第19話-② 新しいオモチャ
第一艦橋
「局長!」
会議を終えた永田と秋山が艦橋に戻ると、入井艦長以下、艦橋は騒然とした様子だった。
「艦長、どしたの?」
「第三四交通機動艦隊が救援要請を出しました。例の新造艦に襲撃を受けた模様です」
交通機動艦隊は航路保安庁所属の艦隊で、巡洋艦やフリゲートを主力として航路上での違法行為の摘発、救難任務に当たっている。海賊の討伐などにも当たるが、今回は脱走した無人戦艦の拿捕に動いていた。
「うちを襲ったやつか。場所は?」
「本艦隊から三〇光秒、目と鼻の先です」
「うわぁ、ついにきちゃったか。やっぱ逃げる?」
「まったく、局長ですよ。こんなヤバい案件に手を出すと決めたのは……」
「あはは、ごめんごめん」
秋山が呆れた様子で永田を見ているが、とうの永田は悪びれずに笑う。
「奴は既に交通機動艦隊二個、治安維持艦隊一個、偶然本星系にいたバルドロイ安全保障の社有艦隊一個を平らげて居ます。さらに逃げた他の七隻は行方不明です」
「うわぁ、被害甚大」
「……ホントにやるんですか?」
「やる。このフネは是が非でも捕獲したい」
「……ご命令とあらば。艦長、次の超空間潜航から浮上次第、全周波帯最大出力でジャミングを掛けるので、その後砲撃を。瀧山課長、いいですか?」
『アイ・アイ・サー』
秋山の指示に、瀧山徴税四課長が答えた。
「では、全艦指定順序で潜行開始!」
三〇光秒、つまり約九〇〇万キロメートルほどの超空間潜航は、わずか五分程度のことである。ちなみに超空間潜航は目標座標までの距離と潜行時間が反比例する関係であり、理論上安全限界である一〇〇〇光年の距離を六時間程度で航行出来るのに対して、一光秒の距離は三分ほどを要する。ライナー・佐川パラドックスとして知られる超空間潜航のジレンマだった。それでも、通常空間で現用推進機を用いた加速では数日、数ヶ月、数年かかる距離が短縮されることには変わりない。
「目標座標に到達。全艦急速浮上」
「さあて、ようやく獲物とご対面だ。全艦、気を抜くんじゃ無いぞ!」
入井艦長の指示に全員が身構えた。超空間境界面を抜けると、そこに広がっていたのは凄惨な光景だった。
「周囲に第三四交通機動艦隊を確認。航行不能艦ばかりですね……三時方向、仰角一〇度、距離三二〇〇〇メートル、識別不能の戦艦を確認!」
「全艦、ジャミングに備えろ! 瀧山課長!」
『あいよ! ジャミング開始!』
カール・マルクスから全周波帯に対するジャミングが開始された。
「敵艦、こちらに突っ込んできます!」
まともな防護措置を取っていない民間船ならそれだけで電子装備がパンクして航行不能になるような出力だが、タルピエーダⅣはそれをものともせずに突っ込んできた。
「主砲、副砲、迎撃開始! 最大戦速面舵一杯!」
本部戦隊装甲徴税艦隊が敵艦針路上で展開して砲撃を開始するが、これに対抗するタルピエーダⅣの砲撃は的外れな方向に飛んでいく。
『よおし幻影に食らいついたな。これで当分持つか?』
瀧山は単にレーダーを潰すだけでは良しとせず、敵艦の索敵システムに電子的な幻影が見えるよう細工していた。
「ジャミングは効いてるようですね。おそらく最後に我々を確認した場所からの予測位置に射撃を行なっているようです」
「それって、総当たりってこと?」
「そうですね」
「となると、そろそろかな」
永田は戦闘艦の火器管制や電子戦の知識は皆無に近いが、秋山の解説で大雑把な理解はしていた。戦闘艦の能力値がある程度分かっていれば、一定時間内における運動は計算が可能だということで、総当たりで攻撃をかければいずれは当たるものも出てくる。
「直撃! 第八装甲板大破!」
『おお、案外早いな。思ったより勘の良いAI積んでやがる』
「こりゃ、早くケリを付けないとエラいことになるね」
「暢気に言わないでください!」
永田と瀧山の感想に、秋山がヒステリックに悲鳴を上げた。
「入井艦長、本部戦隊はこのまま丁字戦を維持! 敵艦の頭を押さえます。実務一課、二課は敵艦両側面から突入を開始! 敵を包囲して足止めを!」
『あいよー!』
『任されよう!』
敵艦の索敵圏外に待機していたセナンクール実務一課長、カミンスキー実務二課長率いる艦隊が敵艦上下方向から侵入して、スタン・カノンの斉射を浴びせる。
「敵艦、なおも接近してきます」
「バカな! アドミラル級でも四、五発当てたらしばらく動けないのに!」
秋山が叫ぶのは当然で、指向性の電磁パルスを打ち込むスタンカノンは特徴局では強制執行用の艦砲として活躍しており、一般船舶なら一撃で電子装備を機能停止させて停船させることが出来る。
戦闘艦相手でも、秋山の言うとおり集中砲火で浴びせれば航行不能になると考えられていた。
しかし、タルピエーダⅣは直撃を受けたにも関わらず平然と航行を続けている。
「桜田課長! 航空隊の準備はどうです!?」
『既に展開済み。予定通り瀧山課長のデコイデータの通り布陣しています』
「ただちに攻撃を開始してください!」
電子的に展開した幻影から、桜田実務三課長指揮する航空隊がミサイル攻撃を開始する。敵艦から見れば突如出現した艦隊が攻撃を仕掛けてきたように見えるはずだった。
「これで押さえ込めれば……」
「いやあ、しかし無人戦艦ってすごいねえ。なんでこんな便利なものが普及してないんだろう」
永田の疑問に、秋山が多目的ディスプレイに資料を出した。
「無人兵器自体は年号が帝国暦に変わるより以前、西暦時代にも使用されていました。戦闘艦の誘導弾も、広義の無人兵器と言っても過言ではありません」
対艦、対空誘導弾は索敵、迎撃への回避運動と目標への突入箇所を自律的に判断する意味では無人兵器であり、偵察ドローンも無人兵器だ。それでも戦闘艦クラスで実用例が少ないのは、それほどまでして数を増やす必要性が無いことは無論だが、軍隊というのが巨大な雇用であることとは無縁では無い。また、偵察ドローン程度なら故障しても放置すればいいが、戦闘艦クラスを使い捨てるのは、国防予算の圧迫という面で臣民の理解を得られない。
輸送船などはかなりの数の無人船舶が就役している事もあるが、これは近距離用の
つまるところ、戦闘艦や大型船に無人艦艇が少ないのは、それを使い捨てに出来ないからこそ、その整備と管理運営に携わる人の手を必要としていた。絶対に故障しない機械など存在しない。
『秋山ぁ! 敵艦の足を止めたぞ! スラスターぶっ潰してやった!』
セナンクール実務一課長の声に、秋山は永田への講義を止め、ボロディン実務四課長を呼び出した。
「今です! 実務四課突入開始!」
『引き受けた!』
機関部を直撃されたタルピエーダⅣは慣性航行を続けていたが、四方八方に砲撃していた。その合間を縫うように、実務四課の強襲徴税艦タバルザカ、ハクソンコウが突入した。
『これより艦内に突入します』
「十分警戒してください。万が一のときは直ちに離脱を」
タルピエーダⅣ艦内
『ボロディン課長、艦内の見取図です』
『うむ……本当に無人運用が前提なのだな。ともかく中枢機能を押さえてしまおう』
強襲徴税艦タバルザカ渉外班と共に艦内に乗り込んだボロディンは、狭い整備用通路を注意深く進んでいた。
『しかし、本当に無人艦にするなら通路など要らぬのでは無いか?』
『メンテナンス用に必要なんですよ。毎度毎度使い捨てるものではないですから』
実務四課付の整備班員も、渉外班員に守られながら進んでいた。
『ここが制御中枢のようです』
そこだけ人間が入ることを前提としていたようで、エアロックが備えられていたドアを潜ると、薄暗い艦橋が設けられていた。
「ヘルメットを取っても良いぞ。整備用ブースだからここは空気がある」
ボロディンはとっととヘルメットを外して、艦橋のなかを見渡した。
「ガングートの艦橋よりは広いな」
「恐らく既存艦のユニットを流用したんでしょう……課長、あれ、なんでしょう」
「これは、死体か?」
ボロディンが件の物体に近付いてライフルでつつくと、銃で撃たれた痕跡がある遺体だと確認できた。
「いつからここにあったんだろうか?」
「わかりませんね……」
ボロディンは遺体の瞼を閉じさせてやって、首に掛けられた身分証を引きちぎった。
「フリザンテーマ公国領邦軍工廠の技官のようだ。念の為、ヤコブレフ室長に検死して貰おう。それより、今はコイツを止めるのが先決だ」
「直ちに取りかかります」
メンテナンス時に用いられる人間用コンソールを起動させた整備班員だったが、一分もしないうちに呻き声を上げた。
「とんでもないプロテクトですね……ともかく自立性が高くて、外部からの干渉を受け付けにくい設計ですよ、これ」
「掌握は無理か?」
「博士謹製のウイルスがどれだけ効くかですが……インストール開始します」
データチップを読み込ませた途端に、艦橋内のモニターに特徴局の徽章が映し出された。
「効いているのか?」
「おそらく」
『なんじゃ、ワシの技術力を疑っているのか?』
ボロディン達の通信機にマッドサイエンティスト、アルベルト・フォン・ハーゲンシュタイン博士の声が割り込んだ。
「そういうわけではないのだが……ハーゲンシュタイン博士、これが仮にタルピエーダⅣに効くとしたら、当然他の艦艇でも効くのだろうな?」
『もちろんじゃとも』
「……監理は厳重に頼みますよ。漏れ出したら帝国ごと滅ぶかもしれません」
『わはは! なんじゃ四課長、そんな心配をしておったのか!』
ボロディンは博士の返答に薄ら寒いものを感じていた。この博士が本気になったら、帝国どころか人類滅亡すら簡単に実行できるのではないか、と。
『辺境でのテストでは賊徒の艦にも効いておるのだ、心配はいらぬよ』
『ちょっと博士!? 初耳なんですが!? 勝手に使わないでくださいよ!』
『わはは、秋山、些末なことを気にするでない!』
「なあ、秋山。これをバラ撒くほうが、こんなガラクタを奪取するより手っ取り早いのではないだろうか……」
『……』
ボロディンの当然と言えば当然の疑問に、秋山は回答することが出来なかった。
数時間後
装甲徴税艦カール・マルクス
局長執務室
『特別徴税局の協力に感謝する。他の六隻の無人艦も逐次討伐されることだろう。タルピエーダ級用のウイルスの共有も感謝する』
すべての事態が片付いた後、永田はフリザンテーマ侯爵との謁見に望んでいた。永田は太っ腹なことに、戦闘データとタルピエーダⅣを無力化するのに用いたコンピュータウイルスを公国に共有していた。無論、ウイルスの汎用性は失効させ、主要部分もブラックボックス化した限定版である。
『しかし、撃沈したとのことだが、本当か?』
「無力化出来たと言っても、あんなもん浮かべといて再起動されたら厄介ですからねえ。航路帯の安全を考え、自沈処分に」
『そうか……ともかく、特別徴税局においては我が国の工廠が起こしたトラブルの後始末を手伝って貰い感謝に耐えない。ところで、なぜ我が領邦に来ていたのだ? 他の案件でもあったのではないか?』
「ああ、いえいえ、ついでのようなものです。もう済みましたし、とっとと次の任地に向かいますよ」
『……そうか、では、今後とも帝国官公庁としての責務を果たすように』
フリザンテーマ公爵は訝しんではいたが、それもそのはずだった。タルピエーダⅣは撃沈したのでは無く、特別徴税局が秘密裏に確保していた。永田は新しいオモチャを手に入れたのだ。
「局長、どうだったかな? フリザンテーマ公爵は」
執務室のソファに腰掛けていたハーゲンシュタイン博士は、満面の笑みを浮かべていた。
「うん、まあ怪しんではいたけど確証はないからね。見逃してくれたよ」
「それは重畳」
「ところで博士、拿捕したタルピエーダⅣのほうはどう?」
「こんな雑な設計でよくもまあ、期待の新造戦艦などと言えたものじゃな。ワシの手でしっかりと強化してやるから安心せい」
撃沈されたとしたタルピエーダⅣは、強制執行で確保していた浮きドッグに収容され改修作業を行なう予定となっており、この時点で永田は虚偽の申告をしていた。
「そりゃ安心だ。ところで、これの量産ってできそうですか?」
「それも既に開始しておる。というかそのために拿捕したんじゃろうに」
「いやあ、恩に着ますよ博士」
「ふふふ、このためにこそワシを見いだしたと思っておる。そして永田局長、あなたの選択は間違っていなかったのだと証明するのがワシの科学者としての使命じゃ。いや、天命と言っても良い。これは科学という至高の存在がワシに与えたもうた天命じゃ!」
両手を振り上げて執務室の天井のはるか向こうに広がる大宇宙、神、科学という至高の存在を崇めているような博士を放っておいて、永田はたばこを口に咥えた。
「あ、あはは、まあそうですね。ともかく任せましたよ。できるだけ大量に用意してください」
「ふふふ、楽しみじゃのう、ワクワクが止まらんのう。ドキドキするのう!」
ウキウキと、誰も見ていないのならスキップでもするような軽やかな足取りで、博士は執務室を後にした。
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