第21話≒0話ー⑤ 復讐するは我にあり


 帝国暦五八二年九月一日

 東部軍管区首都星ロージントン 錨泊宙域

 装甲徴税艦カール・マルクス(旧近衛予備戦艦レゾリューション)

 局長執務室


「いやあ、いい調子だね」


 組織としては荒削りながら、徴税艦の数と各部署の人員数が揃った時点で、永田は各領邦、各軍管区の国税局が訪問困難な案件を中心に、徴税艦を派遣して対処する往事の特別徴税局の体制を取り戻していた。


 今までは危険性を考慮して泣き寝入りに近い状態にあった私兵を揃えた企業はもちろん、自治共和国の意図的な帝国への治安維持税、地方税、惑星鉱産税の未納付などを悉く解決していた。無論、この動きは苛烈に過ぎるもあり、議会などから批判の種となったが、それ以上に税の公正な徴収という原則が果たされることを重視した帝国中央政府は、特別徴税局に対して強く出られない面もあった。


 これは帝国暦五八〇年に当時のムディワ・モロイ政権が総辞職して行なわれた下院議員総選挙の結果、エウゼビオ・ラウリート政権が成立したことにより国税大臣も前任のマーティン・オブライエン大臣からオットー・フォン・シュタインマルク大臣に代わったことが特別徴税局に対する影響力が低下に繋がったことも無関係ではなかった。


「永田のもくろみ通り、今後も特別徴税局には大口案件が幾らでも転がり込んでくるだろう……そういえば、今日だったか? 実務課の人員が合流するのは」


 特別徴税局が本来の機能を取り戻して今年で四年目。段階的に進められてきた徴税艦の増備も最終段階。これまで主力となっていた艦艇は、移動庁舎たるカール・マルクスとその護衛艦を中核に本部戦隊として編制し直され、実働部隊としては実務一課から四課までが新たに設立され、主力となる。


「帝都から残りの徴税艦も引き連れてきてくれるそうだよ。いやあ、楽しみだなぁ」

『艦橋より局長。装甲徴税艦インディペンデンス以下、実務課艦艇が到着しました』

「よしよし、それじゃ会議室で待とうか」



 第一会議室


「アタシが実務一課課長を務めるフランチェスカ・セナンクール。どうぞヨロシク」

「実務二課長を拝命したゲオルギー・イワノヴィチ・カミンスキーだ」

「実務三課を預かります、桜田政次郎さくらだせいじろうです」

「実務四課は私、レオニード・アレクセーエフ・ボロディンが課長ということで。これでようやく揃いましたなぁ、局長」

 

 特徴局幹部も揃った会議室には、年齢も服装もバラバラの四人の実務課長が揃っていた。特別徴税局再生の功臣でもあるボロディンはともかく、他の三人も色々とアクが強い人選となっている。


「それにしても……セナンクールとは」


 特別徴税局の作戦立案を担当する徴税一課長の秋山は、セナンクールの名前に思わず顔を顰めている。


「おっ、そこのアンタ。アタシの名前を知ってるのかい?」

「知っているも何も……帝国軍の海賊討伐作戦で拿捕された海賊の一人。ドッグファイター・フランといえば帝国軍人なら誰でも知っている」

「そりゃどうも。ま、よろしく頼むよ」


 ボサボサの栗色のロングヘアーを一つくくりにして、帝国軍制服を改造したスーツに身を包んだセナンクールは秋山に手を差し出した。秋山もギクシャクとした動きで、手を握り返す。


 セナンクールは海賊行為だけでなく、反帝国運動などの支援も行なっていた文字通り帝国臣民の敵であり、この人選は六角――国税本省――も難色を示したものの、適正と実力最優先という永田とボロディンの案が押し通された結果となっている。


「……」

「セナンクール課長、何か?」

「……いや、気のせいか。気にしないでよ。知り合いの顔に似てたんでね」

「人違いでしょう」


 ミレーヌの顔を凝視していたセナンクールは、首を振って勘違いだと思うことにしたのだが、彼女の脳裏には自分より前に捕縛された筈のキャプテン・ミレーヌの顔が思い浮かんでいた。永田と笹岡以外はその事実を知らないし、明らかにする気は無かったが、二人してその瞬間はらしくもなく硬直していた。


「辺境の海賊も、今や帝国徴税当局の狗とは。中々皮肉が効いているな。ま、私なんぞは酒と女で不名誉除隊処分。ここで誇る武勲がないのが残念だ! はははは!」


 ゲオルギー・イワノヴィチ・カミンスキー。帝国軍第八艦隊で戦隊司令まで務めた男だが、重度のアルコール中毒であると同時に、謹厳そうな見た目に似合わず女好き。これが元で不名誉除隊。身長は二一〇センチメートル、スキンヘッドの偉丈夫である。


「……勤務中の飲酒はさすがに看過しがたいのですが」


 何せカミンスキーの軍服の胸ポケットにはスキットルがこれ見よがしに詰め込まれている。秋山で無くても真っ当な人間なら指摘したい部分ではあった。


「あ、彼については医務室長の診断書も出てるから。勤務中でも好きなだけ飲んでね、お酒」


 永田の言葉に、さっそくスキットルを掲げたカミンスキーが一口に飲み干した。


「それがここに来る条件でもありましたから。おっと、女性問題はご心配なく。一生分遊びましたからな。もう結構、こりごりです」


 カミンスキーの特別徴税局入局前の健康診断においては、心身共にアルコール依存症であるということ以外には基礎疾患も無く、アルコールを摂取させておけば職務執行に問題なしということになっていた。そもそも仮にも帝国艦隊で戦隊司令を務めた人間である。彼の戦闘指揮能力、とりわけ対艦戦闘においては海賊戦法のセナンクールとは違う意味で特別徴税局としては魅力的だった。


「いやあ、賑やかな職場で良かった。私など民間人居住地への爆撃命令を拒否したことで不名誉除隊処分。永田局長とボロディン課長に拾って頂いたこの命、必ず特別徴税局のお役に立てましょう」


 徴税三課長の桜田は階級章を外した帝国軍制服、爽やかな短髪、穏やかな笑みを浮かべている。セナンクールやカミンスキーほどのクセはないものの、その除隊理由からか自殺願望が強いという診断が出ている、と秋山の手元の資料には書き込まれていた。


「航空隊は桜田君に預けるからね。君の手腕に期待するよ」


 自殺願望が強いのはともかく、桜田の航空戦指揮官としての力量、パイロットしての力量は秋山も認めるところだった。また、彼に付き従い帝国軍を除隊したパイロットが特別徴税局に入局してくれたこともあり、実務三課の戦力化が素早く進むことになる。


「はい。いざとなれば私自身が光子魚雷を抱いて特攻でも――」

「やめてください桜田課長、縁起でもない!」


 アクが強い実務課長を事実上の指揮下に納める徴税一課長として、秋山は今後の苦労を考えて胃痛が増したように感じた。


「まあともかく、これで特別徴税局はようやく全戦力が揃った訳だ。渉外班などはまだ増員が入るけど、それは現場レベルでの事。課長クラスまではほぼ揃ったというわけだね」

「永田、一つ忘れている」


 笹岡に言われて、永田は手を叩いた。


「そうだった。実務部の皆が来たことで、今まで以上に監理部も忙しくなる。来月を目処に監理部から総務課の職掌を分離。総務部として独立させる。ミレーヌ君が部長として纏めてね。総務部の中身は経理課、総務課ってことで」

「了解しました」


 これはかねてからの予定であり、ミレーヌもセシリアも何の疑問も無く頷いた。


「監理部は引き続き渉外業務を担当してもらう。セシリアさん、頼んだよ」

「承知いたしました」


監理部は本省および関係各省や特別徴税局が各地での補給を行なう際、現地当局との丁々発止に活躍している。相変わらずの羅刹のセシリアっぷりは健在である。これも、当初予定通りだったのだが、それと、と永田は付け加えた。


「実務課は今までボロディン君がトップだったけど、今後は実務部として、新たに実務部長の指揮下で仕事をして貰うことになる」

「けっ、上司がいるってのは、どうもいけ好かないねえ」

「まあまあ同志セナンクール。君も徴税局の一員となったからには、指示には従って貰わねば困るよ。君の生命の自由は、特別徴税局の実務課長としての勤勉さによって保護されるのだから」


 早速悪態をついたセナンクールに、ボロディンが釘を刺した。そもそもセナンクールは反帝国活動をしていたのであり、本来は死刑相当。特別徴税局の懲罰兵枠での採用の為に、法務省に無理矢理計算された量刑としては懲役六四〇年となっている。


 つまり、セナンクールは生きている限り、何か恩赦でも出るか、特別徴税局での戦功が認められて減刑を繰り返さないと、文字通り終身刑というわけである。


「ハイハイ、督戦隊長殿の仰せのままに……で、その実務部長はどちらさんで?」


 セナンクールはもちろん、実務課の課長はボロディン以外、全員が永田や笹岡、ミレーヌの顔を見合わせた。


 その一瞬後である。


「にゃーん」

「彼が実務部長さ」


 会議室の床に寝転がっていた猫を笹岡が抱きかかえ、皆に見えるように机の上に立たせた。


「サー・パルジファル実務部長だ。よろしく頼むよ」


 首から帝国騎士の勲章をぶら下げた猫、サー・パルジファルは元々笹岡が強制執行先で拾ってきた捨て猫で、すぐ近くには帝国騎士の勲章が落ちていた――その勲章は首輪につけられている――ため、笹岡がサー・パルジファルと名付けた経緯がある。当の本人、いや本猫は後ろ足で耳を気持ちよさそうに掻いている。


「まっ、ちょっ、猫が実務部長ぉ!? 本気マジなの!?」


セナンクールの困惑の叫びは当然だった。


 実際、先に官報へサー・パルジファルの名が出て、それが猫と分かるや否や帝国議会では国税省の大臣のみならず官房長なども証人喚問される事態となり、果ては永田も呼び出される寸前だった。結果としては上院議員選挙が重なったこと、また近衛司令長官と帝都メリディアン工廠長の脱税、贈収賄事件が表に出たのがこの頃であり、いつのまにかサー・パルジファルの問題も風化し、誰も取り上げなくなっていった。


本気マジ本気マジさ。君達の力を遺憾なく発揮して貰うためには、サーが部長であることが必須事項だ。これは本省の了解も得た正式なものだよ」


 セナンクールはサーを指さして笑っているが、予想外に真剣な眼差しの永田を見て、態度を改めた。


「つまり、アレコレ指図をするつもりはない、ってことか。わかったよ、サー・パールジファル、アンタが部長だ!」


 海賊らしいラフな敬礼をしてみせたセナンクールに倣い、他の実務部長もサー・パルジファルに敬礼を向けた。当のサー・パルジファルは『くぁーっ』とあくびをしていた。


「猫が部長というのも、和みますねえ」

「ふははは、いいではないか。特徴局実務部長に乾杯!」


 桜田がサーをなで回し、カミンスキーがウオッカのボトルを飲み干した。とにもかくにも、これが特別徴税局実務課長の面々である。


 戦力を大幅に増強された特別徴税局は、装甲徴税艦一〇隻、巡航徴税艦一一隻、機動徴税艦八隻、徴税母艦四隻、そして強襲徴税艦七隻という戦力を確保し、武装した脱税者などに留まらず、不正申告をしていたものの、これまで黙認されていた私兵艦隊を持つ皇統貴族などへも聖域無く強制執行を繰り広げることになるのだった。



 帝国暦五八八年四月一日

 帝都 国税省


「局長がモタモタしてるから、ギリギリになっちゃったじゃないですか」

「あはは、ごめんごめん。でもほら、ちょうど服務宣誓が始まるころだ……ほら、彼だよ、彼」

「彼が今年の新規入局者……いいんですか? 帝大主席の銀時計組なんて」

「いいのいいの。彼、きっとうちの仕事バリバリこなしてくれる気がするんだよ」


 特別徴税局、徴税艦隊タックス・フォースの名が帝国中に広まってすでに一〇年の歳月が過ぎた。特別徴税局に珍しく省キャリアの新卒が配属されるとあって、永田とミレーヌは出迎えの為、帝都の国税省へと来ていた。入省式の厳かな空気の中、壇上へ上がった小柄な入省者代表の青年が、どこの省でも変わらない、帝国公務員としての宣誓を行なう。


『私は、帝国全体の奉仕者として、帝国の弥栄のために勤務すべき責務を深く自覚し、法令及び上司の職務上の命令に従い、不偏不党かつ公正に職務の遂行に当たることをかたく誓います。帝国暦五八八年、四月一日、入省者代表、斉藤一樹』


 まだ生硬さの残る口調で読み上げられた宣誓を、永田は懐かしい思いで聞いていた。


「懐かしいなあ、僕も一応あれを唱えたんだよ」

「へぇ、局長が帝国の弥栄いやさかだなんて唱えられるんですか?」

「唱えるだけならタダだからねぇ」


 続いて辞令交付が始まり、ついに斉藤一樹が呼ばれた時、入省式の会場がどよめいた。


「斉藤一樹君。本日付で……本日付で、帝国国税省特別徴税局、徴税部第三課勤務を命ずる」


 官房長の言葉と共に、講堂の空気が凍り付き、誰もが壇上の彼を見つめていたが、とうの斉藤一樹はその事に気づいていない様子だった。永田の顔を知る者などは、思わず彼を睨み付けたり、唖然として顔を向け硬直していた。


 その後の辞令交付はつつがなく進行し、入省者を出迎えに来た各部局の人間が、次々と自部署のホープを連れて会場を後にした。


 永田は最後の最後、ぽつんと椅子に座っている青年に、ようやく声を掛けた。


「斉藤一樹君だね?」


 特別徴税局というカオスのるつぼに放り込まれることなど思いもよらない青年は、永田に緊張した面持ちを向けていたと、後にミレーヌ・モレヴァン総務部長は語った。



 帝国暦五八九年一二月二〇日

 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「ま……それが斉藤君が特徴局に来るまでのお話、ってわけだ」

「局長がどうして本省から毛嫌いされてるのかが、良く分かりました……」


 永田は一息ついたとばかりにタバコに火を付け、斉藤は茶を一口啜った。


「あはは、あれを毛嫌い程度で済ませてくれるなんて、斉藤君も寛大だなあ」

「ともかく……僕はどうすればいいんです」


 斉藤は注意深く永田の反応をうかがった。


「別に? 今まで通り、忠実な国税省特別徴税局の官僚として勤務してくれれば良いよ」

「……わかりました」

「でも、君に理解しておいてほしい。僕はやるといったらやる。だからこその徴税艦、だからこその渉外班、だからこその特別徴税局。ここまで大きくしたのは伊達や酔狂じゃない」

「……戦争をするため、ですか」


 とんでもないことを言っているハズなのに、永田の調子は普段通りだった。斉藤は注意深く、永田の言わんとしていることを簡潔に述べた。

 

「そう、戦争。国家予算を不正流用、それにくわえて領邦が中央政府と共謀して脱税なんて重罪だからね。これを誰かが明らかにしなけりゃ、国家としての健全さがさらに喪われる。強制執行の歴史の中でも最大規模になる。だからそれまで、皆には国家に忠実な官僚でいてもらわなきゃならないわけだ。よろしくね」


 まるでお使いでも頼むような気楽な調子で言った永田を見つめながら、斉藤は初めて永田という男の怖さを実感した。

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