第20話-② 嵐の前の大騒ぎ

 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「良かったんですか? 近衛に協力して」


 斉藤の不安げな顔を見て、永田はへらへらと緊張感のない笑みを浮かべながら、湯飲みにどぼーっと茶を注いだ。


「いいも悪いもないでしょ? それに近衛は伯爵の捕縛さえすればいいんだろうけど、僕らは伯爵の財産から国庫に納付する国税を徴収しなきゃいけないんだから」

「……近衛に任せたら、現物徴収も出来なくなる、ということですか」

「ま、とりあえずうちの強制執行案の修正をしないとね」



 近衛軍総旗艦インペラトリーツァ・エカテリーナ

 司令長官執務室 


「よろしいのですか? 永田局長はなにか勘付いておられる様子でしたが」

「誰だって気付くわよ。私にこんなこと任せる方もどうかと思うけど、私に対する嫌がらせかしら。ほんといけ好かない男ね。マルティフローラ大公は」


 不満タラタラの公爵に、柳井は溜息を堪えつつ報告を続けた。


「会議中にフロイライン・ローテンブルクからレポートが届きました……リートミュラー伯爵が、リハエ同盟、ムクティダータ他、帝国領内における反帝国組織への資金援助の見返りに、辺境宙域における一種の行動自由権を得ていたようです。帝国国土省にも記録されていない未知の惑星で、彼らは一体なにをしているのでしょう」


 レポートを見ながら、公爵は徐々にこの一件の背景情報が透けて見えてきているような気がした。


「それをバラされたくないから、帝国への叛逆の嫌疑なんてもっともらしい嘘をでっち上げたんでしょ。トカゲの尻尾の伯爵様は、今頃どうしてるのかしら」

「潔く自決なさるのなら、私も皇統貴族への認識を改めることになるでしょうね」

「認識を改める必要なんてあるのかしら? あなたも、私も皇統貴族でしょう?」

「だからですよ。私は生き意地汚い人間なので、自害なんてできませんから」

「あら? あなたの故郷ではハラキリがケジメを付けるときの文化と聞いていたけれど」

「そんな旧世紀の風習、誰も気にしていませんよ。私としては、そうならないように神棚に酒でも供えるだけです」

「カミダナ、ねえ。あなたの故郷の土着宗教? 古風なものね」



 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「笹岡君、どう思う」


 永田は笹岡を呼び出して,今後の行動方針を考えていた。


「叛逆嫌疑とは穏やかではないね……君はどう思ってるんだい」

「何かの証拠隠滅でしょ。公爵殿下は気付いてるみたいだけど、大公殿下のトカゲの尻尾の伯爵様は、何をしでかしてこんなことになってるんだろうねぇ……そういえば噂なんだけどね、最近皇統貴族の一部に、辺境に未申請の領地があるんじゃないかって」


 この時点で永田達はフロイライン・ローテンブルクのレポートは見ていないが、奇しくも同じような結論に至っていた。


「なるほど……斉藤君、どう思う?」

「……実際、ここ数年で脱税が発覚した貴族の中には、登録された所領以外で得られた所得があるものもありました。しかしその所領をどういった手段で手に入れたかが問題です」


 斉藤が表示させた惑星リストは、帝国の管理番号すら付いていないものもが多数あった。所在する宙域も、未だ帝国の統治が及んでいない未踏宙域に集中している。


「ふむ……未申請開拓なら、罰金はあれど事後申請すれば話は終わりだ。まあ、追徴課税額はそれなりのものになるだろうが。それを敢えてしない、したくないというのは……」

「国土省の知り合いに聞いたんだけどさ、最近未踏宙域へ出入りする船舶がいるんだって」


 未踏宙域とは、未だ帝国の調査船や商船が出入りしていない、国土省未管轄の宙域の総称で、賊徒と称される辺境惑星連合各構成体の支配下にある宙域も含まれている。


「辺境警備の帝国艦隊とか、交通機動艦隊の制止を振り切っちゃうんで、辺境惑星連合の連中だろうとは言っていたけれど」

「もしそれが、帝国側の艦船だとしたら……」

「確かに叛逆罪適用もあり得ますか……」


 斉藤と笹岡が顔を見合わせていた。お互いにこの事例だけで無く、波及して芋づる式に明らかになるだろう類似事例のことを考えていた。


「さて、伯爵の叛逆罪の適用はうちの仕事じゃあない。今はどうやって強制執行するかだ。ともかく、うちの方針を決めなきゃね。会議室に行こうか」


 永田は気楽そうに言うと、緩めていたネクタイを締め直した。



 第一会議室


「本来我々の流儀で行けば、可能な限り敵艦船は沈めずに接収。建物や古美術、そのほか伯爵の資産となるものは、徴収物となり得るため傷つけないのが原則です」

「まあ、いつも大分壊してるけどね」

「局長」

「いや、はは、ごめんごめん。続けて」


 秋山の説明を茶化した永田に、ミレーヌが鋭い視線を向けた。肩をすくめた永田が、秋山に続きを促す。


「最終的な作戦行動は、恐らく近衛と、近隣を警備する民間企業、我々の三者のすりあわせが必要です。しかし、近衛にこれが通じますかね……」

「まあ、あのギムレット公爵だからねえ。参謀長さんはもう少しまともそうだけど」

「……局長、率直に言いますとこれは局長の姿勢次第で決まるということです」

「あの公爵殿下に強硬論唱えるの? いやあ、首筋が寒いねえ」



「冗談を言っているわけではありません! 私も元軍人ですから、近衛軍がどういう戦術を立てるかは予想できます。だからこそ、私は局長に特別徴税局としての筋を通していただきたいと考えているんです」


 首を撫でて見せた永田に、秋山が険しい表情を浮かべる。秋山にしては珍しい強い口調だったが、こうでもしないと特別徴税局は近衛の補助戦力扱いにされてしまう、というやはりセクショナリズムからくる発言でもあった。


「それも道理だね。もちろん、僕だって国税省の人間だ。近衛のいいなりになるほど、落ちぶれちゃいないよ」

「……失礼しました。少々言い過ぎたところもあります」

「気にしてないよ」

「局長はもう少し気にされたほうがいいと思いますが」

「厳しいなあ斉藤君」


 実際のところ、永田はこれが近衛の支援任務になったとしても気にしなかったのだが、部下達の熱意に後押しされる形で、特別徴税局の作戦案を押し通すことになる。



 近衛軍総旗艦インペラトリーツァ・エカテリーナ

 大会議室 


 近衛軍総旗艦として、万が一の際は動く帝国大本営ともなる近衛軍総旗艦には巨大な会議室が備えられていた。近衛軍参謀部、特別徴税局、アスファレス・セキュリティの三者が集められた会議室にギムレット公爵が入室すると、全員が立ち上がった。


「はいはい、そのままそのまま。それじゃあ、揃ったところではじめましょうか。アリー、お願い」

「はっ。近衛参謀長アレクサンドラ・ベイカー近衛少将です。まずはこちらをご覧ください。現在のランデア星系に展開する戦力の概要図です」


 会議室中央の立体ディスプレイに惑星周辺の戦力配置図が出された。


 近衛艦隊は本艦、インペラトリーツァ・エカテリーナ以下重戦艦六、戦艦六、戦闘母艦二、巡洋艦十四隻、駆逐艦二十四隻、強襲揚陸艦四隻、陸戦要員として近衛陸戦兵が四個連隊。

 

 続いて特別徴税局の艦艇がカール・マルクス以下戦艦一〇、巡洋艦一一、駆逐艦八、戦闘母艦四、強襲揚陸艦七、陸戦要員が一個大隊。


 アスファレス・セキュリティ艦隊が、戦艦一、巡航戦艦一、巡洋艦六、駆逐艦三、陸戦兵が一個中隊。


 対抗するリートミュラー軍はマジェスティック級戦艦一隻、プリンツ・オイゲン級戦艦四を主力とし巡洋艦一二、フリゲート二四と軌道上の戦闘衛星、近衛軍の調査では陸戦要員は一個中隊程度とのことだった。


「陸戦兵が少ないですねぇ。艦隊規模から言ってももっと配備されてるかと思いましたが」


 永田の言葉に、公爵が鼻で笑った。


「ケチってるんでしょ。見栄張って艦艇数増やすからよ。しかし、こちらの戦力は本国軍くらいなら蹴散らす戦力ね」


 ギムレット公爵のつぶやきに、周囲の空気が凍り付いた。またいつもの放言だろうと受け流すには、ギムレット公爵の周囲にいる人間のほとんどは常識的な思想の持ち主だった。ただ、永田とアスファレス・セキュリティの柳井だけは曖昧な笑みを浮かべていた。


「殿下」


 アスファレス・セキュリティの柳井が諫めるようにギムレット公爵に声を掛けたが、当の公爵は肩をすくめてどこ吹く風、という様子だった。


「まあそれはともかく、今ここに集う三者はそれぞれ目的が異なる。近衛はリートミュラー伯爵の捕縛、もしくは討伐ね」

「特別徴税局は、リートミュラー伯爵の資産の徴収です」

「我が社は日銭を稼ぐため、といったところでしょう」

「近衛作戦部としての作戦はこちらです」


 ベイカー少将が手元のポインターを動かすと、艦隊を示すシンボルが動き始める。


「戦艦隊を中心に前面に押し出し敵艦隊を威圧、もし反撃があるようなら攻撃し、これを無力化します。敵艦隊を誘引撃滅するのと同時並行で近衛航空隊により制空権を確保、駆逐艦と巡洋艦に護衛された強襲揚陸艦を降下させ、リートミュラー伯爵を捕縛します。陸戦兵力に彼我の戦力差があるため、容易に片がつくものと」


 極めて堅実な作戦案に、特に驚きの声も出ない。斉藤は普段如何に特別徴税局が無茶苦茶なことをしているのかと唖然とはしていた。


「シンプルなものね。近衛が単独で作戦を実行するならこれしかないわ。で、特別徴税局としてはどうかしら」

「我々は伯爵の所有する全ての資産を国庫に納める義務があります。よって艦隊戦による艦艇の損耗は最小限に抑えたいところですね。うちの艦でせこせこ」


 永田の返答に、ベイカー少将が首を振った。


「それは伯爵に脱出する隙を作ることになります。特別徴税局の任務の重大性は認識するところですが、万が一取り逃がすことがあれば重大性は国税の未納付の比較になりません」

「国事犯についての取り扱いが慎重を期さなければいけない、というのは同感ですが、国税の正常な徴収ができないとなれば、帝国の治世が揺るぐことになりませんかねえ」

「国税の取り立ては惑星本体の鉱工業が軌道に乗れば容易に収められるものではないですか?」

「同じ事を臣民にまで許したら国税システムはパニックですよ」


 両者譲らず、というところで、斉藤は意を決して手を上げた。


「一つ、提案があります」

「どうぞ、何かしら?」


 公爵の目が妖しく輝いた。興味深げに、特別徴税局の若い官僚を品定めするような目を向けている。


「近衛司令長官名で、リートミュラー伯爵に陛下へ取り次ぎをすると伝えるのです。問答無用の成敗では相手の態度を硬化させます。別にこれは虚偽でも構いません。信じて出てくるならよし、受けないにしても一時的に伯爵陣営を混乱させられます。その間に各艦隊から高速艦艇を選りすぐり、リートミュラー伯爵邸へ強襲降下、伯爵を捕縛してしまえば、艦隊戦は省けると思うのですが」


 斉藤の提案に、会議室中が騒然となった。


「陛下の玉名を勝手に使うというの? 私は摂政大公から伯爵の即時処断を命じられている。それに背いて、あの愚かな伯爵を助けろ、しかもだまし討ちでも構わない、と?」

「……そういうことになります」


 公爵からそう言われてしまうと、斉藤としても若干ためらいが出る。どう見てもだまし討ちだし、皇帝の権威を無断使用することになる。


「ふぅん……まあ陛下に取り次ぐかは内容次第か。捕らえることに違いは無いし」

「聞くだけ聞いただけ、というやつですか」


 明け透けな柳井の言葉に、再び会議室が騒然となった。


「そういうこと。永田、直属の上司としてあなたはどう思う?」

「うちは損害が少なければ少ないほどいいですからね。彼が言わなければ、私がこの案を出していたところです」


 実際永田は斉藤と同じ事を考えていた。


「特別徴税局の参謀としての意見は?」

「小官としても、この案に同意です。特別徴税局の作戦行動規則に則ったものと考えます」


 公爵から指名された秋山はやや畏まって答えた。


「なるほど。特徴局としては意見が一致しているわけか。柳井の意見は?」

「我が社としても特徴局案を支持します。被害も最小限に抑えられると思いますが?」

「しかし、皇帝陛下の玉名を無断で使うことの是非について、殿下には慎重にお考え頂きたいところです。また、特徴局案は各艦艇の技量に頼りすぎていますし、専門の陸戦兵では無いわけで……」


 柳井が同意した後、ベイカー少将が公爵に進言した。皇帝の代理人たる摂政マルティフローラ大公は即時処断を求めているのに、皇帝の名を無断使用してだまし討ちしようというのである。おまけに特別徴税局がいかに陸戦の手練れとはいえ、それはチンピラ相手の喧嘩に強い粋がった若者のようなもの、と暗に特別徴税局の作戦実行力に不安を呈したものだった。


「全責任は私が取る。特徴局案を採用しましょう。しかしこちらの行動は相手に筒抜けよ? その辺りは対策あるのかしら?」

「秋山君、大丈夫だよね?」

「はっ、問題ないでしょう。特別徴税局で電子戦を展開。伯爵側の索敵システムはすべて潰します」

「ふぅん。特別徴税局の艦艇が帝国の電子戦艦以上というのは伊達ではないって事か。じゃあ決定ね」


 会議が終わった後、柳井とベイカーだけギムレット公爵に呼び止められた。


「柳井、率直にどう思う?」

「伯爵自身も、ただトカゲの尻尾になるくらいなら降伏するでしょう。隙を突くという意味では特徴局案も成功の確率は決して低くないです。ただ……」

「ただ?」

「特別徴税局がどれだけの力を持っているか。艦隊戦は言うに及ばずですが、電子戦能力と陸戦能力を推し量るにはいい機会でしょう。近衛でも出来るのに、わざわざ特徴局に押しつけたのはそういうことでは?」


 満面の笑みを浮かべた柳井を、ギムレット公爵は忌々しげに睨み付けた。


「……あなたねえ、主君の頭の中の覗き見するクセ、直す気ないの?」

「多少はとぼけて華を持たせよ、ということですか。殿下はそういう芝居を最も嫌がる方だと認識しておりましたが」

「ふん……ベイカー、どう?」

「とりあえず、このように」


 それはほとんど特徴局案を基本的には採用したものだったが、軍人として保険を掛けたいベイカーの建てた作戦は、より現実的だった。


「第一陣に特徴局はじめ高速艦艇を突入させ、これらは敵艦隊の注意を引きつけると共に、突破できる艦艇はそのまま突入部隊となります。その後、戦艦隊を突入させますが、主力となるのは特徴局の装甲徴税艦隊です。特別徴税局の要請通り、スタン・カノンによる敵艦隊無力化を優先、拿捕を行ないます」


 さらに、とベイカー准将は続ける。


「地上降下後三〇分以内に捕縛が完了しない場合は、近衛全艦により敵艦隊および地上に駐機中の全ての航宙機および艦船、滑走路、発射台などを撃滅します」

「時間制限付きか」

「その分、伯爵の捕縛については近衛陸戦兵も投入することになりますが」

「構わないわ。その位の応援はしてあげなくっちゃね。近衛の巡洋艦と駆逐艦、強襲揚陸艦隊を基幹として突入部隊を編成、再配置して頂戴」


 公爵が電子認証キーの機能を持つ指輪をフローティングウインドウにかざすと、作戦計画書にギムレット公爵家の紋章――野茨の縁取りにヒュドラが鎌首をもたげている――が浮かび上がる。時代がかった代物だが、こういった儀式は帝国官公庁を支える文書主義の根幹でもあった。



 装甲徴税艦カール・マルクス

 徴税四課 電算室


「局長から命令だ。星系全域に電子妨害。伯爵様のオモチャの軍隊の目と耳を叩き潰せ、だそうだ」


 瀧山の指示に、徴税四課が動き出す。ランデア星系超空間通信交換局を乗っ取り、その通信をすべてカール・マルクスでふるいに掛けて必要な情報のみがゴルドシュタットで受信できるように細工された。


「西部のド田舎領主で助かったわ~」


 ターバンが軽口を叩いたが、瀧山もその通りだと頷いた。


「それもそうだな。領邦軍相手なんかでこれをやれと言われた日にゃ、たまったもんじゃねえ」

「何言うてまんの。領邦軍に電子妨害することなんかあらしまへんやろ」

「まあ……そうだな」



 リートミュラー伯爵邸


 リートミュラー皇統伯爵家は比較的古い家柄で、六代皇帝ジョージⅡ世の代に、帝国西部の賊徒討伐の功績が認められて皇統伯爵となり、以来開拓領地として与えられたランデア星系の開拓を進めていた。帝国の皇統貴族の存在意義、それは開拓惑星の開拓責任者としての役割もその一つだった。


 現在では複数星系を纏めた宙域ごとに総督として赴任させることが慣例だが、帝国初期の制度が未整備だったころの名残が、ランデア星系とリートミュラー伯爵家だった。


 そんな彼に突如生じた叛乱容疑だが、当の伯爵は寝耳に水といったところだった。


『近衛参謀長、アレクサンドラ・ベイカー少将です。近衛軍司令長官ギムレット公爵殿下のお言葉を通達します。大人しく投降すれば、陛下への取りなしを約束する。


 卿の身柄は帝都へ安全に移送され、弁明の機会が与えられることであろう。


 その証明として、我々は一時、惑星軌道上から退去する。返答に三時間の猶予を与える。それまでに潔い最期を遂げるか、それとも理路整然と自らの潔白を並べ立てる道を選ぶか。あるいは無謀な戦いを挑み、賊軍として華々しく散るか。


 三者択一。帝国皇統貴族として恥じることのない選択を期待するものである。以上』


 投降するか自裁によって自身の身柄を処理せよという通達が終わると、伯爵は手にしたグラスを床にたたきつけた。これは公爵も悪いのだが、公爵自身では無く部下の参謀長に通達させるというのが、伯爵の神経を逆撫でした。宮中席次という下らない慣習ではあるが、近衛参謀長の少将といえど、宮中席次では皇統男爵と同列であり、皇統伯爵に対する礼を失すると言われても仕方が無い。


 ただし、これもギムレット公爵の計算の上での行動だった。


「たかがポッと出の公爵が何を言うか! 全て私を陥れるための策略に決まっておる!」


 近衛軍がこの星系に到着して以降、伯爵はヒステリーを起こしていた。地球帝国はそれまでに地球で誕生したいくつかの国家にしては公正で清廉な司法が保たれていたが、それでもいくつか未解決の疑獄というのはゼロではない。それを理解はしていても、いざ自分自身がその渦中に放り込まれれば、誰でも冷静さを失うのは当然と言えた。


「リー大佐、軌道上の敵艦隊は!?」

「は、こちらの索敵圏内からは一度離脱した模様です」


 伯爵領の防衛艦隊を指揮するのは、モルガーナ・フリートコーポレーションから派遣されたエドワード・リー大佐である。領地持ちの皇統貴族は、自身の星系とその周辺航路の防衛をアウトソーシングするが、相手は近隣の領邦軍、もしくは帝国軍に限らず、民間軍事企業ということもある。その際、艦隊ごと借りるほうが経費として処理できるので税制上有利ではあるが、格式を維持するという名目で艦艇だけは自身で揃え、人員を派遣して貰う形態も多い。


 ちなみに、モルガーナ・フリートコーポレーションはそういった空っぽの艦隊に人員を派遣して軍事行動を行なう民間軍事企業で、これらは特に艦隊請負業者フリートコントラクターと称される。


 この方式は艦に習熟した人員でない分、艦隊としての力量が低下することも多く、今回も一旦星系北天方向という警戒が薄くなる宙域に身を伏せた近衛艦隊などを確認することが出来ずにいた。


「い、今のうちに脱出するというのはどうだ?」

「索敵圏外に出たとは言え、どこから見張られているか分かりません。敵は必ず動きます。その際の混乱に乗じて脱出するというのが、一番確実かと」

「では迎撃準備を急げ! あのギムレット公爵のことだ、絶対に裏を掻いてくるに違いないのだ!」


 リートミュラー伯爵はわなわなと震える手で机を叩いた。


「私が何をしたというのだ! 謀ったな、大公……!」


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