第20話-③ 嵐の前の大騒ぎ

 ランデア星系北天方向

 機動徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 艦橋


「そろそろぶっ飛ばしますからねー。乗艦した渉外班と徴税三課の皆さんはシートベルトしてますー? 転んで怪我したってしばらく放置ですからねー」


 艦長の不破凜が、なんとも緊張感がないアナウンスを流すのを聞きながら、斉藤は座席のシートベルトを改めて確認していた。この後ヴィルヘルム・ヴァイトリングをはじめとする高速艦艇は、超空間潜航で一気にゴルドシュタット低軌道まで進出。敵の迎撃は無視してそのまま降下することになっていた。


 ただし、ヴァイトリングは別行動を取ることが永田により画策されていた。その為の装備がすでに備えられていたのである。


「しかしまあ……本当に採用されるとは」


 斉藤をはじめとする徴税特課も同行することになっていたが、斉藤にしてみれば自分のような平局員の案がほぼ全面的に採用されてしまうとは考えていなかった。まともな省庁のまともな公務員なら是が非でも自分が危険な場所に派遣されることを避けるだろうが、斉藤は何の疑問もなく随行している。すでに斉藤も特別徴税局の徴税吏員として染まりきっていた。


『秋山だ。これより突入部隊全艦、超空間潜航開始。予定宙域に浮上次第、最大戦速で伯爵邸へ降下しろ。時間との戦いだ。降下後三〇分経っても制圧できない場合、上空に展開した第二陣の戦艦隊により地上の船舶等を爆撃する。上から撃たれたくなかったら、とっとと仕事を済ませてくれ』


 勝手なことを言うものだと斉藤は溜息をついた。


『わははははは! ヴァイトリングにスリングショットブースター、略してSSBを搭載してある! 艦首に増設した重力制御システムと時空間懸吊装置によって重力ポテンシャルを蓄積し、五秒で光速の一パーセントに加速できるものだ! 最大加速度は一七〇Gを超えるが増設・増強した慣性制御装置をフル稼動させ――』


 博士の説明は二分に及んだが、ほとんどの部分を斉藤は聞き飛ばしていた。博士の改造が施された艦に乗っているというのが、彼に言い知れぬ不安を与えた。


『――とまあ、諸君らに超大統一理論やライナー・佐川パラドックス、ハルマン=インゴルシュタット効果の説明は難しかったかのう? まあともかく、我が科学という大船に乗ったつもりで気楽に構えておればいい! ぬはははははは!!!!!!!』

「あの博士の大船に乗るなら、生身でパラシュート降下したほうがマシだ」


 斉藤が常にない低い声で呟いたが、作戦決行前の艦橋でそれに取り合う者は居なかった。


「えー、説明通りなら慣性制御装置で加速Gはほぼ殺せると思いますが、念の為、再度シートベルトを確認してください! 口もしっかり閉じててくださいね、舌噛んじゃいますよ! それじゃ、SSB(スリングショットブースター)点火五秒前! 四秒前! 二、一、ゼ――」




 近衛艦隊総旗艦

 インペラトリーツァ・エカテリーナ

 司令室


「突入部隊発進しましたが……何かが先行しています。速度……秒速三〇〇〇キロメートル!?」


 近衛総旗艦の司令室では、天頂方向から進攻する揚陸部隊の動きを捕らえていたが、異常なスピードを発揮する艦を認めた士官が、思わず驚愕の声を上げた。


「なにあれ」


 公爵も作戦宙域図に出された異様な加速で突っ込んでいく光点に唖然としていた。


「恐らくこれが特別徴税局の隠し球……なのでしょうか?」


 ベイカー参謀長も困惑を隠しきれない。参謀達もどよめいていた。


「あの場所からあんな速度で突っ込んだら、一分ちょっとで地表まで達するけど、ブレーキ掛けられるのかしら」

「高速移動物体、急減速して大気圏突入軌道を取っています……識別確認、特別徴税局巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリングです」

「中身大丈夫なの? あれ」

「……さあ」


 あまりのことに間の抜けた返事を返すしか無い参謀長だったが、おそらく誰に聞いても同じ回答だっただろう。


「まあいいわ、突入部隊は?」

「計画通り超空間潜航に入っています。ヴァイトリングの一〇分後には地表に到達するかと」

「ともかく本隊も動くわよ! 全艦発進!」


 細かなことには拘泥しないのもギムレット公爵の長所だった。



 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 艦橋


「み、みなさーん、生きてますかー?」


 不破艦長の放送に、各所から状況報告が届いたが、問題は発生していないようだった。しかし、ブリッジクルーは皆一様に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。


「不破艦長、艦体の破壊等確認出来ません。艦機能にも問題なし。突入軌道を取ります」

「地上からの迎撃は?」

「ありません。恐らく後続の艦隊に目が行っているのでしょう」

「斉藤ー生きてるー?」


 ゲルトはオブザーバーシートに収まる斉藤を振り向いた。艦長席の後ろにオブザーバーシートと多目的ディスプレイがあるのはカール・マルクスの艦橋と同じ作りだ。


「……」


 斉藤は姿勢良くシートに収まっていたが、目を見開いたまま身動き一つ取らない。


「あれ? これ気絶してる? こいつ目見開いたまま気絶してるわ! 起きなさい! ほら! 斉藤ー!」


 ゲルトが二、三発ビンタを入れると、一瞬ビクッと震えて斉藤が意識を取り戻した。


「はっ!? ここはいずこや? 杉野はいずこや杉野はいずこ?」

「ボケてんじゃないわよ! 誰よ杉野って。ほら、もう大気圏突入するわ」

「……あの世かと思った」


 悪夢から目が覚めたような斉藤だった。



 装甲徴税艦カール・マルクス

 徴税二課 工作室


「いよおおおおおし! 成功じゃ!」


 作戦宙域図とヴァイトリングからのデータを確認していた博士が叫んだ。


「一歩間違ったら地上に激突してたんじゃ……」


 ラインベルガー課長補がゾッとしながらその光景を想像していた。恐らく伯爵邸諸共吹っ飛び、惑星に大穴が開くことは請け合いだった。


「なぁにヴァイトリングの不破艦長がそんなヘマはしまい。それに安全装置として重力波レーダーとタキオン波レーダーで目標惑星地表から任意の高度で緊急制動が掛かるようにしてあるわい。そうでなくても重力制御機関を逆作動することにより、バンジージャンプのように発進地点まで戻ることもできる!」

「……機関が制御出来なかったら?」


 自信満々に言い放った博士に、ラインベルガーは疑問点を口にした。この博士は性能追求のためならばフェイルセーフ機構の一つや二つ取り除く程度は平気でやりかねないからだ。


「さあて、一息ついたしワシは飯にしようかのう。たまには人類の食うラーメンなどもいいじゃろ。カロリーは正義じゃからな」

「博士!!!!!!!! ちょっと博士!!!!!」



 リートミュラー伯爵邸


「天頂方向から高速で突っ込んできた敵艦が、まもなくこの屋敷の上空に達します」


 リー大佐からの報告に、リートミュラー伯爵は酷く狼狽えた。


「どこを見ていたのだ! 脱出の用意は!? 迎撃は?! 軌道上の艦隊はどうした!? お前達にあれだけの船を与えたのになんの役にも立っていないではないか! 艦隊をこちらに呼び戻せ! 脱出の用意は!?」

「既に敵艦隊砲撃圏内です。今こちらに振り向ければ背後から撃たれますし、脱出しても捕捉されます」


 リー大佐の返答は淡白だった。これが伯爵の怒りの炎に油を注ぐことになる。


「私を守るのがお前達の仕事だろう! ええい役立たずめ! 陸戦隊の用意は!?」

「一個中隊ですから、時間稼ぎくらいは……だから陸戦要員も増員なさるように提案していたのですが」


 艦隊というのは非常に見栄えがするので、リートミュラー伯爵は力を入れて整備しようとしていた。一方で、地上の陸戦部隊については最低限で済ませていたがある。同じ人員で巡洋艦や駆逐艦の数隻でも配備する方がいいと考えていたのだが、ある意味では合理的だった。


 軌道上の艦隊が突破されたら、地上に伯爵の財政能力の許す限り限界に近い戦力を配備していても、あっさり制圧されるのが目に見えていた。


「ええい! シャトルの用意はどうなっている!?」

「失礼ながら……そもそもご自身に落ち度が無いなら、キチンと申し開きされたほうがよろしいのでは? もはや逃げるのは難しいと」


 リー大佐も諦め半分だった。そもそも近衛が出動してきた時点で勝ち目は無いのに、特別徴税局まで出張ってきたとあっては抵抗はほぼ無意味。大佐は伯爵が先ほどまでラッパ飲みしていたワインボトルを取り上げ、一息に飲み干した。


「大体脱税なんてセコい真似をしているからこういうことになるんですよ」

「うるさい!」



 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 艦橋


「リートミュラー伯爵邸を確認。迎撃は今のところはありませんが……いいんですか? 近衛を待たなくて」

「待ってて逃げられたら何にもなりません。強行します。防空施設はありますか?」

「伯爵邸周辺にいくつか複合迎撃システムが」

「スタンカノン斉射。潰しておきましょう」


 斉藤も中々荒っぽい指示を出すようになっていた。


「はっ!」

「マクリントック班長、渉外係は着陸後直ちに伯爵邸に突入。対象の確保を最優先に。発砲があった場合は火器を適正使用して抵抗を排除してください」

『あいよ!』

「アルヴィンさん、ハンナさんはマクリントック班長のあとについていって屋敷内の証拠保全を。システムへの侵入はどうです?」

『伯爵邸のシステムにはもう侵入してるわ』

『相変わらずガバガバなセキュリティでやんの。身柄確保前に大体のことは終わるぜ。現地の処置も任せろ』

「了解しました。引き続きお願いします……どうしたの? ゲルト」


 各所への指示を出し終えた斉藤を、ゲルトがしげしげと見ていた。


「いや、あのゲロ吐きまくってた斉藤が成長したなあと」

「惚れ直した?」


 斉藤としてはジョークのつもりで――ゲルトが自分に惚れるわけがない、という認識だった――言ったのだが、ゲルトのリアクションは斉藤の予想を上回るものだった。


「惚れっ!??!?!!? ばっ、バカ!!!! そんなんじゃないわよ!!!」

「痛っ!!!」


 ゲルトは手元のタブレット端末で斉藤の頭を叩いた。


「あ~、ゲルトちゃん斉藤課長みたいなのがタイプなんですかぁ?」

「不破艦長!!!!!」


 不破艦長が茶化すものだから、ゲルトの顔は真っ赤になっていた。なお、この会話はヴァイトリングの全艦に放送されていた。



 徴税特課 オフィス


「……」

「なあソフィちゃん。なんかあった?」

「えっ? アルヴィンさん、どうしたんですか急に」

「ああ、いや……なんでもありませんです」


 いつもよりもキータッチの音が早いと思いながら、アルヴィンは向かい側に座るソフィ・テイラーに声を掛けていた。いつもと変わらないにこやかな答えだったが、アルヴィンは人間時代に培っていた鋭敏な対女性の嗅覚で、プレッシャーを感じたのでそれ以上詮索しなかった。


「皆、着陸次第伯爵邸に突入するからね。突入要員は乙装備で待機して」


 言いながら、ハンナは防弾チョッキや拳銃を用意していた。


「アルヴィン、アンタも突入要員でしょ。早く準備なさいよ」

「へいへい……」


 アルヴィンは防弾装備こそ要らないが、相変わらず愛用のライフルを担いで格納庫へと向かった。残りの突入要員もオフィスを出て行って、俄に静かになった特課のオフィスで、ひとりロード・ケージントンは呟いた。


「特課も随分実戦的に動けるようになったモノだ。局長が喜びそうだな……」



 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 艦橋


『突入部隊、いつでも出られるぞ!』

「突入部隊、出動してください」

『任せろ! 伯爵様をふん縛ってオマエの前に引きずり出してやるよ!』

「よろしく頼みます……艦長、伯爵邸から出た船などはありませんか?」


 意気揚々と出撃していった突入部隊の内火艇が降下していくのを見ながら、斉藤は艦長に聞いた。


「軌道上からは確認出来ていないようです」

「今の状況で離脱は無理よ。まだ邸内にいると見ていい筈」


 ゲルトの回答に、斉藤は頷いた。邸内に閉じ込めてしまえば、あとはどうとでも出来ると確信していた。


「そうか……軌道上の戦況は?」

「こちらが優勢よ。ま、最初から分かりきっていたことだけれど」

「じゃあ、現場の監督に行ってきます。留守は頼みますよ、不破艦長」

「はっ!」

「ゲルト、付いてきてくれ。伯爵様を捕まえたら、一応現場指揮官が出向いてあげないと失礼だからね」

「はいはい、律儀なものね」



 惑星ゴルドバウム衛星軌道上

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


「敵艦隊、半数を行動不能に追い込みました」


 伯爵所有の艦隊は数で言えば帝国正規艦隊の半数にも及んだが、近衛・特徴局連合艦隊とは数が違ったし、何より特徴局側のスタン・カノン攻撃により前進してきた艦艇は瞬時に無力化されていた。


「降伏勧告は?」

「定期的に出しているんですが、地上の伯爵殿がまだ諦めていないようです」

「雇われ艦隊の悲哀ってもんだね。地上は?」


 秋山の報告に、永田はいつも通り気楽な様子で答えた。


「すでにヴァイトリングから突入部隊が出撃した模様です」

「早いとこ伯爵とっ捕まえて戦闘停止命令ださせないとねえ……詳細は?」

「現在伯爵邸内部で戦闘中。伯爵は屋敷の中にいることを確認しています」

「公爵殿下が待ちくたびれて、実力行使に出る前に確保してくれるといいなあ……」



 近衛軍総旗艦インペラトリーツァ・エカテリーナ

 司令室


「賊軍、戦力の五割が行動不能です」

「いいわねえ、あのスタン・カノンって武器」


 近侍の持ってきたコーヒーを飲みながら、ギムレット公爵は暢気に戦況図を見ていた。


「我々の任務には使いづらいものですよ」


 まるで子供がオモチャを欲しがるのを諫めるように、参謀長のベイカー少将が公爵を諫めた。


「まあね。近衛の任務は万が一の時は皇帝陛下を守り通すってものだし……ところで、地上制圧部隊はどうなっているの?」

「特徴局巡航徴税艦ヴァイトリングが、既に突入部隊を邸内へ侵入させ、現在交戦中とのこと」

「そろそろ約束の三〇分だけど、どうする?」

「伯爵が邸内にいることは間違いないとのことです。後続の揚陸艦隊もあと二〇分ほどで伯爵邸に陸戦隊を送り込めます。地上攻撃は行なわずに、様子を見てはいかがかと」

「そうしましょう……中々頼りになるわね、特徴局は」


 公爵が満面の笑みを浮かべているのを見て、ベイカー参謀長は溜息を吐いた。こういうときの公爵は、大抵碌でもないことを考えているのだ、と。

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