第20話-① 嵐の前の大騒ぎ

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一会議室


「今回の執行先は帝国西部軍管区、ランデア星系惑星ゴルドシュタット。ランデア星系は全域がリートミュラー皇統伯爵家が担当する開拓領となっておるわけですが、伯爵が所領税と開拓惑星税を脱税していることが判明。当該星系を管轄する西部国税局による税務監査の際、伯爵の私兵艦隊による砲撃を受け撤退! これは由々しき問題だ!」


 いつも以上にヒートアップしている西条部長が、青筋を立てて叫んでいる。


「少なくとも、マジェスティック級戦艦一隻、プリンツ・オイゲン級戦艦四を主力とし巡洋艦一二、フリゲート二四。このほかゴルドシュタット衛星軌道上に多数の攻撃衛星が配置されている模様です」


 航空整備士用のイヤーマフをはめた秋山が、立体投影された惑星ゴルドシュタットの映像をポインターで示しながら解説する。 


「それだけの戦力を、なぜ一伯爵ごときが持てているのか……」

「リートミュラー伯爵家は現在の当主になる以前から、所領税の脱税が常習化していたようです。最近は所領税脱税の手段も多角的になり把握が困難になりつつありますね」


 笹岡の疑問には斉藤が答えた。斉藤としては徴税特課の別行動から戻ってきて久々の本部戦隊での仕事だった。


「脱税で浮いた金でオモチャの軍隊をせっせと増備か。これもノブレス・オブリージュの実践と言うことでいいのかな?」

「皇統貴族とは言っても、高貴じゃないんじゃない?」


 笹岡の嫌味に、永田が軽口で応じ、どこからともなく溜息だけが聞こえた。


「オモチャかどうかはともかく、額面通りにこれを相手するなら特徴局も総力で当たる必要があります。今回の強制執行については、本部戦隊と実務全課を動員しての行動となります」


 言葉と裏腹に、秋山は胃の辺りを抑えていた。


「ま、到着次第ちゃっちゃと艦隊を片付けて、さっさと伯爵しょっ引いて、パパッと徴収済ませるってことで」



 西部軍管区

 リートミュラー伯爵領 ランデア星系 第一一惑星軌道上

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


「全艦浮上完了」

「超空間回線再接続……艦長、ゴルドシュタットの周囲に多数の識別信号が確認できます」

「伯爵の私兵艦隊ではないのか?」

「いえ、近衛艦隊です」



 局長執務室


「はぁ? 近衛艦隊がいる?」


 近衛艦隊とは近衛軍、つまり皇帝と皇統を守るための護衛部隊だ。地球帝国のそれは帝国艦隊の標準編成二個艦隊に加えて近衛陸戦一個師団と強襲揚陸艦隊、独自の補給艦隊を保有し、通常は地球帝国帝都たるウィーンのヴィルヘルミナ軍港を拠点として、皇帝の身辺警護や帝都防衛が主な任務となる。それがなぜかこのような辺境にほぼ全部隊が展開するような事態となっているのかと永田は首を傾げた。


「はい、ほぼ全軍です。近衛だけではありません。会社艦隊もいます」


 永田に報告を上げた斉藤も首を傾げるしかなかった。伯爵の私兵はともかく、近衛や民間軍事企業が展開しているのは不可思議だった。


「何が起きてるんだろうねえ……」

『局長、お取り込み中失礼します。近衛艦隊より本艦隊ヘ向けて所属、星系侵入の理由を明らかにし、司令官を出せとのことですが』


 艦橋から連絡してきた入井艦長の報告に、永田は露骨に面倒くさそうな顔をした。


「僕、だよねえ、司令官」

「他に誰がいるんですか?」

「局長室に回して貰える?」


 画面が切り替わり、近衛軍の士官が画面に映し出された。


『こちらは近衛第一艦隊第五戦隊旗艦ヴァンガード。貴艦隊の所属及び本宙域への侵入理由を明らかにせよ』


 近衛士官らしい格式高い軍服に身を包んだ女性士官は、やや高圧的な態度で画面の向こう側から斉藤と永田を睨み付けていた。


「こんちはー、特別徴税局局長の永田です。リートミュラー伯爵家の脱税につき、強制執行に来たんですが」


 いつもの調子で永田は世間話でもするような調子で話し始める。仮にも国税省外局の局長を名乗る人間の対応ではない。


「私は局長付高等主任補佐事務官の斉藤です。まずそちらの官姓名を。特別徴税局は税法第六六六条に基づく強制執行を予定しており、国税本省もこれを承認している。近衛軍はいかなる法的根拠を持ってこれを阻止するのか説明頂きたい」


 特別徴税局の強制執行はいかなる法執行機関および帝国軍他武装集団による制限を受けないのが建前である。そうでなければ一部の領邦国家や自治星系がいたずらに法務省や内務省、帝国軍を威圧し、巨額の脱税を放置することになり得るからである。斉藤としてはすっかり特別徴税局の徴税吏員として染まっており、その職責を侵されることをやや不快に思うところがある。つまるところ彼の中に省庁の縄張り感覚が染みついてきたわけだが、これは公務員ならばどのような立場の者でも持ちうるものである。


 ともかく、斉藤は国税法を根拠として持ち出した訳だが、近衛の士官の方もこの一言で居住いを正すことになった。さすがに士官ともなれば、特別徴税局の役割と税法第六六六条などの範囲も承知しているし、少なくとも局長の横の青年はまだ若いながらも特別徴税局の高官であると捉えたのだろう。


『はっ。小官は戦隊主任参謀、近衛少佐のライナー・コールドマンです。リートミュラー伯爵に叛逆未遂の嫌疑が掛けられており、陛下より勅命が下り、調査に来たものです。現在ランデア星系は無期限封鎖中で、小官の一存では、いかな特別徴税局といえども通すわけにはまいりません』

「……そうかあ。ちょっと細かいこと確認したいんで、そっちの責任者出して貰えません?」

『は、責任者……少々お待ちください。こちらより折り返し、連絡を入れます』


 この場合の責任者は、果たして第三戦隊旗艦の艦長か、それとも近衛軍司令長官なのか、その辺りは近衛の中で考えて貰うとして、永田は一息ついたとばかりにたばこを咥えた。


「いやあ、どうするかなこれ。近衛が出張ってるのは予想外だなあ」

「叛逆未遂の嫌疑とは穏やかではないですね……」

「面倒だなぁ……」



 惑星ゴルドシュタット 第二衛星軌道上  

 近衛軍総旗艦インペラトリーツァ・エカテリーナ

 第一艦橋


 インペラトリーツァ・エカテリーナは次期主力艦であるインペラトリーツァ・エカテリーナ級重戦艦のネームシップであり、第一四次統合整備計画の目玉とも言えた。艦名は連邦軍時代から引き継いで陸海空と分割されていた帝国軍の大統合計画を推し進め、その後の帝国軍の礎を整えた六代皇帝エカテリーナ・ゲオルギエヴナ・フリザンテーマ・ゲネラロヴァ公爵にちなんでおり、六代皇帝にも負けず劣らずの女傑の座乗艦としてはこれ以上無いものと言えた。


 就役後直ちに皇統公爵近衛軍司令長官に任じられたギムレット皇統公爵元帥に下賜され、動く近衛軍司令部として用いられている。


 なお、深紅の塗装は近衛軍司令長官の趣味であり、量産艦はグレーもしくはブラウンを基調とした塗装になる。


「特徴局がこの星系に来た?」


 司令官席に収まっているのは、深紅の軍服にマント姿の女性が、近衛軍を預かる女傑、メアリー・フォン・ギムレット皇統公爵その人だった。


「リートミュラー伯爵の所領税脱税についての強制執行を行ないたいとのことですが」

「……いっそ連中も使えるか」

「は?」


 不穏なつぶやきに参謀長のベイカー少将は怪訝な表情を見せたが、いつものことと受け流すことに決めた。


「特徴局はどこの部隊が来てるの?」

「全艦艇です。局長自ら通信に出たとのことです」

「そう……特徴局艦隊にゴルドシュタット第二衛星軌道までの接近を許すと伝えなさい。それと到着後、特別徴税局長は本艦へ出頭するように、と」



 四時間後

 同艦内

 作戦会議室


「殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」


 公爵に呼び出された永田は、恭しく腰を折って型通りの挨拶をした。なお、皇統貴族に対しては公爵以上に殿下の継承を使うこととされているが、領邦領主の場合は伯爵でも殿下と呼ぶことが慣例とされている。


「面倒な挨拶はやめてちょうだい……で、そっちの若いのは?」

「局長付高等主任補佐事務官、斉藤一樹と申します。お目にかかれて光栄です、殿下」


 斉藤にとって、人生で初めて直接対面した皇統貴族だった。特にエラそうにふんぞり返るでもなく、豪奢な宝石に彩られるでもなく、目の前に居る皇統公爵は色こそ派手だが、様式は常識的な軍服姿だった。しかし、斉藤の鋭敏なお近づきになりたくない人センサーは、この公爵を要注意としてマークしていた。


「ふぅん、これがあなたの秘蔵っ子ってわけ?」

「はは、まあ、そういうことで……で、何ですか? おそれ多くもかしこくも、皇帝陛下の剣と盾たる近衛艦隊が、かようなド田舎星系に布陣して星間戦争でもやろうってんですか?」

「第三戦隊から聞いたでしょ。陛下の勅命で、リートミュラー伯爵家の調査……というか、討伐ね」

「ほー……」


 永田の分かったのか分かっていないのか分からない返事と共に、公爵の近侍が一人の男を伴って部屋に入ってきた。


「殿下。アスファレス・セキュリティの柳井男爵が到着しました」

「ちょうどいいわ、あなた達にも紹介しておく」


 そう言って公爵が男の名を告げようとした瞬間、男は公爵の前で片膝をつき、頭を垂れた。


「殿下におかれましてはご壮健で何よりでございます。不肖柳井、殿下のご威光には感服するばかりで――」


 男の芝居がかった動作に、公爵は本気で辟易した様子で顔を顰めた。


「そういう下手な演技はやめなさいよ。殴るわよ」

「おや。外部の方がいらっしゃるので一応と思いましたが」


 男はこともなげにいうと立ち上がり、軽くスラックスの膝を手で払った。


「まったく……こちら、特別徴税局の永田局長、それと局長付の斉藤。永田、彼がアスファレス・セキュリティ株式会社の柳井義久皇統男爵よ」

「ご紹介にあずかりました、柳井です」


 皇統男爵。斉藤にとっては間近で見る皇統は公爵に続いて二人目。公爵も公爵らしからぬ雰囲気だったが、目の前の男の顔立ちは整ってはいるがやや色気に欠けていた。永田と同年代ではあるだろうが柳井と名乗った男のほうが若々しく見えたのは、目の輝きの差だろう。永田は表情はともかく、目が死んで腐った魚のようだった。


「国税省特別徴税局の永田局長と言えば、ニュース・オブ・ジ・エンパイアの今年死んで欲しい人物ナンバーワン五年連続一位、来年度からはその殿堂入りだそうで。お目にかかれて嬉しく思います」


 普通の人間なら侮辱以外の何物でもないが、こと永田については笑って流してしまうどころか、実は気に入っている節もある。


「いやあ、光栄だなぁ。柳井さんといえば、公爵殿下の面倒事請負人とか、ギムレット公爵に皇統男爵を授けさせた男とか、懐刀コレクションとか色々と伺ってますよ」


 斉藤も辺境方面の調査資料として目を通していた軍事紙チェリー・テレグラフで、柳井の名を目にしていた。


「授けさせたですって? それは認識が違うわね、永田」

「いやまあ、ニュース・オブ・ジ・エンパイアが言っているものですよ」

「あんなゴミ読んでるの? まだデモクラティアでも読んでる方がマシだわ」


 デモクラティアはニュース・オブ・ジ・エンパイア――略してNOTE――に並ぶ低俗週刊誌として有名だがNOTEに比べればやや、若干、多少は記事の信憑性が高いとされている。ただし、購入者の目的の大半はグラビアと風俗情報が目当てと言われている。


「私も目を通していますよ。ああいう五流雑誌でも、案外辺境で仕事する人間には役立つ情報も多いので」

「情報選別の手間が面倒ね……まあいいわ。かけなさい」


 実のところ、斉藤もNOTEやデモクラティアに目を通さないわけではない。柳井が言うように、辺境方面の情勢では中央の高級紙よりも充実している場合がある。ただし、玉石混交、それも石のほうが多いので公爵の言うとおり情報選別の手間が面倒ではあった。


「あ、それとあなた達が色々かき回してくれたイステール自治共和国の後始末、この柳井がやってるから」

「そりゃあまた、大変ですね」

「中々面倒な仕事ですよ」

「他人事ね、あなた」


 ともかくも、公爵にソファを勧められた三人は着席し、近侍の持ってきたコーヒーを飲みながら公爵自らの事情説明が開始された。


「リートミュラー伯爵家は帝国への叛乱を企図している、というのが討伐の事由になっている。陛下からの勅命もそれを元にしている。しかし実際にこの指示を下しているのは、摂政マルティフローラ大公だというのが私の推測」

「フロイライン・ローテンブルクからの調査報告が届けば、もう少し確証が得られそうですが」


 斉藤はその名前を聞いた途端、溜息を堪えるので一杯一杯だった。どうせろくでもない案件だろうというのが裏付けられたようなものだからだ。


「だから、私は時間稼ぎをしているところ。伯爵をボコボコにするなり、首をねるにしても、この裏に何があるのか見極めてからでも遅くないわ。だから今のところ特徴局に踏み込まれると困るのよ。短気を起こした伯爵が迎撃に入れば、こちらとしては応戦するより他ないし、近衛に弓引くとなれば叛逆罪はその場で決定的だから」

「そして我々アスファレス・セキュリティはこの星系へ近付く正体不明の敵に対して、警戒と迎撃を行なっているというわけです」

「以前、あなた達を襲った敵集団……あれと同型の連中が、この星系の周りをうろついている。何者かしらね」


 所属不明艦による特別徴税局襲撃事件は、起きた事象の規模の割に報道は控えめで、すぐに沈静化していた。しかし、その動き自体が何者かが事件の黒幕で、それは帝国報道業界に干渉しうる大物ということになる。


「リートミュラー伯爵から何か応答はないんですか? 申し開きくらいすりゃあいいのに、だんまりとは」

「かといってこちらを積極的に攻撃を掛けてくるわけでもない。殿下にしては消極的ですな」

「殿下にしては、とはどういうことかしら。私がいつもいつも戦闘艦で突撃してると思ったら大間違いよ」


 公爵と柳井の会話を眺めつつ、斉藤は似たような光景をながめつつ、似たような光景が自分の記憶にあることに気がついた。それが隣に座る局長と総務部長ミレーヌ・モレヴァンのものだと思いだしたのは、彼がカール・マルクスに戻ってからのことだった。


「これはご無礼を……しかしどうなさるおつもりで? 特別徴税局の方々にも、いつまでもここでお待ち頂くわけにも行きますまい」

「それが本題よ。特別徴税局としては、脱税分の現物徴収なり、脱税の証拠が掴めればいい。脱税嫌疑人の捕縛はうちと同じでしょ? 手伝ってくれるなら、なんなら先に取調べさせてあげてもいいわよ。帝都へ戻るまでに五体満足で返してくれるならね」

「まあ、そういうことになりますね。うちは未納税とか重加算税とか取れればそれでいいので」


 乱暴だがその通りで、公爵の言葉は特別徴税局の職務内容をよく表していた。


「じゃあ話は早いわね。近衛との共同戦線ってことで」

「はぁ。まあ裏を返せばうちの強制執行に近衛の戦力も使えるというのは、ありがたい話ではありますが」


 永田にしては歯切れが悪いのは、まさかこのような事態になるとは露とも思わなかったからで、横紙破りの常習犯である永田をして困惑を隠すだけで精一杯だったのでは、と後に斉藤が述懐している。


「二時間後に作戦会議を開くから、特徴局からも作戦参謀辺りを連れてきなさい。柳井、あなたには話がある。このまま残りなさい」

「かしこまりました」

「では、また後ほど」



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