第18話-② 斉藤、再びキレる(本年度内n回目)


 数日後

 フリザンテーマ公国領内

 鉱山小惑星ヴァレアム489

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 艦橋


 斉藤達の仕事は当然、各国税局への監査に止まらない。特課のみで可能な規模の案件なら強制執行も行なう。今日の執行先はヴァレアム489という、小さな鉱山採掘会社の強制執行だった。


 ヴァレアム資源開発株式会社は、帝国に申告している鉱山小惑星以外での採掘業務を行ない、そこで得た利益も申告していなかった。これにより鉱産税などを脱税した容疑でフリザンテーマ公国首都星プラーヴニックにある在フリザンテーマ公国国税局による調査が入ろうとしたところ、すべてのハッチを閉めて応答しないどころか、発砲されたということで斉藤達に要請が入った次第だ。


「まだ落とせませんか……?」


 ブリッジのオブザーバーシートに収まって戦況を見ていた斉藤が、少し苛立たしげに艦長に問うた。


「いやー、艦隊が居ないと言っても、あの小惑星何を隠してるやら……少し無茶をすれば執行早められますけど」

「しかし艦長、あんまり無茶して徴税艦に損害出すのは割に合わないですよ」


 艦長の提案に、ゲルトが待ったを掛けた。彼女の作戦立案は、なんだかんだ言っても慎重派の秋山徴税一課長の薫陶を受けているだけあって、特徴局の機材と人員保護に気を配ったものになっていた。


「ゲルト、重荷電粒子砲とか積んでないのこの船」

「斉藤、全部消し飛ばしちゃうわよそれ」

「……あのハッチ吹っ飛ばせば艦が乗り入れられますよね?」

「斉藤」

「わかったよ、任せる。頭が茹だってるのかな。一〇分ほどで戻るから」


 斉藤はふらりと立ち上がってブリッジを出た。


「斉藤さん、疲れてますね」

「まあ、最近の仕事は神経に来るやつばっかりですからね……艦長、陸戦の用意をさせておきましょう。斉藤が戻ってきたら、鉱山のハッチ吹き飛ばして、突入して終わらせます」

「りょーかい!」



 食堂


「はぁ……」

「どうしたの斉藤君?」


 戦闘中は暇だとばかりに、食堂では待機中の徴税特課員が休息を取っていた。斉藤の姿を見つけたソフィが、マグカップを二つ持って斉藤の正面に座った。


「ああ、ソフィ……ありがとう」


 コーヒーを飲んで斉藤の顔を見て、ソフィは心配げに覗き込んだ。


「斉藤君、疲れてない? なんか老けてるよ」

「いや、大丈夫だよ」

「そう? 根を詰めすぎないようにね。そうでなくても休暇が溜まってるから、消化しろってカール・マルクスの総務部からも通達出てるでしょ?」

「まあ、この現場が終われば一段落出来るさ……ありがとう、ソフィ」


 ふらりと立ち上がった斉藤の背中を、ソフィは不安げに見守っていた。



 ブリッジ


「戻りました。戦況は?」

「特課長の指示通り、貨物搬入用のハッチを吹き飛ばして強行突入します」


 不破は作戦立案役のゲルトに振り向いた。


「それでいいですね?」

「作戦係としてもそれで問題ないと思います」

「じゃあ、とっとと終わらせよう」


 斉藤がオブザーバーシートに着くと同時に、不破は戦闘指示を再開した。


「最大戦速、目標、小惑星鉱山貨物搬入ハッチ! 艦首シールド最大!」


 加速をはじめたヴァイトリングへ、雑多な火砲が撃ちかけられるが、小口径のものばかりで巡航徴税艦には有効打にならない。


「艦長! ハッチまであと一二〇秒!」

「総員、対ショック姿勢! 全砲門、照準貨物搬入ハッチ! 撃て!」


 巡航徴税艦らしからぬ重火力は、貨物搬入ハッチを吹き飛ばした。


「衝撃に備え!」


 ハッチからは流出する空気と共に機材も吹き飛んでくるが、軍艦構造のヴァイトリングなら問題はならない。空気流出を止めるための高分子ゲルが隙間を埋めていくが、ゲルと残ったハッチの残骸ごとヴァイトリングが小惑星鉱山の貨物搬入プラットフォームへ突入した。


「渉外班は直ちに出動。艦内局員は丙装備にて待機」

『待ってました! じゃ、ちょっくら行ってくるわ!』


 暇を持て余していたマクリントック班長が意気揚々と出撃した。しかし、待てど暮らせど制圧完了報告が届かない。三〇分ほど経ってから、斉藤が徐ろに立ちあがった。


「……様子を見てきます」

「え? いやアンタそれは……行っちゃった」


 斉藤が艦橋を出て行くのを、ゲルトが止めようとしたが、その前に斉藤の姿は消えていた。



「状況は! どうなっているんです?」

「おいおい、斉藤。こんなところまで出てきたのかい?」

「時間が掛かってるようなので」

「いやあ、案外連中数が多いわ。ここは――」


 マクリントック班長は突撃馬鹿ではないし、部下の命をダース単位で計算するほど冷酷でもない。鉱山内に籠城しているヴァレアム資源開発の社員達は決死の抵抗を試みていた。隙を見て脱出するつもりで居たのに、その脱出口ごと潰されたのだから彼らには降伏しか選択肢はないのだが。


「ああ、もう。誰ですかドアのすぐ近くで射殺したの! 貸してください!」


 斉藤が近くの渉外班員のタクティカルベストからグレネードをもぎ取ると、半開きのままのドアから向こう側に放り込んでから柱の陰に隠れる。


 一瞬間が空いて、グレネードが炸裂してドアごと障害物になっていたものが吹き飛ばされた。


「クリア! ほら! どんどん行ってください! 嫌疑人に逃げられますよ!」


 斉藤が発破をかけて、渉外班員に促す。


「おうよ! 野郎共、行くぞ!」


 マクリントック班長が先陣を切って突っ込んでいくと、他の渉外班員も突撃を開始する。


「斉藤、変わったな……死体見る度にゲロってたヤツとは思えん」

「ああ。マクリントック姐さんよりおっかねえや」


 渉外班員のホアン・チェット――彼もイステール自治共和国での一件で斉藤が目を掛けたカール・マルクス所属の渉外班員だ――と、増援として来ていたアルヴィンがこそこそと話していると、斉藤の目が彼らに向けられた。


「そこ! 何かありましたか!?」

「いえ! なんでもありませんです、サー!」

「サー! すぐに鎮圧して参りますデス! サー!」


 アルヴィンとチェットはそのままマクリントック班長達を追いかけて、鉱山のオフィス区画へと向かった。


「まったく……こんな小案件にかかずらうのは避けたいんだけどな……」


 斉藤はぽつりと呟き、安全が確保されたことを確認して奥へと進んでいく。



 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 ブリッジ


「まあ、たくましくなりましたね斉藤さん……」


 不破艦長が執行状況把握のためのドローン映像を見ながら唖然とするやら驚愕するやら、複雑な表情をしていた。


「うう……斉藤君こんなになっちゃって……」

「ハンナさん、大丈夫ですか?」

「うう、ごめんね斉藤君。あなたがこんなになっちゃったの、私達が悪いの……」


 がっくりと肩を落としていたハンナに、ゲルトが気遣わしげに声を掛ける。ハンナはブリッジで電子戦の支援に当たっていた。


 

 ヴァレアム資源開発株式会社 オフィス

 

「局長付。嫌疑人、社長のエンリコ・マルケスを捕らえました。残りの人間もこの通りで」


 逃げようとしたのを取り押さえたせいか、スーツはボロボロになっている。渉外班員がロープで簀巻きにして捕らえた男を、斉藤は冷たい目で見据えていた。


「ありがとうございます。直ちにヴァイトリングへ護送してください。あとで尋問します」


 斉藤がぞろぞろと連れて行かれる資源開発株式会社の社員を見送っていると、マクリントックがにこやかにその方を叩いた。


「お疲れ、斉藤!」

「マクリントック班長。ご苦労様です」

「いやあ、あの斉藤がこんなホットな指揮をするなんて思わなかったぜ。これならアタシもファックしていいって言えるわ。今晩どうだい?」


 フィグ・サインをしてきたマクリントックに、斉藤は見事なビジネス向けの笑みを向けた。


「あははは。冗談として聞いておきますよ」

「なんだよ、ツレないヤツだねえ」


 マクリントック班長にしても冗談だったのだろうが、さらに彼女は続けた。


「永田のとっつぁんみたいなのも特別徴税局らしいが、アンタも中々染まってきたってところだね。ま、指揮官様は後方にどっかり構えておくのも仕事さ。アタシらの仕事を取られちゃかなわないんでね」

「覚えておきます」


 暗に前線のことは前線に任せろ、と釘を刺された斉藤は、真剣な顔で応えたのだった。



 数日後

 本国宙域

 フォーマルハウト星系

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング


「斉藤課長、装甲徴税艦フィッシャー・ブラック、接舷しました」


 不破艦長の報告に、斉藤は頷いた。


「補給作業を開始してください……僕らが本隊と別行動して、どのくらい経ってます?」

「二ヶ月ですねー。ここ最近は忙しくて曜日と時間の感覚が麻痺してますよ」

「そうですね……」


 あちこちの国税局への監査・指導、小規模な強制執行などを立て続けに行なってきた徴税特課は、本国宙域フォーマルハウト星系で補給を受けていた。


 徴税艦は概ね一年は無補給で行動出来るだけの物資は積んでいるが、物理的な郵便物、生鮮食品、強制執行で減少した実体弾は定期的に補給を受けていた。普段はチャーター便の輸送船を使うが、今回補給に来たのは本部戦隊の装甲徴税艦だった。


『お疲れでーす。斉藤課長、宅配便です、判子ください』

「判子いらないじゃないですか。亀子かめね艦長」


 フィッシャー・ブラック艦長の亀子冬子かめねふゆこ艦長は、不破のプトレマイオス軍事アカデミー時代の先輩だと、斉藤は聞いていた。いくつかの民間軍事企業で駆逐艦や巡洋艦の副長や艦長を歴任して、特別徴税局の装甲徴税艦艦長に採用された。不破の先輩と言うこともあり、根明で嫌味の無い押しの強さがあるということで、乗組員にも評判がいいらしい、とも斉藤はいくつかの評価を見ている。


『あははは、ジョークジョーク。不破は上手くやってます? 仕事さぼったりしてません?』

「いい艦長ですね。安心して仕事に専念できます」

『そりゃよかった。不破、コンテナ搬入するからハッチ開けろー』

「はいはいー」


 その時、ブリッジのドアが開かれ、斉藤としてはあまり聞きたくないような、そうでもないような声が響いた。


「斉藤君! いやあ、久しぶりじゃのう!」

「ハーゲンシュタイン博士!? いつこちらに!?」

「わはははは、何、アルヴィン君の定期メンテに来たのじゃよ」

「ああ、そういえば前回のメンテから時間経ってますからね」



 格納庫


「な、なあ博士!? これホントに大丈夫なんだろうな!?」


 博士のサブアームに吊られたアルヴィンが、裸に剥かれて泣き叫びながら異様な雰囲気を放つカプセルへと放り込まれる。


「騒ぐでない。可搬型のお前専用の整備用メンテナンスカプセルじゃ。もっと喜べ」

「いやこれ昔見たやつ! アイアンメイデンとかいうやつじゃん!」


 それは中世ヨーロッパで拷問に用いられたとも伝えられる器具のことだった。


「各所のニードルはお主の人工皮膚に電気ショックを与え再生を促進させる、背中側のはお主の髄液浄化システムじゃ。あとまあ色々あるがまあよかろう」

「色々ってなに!? ねえ!? 斉藤ぉ! 助けろー!」

「博士、サクッとやってください」

「斉藤ぉ!!」

「うむ」


 制御コンソールのボタンを押すと、アルヴィンが白目をむいて痙攣している。わざわざ白目をむくような機構が付いていることに、斉藤は初めて気がついた。


「ちょっ待っああばばばばばばばばばばば!!!!!」

「……大丈夫なんですか?」

「これが初の運用じゃからな。まあ想定の範囲内じゃ!」

「うぼっぼああああああああっうぼぼぼほっあははは!!!!」

「本当に、大丈夫ですか?」

「わしの技術を信じておればいいんじゃよ」


 一〇分ほどして、アルヴィンがメンテナンスカプセルから吐き出された。


「はーーーーーーっ……はーーーーーっ……カンパンをロナルドレーガンが炊き込みご飯、ワンチャンの研究所では事務支援員として八九二の約束を発掘してレンジで三分!」


 まったく意味が分からない言葉を吐きながら、アルヴィンは斉藤に何事か訴えかけている。


「は、はい?」

「む、久々のメンテナンスで調律がズレたかのう……とうっ!」

「あびゃっ!?」


 博士のサブアームがアルヴィンの頭部を強かに直撃した。


「博士!? 何してるんですか!?」

「こういうときは斜め四五度の角度でチョップをするんじゃよ。若い子は知らんのかのう」

「そういう問題じゃないです!? アルヴィンさん! アルヴィンさん!」

「おお……斉藤か。どうした? 何かあったのか?」

「よかった……博士! このメンテナンスカプセル、ちゃんと調整してくださいよ……」


 フラフラとアルヴィンが剥ぎ取られた服を拾い集めているのを見ながら、斉藤が博士に詰め寄った。


「初運用でここまでくれば上々! 次の補給時までにはさらに機能を追加しておくからのう! ふははははは!」

「機能追加するんじゃなくて、安定稼働するようにしろっつってるんですよ!!」


 斉藤は博士の胸ぐらを掴んで揺すっているが、博士はこの程度の児戯で心証を害するようなことはなかった。


「わははははは! 科学はトライアンドエラーじゃよ! 我々科学者の足下には無数の失敗という屍の上に成功が――」

「そういうこと言ってんじゃないです!!!!!」


 斉藤と博士がいちゃついている様子を整備員達が遠巻きに見守っていた。



 装甲徴税艦フィッシャー・ブラック

 医務室


「……な、なぜ先生がコチラに?」

「カール・マルクスにいるときなら定期検診はできるが、斉藤君達善良で真面目で職務に身を捧げる者達の健康管理が疎かになっては、我が不徳と致すところ。よって、こうして出張健康診断を行なうものである」


 カール・マルクス医療班長にして特別徴税局医療室長、コンラート・ウリヤノヴィチ・ヤコブレフは、いつもの異様な風体のまま診察をしていた。


「は、はあ……」

「ところでどうかね斉藤君。君の弱く繊細な精神がここしばらくの激務により磨り減り続けているのでは無いかと心配していたのだが。夜は眠れているかね? 食欲は?」

「まあ、一時期よりは問題ないと思います」

「ふうむ……確かに端末から送られてきたデータも、最悪だった初年度に比べれば持ち直しておるな。まあ、仕事というのは人間にとって活力であり生きる上での刺激にもなるから一概に悪とは言えぬもの」


 見た目も口調も明らかに異様。しかし診療と薬の処方はまとも。それがヤコブレフが医務室長として在籍している理由だった。ただし彼は民間療法も用いた怪しげな治療を行なうこともある。これは効くのだが帝国医師法や医療法を逸脱しており、それが元で彼は刑務所にいた。それを引き揚げたのも、我らが局長永田閃十郞だった。


「他の課員と相談しつつ、無理なく仕事は遂行するように。トランキライザーを処方はしておくが、今度のものは常飲しなくてもよい。薬など、飲まなくて済むならそのほうが良いのだからな」

『こちら艦長。斉藤特課長、斉藤特課長。艦長室へお越しください』

「……なんでしょう?」

「新たな局面に入るのでは無いだろうか。君にはまだまだやらねばならぬ仕事があるのだろう」


 ヤコブレフ室長は怪しげな土着宗教の信徒でもあり、その主神からの神託を受けた、と度々発言している。今回もその類いなのだろう、と斉藤は軽く流しておいた。



 艦長室


「斉藤一樹、参りました」

「はいはーい、どうぞー」


 斉藤が艦長室に訪れると、亀子艦長が笑顔で待っていた。


「用事があるのは私じゃ無くて、本隊の方。局長がお呼びよ」

『やっほー、斉藤君元気ー?』


 くわえタバコで暢気な顔の永田の声に、斉藤は膝から崩れ落ちそうだった。


「は、はぁ……局長はお元気そうで」

『うん! まあ色々ご苦労さんだね斉藤君も。そろそろ本隊の方に合流して貰ってもいいかな。各所の指導も終わったし、うちもボチボチ通常業務に戻したいからね』

「了解しました。合流宙域は?」

『パイ=スリーヴァ=バムブーク候国領内で。座標は不破艦長に送っといたから。まあ、ゆっくり帰っておいでー』


 それだけ言って、通信は切られた。


「とのことです。フィッシャー・ブラックは補給が完了次第、次の仕事にそのまま向かいますから、特課は休暇を消化しつつ、本隊と合流せよとのことです」


 肝心な内容はすべて亀子艦長の補足説明で為された。


「わかりました。それでは」


 果たして戻った後でどんな任務が待ち受けているのか、斉藤はやや気が重いようで、とはいえ通常業務のほうが遙かに気が楽だと思いながら帰路についた。


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