第22話ー① 冬来りなば……

 帝国暦五八〇年一二月三〇日

 帝都

 国税省前


 今年の特別徴税局の仕事納めは年末も年末、ギリギリのタイミングと相成った。臨時に強制執行を行なうため東部まで出張ったために、帝都に戻るのが一日遅れていたからだ。


「それじゃあ皆、良いお年を」


 永田達特別徴税局幹部は例年恒例のお小言もとい戒告の集中執行が行なわれた後、各自解散となった。例年ならばこのあと忘年会が行なわれるのが特別徴税局幹部達の慣習だったが、今年は西条が極東管区の愛妻の実家へ、セシリアが爵位継承準備のためコノフェール候国の実家と行くと言うことで、一日遅れの戒告集中執行の影響もあり早々の解散と相成った。


「局長。斉藤君、良かったんですか? 置いてきて」


 ミレーヌは不安げに未だに明かりが点いている国税省ビルの一室を見上げている。場所としては国税大臣の執務室がある辺りだった。今年の年末恒例行事には、局長付として斉藤も来ていたのだが、斉藤のみ大臣官房室から呼び出しを喰らってしまった。


「彼、今年は在所に戻らないそうだし。それに、僕らのことはお呼びじゃないってさ、三羽烏は」


 三羽烏とは、国税省高官のうち官房長デレク・ハスケル、政務官の李博文りはくぶん、そして事務次官の羽田健三はねだけんぞうを指す。三人ともそれぞれに特色ある頭髪の禿具合からツルピカハゲ丸などと陰口を叩かれている。オマケに国税大臣の腰巾着でもある。少なくとも国税省内で彼らを好むのは出世欲逞しい官僚くらいな物で、それ以外の人間は吐き捨てるように彼らの名を口にする。


「……相手は大臣に官房長と政務官、事務次官ですよ? 喋れと言われたら、斉藤君が喋らないとも」


 恐らく、というよりも確実に特別徴税局の内情を調べるために斉藤を呼び寄せたのだろうことは明らかで、ミレーヌはその点を注意喚起したのだが、永田はニヤニヤと笑うだけだった。


「大丈夫なんじゃないかなあ。彼、アレで結構正義漢だよ」

「……まさか君、そのために彼に昔話を?」


 横で話を聞いていた笹岡は、ゾッとした様子で永田を見ていた。永田が斉藤に一〇年ほど前から現在までの特別徴税局のあらましを伝えたことは笹岡も聞いていた。


「いやあ効いてると思うよ。予想以上に」

「……ろくでなしだなあ、永田は。未来ある若手まで巻き込むとは」

「未来ある若手だからこそだよ。僕の後のことも考えればね」


 永田は悪びれるでもなく、むしろ普段よりも真剣な顔をしながら、国税省の敷地を出たことを確認してからタバコをくわえた。


「さ、軽く飲んで今年一年を締めてしまおう! 今日は無礼講だからね!」


 脳天気な永田の様子に、ミレーヌと笹岡は溜息を吐いて肩を落とした。



 大臣執務室


 斉藤は外でミレーヌ達が自分を心配していることなど知らず、国税大臣室の応接ソファに腰掛けていた。


「斉藤一樹君、君の名は常々聞き及んでいる。あの永田の下で随分と活躍しているようだな」

「はっ、ありがとうございます」


 官房長の言葉に、斉藤は素直な回答を返していた。


 彼からすれば父親や祖父のような年代――なお、斉藤は既に祖父母を亡くしている――の幹部に囲まれても、斉藤は一切動じていない。この一年だけでも、斉藤はそんなことで動じていては仕事にならない修羅場をくぐり抜け続けていた。


 そんな斉藤の心中しんちゅうなど一切知らない三羽烏と大臣は、貼り付けたような笑みを浮かべながら斉藤を見ていた。


「執行用銃火砲の不適正な使用など一部まあ咎める点もあるにはあるが……しかし、特別徴税局による各管区の国税局への指導など、よくやってくれた」

「光栄です。しかし、私は公務員として当然の仕事をしたにすぎません」


 大臣直々の称賛に、斉藤はとりあえず型通りの言葉を返した。


 斉藤は基本的に特別徴税局内において勤務態度良好、数々の強制執行や税務調査でも問題解決のための指揮能力、調査能力の高さが評価されている。本来なら本省領邦課で勤務していても申し分ない実績をわずか入局二年目で発揮しているのだ。


 唯一汚点と言っていいのが彼の精神的負荷の高さからくる拳銃・徴税艦火器の不適切使用。奇跡的に銃火器使用による死者は出していないものの、威嚇、牽制などのために使用することが多々有り、局内では問題視されていないが、本省からの譴責がいくつか見られた。


「あの、質問してもよろしいでしょうか」

「なんだね?」

「なぜ、私をお呼びになったのか理由を聞かせて頂きたいのです」


 斉藤のまっすぐな視線を受け、ばつが悪そうに大臣が目を逸らした。


「それはその、なんだな……永田のことだ」


 大臣はその場を仕切り直すように、温くなったコーヒーに口をつけた。斉藤もそこで初めて、出されたコーヒーを飲んだ。


「局長が、何か?」

「彼が国税本省の命令に従わずに動く事例が多々ある。ラカン=ナエ直轄領も、イステール自治共和国も彼の独断での動きだった」


 おおよそ特別徴税局について本省はその動きをコントロールできていないが、国税省として未納税、脱税などの摘発徴収は行なうから事後承諾するしかないことを永田は分かった上で命令拒否、不履行、未報告、事後報告を繰り返してきた。


「我々は危惧しているのだよ。永田局長が特別徴税局を私物化して、帝権に対する叛逆を起こすのではないか、とね」

「叛逆、ですか」


 官房長の言葉を聞いた斉藤の脳裏に、先日聞いたばかりの永田の言葉が蘇る。


「特別徴税局の任務は非常に機密性が高く、また帝都から特別徴税局のコントロールを行なうことは強制執行業務に多大な遅延をもたらすことは自明。だから我々は、永田の行為を黙認してきたつもりだ」


 苦々しい口調の羽田事務次官は、忌々しげに言う。もし彼にそれだけの力があれば、手にした湯飲みを握りつぶしていたことだろう。


「それにフリザンテーマ公国の新型戦艦の差し押さえ未遂、マルティフローラ大公国への過剰な税務調査……帝国暦三二一年の叛乱が、何をきっかけにしたものだったか、知らないはずはないだろう?」


 政務官の言葉に、とりあえず斉藤は頷いておいた。


「大臣は、それらを危惧しているのだ。永田にそういう動きはないかね? 君が知る限りで構わない、所感でもいい」


 官房長のおもねるような口調に白々しさを感じつつも、斉藤は口を開く。


「現在までのところ、永田局長に不穏の気配はありません……本省への報告や、命令不履行については局内でも問題視されていますが、最終的な結果は、閣下らもご存じかと思いますが……私から局長に抗議しても効果はないでしょうし」


 斉藤の言葉は、これまで官房長達が散々特別徴税局幹部達から聞かされたものと、口調の差異はあれど同じものだった。落ち着いてはいるものの、下っ端官僚のような風を装う斉藤だった。


「そうか……ところで、君は本来、本省領邦課勤務を期待していたそうじゃないか」

「は、はあ」


 大臣に言われるまで、ここ最近の激務でそういった入局前のことをすっかりと忘れていた斉藤だった。彼は本来、自らの持つ能力に大きな自信を持ち、その能力が生かされるのは本省領邦課……ひいては三羽烏が座る椅子だと考えていた。


「特別徴税局は島流し先、独立愚連隊などと嘯く輩もいるようだが、それはこれまでに特別徴税局に配属されたものが、短期間に離職していくからに過ぎん。私達としては、君のような若い者が、あのような場所でくすぶるのをよしとしない」

「君は聡明な男だ。特別徴税局がもし、不穏の気配を見せるときは……分かっているね?」


 大臣と官房長の言葉の裏を読み取った斉藤は、その場では顔に出さなかったが、あとで思い返して軽く見られたものだと憤慨した。


 ようは、本省の席を用意するからスパイをやれ、ということだからだ。


「はっ、帝国公務員としての領分を守り、職務を遂行致します」

「うむ……年末にすまなかったね、呼び止めてしまって。よい新年を迎えてくれ」

「はっ! ありがとうございます。では失礼いたします」


 折り目正しい礼をして退室した斉藤を見送った大臣達は、安堵したように溜息を吐いた。


「彼は若さに似合わず、なかなかのタヌキのようだ」

「隙がありませんでしたな。何を考えているやら」

「永田に何か言い含められていたのかも知れません」


 三羽烏といえど帝国官僚として出世レースを勝ち抜いてきたある意味での猛者であり、斉藤が腹に一物抱えていること程度は見抜いていた。永田直々の推挙で現在の役職に就いている、という点も彼らを警戒させるに十二分だった。


「面従腹背は官僚の必須スキルだろう? しかし、彼は出世欲がある。そこにつけ込んで切り崩すこともできないか?」


 大臣にしても、帝国下院議員として既に当選一〇回を迎える海千山千の政治家だった。自身の子供と同い年の男の心中を推し量ることくらいは容易かったし、事実それは外れてはいない。


 ただ、彼らが見誤っていたのは斉藤生来の正義感だった。彼らのように魑魅魍魎が跳梁跋扈する帝都官僚界に染まっている者には分からない、青臭い理想論が斉藤にはまだ息づいていた。帝国政策投資機構事案のような本省による調査中止命令の前例も、斉藤に本省への不信を募らせる一因となっていた。


「まあ……警戒するのはやぶさかではない。用心するに越したことはないのだ」


 大臣はそう言うと、三羽烏にも年末の挨拶をして、冬期休暇に入った。



 帝都旧市街

 ホテル・ベルヴェデーレ

 レストラン・ブルックナー


「では、ごゆっくりどうぞ」


 斉藤が冬期休暇の間の宿に選んだのは、帝都旧市街のホテルだった。以前の帝国政策投資機構での調査で、中央税務署側が確保してくれた宿として利用して以来、斉藤は帝都での宿泊先として度々利用して――特別徴税局といえども、年に数度地球へ立ち寄ることもある――いたのだが、年末ともなると帝都への観光客などでレストランも満員御礼だった。


「あれ? 斉藤君?」


 客達の会話、BGMの自動演奏ピアノの音に紛れ、斉藤にはここ数年耳に馴染んだ声が届いた。


「ソフィ? どうしたの? こんなところで」


 ソフィ・テイラー。特課では彼の部下でもある。彼女と職場以外で会うのは斉藤にとっても初めてのことだった。


「こんなところではこっちのセリフだよ。斉藤君、実家は極東管区でしょ?」

「ああ、まあ、今年は実家に戻らないから」


 親からは度々の帰省するようにいわれていたが、去年の正月で十分自分の感覚が特別徴税局に馴染みすぎていることを自覚して、斉藤は自己嫌悪と愉快さが入り交じった複雑な感情を抱いた。


「……ふうん。ね、今からディナーでしょ? 一緒に食べない?」

「そうだね……じゃ、そうしよう。一人でテーブル席というのも寂しいし」


 ソフィは席の変更を申し出て、斉藤のテーブルに移った。しばしの雑談の後、運ばれてきたワイングラスを掲げる。


「それでは、今年一年の苦労を労って」

「お互いの諸々の厄介ごとに」

「「乾杯」」



 帝都メリディアン工廠

 装甲徴税艦カール・マルクス

 徴税二課 工作室


「なあ博士。俺達ホントに年越しここなの?」


 徴税二課員はとうに年末休暇に入っていたのだが、その工作室でアルヴィンは横になってケーブルに繋がれていた。


「贅沢を言うでない。お主はすでに死んだ身だぞ? ヘタにうろついて職質でもされたらどうするんじゃ。ゾンビかドラキュラですとでも自己紹介する気か?」


 徴税二課長ハーゲンシュタイン博士は、何やら怪しげな機械類の山を相手に怪しげな笑みを浮かべながら作業を続けていた。

 

「若い女の生き血を啜るサイボーグとかできんのですか」

「お主、それやったら犯罪じゃぞ」


 妙なところで真っ当な倫理観を持ち出すのがハーゲンシュタイン博士の不思議なところだった。


「へいへい……何が悲しゅうてマッドサイエンティストと年越しせにゃならんのだ」

「イヤなら年初の開庁日までシャットダウンしてもええんじゃよ? お主に追加したい機能も色々溜まっておるしのう!」

「遠慮しときます。それにこのネットワーク流し込みで各局年末年始番組見とくのも、悪い気はしませんしね」


 すっかりサイボーグ化された身体に慣れ親しんだアルヴィンであった。


「ふふふ、ようやく電脳にも慣れてきたかな?」

「まあそらあ便利っちゃ便利ですよ。生身でも補助脳埋め込むヤツの気持ちがようやっと分かった気がします」

「そうじゃろ? だから早めに言ってくれればワシが幾らでも最新鋭サイバネティックスでいくらでも強化してやったものを」

「まあ、人間自分の身体にメスを入れるっちゅうのは、抵抗あるんです」

「ふん。このような脆弱な器に依存してどうするのか」


 アルヴィンの抗議に、つまらないとばかりにハーゲンシュタイン博士は鼻を鳴らした。


「普通の人はですね、器を入れ替えないまま人生を終えるんですよ」


 そう言いながら、アルヴィンは目を閉じて流れ込む雑多なデータの海に意識を投じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る