第21話≒0話ー④ 復讐するは我にあり



 帝国暦五七八年一二月二五日

 ゲフェングニス382星系

 惑星ピラティス 第八収容所


 話は、まだ永田が特別徴税局に来て間もない頃まで遡る。


「ミレーヌ・ラフィット……まさか辺境の大海賊が、こんな美人さんだとはねえ」


 永田は面会者用のブースで、ガラスの向こうに座る女性をしげしげと眺めていた。


「要件はなに? あなたは死刑囚のルポライターでもやってるの?」


 ミレーヌ・ラフィット。辺境の海賊船団の長は正体不明の男に不審の目を向けている。


「いやいや、そうじゃない。僕は国税省特徴局、局長の永田です」

「ああ、帝国の徴税の狗って噂されるヤツね。最近活動を再開したとか聞いたけど……」

「そうそう、その犬っころの親玉ってわけ。ところでさ、ラフィットさんこのままだと死刑が確定してるじゃない」

「言われなくても分かってる! これでいいのよ。部下は無事だし……」


 永田としてはそれでは困るのだった。今、彼がここに来ているのは彼女を特別徴税局に迎え入れたい、という目論見があるからだ。


「……これは取引なんだけどさ、僕の仲間になってくれない?」

「はあ? ダメに決まってるでしょ」

「えー」


 まるで初等学校の男子を窘めるかのようなミレーヌの軽い返答に、これまた永田は初等学校の男子のように不満の声を漏らした。


「……どうも調子狂うわね。あなた仮にも公僕の立場で、海賊にでもなろうっての?」

「まあ、似たようなことをしたいなあと将来的に考えててね。特別徴税局はそのための道具だ」


 それまでの正体不明の中年男の影が一瞬消え、腹に一物抱えた野心家の姿を見たミレーヌは、態度を改めることにした。少なくとも、もう少し話を聞いてから判断してもいいという気になった。


「……言うじゃない。で、私に船長でもさせようっての?」

「本当はそうしたいけれど、まあそれは目立ちすぎる。でも僕の作戦立案を手伝うくらいならバレないと思うんだよ」

「本気で言ってるの?」

「割と」


 その返答に、ミレーヌは唖然とした。


「はー……帝国の官僚にもとんでもないのがいるのね」

「褒められたと解釈していいのかな」

「好きにすればいい。つまり何、あなたの参謀になれっての?」

「まあそれもあるけど、もう一つ――」



 帝国暦五七九年五月七日

 戦艦レゾリューション

 第一会議室


「そこで僕はこう言ったのさ、あれだけの船団を切り盛りしたなら、国税省のチンケな外局の総務課長なんてお手の物でしょ、って」


 たばこ片手に暢気に笑う永田に、笹岡は頭を抱えていた。死刑囚が移送中に死亡などと言う無茶を押し通させたということは、それだけの苦労をした人間が法務省あたりにいるということに他ならない。笹岡は名前も知らないその人物に詫びを入れたくなった。


「永田……君というヤツは……」

「受けた私も、あのときは頭がおかしかったんじゃないかって思います」


 ミレーヌも頭を抱えている。それはそうだろう。何を考えれば辺境の大海賊が特別徴税局の課長などしているのかと思うのが普通の考えだ。


「じゃあ、あの徴税艦の改修案は」

「僕じゃなくて、ミレーヌ君の案をそのままボロディン君に渡した」


 永田にしては珍しいものを考えたと笹岡も不思議だったのだが、それがようやく氷解した。海賊船団を率いていたような人物なら、徴税艦の改修プランの立案程度、問題なくやってのけるはずだ、と。


「ボロディン課長は知ってるのかい?」

「さあ、どうかな。僕は言ってない。まあそういう過去があるということは、一応笹岡君と僕しか知らないってことになってるから」

「全く……いよいよ国税省の外局とは言えないな。単なる独立愚連隊じゃないか」

「似たようなものですよ、多分」


 ミレーヌが溜息混じりに言うと、永田は「いいねえ愚連隊」などと言ってミレーヌに睨み付けられていた。



 帝国暦五七九年六月九日

 軌道エレベータ ヴィルヘルム

 低軌道ステーション 第489街区 

 シルヴェスター・カンファレンスセンター


 特別徴税局では徴税艦の改修と習熟作業が行なわれる一方、各部署の人材採用が本格化していた。一般職は文官試験合格者などで揃ってきたものの、相変わらず本省からは人員が回されてこない。左遷先としても使われなくなっていたのは、永田の動きを警戒した本省の意図がハッキリと見える。


 永田としては、今退職寸前の人間を押し込められるより、誰も来ない方がありがたいとさえ思っていたが、各部署の長はそうも行かない。この日は永田とミレーヌ、笹岡による徴税部の各課長の最終面接の日だった。


 低軌道ステーションの貸会議室で行なわれることになったのは、国税省ビルで行なうのは永田がアレルギー反応を示したことも一因だが、単純に帝国中から人を集める都合上、連絡船の集中する低軌道ステーションのほうが便利が良かっただけでもある。


「次の人、どうぞー」

「失礼します」


 まずはじめに入室したのは、スーツ姿に七三分け、生真面目が服を着て歩いているという形容詞がぴったりの男だった。


「秋山誠一君ね。君には特別徴税局の徴税一課を任せたい。君は帝国軍第八艦隊の作戦参謀だったわけだ。その能力を十分に生かして欲しい」


 これまでは永田が――実態としてはミレーヌとボロディンが――強制執行の作戦立案を行なっていたが、今後徴税艦や渉外班の数が増えると作戦立案にも専門家が必要になる。そこで永田は、帝国軍を除隊して求職中だったり、民間軍事企業就職希望者などを中心に専攻を行なったが、最終的には秋山を選んでいた。


「失礼ですが、小官の経歴はご存じのはずです。なぜ、この段階まで残して頂けたので」


 秋山は眉間に皺を寄せ、永田に問うた。


「確かに、君は賊徒討伐作戦失敗の責任により除隊処分。とはいえ、その際の作戦は堅実そのもの。失敗は、僕は軍事は素人だから良く分からないけど、不確定要素によるものでしょ? 特別徴税局は愚連隊のような組織だけれども、堅実さこそ、貴重なものだ。君がそれを分かってくれるなら、ぜひ徴税一課、君に預けたい」

「……はっ! 全身全霊、職務を務めます!」

「オッケー! 笹岡君やミレーヌ君からは何かある?」

「特にないけれど……そうだ、君の副官クラスの人事について、希望はあるかい?」


 そこで秋山は腰を九〇度に折った。


「お許しをいただければ、私と同期の参謀が居ります。彼も私同様、作戦失敗の責任を押しつけられ、閑職へ回されております。彼は参謀としては私などより柔軟性があります。是非とも」


 その同機の参謀が、後の徴税一課課長補、糸久三郎である。


「うん、オッケーオッケー。先方の意思確認が取れたら、笹岡部長に報告して。すぐ入局の手続きをするから」

「ありがとうございます!」


 これで徴税一課はクリア。次は特別徴税局の軍備・兵站を管理する徴税二課長だったが、これには永田の意向が強く作用していた。


「お久しぶりです、ハーゲンシュタイン博士」


 アルベルト・フォン・ハーゲンシュタインは帝国軍帝都メリディアン工廠の元技術部長であり、去年退官している。身長一九〇センチ、ボサボサの白髪、モノクルの奥には不自然な音と光を放つ義眼が埋め込まれている。鷲鼻にスーツに白衣と、フィクション作品に出てくるマッドサイエンティストの要素を煮詰めて、丁寧に裏ごししたような男である。


「徴税艦とスタン・カノンの件では随分楽しませて貰ったわい。ところで永田局長、ワシの技術がまだ必要と申すか?」


 スタン・カノンとは特別徴税局の徴税艦に新たに搭載された特殊艦砲で、高出力の指向性電磁パルスを放射することにより、艦艇や航空機を破壊せずに無力化する装備である。これが実現したのは、ハーゲンシュタインの技術力によるところが大きく、それに目を付けた永田が一芸採用枠として彼に話を持ちかけた形になる。


「特別徴税局においては、ただ敵を落とせばいい、というものではないのはスタン・カノンのときにお話ししたとおりです。いかがでしょう。博士の私事の研究についても、予算は出しますから」


 永田の言葉を聞いたミレーヌが思わず声を上げようとしたが、笹岡に制止された。


「ふはははは! そうかそうか。ワシの技術が必要となれば仕方あるまい。このハーゲンシュタイン、科学に殉じ、科学を愛する学究の徒としてではあるが、協力を約束しよう」


 ハーゲンシュタインの同意が取れたところで、ミレーヌが発言を求めた。


「ハーゲンシュタインさん」

「博士、と呼んでくれたまえ。君ははじめてお目に掛かるな」

「ミレーヌ・モレヴァン。総務課長をしております……あくまでその、博士の仕事は特別徴税局の強制執行などを円滑に進めるものというのは、ご理解頂けていますよね?」

「無論じゃ。では、支度を調えたらこちらに合流する。フハハハ!」


 自分で勝手に面談を切り上げたハーゲンシュタインは、白衣をはためかせながら退室した。


「局長、ホントにいいんですか? あの人、明らかに正気では……そもそも彼に兵站業務が務まりますか?」

「いいのいいの。博士にはいろいろやってもらいたいことがあるんだ」


 永田がハーゲンシュタインにやってもらいたいこと、というのは単に強制執行におけるサポート機器の開発に留まらないのだが、この時点で永田はその明言を避けた。


「それに、徴税二課のもう一つの業務、兵站については適任者を選んである。次の方、どうぞー」


 続いて現れたのは、ごくごく普通の見た目の、ごくごく一般的な男性だった。


「ハインツ・ラインベルガー君ね。君には徴税二課課長補、ということで話してあるけど、博士を見ただろう?」

「は、はい」


 通路を高笑いしつつ去って行ったハーゲンシュタインの姿を、無論ラインベルガーも見ていた。


「君には実質的な徴税二課、つまりは特別徴税局の兵站管理についての面倒を見て貰いたい。君は民間軍事企業の補給担当者として経歴が長い。そこに期待させて貰ったんだけど」

「はっ、お任せ下さい。しかし、ハーゲンシュタイン氏は……」

「彼が上司で不安かい? 博士は好きにさせておいてね。それが彼の採用時の条件だ。それに、博士は研究以外興味ないだろうから、君の職分も侵さない。存分に手腕を発揮してほしいものだね」


 永田の言葉通り、日夜新兵器などの研究に明け暮れるハーゲンシュタインを横目に、ラインベルガーは永田の期待通りの働きを見せてくれることになる。


「さて、次はー……徴税三課か。どうぞー」


 続いて入室したのは、長身にシルバーグレーのひっつめ、スリーピースのスーツに口ひげを蓄えた紳士だった。


「アルフォンス・フレデリック・ケージントンさん。いや、ロード・ケージントンとお呼びすべきかな?」

「局長のご自由にどうぞ」


 椅子に座って悠然と足を組んだロード・ケージントンの佇まいは、どちらが面談されているのか分からなくなるものだった、と後にミレーヌは述懐している。そもそもこのロード・ケージントンは本当の爵位を持つ貴族である。かつてはマルティフローラ大公の直参とまで言われた名家である。


「じゃ、ロードで。ロードは内務省公安警務庁内国公安課長でいらっしゃる。この経験を生かした税務調査業務などをお願いしたい……というのは建前なんですが、どうです?」

「分かっていますよ。内務省の内情が知りたいというのは、以前お聞きした。私を使って頂けるなら、是非ともお願いしたい」


 永田としては、特別徴税局は帝都を離れていることが多く、帝都、それも内務省の内情を調べられる人間が手元に欲しかった。そこで内務省の公安警察庁から、彼をヘッドハンティングしたのである。


「省を跨いでの移籍は珍しいことでもないし、問題ないだろう。しかしロード・ケージントン。なぜ永田の……局長のスカウトを受ける気になったので?」


 笹岡は永田の思惑も十分把握した上で、あえてロード・ケージントンに質問した。


「笹岡部長は、私が内務省との二重スパイになるのではとご不安だと?」

「まあ、そうなります」


 近年急速に規模を拡大しつつある特別徴税局に対しては、国税省上層部のみならず、他省庁でも反感を持つ者が多い。その監視の為に、特別徴税局にスパイを送り込むとしても、不思議ではない。ロード・ケージントンの明け透けな物言いに、さすがの笹岡も苦笑して答えた。


「ご安心を。これでも拾って貰った恩は忘れないタチでしてね。それにどうせ味方するなら、面白い方に着くのが人生を楽しむコツだと思っていますよ、私は」


 ロードはごく自然な動作で、口に葉巻を咥えて火を付けた。


「葉巻とはまた古風でいらっしゃる……というか……」

「ちょっと質問なんですがね、その葉巻って……」


 永田も喫煙者であるが、ロードの葉巻の香りを嗅いだ時、違和感を感じた。続けてミレーヌが質問すると、ロードは紫煙を細く吐きだして、満足げに笑みを浮かべた。


「ああ。帝都中央病院で処方された特注品です。少々強めのドラッグが入ってますが、まあ副流煙程度なら多少ボーッとする程度で――」

「ダ・メ・で・す! ロードご自身は良くても、徴税三課に配属される者がヤク中になるのはゴメンです! この艦には喫煙室を設けます! 利用時は換気は必ず行なうこと!」

「承知した」


 ロードが退室したあと、葉巻に含まれた鎮静作用のある合成麻薬の効果か、永田も笹岡もミレーヌも、少々意識がはっきりしないところがあり、一〇分ほどの休憩の後、徴税四課長の面談に移った。


「えー、瀧山寛たきやまひろしさんね」


 ワックスでテカテカのオールバックにグレーのスモークが入ったメガネ。目つきはひたすらに悪く、それに加えてピンストライプのスーツ。これを一言で表すなら、ジャパニーズ・マフィアことヤクザそのものである。瀧山の姿形を見て、さすがのミレーヌも大丈夫だろうかと笹岡と顔を見合わせた。


「私みたいな電算機屋を本当に使うおつもりですか?」


 開口一番がこれである。瀧山は元々巨大な電算システムの構築などに携わってきたフリーランスのエンジニアである。直近では民間軍事企業の電子戦マネージャーとしての勤務もあった。


「おつもりも敦盛もそのつもりだよ。特別徴税局はその行動予定が秘匿されることが重要だ。こんな馬鹿でかい徴税艦引き連れてノコノコ出かけたら、滞納者だって色々支度するでしょ? 電子戦はもちろん、暗号監理も瀧山君にお願いしたい」


 永田の言葉を引き継いで、笹岡が執務室の壁面モニターにカール・マルクスの電子戦装備の一覧を表示させた。


「幸いカール・マルクスには帝都の中央省庁のセントラルコンピュータ並みのメインフレームがあるから、これを――」


 笹岡が言い切る前に、瀧山はモニターに歩み寄り、掌で叩いた。


「電子戦や暗号戦ってのは、ハコモノ揃えてマニュアル通りやりゃあいいってもんじゃねえ。いつの時代も、最終的にはそれを運用・管理する人間の能力次第。どんなにハイスペックなシステムも処女の小娘みたいなもんだ。泣きわめくばっかで役に立ちゃしない」


 そこまで言い切って、瀧山は胸ポケットからタバコを取り出し火を付けた。


「そうだね。で、うちの小娘達を歴戦の勇者に仕立て上げるのは可能かな?」

「もちろん。半年も貰えれば見違えますよ。素性は良さそうだ」


 瀧山はニイと笑って見せた。永田は満足そうにうなずいた。ミレーヌと笹岡も同様である。


「よし、オッケー。合格だ。この艦だけじゃなくて、うちの徴税艦は全艦生娘同然。君の手で一人前にしてやってちょうだい」

「生娘がカール・マルクスだのフリードリヒ・エンゲルスだのと、少々厳つい名前ですねえ。こちらこそ、よろしく頼みます」


 これで徴税部の陣容は固まった。しかし、とミレーヌが徴税課の一覧を見て首を傾げた。


「徴税五課長はいないんですか?」

「ああ、彼は僕の方で面談済ませたから。気にしなくていいよ」


 気にしなくてもいいと言われても、徴税五課長の欄は空欄で、誰でも不思議に思うのだが、永田は大丈夫の一言で全て押し通した。

 

 ともかく、ここで採用された徴税課課長、およびそれ以降に採用された人員により徴税部は本格的に始動。より効率的に強制執行を行なうことが可能になったのである。


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