央から使途不明金として引き出した金が、税収として記録していないことが分かった。その額、これまでに四〇〇兆帝国クレジット。ハーネフラーフ君、これがどういう意味か分かるでしょ?」
永田の曖昧な笑みを受け、セシリアは想像力を働かせた。
「……領邦国家が、不正に蓄財を……いえ、それだけではありません。何か……そう、帝国中央に知られずに、大金を投じなければいけないもの……」
額が大きすぎるが故に、単に私腹を肥やす目的で無いことは明確だったが、さすがの羅刹と呼ばれた彼女でも、瞬時にはそれが思い付かなかった。
「その正体を、僕と笹岡君、西条君で調べてたんだけどね……お
「それで、局長はここに……」
「さて、聞いたからには君達も共犯だ。僕と一緒に帝国最大のスキャンダルを暴くため、とりあえずは目の前の仕事を処理していこう!」
「やれやれ、これだ……当然モレヴァン課長もボロディン課長も承知だったんだろうね」
ミレーヌとボロディンは、笹岡の問いに頷いた。
「いわば、これは同志局長による領邦国家への復讐戦というわけですな」
「それほど高尚なもんじゃないよ。そうだなあ、嫌がらせ、とでも言っておこうか」
ボロディンの言いようも大概だが、永田のそれはさらに群を抜いていた。
「権力を振りかざして好き勝手できるなんて思ったら大間違い。帝国財政法にも国税法にもないような使途不明金を好き勝手する連中に、痛い目を見せてやろうと、まあそういうわけさ。大丈夫。勝つ算段はある。だけどその準備のために、僕は、僕達は国家の忠実な下僕として職務を遂行してなければならない、というわけだ」
「やれやれ……とんでもないところに足を踏み入れてしまった。西条君、本当にいいのかい?」
「もとより調査に関与した時点で覚悟の上! 吾輩は断固として、局長を支持します!」
「西条部長、声、ボリューム……!」
西条の声は怒号ではないが、音圧そのものが桁違いだった。特に熱が入ると周囲の人間の聴力が麻痺するほどのものとなる。付き合いの長い永田と笹岡だけは、耳栓を用意していた。西条のすぐ隣に座っていたセシリアは耳を押えて抗議していた。
「おっと失礼。つい熱くなってしまった。ともかく、ここまで来たら引き下がれない」
「当然です。そのようなことを放置しておくわけにはいきません。微力ながら、お手伝いいたします」
「ま、永田には閑職寸前のところを拾い上げて貰った恩もある。清々粛々と、公僕の振りを務めるとしようか」
三部長の納得も取れたところで特別徴税局初めての幹部会議は終了したが、永田は笹岡とミレーヌだけを呼び止めた。
「どうしたんだい?」
「一応、君には言っておこうと思ってね。総務課はうちの業務が増えると、総務部として独立するだろう。彼女は未来の総務部長というわけだ」
「ふむ……まあ当然だろうね」
「あと、これはミレーヌ君自身から言ってもらう方がいいんじゃないかな?」
「そうですね。笹岡部長、私の名前、実は偽名なんです」
「ほう……何かワケありなのかな?」
「私の本名はミレーヌ・ラフィットと言います」
笹岡はその名前を記憶の底から引っ張りだす数秒間沈黙していたが、その名の示す人物に思い当たってさらに数秒硬直していた。帝国軍東部辺境にて海賊討伐作戦「黒髭」が実施されたことは記憶に新しい。
当初、作戦は二個交通軌道艦隊で開始され、辺境の荒鷲ことグランド・シュトルハイムと、朝霞一家、ドハーティ・ファミリーを壊滅させることに成功。しかしキャプテン・ミレーヌことミレーヌ・ラフィット率いる海賊船団の時点で艦隊の四割を喪失。交通軌道艦隊の救援要請を受けた第一二艦隊司令長官グライフ大将自ら率いる基幹艦隊による包囲戦により、戦闘開始から一二時間後、キャプテン・ミレーヌは部下の助命を条件に降伏。この時点でまだ海賊船団側は継戦能力を維持していたという。
ミレーヌ自身は死刑を言い渡されるも、刑場であるゲフェングニス112への輸送途中、事故により死亡というのが笹岡の見たニュース報道の結末だった。
「つまり、その、君はあの辺境の大海賊、キャプテン・ミレーヌだっていうことかい?」
「はい。実は――」
ミレーヌは紙コップのコーヒーを一口飲んでから、何か忌々しい者でも思い出すようにしかめ面で話を始めることになる。
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