第19話-① 新しいオモチャ


 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一食堂


 斉藤達徴税特課が別任務で離脱してからも、強制執行や税務調査は本部戦隊も含めて精力的に行なわれていた。時間軸は斉藤達が各軍管区の地方国税局をしばき倒しているころである。


『フリザンテーマ公国首都星プラーヴニックにおいて、新造戦艦群の就役前のお披露目がフリザンテーマ公爵ご臨席の下、執り行われました』

『この新型戦艦は新型戦闘支援システムによる無人での自律運行が可能な次世代型戦闘艦の雛形であり、我が公国のみならず、帝国の防衛能力の強化に寄与するものである』

『フリザンテーマ公爵は視察の後、このように報道陣の取材に答えられましたが、建造費や設計、建造の課程の多くが非公開となっており、透明性を疑う声も公国議会において問題視されている模様です。このあと新造艦は就役式典と就役後のデモンストレーションのため、プラーヴニックラグランジュ1に回航される予定です。スタジオには軍事がご専門のイザーク・オガベさんにお越し戴いています』

『よろしくお願いします』

『さっそくですが、今回の新造戦艦の特徴について詳しくお伺いできますか?』

『こちら私が書いてきたイラストなんですけれどもね、タルピエーダ級と呼称されてるそうなんですけれども、基本的に運用は無人で行なうことになっていて、小型なのにアドミラル級、今の主力艦以上の火力を発揮できるという触れ込みになってます。司令艦からの命令に従って動くのでは無くて、搭載コンピュータが自動的に識別した目標を攻撃して――』


 食堂の大型モニターに流れているのはチャンネル8、正式には帝都中央放送のニュース番組である『デイリー8』というもので、平日の二〇時から放送される帝国、領邦のニュースを報じる番組だ。


「いいねえ、あれ、無人戦艦だってさ」


 仕事を終えた永田は鯖の味噌煮定食を突きながら、ニュースを見ていた。


「また軍隊にばかり金を回して……フリザンテーマ公国は、領内の開拓もまだ不十分なのですから、そちらに予算を回すべきです」


 永田の正面に座る西条は、カツ丼をかき込みながら不機嫌そうに答えた。彼にとって軍事予算というのは、特に軍管区に囲まれた領邦国家が軍事に偏重するのは愚かなことだと考えていた。


「まあまあ、軍事だって大事だよ。ま、両方やらなきゃいけないのが領邦の辛いところ、ってね」

「……」


 永田の下らないギャグについて、西条は無言で応えた。


「いや西条さん、ごめんて。そんな目で見ないでよ」

「それにしても無人戦艦とは。また胡散臭い物を出してきましたな」

「チェリー・テレグラフでも報じられていたが、アレはどこが作ったんだろうね。帝国艦政本部の設計ラインではないように見えるが」


 笹岡が電紙版のチェリー・テレグラフの該当記事を表示した電紙新聞をテーブルの上に取り出す。一ヶ月分の記事を表示できるストレージとバッテリー、通信デバイスとディスプレイを備えた半使い捨て式の端末は、翌月の端末と交換することで回収して再利用されている。笹岡は新聞を覗き込みながら、既にパスタとサラダを食べ終えてデザートであるモンブランケーキに手を付けていた。


「ふぅーん」


 味噌煮を口に含みながら何事か考えている様子の永田を見て、笹岡はあからさまに怪しげなものを見る目を向けていた。


「また碌でもないことを考えてるね、永田は」

「いいなぁ。僕もアレ、欲しい」


 永田の突然の言葉に、笹岡も西条も目を丸くしていた。


「ほーうなるほどなるほど。我らが局長がそのようなことを申すのか」


 その言葉に応えたのは、テーブル脇の仕切りの植え込みの中から出てきたハーゲンシュタイン博士だった。


「は、博士!? どこから出てきたのだ!?」

「うわはははは、西条部長、驚かせたようで申し訳ない」


 ハーゲンシュタイン博士はカール・マルクスの艦内に自分しか知らない隠し通路を構築していたのだが、これもその一つだ。頭の上に鉢植えを載せたままの博士は不気味な笑みを浮かべた。


「あの程度の玩具、サンプルさえあれば一夜のうちに一ダース揃えて見せよう」

「あ、ほんとに?」


 ハーゲンシュタイン博士の公言に、普段は死んで腐った魚のような永田の目がキラキラと輝いた。それはプレゼントを目の前にした子供のようだった、と後に西条は証言している。


「じゃあ、接収しよう。西条さん、適当な理由ない?」


 このスピード感こそ永田の真骨頂であり恐ろしいところだった。西条は渋々といった様子で内懐から愛用の手帳を取り出して、ページを手繰った。


「吾輩が秘密裏に調査しておりましたところ、フリザンテーマ公国については多額の財政赤字が報告されております。無理な歳出をその新造戦艦とやらの建造・購入資金に当てていたとするのであれば、これは帝国領邦会計法ならびに国防省資産令違反ないしは領邦国税の脱税の疑念もあります。調査すべき事態かと」

「よし! じゃああの新型戦艦の就役式典に乗り込んで接収しちゃおう!」


 食堂に居合わせていた総合職、一般職はまた局長の思いつきが……とげんなりしながら箸を進め、フォークを動かし、スプーンを上げ下げしていた。


 

 フリザンテーマ公国

 サスノヴィーレス星系

 首都星プラーヴニック ラグランジュ1

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


「浮上完了」


 特別徴税局は、巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリングを除く全艦をフリザンテーマ公国首都星宙域に浮上させた。一国の艦隊とも張り合えるだけの戦力をここまで連れてきたのは、ひとえに永田が新しいオモチャを欲しがったからである。


 本来そんなことが許されるはずは無いのだが、そこは特別徴税局。局長が言えばしょうがない……と大方の局員が納得してしまうのだった。


「よーし! それじゃあ第一種執行配備! 西条さんの見立て通りなら新造戦艦一隻分くらいにはなるからね! 実務全課は接収準備! 抵抗する艦はスタン・カノンまでは使用を許可!」


 珍しくウキウキと永田が指揮を飛ばしていたのだが、ブリッジの一画ではそれどころではなかった。


「艦長、領邦軍艦隊が救難信号を発しています」

「何が起きている、詳細は?」

「通信内容を傍受できました。戦闘中の模様です」

「こちらも確認。スペクトル推定は……重荷電粒子砲の発射を確認」


 騒然となるブリッジからも、就役式典が行なわれているはずの宙域から何条もの光線が伸びているのが見えた。


「……あ、あれ? 何だか大変なことになってない?」


 永田は珍しく困惑した表情で前方の宙域を見つめていた。


「状況が分かりませんね……執行中止、全徴税艦は退避行動に入れ」


 秋山徴税一課長も不信に思ったのか安全策を採った。


「戦闘ねえ、テレビつけて貰える?」

「はっ」


 永田の指示で第一艦橋のメインスクリーンに、フリザンテーマ公国の国営放送リアーリナスチが映し出された。


『――繰り返します、領邦軍軌道要塞ピラミーダ・アレクセーヤヴァにおいて行なわれていた新造戦艦タルピエーダ級の就役式典は現在技術的トラブルにより中断されています……中継中断直前ですが、閃光のようなものが――今、続報が入りました。新造戦艦の火器管制コンピュータに不具合が発生して、防衛軍艦艇を誤射したとのことです。現在民間船は周辺宙域より退避勧告が出されております。絶対に近付かないでください――』

「……どーゆーこと?」

「新造艦、トラブル発生中……としか」

「うーん、せっかくいいオモチャだと思ったんだけどな――」


 永田が心底ガッカリしたとばかりに項垂れたときだった。


『中継が回復しましたが……あっ、今消えました! 新造戦艦が潜行に入りました!』


 中継が再開したと同時に、カメラが超空間へ潜っていく艦艇を捉えていた。

 

「周辺空間の重力波変動に注意! 対空監視を厳にせよ」


 入井艦長が念の為に発した命令が、結果的に功を奏した。


「本艦隊至近に重力波変動感知!」

「全艦散開! 退避! 退避!」


 秋山徴税一課長の命令を受けるまでもなく、徴税艦隊は一斉に散開を始めた。


「重力波変動ポイントより高エネルギー反応!」


 その報告の数秒後、カール・マルクス他徴税艦が居た筈の宙域を極太のビームが薙ぎ払った。


「被害は!?」

「全艦航行に支障なし……何が飛んできた?」

「重力波変動終息……戦艦級のなにかがいます! 識別不明!」

「なんだあれは……」


 メインスクリーンに投影された戦闘艦は、既存のものとは一致しない生物的なラインを持っていた。


「チャフ、フレア、デコイ射出! 機関最大! 全艦、直ちに急速潜行! 一旦この宙域を離れる! 集結座標は暗号座標三四八九の三九二!」


 操船部門が退避行動でてんやわんやになる中、永田と秋山は確認された戦闘艦の分析を始めていた。


「もしかして、こいつが例の新造戦艦?」

「と、思われますが……発射されたのは重荷電粒子砲、出力だけならカール・マルクス並ですね。こいつが暴走して、領邦防衛軍を攻撃したものと考えられます」


 現状分かるだけの情報で、秋山が大まかな敵艦の戦力を推定したが、これでもまだ全容が明らかでないから、最低限のものだった。


「徴税一課で分析進めておいて。入井艦長、退避の超空間潜航後で良いから、領邦政府と交信をして、詳細を共有してもらって」

「了解」

「はぁ……もしかしてヤバい一件に首突っ込んじゃったのかなぁ……」


 永田はそうひとりごちると、ややガッカリした様子で自分の部屋へと戻った。



 二時間後

 同星系

 第一〇惑星軌道

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一会議室


 超空間潜航を数度繰り返し、徴税艦隊は第一〇惑星軌道に退避を完了した。その頃には事態の実像が明らかになっていた。


「で、何かわかった?」

「間違いありません。あれが例の新造戦艦タルピエーダ級です。識別信号はタルピエーダⅣ、四番艦ですね」


 幹部が揃った会議室では、先ほど襲撃してきた正体不明艦の分析結果が共有されていた。


「え? 全部で何隻居るの?」

「二個戦隊、八隻です」


 永田の質問に秋山一課長が答えた。一同はげんなりとして顔を見合わせている。


「その四番艦以外の行方は?」

「それが、領邦軍も混乱していたようで、詳しくは……我々も退避最優先で、四番艦の行方はわかりませんね」


 秋山の諦めにも似たあっけらかんとした報告に、ミレーヌ総務部長が溜息を吐いた。


「じゃあ、見境無く辺り一帯を薙ぎ払うようなポンコツ野良戦艦が、帝国領内に解き放たれたってこと?」

「そういうことになります」


 ミレーヌの言葉に、秋山は頷いた。


「領邦軍の被害は箝口令が敷かれたようで詳しくはわかりませんが、ロージントンニュースネットワークの独自調査では戦艦一轟沈、巡洋艦二大破、航行不能。戦艦二、巡洋艦八、駆逐艦その他支援艦艇一二隻および民間船一隻が中破とのことです」


 秋山はまたもあっさりと報告した。なお、フリザンテーマ公国領邦軍がこれだけの犠牲を被ったのはかつての帝国内乱時における戦闘以来だった。


「こりゃあ領邦軍司令部も大慌てだろうね。そういえば、公爵殿下は?」

「無事だそうです。現在対策会議のためにプラーヴニックに降りたとか」

「うーん……しかし、どうしたもんかね。これじゃ接収どころじゃないなあ」

「当たり前です!」


 永田の暢気な落胆にミレーヌがヒステリックな悲鳴を上げた。


「あんなバケモノにとっ捕まったらどうするんです!?」

「しかし、事と次第によっては好都合だ。領邦軍の管理下から離れたものを、こちらが正当防衛を主張して撃沈、もしくは拿捕しても問題はないだろう?」


 笹岡の主張に、永田を除く会議室の全員が苦い顔をした。


「しかし笹岡部長、推定火力ではあれは一隻で一個艦隊並。我々だけで撃沈、いわんや拿捕なんてとてもではないですが……あまりに危険です」

「吾輩も、今回は撤退するのが妥当と思うが」


 秋山一課長も西条調査部長も乗り気では無かった。そもそも永田の思いつきで開始された作戦だが、思いつきで徴税艦とその人員を危険にさらすのは避けたいというのが、当然の理由だった。


「あの……少しよろしいですか?」

「ん? セシリアさんどうしたの?」

「先ほど、領邦政府から付近一帯の武装艦艇を有する組織に通達が出ているのですが」


 監理部長のセシリアは対外折衝を主任務としており、特徴局への各種通達や依頼、警告、命令は彼女が確認をしている。やや困惑した様子のセシリアが、会議室のメインスクリーンにフリザンテーマ公国の紋章付きの通達文書が投影される。


「フリザンテーマ公国領内における、逃走無人戦艦捕獲への協力要請、だそうで」

「はあ? 自分達で作った戦艦が逃げ出したのを、他の組織に手伝って貰って捕まえようって言うの? まったく、自分のケツも自分で拭けないんだったら作るんじゃないってのよ」

「ミレーヌさん、怖い、怖いよ」

「局長は黙っててください!」

「すいません……」

「セシリア、どうするの?」

「どうするもこうするも……最終的には局長のご判断になるかと」


 ミレーヌの問いに、セシリアは困惑しながら局長の顔を見た。


「うん、じゃあ協力しよう。帝国の屋台骨を支える領邦からの要請とあっちゃ、帝国中央官公庁で武装艦艇を持ってる僕ら特別徴税局としては、断るわけにはいかないよねえ!」


 あっさりと決定した永田を見て、一同は溜息を吐くのを堪えきれなかった。


「局長、言葉が上滑りしてますよ」


 斉藤がいたなら、こんな当然のツッコミは任せておけるのに……と秋山は落胆していた。


「そうかなあ。僕は本気で言ってるんだけれど」

「……局員と徴税艦に犠牲を出さないこと、これが大前提です。いいわね、秋山君」

「承知しました……」


 ミレーヌの念押しに、秋山は胃の鈍痛が増した気がしていた。


「しかし、あんなフネ相手になんとかなるものなのか? 秋山課長、どうなんだ」


 西条の言葉に、そんなものオレが知りたい……と叫びたくなるのを堪えて、秋山は即席で二つの策を考えた。


「沈めるだけならば、装甲徴税艦隊の重荷電粒子砲を束にして広域放射すれば、いずれかは当たるでしょう。巡航徴税艦や機動徴税艦で誘導しつつですから、若干危険ではありますが」


 この案は当然ながら新造戦艦は木っ端微塵どころか粒子一つ残さず蒸発する。永田が難色を示すのは目に見えていた。


「もしくは、最新AI搭載の無人艦と言えども、センサー類で情報を得て、それから脅威レベルを推定、目標設定を行なうという現用艦の火器管制システムなどは踏襲されている筈です。そこでジャミングをかけつつ、デコイ、フレアなどを大量に焚きながら装甲徴税艦などで砲戦を展開して、敵艦の注意を引きます。その間に強襲徴税艦を敵艦に接近させ、移乗攻撃アボルダージュを実行。敵艦中枢部を破壊、もしくは停止コマンドを打ち込むことで停止させ、拿捕するというものですが……」

「よし、それで行こう」

「……ただ一つ問題があるとするなら、囮役の艦隊が敵艦に殲滅されかねないということ、接近する途中で強襲徴税艦が迎撃されることですが」

「ジャミングでなんとかなるでしょ?」

「なっなんとかって――」


 それ以上の発言は職務上の権限を越えたただの暴言になる、と秋山は残った自制心と理性を総動員して飲み込んだ。


「万が一に備えて、非戦闘員は徴税艦のどれかに退避させましょう」


 特別徴税局の総合職と一般職、つまりは徴税部と監理部、総務部はカール・マルクスに集中しており、秋山の発案により後方に位置して航空支援を行なう徴税三課の旗艦大鳳に避難させることとなった。


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